117 名前を
短めです。
翌朝、私はとある場所に向かう為に馬車に乗っている。
目的地には過去にフォルとステラも行っているので、今日のお供は二人……と後ろからアホみたいにギッチギチに抱き締めているレヴィスだ。
向かいに座るフォルとステラは、私へ抱きつくレヴィスに呆れた表情だ。
「ねぇ!独り占めは駄目だよぉ!」
「離れてよー!私たちもくっつくのー!」
「嫌だ。離れたらまた変な虫がつく」
「虫言うな」
どうやら昨夜の、私とローガンとの密接な出来事をサリエルから聞いたのがショックだったらしい。昨日から「街娘の肉質を見ていたら、知らない間に本命が不埒な行為をしていた」と嘆いている。知らんわ、ちゃんと見てないお前が悪いんだろ。
私はなんとか後ろを向いて、しょんぼりレヴィスさんの頭を撫でる。というか離すために後ろへ押す。
「ねぇ離れてよ、邪魔なんだけど」
「何でそんな事言うんだよ、俺の事嫌いなのか?」
「うわー、めんどくせぇ不貞腐れ方してる」
迷惑彼氏から束縛彼氏、そしてめんどくせぇ彼氏に進化、いや退化している。どの彼氏も最悪だ。おい首を舐めるな、噛むな。
その後は私と、フォルとステラの努力もあってか、馬車が目的地に到着する頃には漸く離れてくれた。やや不機嫌そうだが、気にしたらキリがないので無視して、私は馬車から降りた。
今日の目的地は、かつてシスターが悪魔だった中央区の孤児院だ。大商人であるエドガーがオーナーとなってからは改装工事が行われた様で、前回調査に来た時よりも外観が綺麗に整備されている。流石商人。営業はまず外面からって事か?
何の運命なのか、デボラとジミーが暮らしていた孤児院がここだ。デボラの墓がこの孤児院の隣、教会墓地に埋葬されている。
事件調査の為とはいえ、一度レヴィスが棺を開けてしまっているのだ。幽霊などは信じてはいないが……流石に申し訳なさがあるので、デボラの墓に花を置きに来た。
「ご主人さまぁ、先に行ってるねぇ!」
「ジメジメなレヴィス、ちゃんと連れてきてねー!」
「はいはい、分かったよ」
フォルとステラは花束を持って、先に墓へ向かっていく。私は新たな神父へ挨拶をしてから向かう予定だ。見ず知らずの女が孤児の墓に花束を贈るのだから、挨拶くらいしておかなければ怖がられそうだし。
ジメジメなレヴィスを後ろに引き連れ、通りすがりの手伝いに神父の場所を聞く。執務室にいるらしいので、場所を教えてもらい案内は遠慮した。何度かここには来ていたので、大体の場所は覚えている。
外廊下を歩いていると、後ろから鼻をひくつかせる音が聞こえた。どうしたのだと聞く前に、奴から先に声を出した。
「なぁ、ここ臭くないか?」
「え、そうかな?全然匂わないけど」
「本当かよ?鼻つまってる?」
「いや、鼻通りは快適だけど?」
不思議そうに首を傾げるレヴィスに引っ掛かりを感じながら、歩み進める足は止めない。
やがてお目当ての部屋に付けば、控えめに扉をノックする。中から男の声が聞こえたので、ゆっくりと扉を開けた。
中には、純白の神父服を着た男がいた。
三、四十代程の見た目で、焦茶色の髪に、濃い紫色の瞳の男。扉を開けた私へ顔を向ければ、その男は口角をあげる。
「初めましてお嬢さん。御用件は?」
「……あ、えっと……初めまして神父様、私はイヴリンと申します。ここの孤児だった、デボラ・シュナイザーの墓に花を置かせて頂く、ご許可を頂こうかと」
紫の瞳なんて、王族以外で初めてお目にかかる。思わず口籠ってしまったが、神父は私の名前を聞くなり目を見開いた。
「……イヴリン……失礼、エドガー・レントラーをご存じで?」
「ええ、あの方とは親しくさせて頂いておりますが」
そう答えれば、神父は顎に手を添えてまじまじと私を見る。……その目線があまりにも失礼なものなので、思わず眉間に皺を寄せる。
「……何ですか?」
「いや、エドガーからよくおま……貴女様の話を聞いておりましたので」
「そうですか……」
紫の瞳で驚いてしまったが、中々失礼そうな神父だ。……そう言えば、エドガーと新しい神父は酒場で知り合ったんだっけ?絶対「お前」って言おうとしただろこの神父。
私の表情にようやく気づいたのか、神父は顔を引き攣らせながら手を差し出した。
「女性に失礼な目線を向けてしまいました。お許しを」
どうやら握手を求めているらしい。だが私は手を出す代わりにため息を吐いた。……あ、顔更に引き攣ったな。
「見られるのも、失礼な事を言われるのも慣れています。……神父様、私は挨拶をしています。なのでお名前を教えて頂いても?」
「なんだこの可愛くないおん……あはは!男相手に立派で可愛いお嬢さんだ!」
「……………」
神父は愛想の良い表情をしながら、己の名前を伝える為に口を開いた。
「私の名前は、アダリムと申します」
「………アダリム」
「ええ、この国では覚えられやすい名前でしょう?」
アダリム、それは聖人と同じ名前だ。
その時、後ろから何かが崩れる音が聞こえた。
驚いて音の方向を向けば、そこにはレヴィスがいる。
奴は今にも倒れそうな体を壁にもたれさせ、顔を真っ青にしながら……アダリム神父を見つめていた。
その表情は、目の前の神父に怯えているものだった。
これにて「国立学校編」は終了です。
次回は閑話の予定です。