表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/188

ただの夢


『私は、貴方の妻になる気はありません』


 春の花が咲き誇る温室。いつもと同じ席に座る彼女は、漆黒の目でまっすぐ俺を見据えた。

 最近、何度も呼んでも城に来なかった彼女が漸く訪れて、さぁ久しぶりに語ろうとした最中だ。小さな口から発せられたその言葉に、俺は目を見開いた。


 深呼吸をして、彼女は再び口を開く。


『これまでも何度か、陛下より提案されていました。最初こそ私達の仲を勘違いしたのだと思っていましたが……今日、この提案は貴方たっての願いだと聞きました』

『…………』

『本来なら、私の様な立場の人間は断れないでしょう。……ですが、申し訳ございません。私は誰かと添い遂げる気はありません』


 普段の親しみのある声とは違う、まるで初対面のような声色。そこから発せられる言葉が信じられない。


 そうだ。陛下に、父上に彼女を妻にしたいと願い出たのは俺だ。

 彼女と俺は想いあっている、でも立場が邪魔をして俺達は一歩が踏み出せないと。……父上は彼女を有益な存在と見ていたから、とても喜んで自分が提案すると言ってくれたのだ。

 だが何度も父上が提案しても、彼女はいい返事をしなかった。しかしそれは恥ずかしさからだろう。いつかは心を決めて、頷いてくれるだろう。……そう、思っていたのに。


 


『……どうして』


 ようやく出た言葉は、とても短いものだった。それでも彼女には想いが通じた様で、少し考える様に目線を下にした彼女は、優雅にティーカップを手に取る。


『むしろこちらが聞きたい。平民の私に、次期王の妻が務まるとでもお思いですか?』

『何言ってるんだ、お前は知識も、所作だって何処の令嬢にも負けないだろ!?』


 もう出会った頃の彼女とは違う。読み書きも、知識も、そして所作も全て俺が教えた。今の彼女なら高位貴族にだって渡り合える。そうなる様にしたんだ。

 だが彼女は目線を下げて、首を横に振った。


『人並みに礼儀作法が出来ても、結局私が平民なのは変わりません』

『そっ、そんなの適当な爵位を与えればいいじゃないか!お前は俺を死から救ったんだ、普通なら伯爵位を得る偉業なんだぞ!!』


 そんなのは理由にならない。彼女への怒りで、叫ぶように声を出してしまう。


『それに俺の妻になるなら、望む爵位だって、領土だって与えてやる!』


 荒れた呼吸で、必死になって彼女を求める姿はさぞ滑稽だろう。次期王にふさわしくないだろう。

 それでもいい、彼女が手に入れられるなら、俺はどう笑われてもいいんだ。



 突然現れた異邦人。彼女は死を待つのみだった俺に、光と温もりを与えてくれた。


 謎の病に突然蝕まれ、俺の栄光は全て過去のものになった。自慢だった銀髪が抜け落ち、体は痩せこけ死臭がした体など、皆恐れて触れようともしなかった。

 それまで親しくしていた貴族も、囃し立てていた大臣達も感染を恐れ見舞いに来ない。やっと来たとしても、俺が死んだ後の話を枕元でする。


 やがて俺は、誰も信じることができなくなり、早く天から迎えが来ないか考えるまでにもなった。


 だけど、彼女は俺に触れてくれた。髪が抜け落ち汚れた頭を撫で、優しく慈しんでくれた。……俺の体も、心も救ってくれた。


 何度も何度も城に呼んで、気づかれても良い位に好意を曝け出して。必死に取り繕った優しい王子様を演じた。

 彼女が俺へ頬を赤めらせて「アレク」と呼んでくれた時……どれだけ嬉しかったか、知ってるか?

