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116 真実は隠す方がいい


 都会と違い、田舎の空気は澄んで心地よい。まだ肌寒い日々が続いているからか、外で座っていれば鼻先がじんわりと冷たい。それでも屋敷のある丘の上よりは暖かいものだ。あそこは風通しが良すぎる。


 現在私は、屋敷のある丘の下、ランドバーク領の小さな街にいる。中央では大きな焚き火……いやキャンプファイヤー?がされ、その周りを大人も子供も座り、皆それぞれ酒やご馳走を食べはしゃいでいる。夜の薄暗さをかき消す様な明るい声が、そこらじゅうで聞こえた。


 この街では生糸を生業としており、蚕を育て始める春先前に、領主が食材と酒を提供して決起会を行う。参加は領民であれば誰でも可能で、今では決起会というよりお祭りに近いかもしれない。タダで美味い酒と食事にありつけるのだ。自然以外、洒落た店もないこの土地で、決起会は領民のいい憂さ晴らしになっている。



「イヴリン」


 領民の姿を隅で眺め座っていると、後ろから穏やかに声を掛けられる。振り向くと普段より小綺麗にしたローガンがおり、手には酒を持っていた。


「お、気が利くじゃん。有難う」

「どういたしまして」


 彼から素早く酒を受け取る。今日のお供であるレヴィスは、遠くで頬を赤めらせた街娘の対応に追われているし……今の内に飲んでしまおう。チャンスだ。今しかねぇ。


 ローガンは隣に座れば、自分用に持ってきた酒を一口飲む。ランドバーク家の一員である彼は、髪と隈を整えればそれなりにいい顔をしている。レヴィスのもはや暴力的な色気には負けるが……まるで雨、濡れた様な色気を持っている。隣に座る彼は、肩が触れる程に近い。


「毎年、この集まりに君が来ない事を姉さんが愚痴言ってたんだ」

「まさか、決起会の参加が解剖記録の対価とは……私は蚕を育てている訳でもないし、領民の皆さんも嫌がると思って参加してなかったんだけど」

「それは君が、街に滅多に来ないからだろう。領民とさして関わりもなく、あんな大きな屋敷に若い女が一人なんて、訳ありとしか思えないからな」

「その通りじゃん」

「その通りだが」


 横から軽い笑い声が聞こえた。滅多に街に来ないのはローガンも一緒で、領民達には「都会で大活躍をしている、領主様の優秀な弟君」と慕われている。どうやらここに来るまでに、領民に酒をよく飲まされた様だ。……まぁ確かに、私が編入試験を受けるまでは彼が最高得点保持者だった。何度も言おう、私が受けるまでは。


「酒はありがたく頂くけど、私よりも領民さん達と話してきたら?……ほら、向こう見なよ。可愛い女の子達が、頬を赤くしてこっち見てるよ、色男」


 酒を飲みながら、顎でこちらを見つめる娘達をさす。ローガンはチラリと其方を見てから苦笑した。


「いや、こんな中年を相手させるのは勿体無い」

「ねぇ、言い方違うでしょ?」


 意地悪く弾ませ声を出せば、ローガンは一瞬目を見開く。


 その後は目線を泳がせていたが、見つめる私の目線に観念したのか、目尻を赤くさせながら小さく口を開いた。


「……君の隣が良い」


 小さくても聞こえる声に、私は満面の笑みを向ける。


「うんうん、その言い方がいい」

「………言わなくても分かるだろ、揶揄うんじゃない」

「いやぁ、前回は庇ってたから、可愛い友の照れ顔見れなかったんだもん」


 笑いながら、整えられた頭をガシガシと強く撫でる。酒を途切れ途切れに飲みながら、恥ずかしいのかローガンは目線を下にしているが……隠せない耳は赤い。見た目は私よりも随分年上だが、中身は出会った頃から変わらない、根暗で可愛い友だ。


 証拠隠滅の為に、残りの酒を一気に飲み干す、品のいい果実の甘みと香り、そしてやや久しぶりのアルコールが喉を潤す。エドガーに連れて行かれたリストランテの酒には負けるが、それでも田舎では極上の味だ。


「ねぇ、ちょっと話しても良い?」

「何?」



 空のグラスを弄りながら、私は小さく白い息を吐いた。



「ジミーが……デボラの死が他殺だと知ったのは、一ヶ月前に家に送られてきた手紙からだったと証言してるみたい。読んだら直ぐに燃やせと書かれていたそうで、実物はもうないけれど……質の良い封筒に、花の紋章で封蝋されてたんだと。まるでお前みたいだね」


 白い吐息と共に告げる言葉に、ローガンは顔が赤いまま、無言だ。私は話を続けた。


「そもそも、自警団が保管している筈の解剖記録が、ローガンの部屋の本棚にあるのは可笑しい。ジミーの証言を聞いて、詰所の記録担当に確認したら、一ヶ月以上前にローガンから要請があったと」


