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102 赤髪


 朝、自室で団員服を身に纏っていると、控えめに扉がノックされた。返事をすれば扉は開き、既に準備を整えた息子が部屋に入る。


「父上、おはようございます」

「どうしたアーサー、今日は準備が早いな」


 普段ならまだ寝ている時間だ。何か予定でもあるのかと聞いてみたが、その質問へアーサーは頬を掻く。


「アリアナの行方について、自分でも調べてみようと思いまして。……イヴリンには負けるかもしれませんが……」

「……驚いたな、お前がそんな事を言うとは」


 どうやら北区の事件で、イヴリンと行動を共にして随分と成長したらしい。自警団員としてはそれなりにやっていても、まだまだ次期団長の肩書きには足りないと思っていたが……あの娘は、男を成長させるのが上手いようだ。



 黒魔術を使い、王家や使用人を操る魔女と恐れられていた娘、だが実際は悪魔に飼われた哀れな人間。何を契約しているのかは知らないが、相当苦労しているのは分かる。

 正直未だにあの日の事は、悍ましい夢なのではと疑ってしまう。ヴァドキエル家の栄光が、蛆の化物からの恩恵という事実を、受け止めれずにいる。


 ……だが事実なのだ。この世界には人間を喰い物にする悪魔がいる。そして、アリアナもその犠牲者になろうとしている。


「……父上?」


 無言になっていた私へ、アーサーは眉を下げながら此方へ声を掛けた。どうやら心配させてしまった様だ。


 私は息子へ顔を向けると、頭を軽く数回撫でる。息子にこの行為をしたのは何年振りだろう?ここまで腕を上げた記憶はないので、相当昔であるのは確かだ。少々照れながらも、アーサーは受け入れてくれた。


「何でもないさ。早く朝食を食べて、アリアナの手がかりを探しに本家へ行こう」


 その言葉に、アーサーは真剣な表情へ変わり、私へ向けて強く頷いた。……本当に息子は成長した。もう立派な自警団員だ。


 そうと決まれば早く食堂へ向かおう。息子と共に歩き出そうとした時、丁度出ようとしていた部屋の扉が再び叩かれた。

 

 今度は誰だ?返事をすれば扉が開き、そこにいたのはうちに仕える執事だった。やや慌てた様子で此方を見て口を開く。



「失礼致します旦那様。……応接室に、ミス・イヴリンがお越しです」

「イヴリンが?」


 こんな朝早くから何の用だ?ここまで来なくても、本家で話せばいいだろうに。私の表情で察したのか、執事は話を続けた。


「ミス・イヴリンは、閣下に急ぎで確認が必要な内容があると」

「……分かった、今いく」



 あの娘がそこまで言うのだ、余程の事なのだろう。私は服を整え、食堂ではなく応接室に向かう為に歩みを進める。恐らくアリアナの件で進展があったのだろう。アーサーも同じ考えなのか、やや緊張した顔つきで私へ顔を向けた。


「父上、俺も話を聞かせてください」

「…………」

「お願いします」


 昨日のイヴリンの言葉が正しければ、アリアナは悪魔と共にいる可能性が高い。本来は当主とヴァドキエルの女にしか知らされなかった事実だし、こんな酷い話を息子に聞かせる訳にはいかない。しかし今まで見た事もない程に真剣な表情で、固い決意を感じる。……どう言い聞かせようか悩んでいると、私達の会話を聞いていた執事は慌てて首を振った。


「ミス・イヴリンからは「閣下以外は誰も来ないでほしい、特にアーサー様は」と」

「なっ、何故だ!?」


 名指しで来るなと言われた事に、流石に腹が立ったのかアーサーは執事にやや怒鳴ってしまう。執事は肩を一度震わせて、怯えながらアーサーと私を見た。



「……え、えっと……「これ以上、家族の溝を深くさせたくないから」との事で……」

「…………」

「何だそれ!?あいつ馬鹿にしてるのか!?」


 アーサーは怒りを強くさせた。言っている意味がわからないらしい。

 私は今にも執事に掴みかかろうとしているアーサーを止めて、イヴリンの言う通り部屋で待っている様に伝えた。流石に私に命令されれば従うのか、息子は渋々部屋に戻っていった。



 息子の後ろ姿を見届けながら、私は気づかれない様に小さくため息を吐く。



 暴かれる恐怖に。

 私は震える手で拳を作った。






《 102 赤髪 》







 

 私は執事に違う場所での仕事を託し、娘の言う通り一人で応接室へ向かった。

 まるで自分の足に鉛が付いている様に重たい。それ位に向かうのを、私の体全体が拒んでいるのだ。あの娘に、気付かれる事を恐れているのだ。



 応接室の扉の前に来れば、何度も戸惑った末、扉のドアノブを回した。ガチャリと鳴る音と共に、ゆっくりと扉を開く。



 扉の先、部屋の中にはソファに座るイヴリンがいた。深緑の質素なドレス、漆黒の瞳。娘の両隣には美しい少年少女達が座り、ソファの後ろには赤目の執事と、あの黄緑目の男がいる。

 

 イヴリンは優雅に紅茶を飲んでいた手を止めて、此方を真っ直ぐ見つめる。もう何度も娘を見ているが、あの吸い込まれそうな漆黒の目はどうしても慣れない。


 美しい悪魔達に囲まれた娘は、此方へ優雅に微笑んだ。


「閣下、朝早くから申し訳ございません。急ぎ確認したい事がありまして」

「………何だ」


 小さな私の声に、娘は頷く。紅茶の入ったカップをテーブルに置いて、代わりに後ろへの執事から、あの髪飾りを持たされた。娘は受け取った髪飾りを見つめ、暫くすると私に差し出す。


