107 学校長からの依頼
アリアナ失踪事件も終わり、束の間の平和な日常が戻ってきた。やや二人の悪魔が暴走気味だが気にしない気にしない、気にしたら負け。
「私に恋愛を求めるなっつーの……」
たとえ人々が羨む美形の男達に求められているとしても、あいつらは私をお肉と思っている悪魔達なのだ。大体私は転生したいのであって、決して地獄に行きたいわけじゃない。何でこんな、若干三大欲求は強いが、清らかな心を持つ私が地獄に行かなきゃならん?私は転生して悠々自適な富豪ライフを楽しむ予定なんだ、南の国でココナッツジュース片手にオーシャン眺める予定なんだよふざけんな。
寝起きのぼやけた思考でそんな事を考えていると、部屋の扉が静かに開く音が聞こえた。どうやら使用人が朝の白湯を持って来たのだろう。毎日ありがたい事だ。
カチャカチャと食器の音が鳴るので、私は起き上がり朝の挨拶をしようとした。
……が、何故かベッドの軋む音が聞こえるし、華やかな香りと共に、興奮した鼻息が聞こえる。とてつもなく嫌な予感がしたので、目をカッ開き音のなる方へ顔を向けた。
「っ!?……お、おはようございますご主人様!」
「おい変態メイド、何してんだ」
目の前に変態メイドがいた。なんか覆いかぶさっているし、口から涎が出ている。
メイドは私の引き攣る表情を気にせず、涎垂らしたまま笑顔を向けた。
「今日の朝食は、ご主人様が大好きなフレンチトーストですよ」
「おいはぐらかすな、ご主人様に何しようとした」
変態メイド、ケリスは美しい顔を歪ませ、わざとらしく目には涙を浮かべた。涎出てるけど。
「そんな!ご主人様を起こそうとしただけですわ!」
「せめて嘘つくなら涎拭け」
「そ、それは……思いのほか白湯が熱くなりすぎているので、冷ましている間にご主人様の匂いを嗅ごうかと」
「メインそれだろ」
「……今日も最高の香りです!!」
「開き直るな変態メイド」
サリエルとレヴィスの暴走より、こっちの方が恐ろしいかもしれない。
《 107 学校長からの依頼 》
朝食のフレンチトーストを食べ終わった私は、今日届いた手紙をサリエルから受け取り確認する。殆どは新聞記者からの取材オファーだが、それに紛れて王族の刻印が付けられた手紙を見つける。
その手紙を見て、差出人の紋章を見て。私は重要な事をすっかり忘れていた事に漸く気づいた。
「………あぁ、そうか。もうそんな季節か」
中身を確認して、後ろで食後の紅茶を淹れているサリエルへ、便箋を持ってくる様言いつけようとしたが……もう既に用意されていた。なんて有能なんだ。しかも今日の紅茶は林檎入りのルイボスティーかな?君は本当に言動がなければ最高の執事だね。
忘れないうちに紅茶を飲みながら返事を書こう。そう思っていると、廊下から複数の駆け足が聞こえる。その音がどんどん近づき、やがて扉が開けられると、扉の向こうにはフォルとステラがいた。二人は可愛らしい笑顔を此方へ向けてくれる。
「ご主人さまぁ、お客さんだよぉ!」
「お客?」
「ガッコーのせんせーだってぇ!」
「ん?先生って事はローガン?」
一気に後ろの温度が下がった。今後ろを振り向けば、確実に面倒なので無視をする。私の答えに二人は首を横に振っているので、そうではないらしい。
応接室へ向かうと、そこには初老の女性がいた。品のある身なりに、美しい佇まいをした女性だ。彼女は私を見るなり、恭しくお辞儀をした。
「お初にお目にかかります、ミス・イヴリン。私は国立学校の学校長をしております、ロザリー・アルバスと申します」
名前だけ聞いた事がある、現国立学校の学校長ロザリー・アルバス。確か男爵家出身の才女で、我が国が蝋燭ではなく電球で明かりを灯しているのは、この女性の電気工学の発明のおかげだ。それだけでなく水道インフラも整えた功労者であり、我が国の生活の基盤を整えた偉人である。……出来れば、こういう人が白百合勲章貰って欲しいんだが?
私もお辞儀をした後、応接室のソファに座って貰い、後ろにいるサリエルへ紅茶を頼んだ。サリエルの顔を見れば大体の人間は釘付けになるのだが……すごいなこの人、私から目を逸らさねぇ。まるで尋問の様な目線にやや戸惑いながら、何回か咳払いをして調子を戻す。
「我が国最高峰の国立学校、その学校長が私にどの様なご用件でしょうか?」
国立学校の教師であるローガンとは親しいが、その他の教員、ましてや学校長となんて話した事がない。一体私に何の用だ?
