表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/188

100 表明


 留守を任された私は、天気もいいので溜まった服を洗濯している。勿論ご主人様のものだけだ。使用人、特に男達のものなんて触れたくもない。


 昨日ご主人様が着た寝巻きに触れると、まだふわりと素晴らしい残り香が漂う。……普段ならサリエルが何処からか現れて窘めてくるが、今はご主人様のお供だ。私は寝巻きに顔を近づけ、その香りを思いっきり吸い込む。


「あぁーーー…………最高ッ!!!」

「ケリス、その顔は絶対に主に見せるなよ。引かれるぞ」

「っ!?」


 突然後ろから呆れた声が聞こえたので、慌てて向けばそこにはレヴィスがいた。街へ買い出しに行っていたのか、大きな紙袋を何個も持っている。私は持っていた寝巻きを素早く洗濯桶に入れれば、必死に作り笑いを向けた。


「は、早かったわねレヴィス。今日の夕食は何かしら?」

「んー?今日は主の希望で、鮭のムニエルだな」

「それは美味しそうね……え、えっと、後で紅茶でも淹れようと思ってるんだけど、貴方もどう?」

「いや、私はいい。今から夕食の仕込みがあるんだ」


 どうやら機嫌がいいのか、普段ならもっと小言を言われるのに笑顔で答えてくる。そのまま鼻歌を歌いながら食堂へ歩みを進めて行った。

 ……そういえば、聞きたい事があったのだ。私はレヴィスの背中へ声を掛けた。


「今朝、サリエルと一緒にご主人様へ何をしたの?気絶するなんて、まさか同意もなしにお体に危害を加えてないわよね?」


 歩みを止めたレヴィスは、ゆっくりと此方へ振り向く。

 見えた表情は、とても下品な男の顔だった。


「主に術かけて、嘘を言えないようにしたんだよ。で、今まで弄られた中で、どんな行為が快かったとか、何がされたいかとか細かく聞いてた。……いやぁ、頑張って誤魔化そうとしても、術で素直にいやらしい事言う主は、本当に可愛かった。……涎垂らしながら、瞳孔開いて質問しまくるサリエルには引いたけどな」


 衝撃の答えに、私は一気にレヴィスに近寄り胸ぐらを掴んだ。


「何それ!?狡いわ私も聞かせて!!!」

「アンタには絶対に言わない」

「なんでよ!!!」

「聞いたら実践する為に夜這いするだろ」

「するに決まってるじゃない!!!」


 興奮しながら声を荒げれば、レヴィスが苦笑いをしていた。






 ◆◆◆





 この家では、女は利用価値がない。王族と国を守る軍人、その頂点に立つヴァドキエル家でか弱い女は政治の道具でしかない。……そして、我が家の生贄でしかない。

 アリアナが産まれた時、妻は女が産まれたと分かった途端に泣き崩れた。蛆の悪魔の契約は、当主と当主の妻、そして産まれた女児のみ教えられる。自分の子供が蛆に犯される運命を受け入れる事ができず、妻はその後自殺した。


 娘、アリアナはとても賢い子だった。貴族としての品格もあり、家の為に生贄になるのも承諾していた。その姿勢が認められ、王太子殿下の婚約者となった。

 我が家で、最も利用価値の高い道具だった。妻が生きていればきっと喜んでいただろう。


 だが、その後殿下が陛下と同じ病に罹った時、娘の栄光は終わりを遂げた。





「兄上、ギデオンです。お時間よろしいでしょうか?」


 執務室の扉がノックされ、弟が扉の向こうから声を掛けた。……先程、あの魔女と弟が共にいるのを見た。恐らく扉の向こうの弟の側には魔女もいるだろう。


 返事をすれば扉が開かれ、やはり弟と魔女がいた。後ろには魔女の悪魔共と、一週間前に契約時、側にいた悪魔もいる。軍神と呼ばれる私に、なんの怯えもない魔女の表情。この魔女の顔を見ると、五年前に我が家を失墜させた記憶が蘇る。


 魔女は此方へ頭を下げ、ゆっくりと口を開いた。


「侯爵様、三つ質問がございます」


 平民が貴族に質問するなどあり得ない。……だが、今はそう言える状況ではない。対価として捧げる筈だったアリアナが消えたのだ。蛆の悪魔が関係している今、軍人をどれだけ集めようとも発見できる可能性は低い。早く見つけなければ、対価は払えず契約は白紙になってしまう。

 私の表情で察したのか、魔女はまず一つ目の質問を告げた。


「一つ目です。新たに契約した悪魔が、前の契約抹消の為に蛆の悪魔を殺す事を、本人もしくは誰かに言いましたか?」

「第三者に、ましてや本人に伝える筈ないだろう」


 少し目を開いた魔女は、続けて二つ目を告げた。


「二つ目です。アリアナ様を突然、監禁した理由を教えてください」


 その質問には弟が反応した。元々娘が欲しかった弟は、アリアナを大層可愛がっていた。……そんな奴には聞かせたくないが、どの道アリアナが見つかれば知られる話だ。私は質問に答える為に口を開いた。


「……三日前、アリアナが突然「対価になりたくない」と言い始めた。だが既に契約に同意していて不可能だ。その後諦めて収まったが……逃亡も考えて、当日まで監禁した」


 大きな音が鳴った。弟が壁を拳で叩いた様だ。

 荒い呼吸をしながら、必死に怒りを抑え込んでいる。


 魔女は一瞬、弟を見たがすぐに此方へ視線を戻した。


「三つ目の質問を、告げてもいいですか?」

「何だ、勿体ぶるな早く言え」




 急かし苛立つ声に、魔女は気にせず深呼吸をする。

 そして三つ目の質問を、ゆっくりと告げた。






「新たな悪魔との契約で、()()()()()()()()()()




