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11 舞台劇のお誘い


 侍女のスザンナが金品を盗もうとした際、夫人に見つかりやむなく殺害に至った。レントラー公爵家の事件はその内容で公表される事となった。


 公爵は放浪癖が治らず、やがて魂が抜けた様に言葉も発さなくなった。その為急遽、爵位の譲渡が決まりパトリックがレントラー公となる事が決まったのだが、彼は十九歳なので、二十歳の成人までは先代公爵の弟が代行する事になった。


 あの事件により、国中で「辺境の魔女が、公爵家の事件を解決した」と噂や記事が出回る様になった。どうやら公爵家の使用人の誰かが外に漏らしたらしい。お陰で屋敷の周りには一日中記者がいるので、私は屋敷に軟禁状態だ。



 昼食に出された鯖のサンドウィッチを食べながら、食堂の窓の外から丁度見える屋敷の門を見た。もう事件を解決して一週間は経っているのに、十人以上の記者達が門の前で待ち構えている。皆目がギラついており、新しい情報を仕入れようと必死だ。


 それを同じく見ていたフォルとステラは、鯖のサンドウィッチを飲み込む。


「ご主人さま大人気だねぇ!人間がたくさんいるぅ!」

「ねーご主人さまー!邪魔だし、あの中の誰か食べてもいーいー?」

「ステラ〜?いいよって言うと思ったのかなぁ〜〜??」


 ステラはこちらを見て、テヘッ!と舌を出してくる。うん、可愛い。


 しかし確かに邪魔なのはその通りだ。私だけでは飽き足らず、買い出しに出る使用人達にまでちょっかいを掛けてきている。パトリックも手助けを願い出てくれているが、公爵家に迷惑をかけるのも後が面倒……というか。自分に好意を寄せている彼に、これ以上関わるのはよろしくない。





 どうすればいいのか困り果てていたその時、門の前にいた記者達が全員慌て始めている。彼らの目線の先を見ると、そこには百合の花の紋章が描かれた馬車が、こちらに向かってきている様だ。


 …………百合の花の紋章、あれは王族のものだ。


 

「ご主人さま!王子さま来たよ!!」

「王子さまだぁ!!」



 無邪気にはしゃぐフォルとステラとは相反して、残りの三人の使用人と、私は顔を引き攣らせた。





  



    《 11.舞台劇のお誘い 》







「舞台劇……ですか?」

「そう。最近流行っている劇があって、今度一緒に観に行こうと誘いに来たんだ」


 門の記者達を一掃した王太子は、屋敷の応接室で私の向かいに座る。用意された紅茶を飲み、彼は柔らかく笑いながら中央区で流行の舞台劇の事を伝えた。


 どうやら私の状態は王宮にも知れ渡っていたらしい。無礼千万な記者達も、平民の私になら何をしてもいいと思っているのだろう。だが貴族や、ましてや王族に楯突く事は死を意味する。下手をすれば自分だけではなく、家族まで処罰の対象になる事だってあるのだ。王太子であるルークが来てくれて助かった。助かったんだが……。


「また私の、王か王子の愛人説が広がっていく……」

「うん?何か言ったかい?」

「いえ何でも!劇には他にどなたがいらっしゃいますか?」


 話を逸らす為にも、先程の劇の予定や同行者などを聞く。王族の誘いを断るなど、平民の私には出来ない。若かりし頃の陛下と、そして今ではルークとこれ迄、何度かこういった誘いはあった。だが必ず付き人の貴族や、もしくは陛下や今なお存命の王太后も同行していた。なので今回も誰かしらはいるだろう。頼むから陛下はやめてくれ。どっちの愛人なのか、世間が過熱しそうだ。


 だがルークは私の言葉に、紅茶を飲み終わった空のカップの取手を触り始める。目線もこちらを見ないし、何だか頬も赤い。此処まで馬車で来るのに疲れてしまったのか?後ろにいる使用人達に休める部屋の準備をしてもらおう。


 ルークにそう声を掛けようとしたその直前、彼は頬が赤いまま、真剣な表情でこちらを見た。


「今回は……二人で観ようと思ってるんだ」

「……………えっ」

「だ、駄目かな……?」


 美しい紫の瞳を潤ませて、首を傾げながらこちらを見るルークが放った言葉に、私は脳の処理が追いつくのに暫くかかった。王族が劇を見る際、一般席なんてあり得ないので特別席が用意されているだろう。なので他の人間が入る事もない、つまりは密室。

