12 国一番の歌姫
ルークとの約束当日、いつもの様にケリスに準備をしてもらった。流石に劇を観に行くので普段着ではなく、最近仕立てた黒のドレスを着る。舞台劇では周りが集中しやすいように、黒色の服装をするのがこの世界でのマナーだ。
三十年間身長は変わらないが、流行は毎年の様に変わっていく。最近のドレスの流行はレース生地のドレスで、今着ているドレスも胸元や背中は大胆に開いているが、肌部分はレースで上手く隠れている。だが隠れているとはいえ全体的に薄いので肌色はうっすらと見える作りだ。
準備が終わり、窓の外を見ると既に王室の馬車が止まっていた。私は急いで玄関まで向かい、留守を頼む使用人へ振り向いた。
「じゃあ行ってく……って、何その顔」
使用人達を見れば、皆険しい表情を此方へ向けている。何か変な所でもあるのかと問おうとしたが、その前にレヴィスが声を出した。
「皿の上にある特上の肉に、こだわり抜いた付け合わせを添えている気分だ」
「ああ、涎が出そうだ」
「おい肉って私の事か?」
サリエルもレヴィスの例えに大きく頷いている。フォルとステラは既に涎を垂らしていた。四人の姿に顔を引き攣らせていると、同じく黒のドレスを着ているケリスが鼻息を荒くした。
「当たり前じゃない!ご主人様を肉質を一番見ている私が選んだ衣装よ!?最高に美味しそうに見えるに決まってるわ!!」
「肉質言うな」
この悪魔達には、私がステーキ肉にしか見えないんだろうなぁ。
《 12.国一番の歌姫 》
劇を見るなんて何年ぶりだろう?確かまだアレク……陛下が十代の頃だったのは覚えている。となれば二十年は過ぎているのだろう。あの時は確か一緒に来ていた先王が是非息子の側室に、と熱心に口説いていた記憶がある。私の血肉でどんな病も怪我も治ってしまうのだから、念の為に手に入れたいと思っていたのだろう。
王室の馬車から降ると、目の前に大きな劇場がそびえ立っている。確か先王が芸術を好んでおり、その時に建てられた劇場だ。国が管轄している劇場だからか、建物の装飾も見事なものだ。
王室専用の馬車から降りてきた王太子に、劇を観る為に集まっていた民衆は驚きながらも、それでも嬉しそうに彼へ手を振っている。……で、その王太子にエスコートされている私を見て更に驚いている。もう慣れた。
「イヴリン、今日の君はその……す、凄く……魅力的だ」
「……有難うございます」
頬を赤めらせて、うっとりとした表情でルークは褒め称える。あまりにも純粋な言葉と表情に、そして二十年前にも同じような事を言われたのを思い出した。私は居た堪れなくなり、彼から目線を逸らすように後ろにいるケリスの方を見る。
美しい黒の衣装を身に付けている彼女は、隣にいる美形のパトリックと並んで最高に輝いていた。民衆も惚れ惚れしすぎて固まっている程だ。うわ〜まぶし〜。私の隣のルークも輝いてるし、もうこの場から逃げ出したいなぁ〜。
ケリスの方を見ていたつもりだったが、パトリックが目線に気づいて此方を向いてくる。思わず見つめ合うような形となってしまい、彼はどんどん顔を赤くして小さく舌打ちをした。照れてるのだろうか?隣に最高の美女がいるのに、何故この童貞は私がいいんだか。
劇場の中へ案内されると、やはり王室用の特別室だった。よかったーパトリックとケリスがそばに居て!居なかったら私の人生、悪魔に食べられる前に終わってたね!!
ルークは私の座る椅子を引いてエスコートする。王太子に何やらせてんだと言われそうだが、だって自然にやってくるんだもん。ここ迄扉を開けたりとか、階段で手を貸してくれたりとか。王子様自然とやってくるんだもん。
普段もそれなりにはしてくれているが、今回は異常だ。……多分、この前の事があって、本気で私を落とそうとしているんだろう。日本人女子の心臓に毒なので、もうやめてほしい。
「この劇の、主役の女優が最近有名でね。国一番の歌声と言われているんだ」
「へぇ、そんな素晴らしい歌声なんですね。楽しみです」
私達が席に着くと、辺りの照明がゆっくりと暗くなっていった。
辺りが暗闇に包まれると、舞台上でヒールの足音が聞こえる。
その足音が止まると同時に、急に眩い光が舞台上を明るく照らす。光で照らされたのは栗毛の美しい女性で、派手やかな赤いドレスを身に纏いまっすぐ観客を見た。彼女がルークの言っていた、国一番の歌声を持つ女性だろうか?
彼女は大きく息を吸い、そして物語の始まりを歌い始めた。
…………が、その声はノイズが交じって、とても聴けるものではなかった。
隣にいるルークや、後ろにいるパトリックは感心した表情を彼女へ向けている。彼らにはこのノイズが聞こえないという事は、音響の異常ではない。
私はパトリックの隣にいるケリスの方へゆっくりと顔を向けた。
だが既に彼女は此方を向いており、目線が合う。
彼女は目を大きく開けて、呼吸を荒くしながら興奮していた。
思わず顔を引き攣りながら、私は再び舞台上にいる女優を見た。
どうやら、この舞台劇が終わったらあの女優に話を聞く必要があるらしい。