108 魔女、学生になる
早朝、教室へ行くとやけに皆が騒いでいた。突然小テストの予定でも出来たのだろうか?気にせず自分の席へ進めば、周りと騒いでいたギルバートが此方へ駆け足でやって来る。
「パトリック!聞いたか?今日編入生が来るらしいぞ」
「編入生?こんな時期にか?」
最終学年であり、あと数ヶ月で卒業となる今の時期に編入とは非常に珍しい。しかもここは国で最高峰の学校だ、その編入試験となれば相当な難易度だろう。非常に優秀な他国の人間か、もしくは下級生の飛び級か?
「しかもその編入生、うちの編入試験満点だったんだと!」
「……凄いな。そんな天才、今まで何をしてたんだ?」
「流石に俺もそこまで分からないさ、だから皆楽しみで仕方がないんだよ」
年越しパーティーも終わり、あとは卒業だけの平凡な日常。そんな時に突然現れた編入生だ、確かに皆の興味が高まるのも分かる。実際、俺もどんな編入生なのか気になっている。
ギルバートと暫く話していると、教室の扉が開き教員……ではなく学校長が教壇へ立った。どうやら学校長が直々に編入生を紹介するらしい。彼女は咳払いをすれば、騒いでいた生徒も静まり自分の席に戻っていく。
「皆さん、お早う御座います。本日は珍しい時期ではありますが、このクラスの編入生を紹介します」
学校長が手招きをすれば、皆が生唾を呑みながら扉へ注目する。
そして、入ってきたのは……見知った少女だった。
「……は、初めまして……イヴリン・アノニマス……です……よ、よろしく……」
我が校の制服を乱さず着る、やや引き攣った表情で自己紹介をした想い人を見て……思わず立ち上がってしまったのは仕方がないだろう。何してるんだお前。
《 108 魔女、学生になる 》
二年前に自殺した学生が、無差別で人を襲っている。そんな超自然的な事を調べる為に、国立学校へ潜入するのはいい。いいが、まさか学生の立場だとは思わないだろう?見た目は十代だがね、中身は四十超えているんだよこっちは。学生服なんてもはやコスプレだよ本当に。
被害者の学生への聞き取りは勿論、出来れば被害者の環境も確認したい。もし今回が違法悪魔による事件なら、被害者の交友関係が重要だと判断したからだ。学校って事は、学生が犯人そうじゃないか?十代の子供は過敏なお年頃だしな。ルークとかいい例だ。
そう願うと学校長は生徒に紛れ込むのを薦めてきた。何ならその場で鞄から試験問題出してきた。全力で違う方法を求めたが、現在の入試試験の最高得点保持者がローガンだと聞いた途端、謎の対抗心に燃えて編入試験を受けてしまった。いやほら、友達には勝ちたいじゃん?
その結果学校長直々の採点により、私はローガンに勝ち見事満点合格となった。私は三十年悪魔との契約を守っているし、新聞だって読んでいる。昔はサボり癖のあるアレクの監視として、共に城で最高峰の教育を受けていたのだ。十代の子供が受ける試験など、チョロいもんだぜ!……そのお陰で、私は学生として国立学校に潜入する事になったのだが。
そして現在、隣の席のイケメンイケイケ男子、パトリックくんに熱烈に見られている。教材がないので見せてもらっているのだが、それだとしても近づきすぎだ。周りの生徒もヒソヒソと小声で此方を見ながら話している。やめて目立ちたくない。
「……あの、パ、パトリック様……」
「お前、何で学生になってるんだ」
「が、学生生活を送りたいと……」
「屋敷で籠って、本読むのが至高と考えるお前がか?」
「あっ……ああ〜……」
「お前、また面倒な目に遭ってるんじゃないだろうな?言え」
「え、ええ………」
め、めんどくせぇ〜〜!この男、好きな女の行動全部知りたいタイプかよ!流石ストーカーの甥っ子!似てないと思っていたけど、性格似てるわ〜〜!!