 ……そんな所にルークと二人きりなんて、世間から何を言われるか分かったもんじゃない。下手したら愛人説より婚約説、婚姻間近と囁かれてしまうかもしれない。顔を引き攣るのをどうにか耐えて、私は愛想笑いを浮かべた。


「いやっ、流石にそれは」

「おばあ様や父上、他の貴族達の前だと、君は益々上辺の態度で接してくるだろう?僕には本音で接して欲しいんだ。二人きりなら、君もそうしてくれると思って……」

「そ、それは王族や貴族様方に、無礼な事をしないようにですね」

「……パトリックの前では喧嘩する程、本音で話しているのに?」


 何故それを知っている?もしや公爵家の話を外部に漏らした使用人からか?ルークはカップを触るのをやめて立ち上がり、私の前までゆっくりと歩を進める。


「パトリックは公爵家の人間なのに、随分仲がいいそうじゃないか?」

「そんな事はないです!!全く仲良くありません!!」

「でも彼は最近、君の屋敷に泊まっただの、仲良くしていると僕に自慢げに話しているけど?」


 あの童貞か!?あの童貞がこの事態を引き起こしたのか!?畜生童貞はこれだから扱いが面倒だ!!よりにもよってとんでもない人に自慢しやがったな!?


 目の前で立ち止まったルークは、眉間に皺を寄せた表情を向けている。

 そしてゆっくりと自分の頬に触れる彼の手は、手汗で肌に張りついてくる。



「……僕の気持ち、知ってる癖に酷いじゃないか」

「そ、それは……」




 勿論知っている。伊達に三十年生きていない。


 だがルークのその気持ちには答えれない。あと二十年この姿のままで生きる私と、どんどん大人になっていく彼とは時の流れが違う。それに私は平民なのだ。この国を背負う事になる王族や貴族の側で、彼らを支える自信はない。


 だからずっと気づかないフリをしていたし、その方が楽だった。おっとりした性格のルークは気づかないと思っていたが……そうか、もう彼は十五歳か。出会った頃は十歳だったから、ずっと彼を子供だと思っていた。

 頬に触れた手が、やがて唇をなぞる。その際に見つめるルークの表情は、もう大人の男性だ。


 驚きすぎて固まっている私に、やがてルークはため息を吐いて離れた。此処まで緊張で息を止めていたので、私は思いっきり深呼吸をする。それを数歩離れた所で見ている彼の目は、もう普段の穏やかな彼とは違った。


「……わかった。当日はパトリックも連れていく。君の使用人も、一名同行を許そう」

「あ、ありがとうございます!」


 よかったーー!!なんとか二人っきりは阻止できた!!最大の脅威を防ぐ事が出来た喜びで、今この場で小躍りしたいがルークの目の前なので抑える。


 そのままルークは城へ帰るらしい。私は門の前まで見送る為に後を着いて行く。普段ならその間も会話が弾んでいるのだが、今回は無言だった。




 




 馬車の扉が開き、ルークは乗り込もうとしたその時、後ろにいた私へ目線を向けた。何か忘れ物でもしたのかと首を傾げたが、彼の表情は真剣だ。


「王命で君に爵位を付けて、僕の妃にする事だって出来るんだ。……今まで君の気持ちを尊重して、父上の提案を断っていたけど」


 えっ、そんな事しようとしてたの陛下?思わず顔が引き攣ってしまった私へ、ルークは色気たっぷりに微笑んだ。


「でも、君がそんな風に僕を弄ぶつもりなら。それもいいかもしれない」

「えっ!?」

「じゃあ一週間後、また迎えに来るよ」



 とんでもない爆弾発言を告げたルークは、そのまま馬車に乗り屋敷から出て行った。





 馬車が見えなくなるまで見送る最中、私は自分の未来への恐怖で身体中が震えている。やばい、このままだとルークと婚姻させられてしまう。王太子と魔女が婚姻とか、もう国が大混乱になりそうだ。


 後ろで全てを見ていた使用人達は、馬車が見えなくなった途端、恐ろしいほどの殺気を出し始める。背中がひり付くほどの殺気に、後ろを向くことが出来ない。


「ご主人様、あのクソ王子を殺しましょう」

「サリエルの言う通りです、私が見るも無惨に締め殺して差し上げますわ」

「殺す前に水責めしよう。鼻水と小便垂らすまで責めてから殺そう」

「僕も水責め付き合うよぉ!」

「私は毒で、身体を蝕んで苦しめるのー!」



 

 後ろでどうルークを殺そうか考えている悪魔達に、今何を言っても火に油を注ぎそうだ。


 私はストレスでの胃痛を感じながら、大きくため息を吐いた。



 


 

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