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120 突然に


 前回の事件調査で学生となったご主人様は、事が終わった後すぐに退学願いを出した。

 だが現在の学校長が突然依願退職をしたらしく、次の学校長が決まるまでは退学処理が出来ないそうだ。故にご主人様は今も学生の身分であり、毎日人間達と共に授業を受けている。


 人間まみれの学校など、しかもムッツリ野郎やインキュバスもどきもいるのだ。退学処理を待つだけならば、学校に行く必要もないのではと皆反対したが……ご主人様は「暇だから行く」とあっさりと言ってのけた。あの時のサリエルとレヴィスの表情は忘れられないし、ご主人様の頭蓋骨の音も忘れられない。



 もうすぐご主人様が帰ってくる。屋敷に残っていた私とサリエル、レヴィスはそれぞれ夕食の準備をはじめた。レヴィスは今日の夕食で出すパスタを茹で、サリエルは銀食器を磨く。私は夕食で使う皿を棚から出す。もう何十年もこの作業の繰り返しなので、お互い何も言わなくてもやる事は分かっている。


「そういえばケリス、ヴァドキエルのガキに随分と入れ込まれてるらしいな?」


 鍋のパスタの様子を見ながら、レヴィスは揶揄う様に声を放った。忌々しい言葉に思わず皿を落としそうになるが、なんとか堪えて奴を睨む。


「ええそうよ、前の調査では邪魔で仕方がなかったわ」

「なんだ、手出してないのか?」

「出すわけないじゃない」


 苛立ちながら反論すれば、今度はサリエルと目線があう。


「出さなかったのか?昔は散々、人間悪魔関係なしに情を交わした後、締め殺していただろう?」

「そうそう、足で蹴り殺した事もあったよな。知り合いの悪魔でいたよ「死ぬなら、オノスケリスを抱いてから死にたい」って奴」

「そいつの名前、後で教えて。抱かれないけど殺すわ。……私はもう、適当に生きるのはやめたの」


 そう、私はあの頃とは違う。適当な悪魔や人間を相手に手を出して、悦に浸る相手を殺す事はやめた。その証拠にご主人様の命令がない限りはしていない。するつもりもない。


 手に持つ皿、ご主人様が使う専用のもの。夕食では手を触れ、時に縁に唇を付けるもの。……私はその縁を、慈しむ様に撫で上げる。



「私はもう、ご主人様しか興味がないわ」



 最高の肉体と魂を持つ、麻薬の様な依存性を与えてくれるご主人様。

 初めて対価を得た日は忘れられない。当時どれ程美味でも、人間だからと下に見ていた私は、対価として与えられた血に強い衝撃を受けた。


 それまで高圧的だった性格がかわり、ご主人様へ犬の様に従順になる程に、それまで悪魔なのに独占欲も執着も体験した事がなかった私に、初めて其れを与えた罪な人。


 あの人の血の一滴、汗の一滴が与えられるならなんだってする。狂おしい程愛するご主人様だ。



 そう呟く私の表情を見た二人は、何故か無言で此方を見つめている。……サリエルが銀食器を置き、言葉を放つ為に口を開く。




 だが声を発する前に、玄関を叩く音が聞こえた。






◆◆◆







 馬車に寒さ対策でブランケットを置いていてよかった。危うくフォルは素っ裸で馬車から出る所だった。それだけ顔が良くても、素っぽんぽんはただの変態だ。

 隠すべき所は隠せる様になったが……今の私の立場からして、どこに記者や野次馬の人目があるか分からない。ブランケットで隠しているとはいえ、幼い少年が服を着ない姿で馬車から私と出てみろ、翌日の一面に幼児虐待と乗せられてしまう。魔女だの黒魔術よりもタチが悪い。屋敷の中に入るまでは、紳士フォルさんで居てもらう事にした。どうしよう、変態度が上がっている気がする。


 そして暫くして到着。屋敷の前に着くなり、ブランケットを羽織ったフォルと、ステラが鼻をひくつかせて怪訝な表情をする。


「天使様が来ているみたいだね」

「そーだねー。さっきまでいたのかな、玄関が匂う〜」

「えっ、ウィンター公来てるの?」


 彼が一体何の用か分からないが、取り敢えず今はフォルを屋敷の中に入れる事だ。鼻を動かすフォルの手を握り、私は屋敷の玄関へ引っ張っていく。


「フォル、早く中に入って。服着るよ」

「はいはい、そんな引っ張らなくても分かってるよ」


 フォルは柔らかく笑いながら、されるままに引っ張られていく。

 普段のフォルと同じ性格なのに、姿と声、そして言葉遣いが違うから戸惑う。ちょっと気まずさもあるので、早く子供に戻ってほしい。あの舌っ足らずな言葉遣いが恋しすぎる。


 そのまま玄関へ歩みを進めて行けば、扉を開けようと取っ手を掴む。

 とその時、取っ手を掴んでいた手はステラによって振り払われ、私の体はフォルによって抱えられ扉から無理矢理離される。


「え、なっ!?」


 なんだよ!?そう叫ぶ前に、鼓膜が破れそうな程の爆発音、割れる音が響き渡った。

 反射的にフォルの胸元へ顔を埋めていると、自分の背中に、天から雨が落ちてくる。……いや、これは雨じゃない。この匂いは海水だ。


 海から離れたこの地に海水があるわけがない。驚いて胸元から顔を離せば、開けようとしていた扉はない。しかも玄関周辺は海水まみれ。


 扉どこいった?顔を動かし探すと、正面門の柵に扉と、無様に倒れているウィンター公、ゲイブがいた。…………えっ、死んでる?


