119 勧誘
ルークと別れ屋敷に帰ると、彼の言う通り王印が付けられた招待状が届いていた。
中身は前回と同じ内容……ま、変わった所と言えば?国王のサインと王命が付けられている位かな?今から勲章返却できないだろうか?
使用人達の舌打ちが煩いが、そんなチッチ言われても王命には逆らえない。王太子のエスコートなんて、記者の餌食になりそうな最悪な展開を阻止する為にも、一刻も早く適当なエスコート役を見つけなくては。
「ね〜〜お願いだからあああ!一緒に出席してよ〜〜〜!ローガンンンン!!」
「嫌だ」
翌日、学校の解剖学室。小テストの採点をするローガンの腰にしがみ付き、私は無様に嘆きながら彼へ懇願した。私の顔を視界に知れず、ローガンは黙々とペンを滑らせ採点をしている。おい、せめてこっち見ろ。
舞踏会のエスコート役、それは誰でも出来る訳ではない。国王主催の舞踏会なら尚更で、まず貴族であり、社交デビューを既に済ませた十五歳以上なのは必須だ。尚且つ平民の私と連れ添ってくれる男性でなければならない。
そう考えた時、真っ先に思い浮かんだのはローガンだ。彼は子爵家の人間で、爵位はないが国立学校で教諭をし、解剖学と犯罪心理学の権威だ。そして平民の私を友と呼んでくれる素晴らしい人間である。根暗だけど、まぁそこは目を瞑ってやろう。
「ローガンしかいないんだよおおお!貴族で!でも後継者じゃないから立場もそこそこなくて!私と一緒でも変な噂でなくて!言う事聞いてくれるちょうど良い人なんてさ〜〜!!!」
「腹立たしい評価をどうも有難う。絶対に出席しない」
「やだーー!ローガンがいいーー!!」
「大人しく王太子殿下にエスコートしてもらいなさい」
「ローガンがいいの〜〜!!!」
嫌だ嫌だ!そう同じ言葉を言いながら、腰に顔をグリグリと擦り付ける。まるで子供の様に駄々を捏ねる姿に、本日のお供であるフォルとステラが顔を引き攣らせていた。ええい見るな見るな!しょうがねぇだろうよ!こっちだって必死なんだよ!!
腰にへばり付き啜り泣く(演技)私を見かねたのか、やがてペンの音が聞こえなくなり、代わりに色気のあるため息が吐かれた。彼の顔を見上げれば、頬杖を付きながらじっとりとした目線を向けている。
「君は今、国で一番注目されている存在なんだぞ?そんな君と舞踏会なんて、確実に面倒な事になるじゃないか。国王陛下や王太子殿下と接する機会が出来てしまうかも知れない」
「良いじゃん!国の最高権力にコネ作れるじゃん!」
「今の生活に満足しているし、媚び諂うのは好きじゃない」
「だ、だって……絶対に殿下は嫌だし、仲良しの貴族なんてローガンしかいないんだよぉ……」
「何言ってるんだ、他にも相手はいるだろう?レントラー家の子息とか、ヴァドキエル家の子息とか。彼らの方がよっぽど社交界慣れしてる」
「そんなガキンチョ嫌だ……ローガンがいい……」
「君も見た目はガキンチョだが?」
流石根暗野郎だ、ああ言えばこう言う。頑なに頷いてくれない友に膨れていると、私の表情を見てローガンはニヒルに笑う。それと同時に頭に冷たい手が置かれ、私の髪をとくように撫で始めた。
「まぁ、こんなに俺を求めてくれるのは嬉しいけど」
「うん、すっごい求めてる」
真顔で何度も頷けば、ローガンは撫でていた手を私の頬に当てた。
「今日は調子の良い事しか言わないな、この口は」
「こんなにもお前を求めてる私、可愛いでしょ?」
「可愛いし興奮する」
「出席して」
「嫌だ」
再び腰にしがみ付いた。
《 119 勧誘 》
