122 手札を出しましょう
2話分くらいあります。
ゲイブの話を聞いた数日後、私はフォルとステラと共に東区へ向かっている。目的地は、舌の肥えた食通が通うと噂のリストランテ。待ち合わせているのは中央区の商人で、現レントラー公爵のエドガー・レントラーだ。
窓から東区の街並みを見ていると、先程からゴニョゴニョと小声で話し合っていた二人は何かを閃いたのか、私の腕を掴みながら可愛らしい表情を見せる。
「ねぇねぇご主人さまぁ!いい事思いついた!教会をつぶそうよぉ?」
「つぶしちゃおー!そしたら祀られる所なくなっちゃうからーご主人さま、聖女さまにならなくていーよー?」
「……たまには、潰すと殺す以外の提案はないのかな?」
え、あんなに話し合って結局それ?思わず呆れてため息を吐く。
フォルとステラは、提案を否定されたのが不満だったのか、頬を膨らませて私の腹を優しく叩いてきた。
「ご主人さまのためなのにぃ!」
「ご主人さまのいけずー!」
「いてて……はいはい、何とでも言って」
適当に相槌をしながら、再び窓の外の景色を眺めた。馬車が到着する間、私はゲイブとの会話を思い出す。
ゲイブと同じ天使、ルークの側にいるラファエル。この世界で枢機卿の立場を得ているのなら、聖人アダリムの血を受け継ぐ、アレクの生誕記念の舞踏会には必ず参加する筈だ。
ラファエルが何を考えているのかは分からないが、ゲイブの言動からして、奴はルークの為に動いているとは思えない。もっと別の事、その為にルークは使われているのだろう。この国の王太子を誑かすとは、中々面白い天使様じゃないか。
天使様をこのままにはしておけない。私はゲイブの誘いに応じ、舞踏会当日は奴と共に出席する事にした。正直自分の為に勝手に家つくったり、将来の子供の名前を考えるまでしている妄想癖野郎にエスコートされるのは嫌すぎるが……致し方ない。今の所、ラファエルと接触するにはゲイブが必要なのだ。
と言っても、舞踏会の参加を使用人悪魔達が許してくれる訳………がないと思っていたら、なんとフォルとステラが賛成してくれたのだ。
二人は屋敷に帰るまでの馬車の中、私の挑発的な言葉に感銘を受けたらしい(あれのどこに感銘受けるんだと思ったが)可愛い顔で「僕とステラはねぇ、ご主人さまのやる事にはブーブーいわないでぇ、従うことにしたのぉ」やら「どんな馬鹿なおねがいでもーちゃんと聞くことにしたのー!」と大分私を貶しながらも、残りの三人の悪魔を説得してくれた。
あの悪魔三人が説得して聞いてくれるのか?とも思ったが……当然の如く怒り、拒絶する悪魔達に向けて、普段は可愛らしいステラが顔つきを変え、サリエル達を「坊や」と呼んだ途端に三人の態度が変わった。
それまで怒り狂って止めていたのに、急に三人は子犬の様に小さくなり、大人びた幼女に何かを言い聞かされている。その間、サリエル達はまるで母親に怒られているかの様に気まずそうに目を泳がせていた。はっきり言って超面白かった。ゲイブとフォルと共に紅茶飲みながら眺めてた。
ステラのお陰で、悪魔達全員から舞踏会出席の了承を得る事が出来た。ゲイブさんは大喜びで「ドレスは用意するから!」と言い放ち公爵家に帰って行った。どうしよう、ウェディングドレスとか用意しそうな勢いだった。
とまぁこんな事が先日決まったのだが、流石に天使以外からも情報が欲しい。ありがたい事にラファエルはゲイブと同じく人間として生活をしている。人間と関わって生活している分、調べれば少し位情報があるだろう。流石に、奴の核心に迫るようなものはないかもしれないが。
私には教会関係者の知り合いはいない。だが幸運な事に、エドガーは教会のオーナーであり、教会本部へ多額の寄付をしている。そんな彼ならきっとラファエルとも関わりがあるだろうし、なくても教会の関係者を誰か紹介してくれる筈だ。
そこで私は早速エドガーに情報提供を願い出た。その結果待ち合わせとして東区のリストランテで食事の招待を受けたのだ。しかも奢りだって!やりぃ!上等な酒飲んでやろっと!