 扉のない玄関、屋敷の中からレヴィスとケリス青筋を立てながらゆっくりと出てきた。余りの殺意に喉から変な音がなった。そんな恐ろしい奴らの後ろには、呆れた表情のサリエルがいる。


「もう無理だ、あの鳩殺そう。蘇らない様に喰おう」

「殺して羽を毟って、羽毛寝具にしましょう。丁度ご主人様の寝具が古くなっていたのよ」

「気持ちは分かるが、お前達落ち着け」


 天使の羽の羽毛布団は非常に気になるが、今はそれどころではない。何しちゃってくれてんだぁ?この馬鹿悪魔共は?抱き抱えるフォルから無理矢理離れれば、全速力でゲイブの元へ駆け寄った。

 スライディングで彼の側に座り込み、倒れる体を抱き起こす。海水でずぶ濡れのゲイブを勢いよく揺れ動かした。


「ウィンター公!生きてますよね!?生きてるって言って!今死んだら、監督責任で私の罪になっちゃうんです!!」

「………本当に、君はブレないなぁ……」


 よかった、ちゃんと意識はある!やや腹が立つ、じっとりとした深緑の目で此方を見ている!心配しなきゃよかったかも!ゲイブはため息を吐きながら、私の手を振り払い自分で起き上がる。次の瞬間には、海水で濡れた体は何もなかったかの様に乾いていた。


 座り込んだままの私へ、ゲイブは手を差し伸べた。素直にその手を取り立ち上がれば、不機嫌そうな表情の、彼の顔が近い。思わず後ろに後退りしようと思ったが、手が離れない。……何か言うことは?と責められている気がする。物凄く気まずい。


「……えっと、お久しぶりです……ウィンター公」

「うん、久しぶり。あいつら以外の上位悪魔の匂いするんだけど、何で?また契約したの?」

「い、いや……してません」


 鋭く、吐き出すような早口で質問された。恐らくベルゼブブとベルフェゴールの事だろう。私に化けたレヴィスが契約がしただけなので、ぎこちなく首を振る。

 ゲイブは答えに納得した様だが、次には私の後ろにいる悪魔達へ、ご綺麗な顔を歪め舌打ちをした。お前は本当に天使なのか?

 

 一番に反応したのは穏やか担当のレヴィスさんで、背中にひりつく程の殺気で振り向けば、口から煙を出して此方へ向かってきていた。その癖に笑顔、盛大にキレ散らかしていらっしゃる。


「おかえり主。今日はパスタと鶏肉だぞ」

「うんうん!舌打ちされて腹たつよね〜!でも落ち着いて〜〜?君はやればできる子でしょ〜〜??主、レヴィスは我慢出来る子だって信じてるよ〜〜?」

「質が悪い肉だが、まぁ胡椒大量にかければいいだろ」

「話を聞いて〜〜〜???」


 この天使は今公爵なのだ。私の使用人が手にかけたら最後、私が責任を負う事になる。慌ててゲイブの前に立ちはだかりレヴィスを止めようとすると、今度はケリスから舌打ちが聞こえた。もう!皆チッチとうるせぇなぁ!


「ご主人様!御言葉ですが、今回は天使に非があります!」

「いや、どうであれ手を出した方が悪いって」

「でもその天使は!今度の舞踏会でご主人様のエスコートをすると言ってきたんですよ!!」

「………え?」


 今度の舞踏会、直近で行われるのは国王陛下の舞踏会だ。驚いて後ろを向けば、ゲイブは苛立ちを抑える様に首を掻いている。


「はぁー?狂った王子様にエスコートさせる気?絶対に僕の方がいいだろ。今は公爵で地位もあるし、お前達程じゃないが力だってある。変な奴より適任じゃないか」


 吐かれる言葉に、無言で様子を見ていたサリエルが口を開いた。


「必要ない。そもそも舞踏会の日は、適当に言いくるめてご主人様を屋敷から出さないつもりだ。もう首輪は用意している」


 なんか脳筋が脳筋な事考えてる。通りでローガンを誘う私を止めないと思った。そんな事考えていたのか。

 近くで聞いていたフォルとステラは、感心した様に声を出した。


「成程、サリエルは頭いいねぇ」

「頭いーい!閉じこめればいーんだー!」

「本人が聞いている時点で計画終わってるんだよ馬鹿共」


 天使様は可哀想な目線で私を見てくる。やめて。

 レヴィスも素直にサリエルの言葉に頷けば、私の腰を掴み自分へ引き寄せた。

 