まぁしかし、今回の事件には童貞の力を借りるのもいいだろう。話を聞くに、この童貞は男女問わず人気があるらしいし、被害者の詳細なども知っているかもしれない。かねてより頼れ頼れとこの童貞は言っているのだ、遠慮なく使ってやろうじゃないか。
此方を見つめるパトリックへ、私は事の詳細を伝えるために、顔を近づけ耳打ちをしようとする。……が、童貞は一瞬で顔を真っ赤にして体を離した。何でだよ、お前こんな事で恥ずかしがってるのか?ピュアピュアボーイかよ。
「何で離れるんですか?」
「おっ、お前が近づくからだろ」
じっとり目を向けながら再び近づくが、また離れられた。
「ちょっと、何なんです?頼ろうとしてるんじゃないですか」
「いや、耳打ちなどしなくてもっ」
「えぇ……めんどくせぇ童貞だな……」
「何か言ったか?」
「めんどくせぇ童貞だなって言いました」
「全く隠さなくなったなお前」
その時、教壇を強く叩きつける音が鳴った。パトリックと共に驚いて前を見れば、授業を行っていた教諭の男性が此方、というか私を睨んでいる。
「どうやら噂の編入生様には、僕の授業はつまらない様ですね?」
確か、ユベール先生だったか?やや目つきの鋭い男性だ。どうやらパトリックとのおしゃべりが相当煩わしかったらしい。そのままユベール先生は黒板に乱暴に数式を書きはじめた。
「史上初の満点合格者なら、この位の問題解けますよね?」
そう言いながら、私へチョークを差し出している。……普通に見ていれば、パトリックが話しかけているのを分かっていたはずだ。だが私を目の敵に取っているのか、もしくは次期公爵を叱れないのか?年越しパーティーでパトリック達を叱っていたローガンは、珍しい方なのかもしれない。
横で申し訳なさそうにパトリックが見つめている。お前、今回の調査でめちゃくちゃこき使ってやるからな。
◆◆◆
「パトリック様、どうぞ。育ち盛りなんですから、もっと肉食べなきゃ駄目ですって」
昼間の学校食堂も、少々離れた外のテラスには人も少ない。向かいに座るイヴリンは、使用人が作ったらしい豪華な弁当から肉を取り、俺の皿へ勝手に入れている。皿の端にどんどん増えていく肉と野菜に、俺は顔を顰めながら彼女を見た。
「……で?学校長に依頼されて「デボラの呪い」を祓いに来たって訳か?」
俺の質問に、イヴリンはブロッコリーを俺の皿に置きながら答えた。
「ああ、やっぱり既にデボラ・シュナイザーの事は知れ渡っているんですね」
「流石にな」
一ヶ月と経たずに、学校内で生徒が被害を受けている。どれだけ学校長達が内密にしたいと思っても、被害に遭った生徒の口は止められない。勿論恐怖から解放される為に言うものもいるが、軽度の被害で済んだ生徒はまるで武勇伝の様に語っていた。
「なら俺は、被害者とお前が話せるように取り持てばいいのか?」
今回の事件の詳細を話してきているのだ。俺を大いに活用しようと思っているのだろう。イヴリンは弁当を頬張りながら、不機嫌そうに此方を見た。
「その通りです。午前中の授業の借りは返して貰いますからね」
「……簡単に解いてたじゃないか。煽り付きで」
午前中の授業で、ユベール先生の出した難題をイヴリンは最も簡単に解いてみせた。しかもご丁寧に説明までし、最後にはユベール先生の問題式の間違いまで指摘する程だ。指摘されればされる程、先生は羞恥心と悔しさで顔を真っ赤にしていた。あれは本当に可哀想だった。
イヴリンはわざとらしくため息を吐けば、ステーキ肉に齧り付く。
「んぐ……最初に身分差別した、あの先生が悪いです」
「それでもやり過ぎだろう?」
「むぐぐ、事件解決までのお飾り生徒ですし、先生の評価など気にしてませんので。はむ」
そう言いながら、うまく噛みきれずに口いっぱいに頬張る彼女はまるでリスだ。思わず笑いそうになってしまうので、口元を隠してその光景を眺めていた。前まではもっとお行儀よく食事をしていたと思ったが、これはこれで可愛い。……だが、ふと思い出した。
「お前、今日はお供がいないのか?」
彼女の側には、必ずお供の悪魔が側にいる筈だ。年越しパーティーの際もわざわざ天井から監視していた程なのだから、今回その悪魔達がいない訳が無い。
ようやく肉を飲み込んだイヴリンは、思い出したかの様に軽い声を出した。
「お供なら、ここにいますよ」
「えっ?」
イヴリンがそう声を出せば、突然彼女の周りの空気が陽炎の様に揺れる。
揺れる陽炎はやがて形を作り、そして彼女の後ろに眼光鋭くこちらを見る、屋敷の料理人が現れた。
「久しぶりだな、クソガキ童貞」
「…………」
俺はそっと、皿に盛られた肉や魚をイヴリンの元へ戻した。透明になれるなんて聞いてない。