 その言葉に、周りの悪魔達の空気が変わった。

 何故かは知らないが……私はため息を吐いて、最後の質問に答えた。





「何を言っているんだ?悪魔との契約は()()()()()()()()()()()






 

 その言葉を吐けば、魔女は顔を下に向けた。……だがやがて、身体中を震わせ始める。それが笑いを堪えているのだと気づくのには、そう時間は掛からなかった。



 その異常な姿に、私も弟も戸惑った。

 魔女は堪える事が出来なくなったのか、勢いよく顔を上げて高笑いし始める。



「あっはははは!!!まさかまんまと悪魔の罠に引っかかるなんて!!!」

「何なんだ貴様は!?何が可笑しい!?」

「侯爵様!貴方はベルゼブブと契約なんかしていない!!表明!?そんな口約束で悪魔と契約なんてできる訳ないでしょう!?」


 叫ぶ言葉に呆気に取られていると、魔女は笑いを収める為に深呼吸をし始めた。

 落ち着いた魔女は、次に隣にいた薄紫髪の悪魔を見る。……部屋に入ってきた柔和な表情から変わり、無表情で魔女を見下ろしている。


「この家は長年悪魔と契約をしているけど、今の侯爵様は契約を引き継いでいるだけで実際にした事がない。お前達はそれを利用して、蛆の悪魔に失望している彼へ契約を持ちかけた。……けれどそれは嘘の契約。本当は侯爵様と契約なんてしていない」

「……待て、何を言っている?」

「侯爵様、悪魔と契約する際は、契約書に「署名」が必要なんですよ。貴方はそうではなく「表明」をしたと言った。つまり貴方の契約はただの口約束、何の意味もない」

「…………そんな」


 魔女の戯言だ、信じるな。

 体に力が抜けていくのを必死に耐え、魔女を睨みつける。……あり得ない、そもそも嘘の契約をして何の意味がある!?


 無言で見下ろす悪魔へ、魔女は顔を近づけて挑発的に笑った。


「この悪魔ベルフェゴールと、侯爵様が契約しようとしていた悪魔ベルゼブブには、過去にちょっと色々あったんです。特にベルゼブブは私に熱心でして。まさか手に入れる為にこんな大舞台を仕掛けるなんて。……お前達は、私がヴァドキエル家の人間に依頼されて、北区の事件を解いていたのを知った。今回の事件も、そこから考えたんでしょ?」


 悪魔は無言で、魔女の話を聞いている。


「契約した悪魔に失望している侯爵様へ、お前達は甘い言葉で契約のくら替えを提案した。まんまと引っかかった侯爵様と、ベルゼブブは嘘の契約を結んだ。……そして三日前、アリアナ様に現行の契約を抹消をする為に、ケビンを殺す必要があると伝えた。だからアリアナ様は対価になる事を拒否したが……それが出来ないと知りケビンを連れ逃げる事にした。あのシーツの縄は、ケビンが使ったものでも、アリアナ様が脅されて使ったものでもない。()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()


 魔女は次に、呆然としていた弟へ近づいた。私への怒りも、先程の魔女の高笑いで忘れてしまったのだろう。饒舌に語る魔女へ動揺し、瞳を揺らしている。


「閣下、貴方が私にあのコインを見せた時「どうしても気になった」と仰っていましたね?それは何故ですか?」

「そ、それは……あのコインがあった場所に……」

「アリアナ様に縁ある何かが、あったんですよね?」


 弟は、絞り出すように小さな声を出した。



「……あのコインの側に、何年か前に私が贈った髪飾りがあった。……アリアナは喜んで、ずっと使ってくれていたものだ」

「そうですか。それじゃあまるで、あのコインを閣下に見つけて欲しかった様ですね」

「………そうだ。だから私は調べたんだ」



 再び薄紫の悪魔の元へ向かった魔女は、奴の頬を撫でる。


「ケビンがお前達の賭博場に来ていたなんて、嘘でしょ?あのコインはお前達がアリアナ様に渡した。その際に「見たものが気に掛かる様に置け」とでも言ったの?それに、アリアナ様がケビンを連れて、使用人にも門番にも気づかれずに出ていくなんて可能?ケビンが協力的になったのなら可能性はあるけど……それが分からない中で、あのお嬢ちゃんがこんな強行突破をする筈がない。確実に逃げれると確証があった」


 何度も撫でられ、顔を近づけられれば次第に、悪魔は目に熱を孕み始めた。

 呼吸はため息に変わり、やがて手を動かし始めた。


「ベルゼブブが契約したのは、侯爵様じゃない。アリアナ様でしょう?彼女とケビンを逃がす事を契約に、対価は……コインを置くことかな?……あのコインはただの人間じゃ分からない。でも私なら、すぐに自分たちの元へ来ると確信していたんでしょう?」

「………あぁ……本当に……」

「お前達はアリアナ・ヴァドキエルを求めていたんじゃない。自分の元へやって来た私に、契約を持ちかけるのが本来の目的だったんだよね?だからノイズが掛かった。嘘の契約も、アリアナ様と結んだ契約も……お前達が私を陥れるための、罠だったんだから」




 悪魔は漸く声を出す。

 手は、ゆっくりと魔女の首に触れた。




 悪魔は歪みきった顔で、魔女へ吐息を溢す。




「本当に………本当に貴女は最高だ……早く喰べてしまいたい……」




 嗚呼、今わかった。

 悪魔とは本当に、人を欺く生き物なのだと。





 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
うぉー!だっまっさっれったーーぁっ!!Σ(゜ロ゜ノ)ノ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