 

『何度も申し上げていますが、私に爵位はいりません。ずっと平民のままでいいです。……貴方の妻になる気は、一切ありません』

『何で……俺の妻になれば、一生不自由ない生活が保障される!この国の全てがお前のものになる、お前の望むものは全て手に入れられるんだぞ!?』


 テーブルを強く叩けば、彼女の為に淹れた紅茶が溢れた。

 この場に俺以上の地位の者は居ない。側にいた城の使用人達は、皆恐怖で顔を下に向けた。……目の前の彼女だけは、俺をまっすぐ見据えている。


『も、もしかして、側室になると思っているのか?お前をそんな地位にはさせない!大丈夫、お、俺が父上に掛け合ってちゃんと』

『殿下』

『なっ、……何で、何でそんな風に呼ぶんだ?いつもみたいに、アレクって呼んでくれよ』

『…………殿下』

『イヴリン!!』


 これ以上聞きたくなくて、咄嗟にイヴリンの手を掴んだ。彼女が持っていたティーカップは地面に落ち、悲鳴を上げながら割れる。使用人達は俺に怯え、静かに温室から立ち去っていく。


『っ……』

『……イヴリン。俺の気持ちなんて知ってるだろ?……愛しているんだ。この世で一番愛してる』


 情けないその声に、強く手を掴まれた彼女は、耐えるように唇を固く閉じている。……嗚呼ほら、やっぱり知ってたんだ。そりゃそうだ、お前は俺よりも頭がいいんだから。


『俺とお前は、想いあっているんだ。じゃあ、俺の妻になるのは当たり前だろう?』


 だって、あんなにも俺を見ていたじゃないか。耳元で囁けば恥ずかしそうにして、俺に熱の篭った目を向けてくれたじゃないか。必死に隠してたって、あんなの誰だって分かるよ。


 愛してる、本当に愛してるんだ。お前が魔女でも、化け物でもいい。お前だったら、なんだって良いんだ。


『……なぁ、意地張ってないで言ってくれよ……俺の事、好きだって。愛してるって』


 一言、その言葉だけ言ってくれればいい。

 そうすれば俺が叶えてやる。何を犠牲にしたって、俺の側にいれるようにしてやる。


 掴んでいる、彼女の手に汗が滲む。嗚呼、やっぱり俺の事が好きだったんだ。大丈夫、俺が守ってやる。もう震えない様に、ずっと守ってやるから。




 けれど、彼女が固く閉ざした口を動かす前に。……後ろから、誰かが俺の頭を掴んだ。




『……もういい、こんな茶番はくだらない』




 何処かで聞いた事のある、その美しい声。誰だと問う前に、目の前にいたイヴリンが顔を真っ青にさせて叫ぶ。


 だが意識が遠のく中で、何を叫んでいるのかは分からなかった。



 












「……っ」


 ふと、頬に当たる風と、揺れるカーテンから入り込む光。ゆっくりと瞼を開ければ、そこは慣れ親しんだ執務室だった。


 どうやら椅子に座ったまま、居眠りをしていたらしい。……随分と鮮明で、懐かしい様な夢を見た気がする。明確に思い出せるのは、夢の中にイヴリンがいた事。だが内容はあまり思い出せない。しかし、夢とはそういうものだ。


「彼女が夢に出るなんて。はは、年甲斐もなく必死か」


 息子が彼女を求め始めて……痛い所を突かれて、年甲斐もなく欲が溢れてしまったのかもしれない。胸が痛むと分かっていながら、誰もいない執務室で虚しい独り言を呟く。


 脳裏に響くのは、そんな息子が温室で告げた鋭利な言葉。只の真実だ。


 嗚呼そうだよ、私はずっとイヴリンが好きだ。

 好きで好きで、愛してる。……でも彼女は私も、誰も愛さない。


 だからこそ、彼女を求めるのは自分だけにしたかった。

 



 大きく背伸びをした後、公務の続きをする為に机に体を向ける。そのまま資料に目を通そうとしたが……その上に、大きな鳥の羽があった。



 今まで見た事がない、純白の美しい羽だった。




本当はここからも書く予定(前話の続きを)でしたが、あまりにも長くなりそうだったのでここで区切ります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
悪魔よりもずる賢く拗らせてて面倒臭そうなやろー共ばかりですなぁ。癒しの童貞はまだですか(・ω・`*)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