フォルとステラは叩き飽きたのか、気づけば私の膝の上に頭を寝転がせて此方を見ている。
「そういえば、夕飯はエビグラタンだぞってレヴィスが言ってたよぉ」
「何であいつ、私が外食する日に必ず好物を作るんだろう?いじめかな?」
「レヴィスが「主が、俺の作った料理以外食べたら死ねばいいのに」って最近よくいってるー」
「気持ちが重すぎんか?」
やれやれ、迷惑彼氏の扱いは大変だ。そんな事を考えていると、馬車はとある店の前で静かに停まった。
レンガで作られた、やや古いが可愛らしい小さな家だ。赤い扉に「レガッティ」と控えめに看板が掲げられている。エドガーが待ち合わせで指定した店の名前だ。
私達は馬車から降り、扉を開けようとしたがその前に内側から開かれる。店の正面に馬車を付けていたので、流石に従業員が気づいたのだろう。長いストレートの金髪を持つ、サファイヤの様な青い目を持つ女性が出てきた。
此方を見るなり、愛嬌のありそうな明るい表情を見せてくれる。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは、レントラー公爵様と待ち合わせをしているのですが」
「イヴリン様ですね!公爵様は既に席へご案内しております、どうぞお入りください!」
「有難うございます」
素直そうでいいお嬢さんだ。知り合いの女性は変態と幼女な使用人か、喉に拡声器なヴィルの姐御しか居ないので新鮮だ。豊満な胸と尻が美しい彼女を更に魅力的にさせている。
店内に案内されると、どうやら貸切なのか客席には人がいない。外観と同じく可愛らしい店内で、料理がもうじき出来上がるのか美味しそうな匂いが漂う。
客席の奥、廊下を更に進めば店の玄関と同じ色の扉が現れた。まるで裏口の様な見た目だが、従業員がノックすれば中から知った声が聞こえた。声が確認できれば従業員は笑顔で会釈をし、そのまま料理の続きの為なのか立ち去ってしまった。
私は扉を開けようと取手に触れると、横からフォルに声を掛けられる。その表情は笑顔だ。
「ご主人さまぁ、僕少し離れるねぇ」
「え、何で?」
「ちょっとだけだよぉ?ステラは側にいてもらうから、心配しないでねぇ」
「私がご主人さまをまもるよー!」
ステラは頷きながら、任せろと言わんばかりに強い鼻息を出す。よく分からないが、今から会う相手は人間のエドガーだし、基本的紳士な彼が何かをするとは思えないので許可した。
フォルはそのまま手を振り、先程の従業員と同じ方向へ歩みを進めていく。
気を取り直して、私は再び扉に触れた。
《 123 手札を出しましょう 》
王子様に危険が迫っているかもしれない。そう分かった時のご主人様の表情は酷いものだった。馬車の中で悪魔に向かって、あれ程まで啖呵を切っていたと思えない程の怯えた表情。……その表情をさせたのが、あの忌々しい王族の豚共である事実に、思わず舌打ちが出そうになった。
この国の王族は、本当にご主人様に迷惑をかけてくれる存在だ。王の時も最悪だったが、王子はそれを遥かに超えている。天使もどきではなく、悪魔もどきの間違いではないか?
数多くいる天使の中でも、ラファエルはガブリエルと同じく神に近い天使として知れ渡っている。そんな存在が何故王子の側にいるのか?そんなのこっちが聞きたい。地獄が指揮権を持つこの世界で、何故天使が彷徨いている?確実に「あの方」は知っている筈なのに、何故何もしない?