どれだけ舌打ちを耐えたか覚えていない。それ程までに不快な一日だった。屋敷へ帰る馬車の中、舞踏会のエスコート役が決まらずに嘆く主へ、ステラが心配そうに頭を撫でている。
「最悪だ……もうケリスを餌に、アーサーにエスコートを頼むしかないのか?ヴァドキエルに恩を売りたくない……」
「やっぱり王さま殺しちゃおうよー!そしたらブトーカイ無くなるよー?」
「解決策が脳筋すぎる……」
提案を受けない主に対して、ステラは頬を膨らませて不機嫌になってしまった。だがステラの言う通り、国王を殺してしまえば済む話ではないのか?何故主がここまで必死になるのか、理解に苦しむ。
三十年前、細かに言うなら三十一年前。悪魔が蔓延るこの世界に来てから、我が契約者は人間とも悪魔とも距離を置きながら過ごしていた。僕達が与える奉仕は契約の上、体は許しても、決して心の一線は越さない。……一時期は人間の男に情を持っていた事もあったが、最終的には自分の欲望を優先し、賢い頭で我々を使いながら契約を守っている。
途方もない日々で、何百何千と人間を契約してきたがこんな人間は初めてだ。殆どの人間は豚と呼ばれるに相応しい、悪魔の囁きで簡単に堕落する、愚かな畜生だ。
だが今の主はどうだ?涎が出る程の最高の肉体と魂を持つ人間。賢いが虫ケラの様に弱い癖に、恐ろしい程に傲慢で、自分の欲の為に手段を選ばない強欲さを持つ。悪魔を懐に入れない癖に、悪魔を対等だと無意識に思っている、善悪を交互する人間。……僕の人間の好みは、中々珍しいものだと自覚している。だが今の主は、率直に言うと……。
「……僕が求めていた、理想的な契約者だ」
「フォル?何か言った?」
「ううん!何も言ってないよぉ!」
つい口に出してしまったらしい。主は不思議そうに此方を見ているが、言ったとしても不快にさせるだけなので誤魔化す。だが耳の良いステラには聞かれていたのか、呆れた様な表情をされてしまった。まるで他人事の様じゃないか?君だって、僕と同じような気持ちの癖に。
「ねぇご主人さまぁ、僕に「お願い」してよぉ?」
「お願い?」
「うん!今回はゴホービなしで、王さまも、ご主人さまにちょっかい出してる王子さまも、インキュバスもどきも、しょーにんのおにーさんも。みーんな殺してあげるよぉ?そしたらもう煩わしくないでしょ?」
見た目と同じ甘い声を出して、目を細め挑発的に提案した。主は美味そうな目を鋭くさせて、苛立ちを抑える様にため息を吐く。
「そんな事させる訳ないでしょ、ふさげないでよ」
「ふざけてるのはご主人さまでしょ?この世界に何しにきたか、わすれたのぉ?ご主人さまの来世のため、けーやくの為でしょ?」
嗚呼、そんな睨みつけないでくれ。ただ聞きたいだけなんだ。理想的なままでいてほしいが為の、簡単な質問だ。
「豚さんとなかよくするのは良いよぉ?でも最近、天使から王子さまを助けるために契約したりぃ、悪魔もどきを助けるためにレヴィスにゴホービあげたり、ヴァドキエルのおじょーさまに助言したり。……全然契約と関係ない所で、何でそんなに苦しんでるの?」
「…………」
「僕たちを使えばいい。僕たちに「助けて」って言えばいい。そうしたら、ご主人様に気に入られたい僕達は助けてあげるよ?……ねぇ、まさか僕たちよりも豚の方が価値があるなんて、言わないよね?今まで誰のお陰で生きれてると思ってるの?」
僕の囁く声が、狭い馬車の中で響き渡る。ステラも呆れた表情をやめて、真顔で主の顔を見つめている。娘の甘美な口から発せられる、この質問の答えを待っている。