「サリエルの言う通りだ。……それにアンタを殺す理由は他にもある。中央区の教会にいたあの神父、アンタのお仲間だろ?気色悪い存在作りやがって」

「だから!その神父は僕も知らないって言ってるだろ!」


 神父とは、あの聖人と同じ名前の男の事だろうか?確かに神父を見たレヴィスは顔を真っ青にして怯えていた。今まで見た事もない怯える表情に、私は慌てて挨拶を止めて教会から離れたのだ。

 あの時は何故ああなったのか教えてくれなかったが……やはり、あの神父が原因だったのか。


 全く話を通さない悪魔達へ、ゲイブは片足で忙しく地面を叩く。


「敵か味方なんてどうでもいいんだよ!僕はイヴリンを守りたいだけ!それはお前達も同じだろう!?……ああもう!こんな事している間に、あの天使と王子様が益々力をつけるじゃないか!!」

「…………天使と、殿下?」


 どういう事だ?何故ルークと天使が関係ある?まさか、ウリエルがまだ生きているのか?私の声色で関心を持っているのに気づいたのか、ゲイブは真っ直ぐ私を見据えた。


「そう、今の王太子殿下の側には天使がいる。最近の彼の異常さは、どうやらその天使が裏で糸を引いている様だ」

「その天使って、もしかしてウリエルですか?」

「違う、別の天使だ」


 なら一体誰だ?そう声が出そうになる私を見て、ゲイブは周りの悪魔達を見て嘲笑う。


「どうやら、君達のご主人様は、僕の話を聞きたいみたいだけど?……ねぇ、屋敷に入れてもらってもいいよね?」


 挑発的な彼の問いかけに、悪魔達は無言で睨みつける。話は聞きたいが、どう見てもこの状況は最悪だ。

 これ以上問題を起こすのは避けたい。今日はゲイブに帰ってもらった方がいいだろうか?そんな事を考えていると、ふと目線を感じる。

 その方向にはサリエルがおり、私の表情を観察する様に見た後……観念した様に、ため息を吐いた。


「……レヴィス、ケリス。夕食をもう一人分増やしてくれ」

「はぁ!?」

「嫌よ!誰が天使に用意するもんですか!!」

「いいからしろ。ご主人様がそう望んでいる」


 まさか、サリエルが私の考えを尊重してくれるとは。驚いて奴を見れば、鼻で笑われた。


 レヴィスとケリスは心底嫌そうだったが、最終的には私の望みだからと唾を吐き捨て、名残惜しそうに私から離れて食堂に戻った。その姿を見てゲイブは嬉しそうだ。そういう所だぞ天使。


 サリエルは目を細くして私を睨みつけている。そんな奴へ、私はちょっぴり嬉しくなる気持ちを隠しながら駆け寄った。


「サリエル、有難う」

「……執事として、当たり前の事をしただけなので」


 後でレヴィスとケリスにもお礼を伝えよう。結果的に天使の肩を持った私に不満なのか、サリエルは不貞腐れながらそう告げているが……それでも感謝された事には嬉しいのか、やや目尻が柔らかくなった気がする。




 ……と思いきや、すぐにそれは終了。何かに気づいたのか目線は鋭いものに変わり、側にいるフォルを指さす。


「ご主人様、何故フォルが裸になってるんですか?」

「あっ」


 しまった、あまりにも色々な事があって忘れていた。私の慌てる表情に何を勘違いしたのか、美しい顔が、虫ケラを見る歪んだ表情に変わる。やばい、これはやばいぞ。怯え後ろに下がれば、それと同じ歩幅で近づいてくる。


「やっ、あ、あの、ちょ、ちょっとフォルが子供姿疲れちゃったみたいで!?」

「フォルが子供の姿で、何年化けてると思ってるんですか。もっとマシな嘘ついて下さい」

「………フ、フォル!!私は悪くないって、サリエルに言ってくれるかな〜〜!?」


 全身から冷や汗をかきながら、気づけば子供姿に戻ったフォルの方へ叫ぶ。

 フォルは私の言葉へ、天使の様な笑顔を向けた。


「疲れてないよぉ!ご主人さまがコーフンすること言ったから、襲いそうになったのぉ!」

「…………………」

「言ってない!言ってな……アダダダダダダダダダダ!!!」



 サリエルくんに掴まれた頭から、鳴ってはいけない音が聞こえた。

 

 


〜ちまちま自己紹介〜


ケリス(オノスケリス) 外見年齢26歳//身長170前半


⇨屋敷の唯一のメイド。イヴリンに負けず劣らずの高飛車高慢女だったが、対価をイヴリンから受けとってから、それまでの世界が変わる程の衝撃を受けて改心。ご主人様に従順なド変態メイドになってしまう。本来の姿は足だけ驢馬に変わる。とても健脚で足が使用人一早い。馬車にも負けない。本能的に夜、特に満月の夜は興奮が収まらないので、イヴリンの共へ夜這いしに行く。五人の悪魔の中で、ひょっとしたら一番悪魔らしいかもしれない。


⇨好きな部位は腿肉。嫌いな部位?そんなものないわよ!ご主人様は全部美味しいわ!!

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