「髪飾り、お返しいたします」


 そう言いながら差し出す髪飾りを、私はゆっくりと近づき、受け取る。


 ……だが、イヴリンは髪飾りを掴んだ手を離さなかった。

 混乱し前を向けば、そこには美しく笑う娘がいた。






    嗚呼、やはり気付かれた。

    私が行った、最大の裏切りを。






「先程、ヴァドキエル家で長く仕えているメイドに聞いたのですが……この髪飾り、今は亡きヴァドキエル夫人がとても大切にしていたものなんですね。夫人が亡くなった後、形見として欲しかったアリアナ様が夫人の部屋を探し回ったそうですが、見つからなかった。それを閣下が見つけ、アリアナ様に贈ったと聞きました。よく見つけましたね?」

「……そうだ。偶然見つけて、私がアリアナに贈った」

「そうですが、何処でですか?」

「本家の中だが……もう昔の事だ、覚えていない」


 絞り出す様に告げた言葉へ、イヴリンは目を細めた。


「いいえ違う、偶然見つけたんじゃない。貴方が形見として持っていたんですよね?」


 漸く髪飾りから手を離したイヴリンは、再びカップを手に取り、残りの紅茶を飲む。口に合ったのだろう、少し頬を緩ませながら、空のカップを口から離した。返された古い髪飾りは、私の手の上では随分小さく見える。


「アリアナ様が、何故この髪飾りをコインの側に置いたのか。もっと目立つ様にできる物だってあった筈ですし、走り書きでも良かったのに」


 魔女は、まっすぐ私を見た。


「捜索するであろう軍の人間や自警団員が見ても、この髪飾りを見てアリアナ様のものだと気づかないでしょう。昨日言った通り、あの髪飾りを置いたのは「閣下に見つけて欲しかったから」です。……しかし何故?貴方はただの叔父です。それも自分を対価にしようとしている実父の弟、見つけられる様に置くのが対価だとしても、別に他の人でもいいじゃないですか、最終的に私が見れば良いんですから」

「それは……」

「そう考えた時、気づいたんです。閣下と初めてお会いした時、アリアナ様を陥れたと思っていた私へ強い怒りを出していましたよね?なのにヴァドキエル家の事が片付いた後、手のひらを返す様に私に親しく接してきた。アリアナ様の誤解が解けたからだと思っていましたが……もしかして、貴方は「悪魔と契約した人間」である私と親しくしたかったのでは?十八歳になった時、悪魔に辱められるアリアナ様を救う事を、その悪魔よりも強い悪魔と契約した私なら、出来ると思ったのでは?」


 語られる言葉に、私は何も言い返す言葉が見つからなかった。

 それ程にまで、娘の語る内容は正しかったのだ。


「コインの場所だって、私に聞くのではなく、ルドニア軍の総大将である兄に聞けばいい。小娘よりも情報は持っている筈です。なのに貴方は、自分で調べて見つからなければ、次に兄ではなく私に聞いてきた。侯爵様の前で髪飾りの話をした際も、少々言うのを戸惑っていましたよね?もしかして、あの髪飾りを贈った事を知られれば、何か面倒な事になると思って?」


 語られる言葉は、まるで刃物の様に心臓に突き刺さっていく。……手の震えが止まらない。知られる事の恐怖が襲う。


「……閣下は可笑しい。アリアナ様への愛情は深いのに、実の兄の侯爵様がアリアナ様を監禁しても止めなかった。流石に監禁理由を知った際にはお怒りの様でしたが……けれど、それ以外は侯爵様の指示を受け入れています。まるでコインの裏と表、人によって見せる顔を変えている」


 嗚呼逃げたい、今すぐ逃げたい。だがこの魔女は、きっとすぐに私を見つけて、再び同じ言葉を囁くのだ。

 漆黒の目が、私の体を捕らえている。


 

「まるで、侯爵様にはアリアナ様を愛しているのだと、気づかれたくない様だ。……それを気付かれれば、賢い兄は全て分かってしまうと思ったのでは?」


 イヴリンは、立ち上がり此方へ向かってくる。そこまで広い部屋ではない、すぐに私の目の前まで来れば、背伸びをして私の髪に触れた。


「この髪色、アリアナ様と同じ燃えるような赤。侯爵様は灰色髪ですよね、確か先代が赤髪、でしたっけ?……もしかして、アリアナ様はおじいちゃん似なのかな?」

「……イヴリン、やめてくれ」


 絞り出した声で止めても、魔女は楽しそうな声を止めてくれない。


「侯爵様の奥様は、アリアナ様を産んでから病み、自ら命を絶ったそうですね?女は悪魔との契約で処女をとられるから、自分の子供が犯される未来に耐えきれなくて?……うーん、私の考えではそうじゃないと思うんですけど」

「やめろ……やめてくれ………」




 これ以上聞きたくない、これ以上苦しみたくない。弱々しい声で、必死に魔女の声を止めようとした。





 ………なのに魔女は、私の髪に触れながら艶やかに笑った。


 嗚呼間違いだった。魔女を上手く使おうなんて、どうして考えてしまったのだろう?





「嗚呼そうか。侯爵様じゃなくて、閣下の子を産んだと思ったのか」





 

次回は漸く、アリアナさんが出てきます。

12/27 とてつもなく見づらい仕上がりになっていましたので、ちょっと修正してます。

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