 ロザリーにローガンが相談されたのは、ジミーが事件を起こし続け、暫くしてから。そのジミーは一ヶ月前の手紙で事件のきっかけを得た。ローガンがそれよりも前に記録を持つ事は有り得ない。


 今回の事件は、デボラとロザリーの入れ替わりを除けば非常にシンプルだ。現にデボラの死が他殺の可能性が出た途端。ベリル団長率いる北区自警団は直ぐにロザリー(デボラ)を取り調べたらしい。



 ……そう、非常にシンプル。

 ただ、()()()()()()()()()()()()



 もう頬の赤みがなくなったローガンは、持っていた酒を一気に飲み干す。その後大きく息を吐けば、此方にもアルコールの匂いが香ってきた。



「偶然、別の事件の記録を探す時に見つけたんだ。俺が担当していれば、あんな粗末な記録は残さないと前任を恨んだよ」

「お前の後悔なんてどうでもいい。……何でジミーに伝えた?お前の情報の所為で、あの子供は危うく殺人を犯す所だった」


 私が後もう少し、真実に近づくのが遅くなっていたら。ジミーはユベールを殺害し、取り返しのつかない事になっていただろう。その行為のきっかけを自分の友が行った、その事実にグラスを持つ手が震えた。私の姿を見て、ローガンは小さく笑い声を上げる。



「……真実を教えられない事が、どれほど辛いか君には分からないだろう」



 どういう意味なのか、そう怒鳴りつけようとした。だがその前に、私の胸に力強い手が当たり、そのまま地面へ倒される。焚き火を囲む領民はなく、目の前には美しい夜空が広がった。次には夜空と同じ色の瞳が、空を覆い隠す。その時、ゴウゴウと焚き火の炎が風に煽られた。弱まった炎は、少し離れた場所にいる私とローガンの姿を、夜の闇にのみこむ。


「俺の事を友と呼ぶ君は、ずっと俺に何かを隠している。……止まった君の成長だけじゃない。それ以外も」


 唱えるように、窘める様に大人の声が聞こえる。心臓の音が強く鼓動する。


「ジミー・フォルトに送ったものは、ただの「きっかけ」だ。差出人も書いていないし、低俗な嫌がらせとも取れる内容で送った。……なのに彼は行動したんだ。友の理想的な部分だけ知って、それだけが真実だと必死に受け入れていた彼は、真実を知ろうとしたから行動した」


 流石、作家もしてるだけある。強く刺さる言葉をあえて使ってやがる。胸に置かれた手は、まるで魔法の様に私の体を止めていた。ただただ、胸に広がる痛みを受け入れろと命令されている様だ。



 そうか、ロザリー・アルバスに相談された時、いやその前から……ローガンは犯人が、自分が手紙を送ったジミーである事を分かっていたのだ。その上で私を指名した。ジミーを助けれるのは私以外にいないと思ったのだろうし……後は、彼から知って欲しかったのだろう。ローガンの気持ち、私への皮肉を。


 闇の中でも、顔が近づけば表情が分かった。言ってる言葉は辛辣な癖に、穏やかな表情。それがどうしようもなく辛い。



「イヴリン、俺は辛いんだ。君が心を許せば許すほど、友と呼ぶ程に。君が俺に隠し事をしているのが、手に取る様に分かってしまうから。俺が君を全て受け入れられないと、そう君が言っている様で辛い」



 私よりも随分歳をとった友は、昔から変わらない微笑みを向けてくれる。……なんて理不尽で、自分の罪を棚に上げた言葉達だろう。結局、お前は一人の少年を不幸にしたのだと、見せたくない真実を見せてしまったのだと何故気づかない?真実が決して、自分を幸福にする訳ではないのに。


 胸に置かれた手に触れれば、とても温かい。そのまま掴んで、冷たい私の頬に当てる。……小さく、熱を持ったため息が聞こえた。


「全部知りたいなんて、それって友達でおさまる関係じゃなくない?」

「じゃあ、俺と恋人になる?」

「ローガンと?そんな関係で終わらせるなんて、勿体無いでしょ」

「…………夫婦は?」

「あら、私を妻にしてくれるのかしら?」

「俺を夫に出来る変人なんて、君くらいだろ」

「光栄だねダーリン。毎朝キスして起こしてあげる」

「こちらこそハニー。毎晩君を抱いて寝よう」



 下品で、たわいも無い言葉遊びをして。

 そんな楽しそうな未来なんて、起きないのだと笑う。



 ……嗚呼、彼に全部言ってしまいたい。

 私は悪魔に飼われているのだと、私はもう生きていないのだと。

 お前の前にいる私は、何度も蘇った死体なのだと。




 頬に、友の細い髪が当たる。アルコールの匂いと、ほんのり煙草の匂い。生きた匂い。

 


