111 仮定を真実へ
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早朝、詰所に出勤すると門番から来客が来ていると知らされた。特に予定はなかった筈だが、門番の表情を見て察した。どうやら噂の聖女様がお見えらしい。
外廊下を足早に歩き、通る団員へ軽く挨拶をされながら応接室へ向かう。毎日通っているのに、あの女性に会う緊張で足が重たくなってしまう。
かつては「辺境の魔女」として名を馳せていた女性。見た目が何十年も変わらず、恐ろしい黒魔術を使って王族を操る魔女。美しい使用人達と辺境の屋敷に住んでおり、事件や調査など、好みの依頼なら格安で引き受け解決に導いている。
出会う前はまるで御伽話の人物の様で、噂が誇張された結果なのだろうと思っていた。
だが暫くして。それまでうちで働いていた解剖医が引退した為、新たに赴任してきた解剖医が魔女の友人だった。興味本位で噂が真実か聞けば、大方その通りだと回答した。
それでも信じきれなかった私へ、解剖医は「いつか依頼をすればいい」と薄く笑った。……多分、分かっていたのだろう。私がどうしようもなく彼女へ興味をそそられているのを。
応接室へ着けば扉を数回ノックした。すると中から久しい声が聞こえる。緊張しながら扉を開ければ、中には何故か制服を着るミス・イヴリンと、美しい容姿の使用人がいた。前回来ていた使用人とは違い男だが、彼女の使用人はやはり美しい。使用人は私を一瞬だけ見れば、すぐに目線を彼女へ向けた。その目線が余りにも愛おしい恋人へ向けるものだから、朝から思わず顔が引き攣る。
彼女は用意された紅茶を優雅に飲みながら、目線だけ此方へ向ける。……その目線を見ていると、彼女の前では何を隠しても暴かれてしまう、そんな気持ちにさせてしまう。
「ベリル団長。朝早くから申し訳ございません、至急確認したい事がございまして」
「こちらこそ、お待たせしてしまって申し訳ない。……ミス・イヴリン、君は国立学校の生徒だったのか?」
私の質問に、彼女は自分の姿を見て苦笑した。
「調査の為に必要でしたので」
「そうか、では今回此方に来たのもその調査の為か?」
「その通りです。情報をお聞きしても?」
ミス・イヴリンは可愛らしく首を傾げて聞いてくるが、前回と違い自警団は調査協力をしている訳ではない。自警団を情報屋と勘違いしているのか?そう思ってしまえば眉間は険しくなってしまう。
「……ただの平民の君に、自警団が情報を与えると?」
「ええ。そうしなければ、遠くない未来に国立学校で殺人が起きるでしょうね」
まるでそれが確定した様に、淡々と彼女は言った。私は向かいのソファに座り、何もかもお見通しと言わんばかりの彼女へ、苛立ちを含めた表情を向ける。
「……何故、殺人が起きる?」
「その前に、ひとつ見て頂きたいものがあります」
ミス・イヴリンは、後ろに立つ使用人から書類を渡された。表紙には見覚えのある
「二年前に死亡した、デボラ・シュナイザーの解剖記録です」
「どうしてそんなものを……」
彼女はその問いに答えない。だが本来なら詰所に保管されている筈の記録、それを持ち出し出来る人物など限られている。どうやら仲の良い「ご友人」におねだりをした様だ。
ミス・イヴリンは表紙を捲り、紙に指を滑らせていく。
「屋上から飛び降りて死亡。事件当日は早朝、ですがデボラが一人で歩いていた姿や、屋上へ向かう姿を何人かの生徒に目撃されていた」
「その通りだ。当時の解剖医にも事件性はないと報告を受けている。故に自殺で処理したものだ」
その事実に、ミス・イヴリンは目を細める。
「残念です。もし解剖したのがドクター・ランドバークならそんな事にならなかったのに」
挑発的に言葉を吐いた彼女は、資料を何枚か捲ってく。そしてお目当てのページを見つければ、私へそれを見せた。
「右手、親指を除いた全ての指が折れています。左手には怪我はありません。当時の解剖医は屋上から落ちたのだからと疑問視していない様ですが……それに、右爪は一部剥がれていると」
記録に残されている内容を見れば、頭から落ちたのか上半身に集中して損傷している。腕や脚も多少はあるが、それでも右手程に酷いものはない。私は頬杖を付きながら思考を巡らせ、彼女へ口を開く。
「確かに可笑しいが、屋上から落ちたんだから打ち所が悪かったのでは?」
私の答えは不正解だったらしい。ミス・イヴリンは明らかに不機嫌そうに頬を膨らませている。……そういう顔をしてもらえると、多少は親近感が持てる。
彼女は小さくため息を吐けば、じっとりとした目で資料を軽く叩いた。
「違います。ちゃんと脳あるんですから、もっと考えてください」
「…………馬鹿にしてないか?」
「してません。ベリル団長が答えを言わないのが悪い」
思わず顔が引き攣ってしまう。なんと幼稚な言い返しだ。この少女が、王室に寵愛され、白百合勲章を得た聖女候補でなければ怒鳴っていたかもしれない。……まぁいい。思考を巡らせよう。
屋上から落ちた、それが原因で手が骨折している。それが間違いと彼女は言っているのだ。屋上へ行く前、もしくは屋上で得た傷なのだろう。親指以外を折る、だが親指は骨折がないだけで先に痣があると記載がある。……一体どうすればそんな骨折になる?爪が剥がれるほどという事は、余程の力を使っていたのだろうが……
……何かを、掴んでいた?
その時、私の中である「可能性」が浮かび上がった。
答えを確かめるためにミス・イヴリンを見る。私の表情で察したのか、彼女は満足そうに頷いた。
「デボラ・シュナイザーは、屋上から飛び降り自殺はしていない。落とされたのです」
「その際、彼女は手摺を掴んで抵抗したのか」
デボラが落ちるのに抵抗し、爪が剥がれる程に必死に掴んだ手を、犯人は暴行を加え無理矢理落とした。だから彼女の死体の手には骨折と痣がある。
だがこれはあくまで「可能性」であり、まだ「真実」ではない。二年前の出来事なのだから、既にデボラ・シュナイザーの体は埋葬されてしまっている。ただの記録だけで犯人を見つける事は難しいだろう。
「仮にそれが真実だったとしても、証拠も全て当時の記録でしかない。……ミス・イヴリン。君は何をしようとしている?」
わざわざ自警団に来た理由は……彼女が求める情報、それはご友人でも提供するのが難しいものなのだろう。だからまずは自分の情報を与え、信頼させそれを得ようとしている。……もしくは、彼女は私へ告げているのだ。「お前が解けなかった謎を、私なら解き明かせる」と。
緊張で手に力が入る。食い入る様に見つめれば、彼女は資料を閉じ、小さく息を吐いた。
「先ほど申し上げた通り「これから起こる殺人」を止めようとしています。その為には仮定を真実にする為の情報が必要です」
底知れない漆黒の瞳が、彼女の言葉が私を見つめとらえてしまう。まるで彼女から発せられる言葉が、全て真実の様に思えてしまう。小さな口が動き、私を誘惑していく。
「ベリル団長、もう一度言います」
「…………」
「情報をお聞きしても?……二年前の、デボラ・シュナイザーの殺人事件について」
どうやら聖女様の中では、殺人事件で確定している様だ。それに場違いに笑ってしまうと、彼女は再び可愛らしく頬を膨らませる。