「ステラ、大丈夫?」
「……うん!だいじょーぶ!はやくしょーにんのおにーさんに会おうよー!」
フォルが離れ、私まで黙ってしまったのが不安なのだろう。気づけばご主人様は心配そうに此方を見ていた。……しまった、可愛い子にそんな顔をさせたいわけじゃない。心配を少しでも払拭出来ればと、私は笑顔でご主人様を見た。
「早くあけてー!」
「はいはい、分かってるって」
……天使も大事だが、今はそれよりも商人だ。私へ微笑みながらご主人様が扉を開けば、向こうは部屋ではなく外、中庭だった。
美しい花々が咲き誇り、中庭の中央には質のいい素材で作られた客席が置かれている。その椅子に座るのは待ち合わせていた商人だ。
褐色の肌に白髪。黄金色の瞳を持つ目立つ容姿の商人。奴は此方を見ると、嬉しそうに椅子から立ち上がり此方へ向かってくる。今日はラベンダー色の服か、顔も服も派手を好む人間だ。黄金色の瞳が、最愛の人の登場で熱を持って揺れている。お熱い事で。
「こんにちは、イヴリン。今日はステラちゃんだけかい?」
「こんにちは、エドガー様。いいえ、フォルは今外しているだけです」
「……フォルも、すぐに来るよー」
すぐ、の部分だけ強く強調すれば、商人は此方へ柔らかく笑った。
「それならいいんだ。……さぁ、イヴリンおいで」
……この豚、いつの間にかご主人様を呼び捨てにしている。しかも私の名前を記憶している。横目でご主人様を見れば、元々死んだ目の様なのに、もっと死んでいた。もう考えるのを諦めたのだろう。なんて可哀想なご主人様だ。頭を撫でて可愛がってやりたい。
エドガー・レントラー。貴族だが商人として働き、この悪魔蔓延る国で、契約もなしに成功を収めて続けている逸材だ。
愚かにご主人様に好意を持っている事は知っている。が、どうせ相手にされない人間だろうと適当に放っておいたのだが……ここまで親密になるなんて大誤算だ。この人間の家に招かれた時、ふざけて二人きりにさせずに側にいればよかった。阿呆坊や達と違い、私はご主人様に恋愛感情はもっていないが、少々面白くはない。
商人はご主人様を席へ案内し、紳士的に席に座らせている。私はご主人様の後ろで立ち、二人の様子を見る事にした。
「この店の出すタンシチューは格別でね、君にも食べてもらいたいと思っていたんだ」
「それは楽しみです。……ですが、今日は食事の為だけにお会いした訳ではありません」
席についたご主人様が静かに語れば、商人はテーブルに頬杖を付きながら苦笑する。
「ラファエル枢機卿の事だったかな?あの方とは何度か話す機会があってね。その枢機卿は、今うちで雇っている神父の養父なんだ」
「雇っている神父……アダリム神父の事ですか?」
「そうそう、彼から君に会ったと聞いたよ」
食事を用意を開始するベルを鳴らしながら、商人は穏やかに微笑んだ。
確かそのその神父は、竜の坊やが気味が悪いと言っていた人間だ。
教会でその神父と出会った時……坊や曰く、聖人聖女の時の様に、ただ力が出なくなるものではない。存在を否定される様な、そもそも力を出す事があり得ないと思わせてしまう様な感覚が襲ったのだという。海の支配者が見せた、底知れない異物へ怯えた目は忘れられない。あんな姿は初めて見た。
「生まれは貴族で、歴代最年少で枢機卿になった方だ。誰にでも心優しく賢い、人望がある聖職者だと聞いているよ。アダリムは枢機卿の事を「めちゃくちゃ愛が重い養父」って言ってたけど」
その神父は気になるが、他は当たり障りのない情報だ。そう思い小さくため息を吐く。
だが……その後ふと、商人は何かを思い出した様に目を開いた。
「……嗚呼そうだ、ミカエルだ」
「……ミカエル?」
「アダリム神父が枢機卿にそう呼ばれているんだ。何でも出会ってからずっとらしくて、アダリムが質問しても「それが本当の名だから」の一点張りらしい」
ミカエル、その名に何故か悪寒がした。今まで聞いた事もない名前なのに。
「よく分かりませんが、聖人と同じ名前だから無礼だ、という事でしょうか?でも、この国で「アダリム」なんてよく名付けられる名前ですけど」
「聖人アダリムにあやかってね、私の知り合いにも何人もいる」