「……無理だよ、お前には真実を教えてやれない」

「何故?」


 早口で訴える声に、熱いため息に。

 私は友ではなく、友の後ろにいる執事へ向けて笑った。





「だってお前は、ちゃんと生きてるもの」






 執事はローガンの頭を掴めば、彼は眠る様に倒れた。

 仁王立ちで立つ執事は、彼の体を押し退け、私の腕を掴んで起こす。その表情は険しいものだ。


「どうしてレヴィスと離れているんですか。何襲われてるんですか」

「いやだって、レヴィスめちゃくちゃ絡まれてるんだもん」

「それが言い訳ですか?もう少しマシなのにして頂けます?今この豚に何されそうになっていました?」

「あーはいはい!悪かった悪かった!!」


 早口で畳み掛けられるサリエルの説教に、私は苦い顔をして狼狽した。その態度が気に食わないのか、サリエルは美しい顔を更に険しくさせていく。本当に子供だ。


「で?お前がここにいるって事は、デボラと契約していた違法悪魔は見つけれたの?」

「ええ、契約者から辿り見つけました。本人同意なしの対価()()()の違法で、既に地獄へ堕としています」

「うん?二件?」


 予想外の言葉に聞き返すと、サリエルは私を抱き上げながら教えてくれた。


「二年前のデボラ・シュナイザー以外に、今回の悪魔はジミー・フォルトとも契約していました。対価は、その人間を扶養する里親達の寿命の様です。よかったですね、同じ悪魔じゃなかったら契約違反になる所でしたよ」

「…………何で」

「地獄へ堕とした悪魔の話によれば、最初は自分の寿命にする予定だった様です。ですが悪魔の力を借り、証言者への傷害や、当時の関係者達に聞き込みをしている内に、自分の里親が厄介払いの為に、デボラを南区へ売り付けようとしていた事実を知ったそうです」

「ま、待って……じゃあ、ロザリー・アルバスは何故、デボラに支援を?知らなかったの?」

「それをフォルト伯から相談され、止めたのがロザリー・アルバスです」



 衝撃の事実のおかげで、ある真実が見えた。それも最低なもの。


 ロザリー・アルバスは、デボラの事をフォルト伯から聞き、彼女を守る為に、ジミーからの紹介と嘘を吐き引き上げたのだ。


 助け、彼女の才能を見出し、自分の研究に触れされた。……結果、彼女は素晴らしい結果を出してしまった。その才能は素晴らしいもので、そして地位のないものが持てば、地位のあるものにどんな目に遭うのか分からないもの。




《 先生は私を罵った。私を孤児院から連れてきたのは間違いだったとか、研究の結果を孤児が公表しても誰も相手にしないとか。……私が、社会ではどれ程替えの効く存在であるか、唾を吐くように丁寧に教えてくれたわ 》




 デボラ、先生の言う通りだよ。

 自分が孤児院から連れてきてしまったが為に、貴女は有り余る才能を開花してしまった。孤児が公表しても、誰も相手にしないし、貴女が傷つけられるだけだ。孤児の貴女なんて、替えが効く存在だから、何をされるか分かったもんじゃない。



 もしかしたら、ロザリーはデボラの功績を自分のものとして公表し、その後に安全になった上で、世間へ種明かしをするつもりだったのかもしれない。

 兎に角彼女を守るために、奉仕だなんて冷たい言い方をして、つい罵ってしまったのかもしれない。

 屋上でこっそり褒め称えていた可愛い生徒に、社会の恐ろしさを見せるのを遅らせる為に、必死に説得していたのかもしれない。


「………ああ、でもこれは立証出来ない。真実じゃなくて仮説のままだ」

「何をブツブツ言っているんですか」


 サリエルは険しい顔から、相手にされていない事で不貞腐れた表情に変わっていた。私はそんな奴へ笑いかけ、抱き上げる奴の首に手を回し、顔を隠す様に埋める。



 ローガンが真実を知る「きっかけ」を作ったばかりに、ジミーは悪魔と契約して別の真実を知ってしまった。自分を救った里親は、デボラから自分を離すために非道な行為をしようとし、それを救ったロザリー・アルバスの弟がデボラを殺した犯人かもしれない。


 そして極め付けに、私の存在が現れた事で必死に取り繕った線が切れてしまった。


「やっぱり、真実なんて全部知るもんじゃないよ」

「……泣いてるんですか?」

「泣いてないよ。ねぇ、もう帰ろうよ」


 泣いてないと言いつつ、甘えた声になってしまった。サリエルの喉がゴクリと音を鳴らす。表情は見えないが、抱き締める力が強くなった。


 暫くすれば、耳元に優しく吐息がかかる。



「ええ、帰りましょう。ご主人様。………レヴィスは置いて」

「いや助けてやれよ」





 今度は面倒臭そうなため息が聞こえた。





あと1話続きます。

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