ロザリーはやや目線を下げれば、小さく息を吐いた。
「……ランドバーク先生から、この事件は貴女なら解決に導いてくれるだろうと推薦されたのです」
後ろの温度が下がった、気にしない気にしない。
しかしローガンの推薦か、事件の解決、という事はもう既に起きた事なのだろう。友人からの紹介となれば、違法悪魔ではなくても出来れば助けてやりたい。
「……で、事件とは?」
私の質問に、ロザリーは眉間に皺を寄せながら、落ち着かない表情を向けた。
「……《ここ数週間で、何人かの生徒が怪我を負わされる事件が相次いでいるのです》」
「………………そう、ですかぁ」
後ろの温度が上がった。全然嬉しくない。えぇ〜!つい最近お嬢ちゃんの事件終わらせたばかりなのにぃ〜またノイズかよぉ?……という内心を必死に隠しつつ、私はさも真剣に憂で聞いているような表情を彼女へ向けた。
ロザリーは辛そうな表情をしながら、被害者の生徒の状況を教えてくれる。
「後ろから髪を切られる軽度のものや、階段から落とされて骨折する生徒など様々です。被害の程度が全く違う」
「全員とは、具体的に何名ですか?」
「《十人です。》学部も学年もばらばらで、被害者同士は全員話した事もないと」
数週間で十人の学生が危害を加えられている。被害者の共通性もないが、危害の程度も違うのは不自然なものだ。一体どんな基準、どんな恨みで犯行を犯しているのか?それとも無差別なのか?
だがそれよりも、何故事件の依頼を私にする?確かに白百合勲章を取った探偵ではあるが、それでもただの平民だ。自警団に相談する方がよっぽど賢いだろう。
「お言葉ですが、それだけなら北区自警団に相談する事をお勧めしますが?」
素直に質問をすれば、ロザリーは深く頷いた。
「普通の事件ならば、確かに自警団に相談する方が良いでしょう。……ですが、被害を受けた生徒達は皆口を揃えて「ある生徒がやった」と言っているのです」
「ある生徒?」
なんだ、既に犯人が分かっているのか。それなら尚更自警団に相談すれば良いのでは?
だがロザリーはその生徒の名前を出す前に、何度も深呼吸をして心を落ち着かせている。……まさか、めちゃくちゃ高位の貴族じゃないだろうな?私に汚れ仕事をさせるつもりか?
漸く決心がついたのか、ロザリーは胸に手を置き、真っ直ぐ私を見つめた。
「《デボラ・シュナイザー。……二年前に自殺した生徒がやったと》」
「えっ?」
自殺、という事はつまり……故人が、生徒へ危害を加えていると言っているのか?困惑しているのはロザリーも同じで、額に手を当てながら窶れたため息を出す。
「一人や二人なら見間違いだと気にしませんが、被害者全員がそう告げているのです」
「……成程?」
「しかも中には、デボラの声も聞いたと言う生徒まで……こんな事、自警団に伝えたとしても相手にされません。しかし、どうしても私には生徒達が口裏を合わせたり、嘘を付いている様には見えないのです」
ロザリーは目に涙を浮かべながら、座った状態で私へ頭を下げた。
「ミス。イヴリン!どうかお願いします!この事件の調査を受けて頂けませんか!?」
彼女の涙は、早朝の変態メイドと違い本物だ。こんな平民の私へ頭を下げる程、彼女は生徒の心配をし、この事件を解決に導きたいと切実に思っているのだろう。……いや、そもそもノイズが鳴っているのだ、違法悪魔が関わっている可能性が高いので、この事件を勿論受けるのだが……。
………ローガンよ、何故私なら解決できると思った?
「国立学校の幽霊」編が始まります〜。
〜ちまちま自己紹介〜
アリアナ・ヴァドキエル 年齢15歳//身長160前半
⇨かつてはルークの婚約者だったが、病に倒れたルークに価値はないと侯爵により婚約破棄されている。本来の性格はとても正義感強く真面目だが、家での立場とイヴリンの登場により大いに歪んだ。きっとケビンがいなかったらもっと病んでいたでしょう。現在はケビンに自身の所有権を与え、地獄で超可愛がられている事でしょう。やっと私だけを見てくれる、最高の人に出会えたと思っている。超ハッピーエンド(当社比)
ケビン 外見年齢24歳//身長170後半
⇨ヴァドキエル家と長年契約していた悪魔。家の為に自分を受け入れ怯える女を見るのが好きだったが、アリアナはむしろ好んで向かってきたので最初は戸惑った。やがて恋心を自覚するが、絶対に受け入れて貰えないと思っていた。が、受け入れて貰えて最高に歓喜した。もう絶対に離さない。ずっとずっとずっと一緒で、愛し合おうねアリアナ?ってなってる。超幸せパッピーエンド(当社比)