その時、先程とは違う従業員がトレーに食事を持ってきた。恭しくテーブルに置かれた皿の上に彩られているのは、野菜をジュレで固めた前菜の様だ。見た目は宝石の様に美しい。ご主人様も味が楽しみなのか、少しだけ顔を綻ばせていた。なんとも可愛らしい顔だ。
「で?……何で枢機卿の話を聞きたいのか、聞いてもいいのかな?」
テーブルに置かれた前菜を食べながら、商人はご主人様に目線を向けずに言い放つ。ご主人様も商人へは目線を向けず、だが鼻で笑った。
「知りたかったら、調べればいいのでは?」
「……君は本当に釣れないなぁ、そこが良いんだけれど」
「悪趣味な人だ」
「趣味はいい方だよ」
少し笑いながら、商人は足元に置いていた鞄から何かを取り出した。テーブル中央、お互いの皿の間に置かれた写真付きの資料。表紙に載せられている写真は、愚かな天使ウリエルが縛られていた旧ハリス領地だ。ご主人様は商人の差し出した資料に表情を険しくする。
商人は、そんなご主人様の表情に再び笑った。
「君から連絡が来た時、ちょうど私も君に会おうと思っていたんだ。これを見て欲しくて」
「何です、これ」
「君達を調べた結果だよ。君も使用人達も、出身地や年齢、この国に来るまで何をしていたのか……何もかもが曖昧だったから、かなり時間がかかって大変だった」
商人の表情は先程と同じ柔らかいものなのに、背筋に冷たいものが這う。
「生まれや出身地までは無理だったが……この国にやって来た三十一年前からの情報なら、私でもこれだけ用意できた。当時の王太子、今の陛下を癒した異邦人。田舎の屋敷の管理を任され、見目麗しい使用人達と暮らした魔女。……そして、数々の事件を解決してきた日々。君の三十一年間、全部調べたよ」
「…………悪趣味」
「褒め言葉だね。さぁ、じゃあこの一文を読んでもらえないかな?」
ご主人様は、商人が指さす場所を不機嫌そうに見る。
そして、次には大きく目を見開いた。
「……「マーシャ・ハリス解剖の結果、ヨーゼフ・ハリスが所持していたもの以外の弾痕を発見」……どう言う事です?マーシャ・ハリスの死体は解剖されずに埋葬された筈では?」
「その通りだよ。……あの事件で、ヨーゼフ・ハリスの妻、マーシャと娘ドロシーは酷い焼死体となって発見されている。世間では悪事を暴かれたヨーゼフが、妻と子を焼き殺してから自分も後を追った。そう知れ渡っているし、事件後特に自警団が彼女らを調べる事は無かった。まぁそうだね、もう真相は解明されているんだから、そんな事必要ない」
指を滑らせ、商人は話を続けた。
「でも私は、ヨーゼフが妻と子を殺したのは間違いだと思った。あんな愛妻家だった彼が、妻子を火炙りにするなんて考えれなかったんだ。それに拳銃を持っているのに、何故火を付ける?撃てば終わりじゃないか。火をつけ苦しめるより、撃って楽に死なせたいと思うだろう?……だから私は、その疑問を解決する為に死体を掘り起こして解剖を依頼したんだ。……殆ど焼け崩れた死体だったが、死亡解剖の結果、マーシャの骨から弾痕が発見された。しかもその弾痕は、側で自殺した夫ヨーゼフの持つ拳銃のものではなかった」
「…………」
「弾丸には大きさや種類があるのはご存じかな?最近では弾痕の跡から、事件で使われた銃の種類も分かるんだ」
中庭に吹き込む風は、美しく咲く花々と、ご主人様の髪を靡かせた。
靡く髪をとく事もせず、ご主人様は固まっていた。商人は立ち上がり、ご主人様の髪に触れる。
「弾痕から辿って行ったら、面白い事になったよ。……事件当時、あるお嬢さんに猟銃を貸した参加者がいた。そのお嬢さんは有名人だったから、参加者もよく覚えていたんだ。…………参加者の彼はこう言った。「あの日の夜「辺境の魔女」に猟銃を貸した」と。……あの現場には、薬莢や弾丸は見つからなかった。君なら冷静になっていれば弾痕もわかっただろうに、少し慌てていたのかな?」
商人は固まるご主人様の髪をとき、そして頬に触れた。
振り払う事もなく、ご主人様は受け入れる。
そうしてエドガー・レントラーは、ご主人様の耳元で小さく囁いた。
「イヴリン……あまり私を侮らないでくれるかい?」