多少は人間と交流を持つのも必要だ。不満だがそれはわかっている。……だが最近は度が過ぎているんだ。異端の癖に、まるでこの世界の人間だったかの様に太刀振る舞っている。そんな隙があるからベルゼブブ達の罠に引っかかってしまうし、こんな馬鹿らしい悩みを抱えてしまっているんだ。
以前の、他人と極力関わらない彼女に戻ってくれ、とまではいわない。だがここで調教しておかねば、近い将来必ず面倒な事になるだろう。
主は言葉を発しないまま、顔を下に向けてしまった。悪魔が囁いているのに、随分と舐めた態度を取ってくれる。僕はゆっくりと立ち上がり、主の頬に手を当てて答えを促そうと術をかけようとした。
だが、その前に手は、主の手によって掴まれた。
驚いて目を見開く僕へ、顔を上げた主は妖艶に笑う。
「悪魔が、豚に価値を与えられたいの?」
僕の手を、脆い手が強く締め付けた。吐き出す様な解答に、僕もステラも無言になる。
「お前達は、ただ私を喰いたいだけの化け物だろ?お前達は只の肉相手に価値を求めるの?肉に気に入られたって、味は変わらないでしょ?」
「…………」
「ああ、肉に「お願い」されたいんだっけ?……頭が弱くて可愛い悪魔さん、どうか「お願い」を聞いて。……私に指図しないで、そのままつぶらな目で見てて。それでいて、私を契約に従って守れ。黙って私の命令に従ってろ」
「………………っ、……ふふ……」
僕へ向けて並べられる理不尽な罵倒に、耐えきれずに肩を震わせ笑ってしまう。まだまだ罵倒し足りない主は、僕の笑い声に舌打ちをした。
「おい、笑ってないで反論してみ……うわぁっ!?」
話の途中で、握られた手を強く引っ張る。僕へ前のめりになっていた体は簡単にバランスを崩し、素の姿に戻った僕の体に飛び込んだ。
滾りを抑える為に何度も深呼吸をして、それでも吐かれる言葉には熱が篭る。
「……っふ、ふふふ……なんて我儘で、生意気で、嬲りたくなる様な「お願い」だろう?……嗚呼、本当に素敵だ。主は僕が契約した人間の中で、一番仕え甲斐がある。血肉や魂だけじゃない、生き様が最高に好みだ」
滾りを抑えきれない僕の表情に、主は驚き固まっている。そんな姿に微笑ましさを感じながら、柔らかい頬を撫でてやる。
「きっと僕は、主の血肉がどうであれ契約してただろう。それ程までに魅力的だよ」
僕は他の悪魔達と違って、人間と契約する事でも「快楽」を得る。血肉や魂と同じく、その人間の生き様を見て満たされるのだ。人間が僕に愛着が湧くように、僕も人間へ少なからず愛着があるのかもしれない。
……なんて僥倖だ。体に惚れた人間が、まさか心まで惚れさせてくれるとは。
「いいよ。他の悪魔はどうか知らないが、僕は君の考えを、出来る限り尊重しよう。威勢の良い豚が、他人の欲に揉まれ苦しめられた後、どんな無様な姿を見せてくれるのか楽しみだ」
「………」
「ちゃんとつぶらな目で見て、甲斐甲斐しく守るからね。我が主?」
まだ固まる主に、少々意地悪心が芽生えてきた。……言葉を反故するけれど、少し位対価を貰っても良いだろうか?子供の姿では短い舌も、今は素に戻っているから主を満足させれるかもしれない。
下品に歪みそうな顔を必死に抑えて、主の可愛い顔へ近づいていく。………が、近づけていた顔を幼い手が止めた。
幼い手は案の定ステラのもので、彼女は顔を引き攣りながら僕を見ている。
「フォル坊や、オイタはそこまでにしな。………………あと、素っ裸でご主人様を襲うな。吃驚して固まってるだろ」
「…………あっ」
思わず周りを見れば、服の残骸が馬車の床に散らばっていた。
そういえば、うっかり子供の服を着たまま戻っていた。