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0 ある魔女の日常


 今から三十年前、大国の王子がある病に罹った。


 その病は治療法がまだ見つかっておらず、国王は国中の名医を集め王子を助けようとしたが、全て無駄に終わった。


 国王も王妃も、皆も。王子を助けるのは不可能だと諦めたその時、城に風変わりな少女が突然現れた。その少女はどんな名医も匙を投げた王子の病を、いとも簡単に治してしまう。


 国王や王妃は少女に感謝し、地位や名誉など、望むものを与え少女を英雄にしようとした。




だが、その少女が望んだものは、王族が所有する田舎の屋敷だけだった。









◆◆◆







 世界で最も繁栄し、最も軍事力を誇る大国、ルドニア国。

その国の末端に、絹の生産を生業とする街がある。穏やかな住民が多く、自然も豊かなので中央貴族の別宅としても人気の高い街だ。


 その街の外れ、丘の上には貴族の別宅をも超える立派な屋敷がある。もはや屋敷というより城の様な大きさで、所有者は大貴族か、はたまた王族かと勘違いされるほどだ。


 だが、その屋敷の主人は貴族でもない平民。そして若い女である。何故か女は、何十年も見た目が変わらない。しかもその女主人に使える使用人は全員美形で、全員その女主人を大層慕っている。




 その為その屋敷の女主人は、住民達から「大貴族の愛人」はたまた「魔女」と呼ばれていた。





 




 いつもと変わらない朝。庭に巣を作る雀の鳴き声に反応して、私はゆっくりと目を覚ます。


 大きく欠伸をしながらベッドから降り、顔を洗うために洗面台へ向かう。


 焦げ茶色の肩にかかる程の髪、黒い目。この世界ではやや珍しい顔立ち、だが美しいという訳でもない平凡顔。

 いつもと同じ自分の顔と体……だが、ある事に気づいた私は、その場所を凝視して数秒固まる。


 そして顔も洗わずに寝巻きのまま部屋のドアを開けて、ドタドタと淑女の欠片もなく走りながら階段を降りた。途方もなく広い屋敷、長い長い廊下を駆けていく。目指す場所は奴らの居る場所。この時間は食堂で朝食を準備しているはずだ。


 食堂の扉の前にたどり着くと、怒りのあまりノックもなしに扉を勢いよく開けた。中にいた者達は、皆驚いて目を開いている。……私は、そんな奴らに向かって大きく息を吸う。


「おいコラァ!!誰か血吸ったな!?契約違反って何度も言ってるでしょうが!!!」


 怒声に近いその声に、最初に反応したのは紅茶のお湯を沸かしていた青年だった。整えられた黒髪、赤目のきつい目元の美形。使用人に支給されている黒の制服を、乱す事なく着用している。


「お早うございますご主人様。もうすぐ朝食が出来ます、申し訳ございませんがもう少々お待ちください」


 彼の名前はサリエル。この屋敷の執事として働いている青年だ。表情筋を無くしたんか?という位に無表情な男で、毎朝素晴らしい美味しさの紅茶を淹れてくれる。


「お早う主。今日も元気そうで何よりだな」


 次に声を出した、フライパンで卵を焼いている男は料理人のレヴィス。明るめの茶色の短髪、穏やかそうな灰色の垂れ目の男だ。彼の作る料理は全て絶品だが、その中でも魚料理は群を抜いて美味しい。だが食事を残すと本当に怖い。


「もう!ご主人様ったら、また寝癖まみれの髪で人前に出るんですから!朝食をお持ちした際に、御髪をとかせて頂きますからね」


 焼きたてのパンを皿に盛り付けている、やや不機嫌そうに窘める女性はメイドのケリスだ。ウエーブのかかる長い亜麻色髪と、美しい碧眼を持つ女性。屋敷の全ての掃除を担当しているが、毎度完璧に掃除してみせる有能メイドである。


「ご主人さまー!今日は早起きえらいねぇ!」

「お早うございまーす!」


 私に抱きつき挨拶をする子供二人、癖っ毛ある髪の少年の方はフォル、長い髪をポニーテールにする少女の方はステラだ。どちらも金髪にエメラルドの目なので双子に思われがちだが、全く血は繋がっていない。この屋敷の使用人見習いとして様々な仕事の手伝いをしている。彼らが街へ買い物に出かけると、店主が皆大幅にサービスしてくれるので有難い。




 彼ら、いやこの美形集団達は皆、今いる街外れの屋敷で住み込みで働く使用人達だ。屋敷の主人である私に、もう何年も献身的に支えてくれている。

 可愛らしく抱きつくフォルとステラに情がうつりそうになるが、私は心を鬼にして二人を引き剥がし、全員を睨む。


「はぐらかすな!!この首の傷跡を見ろ!思いっきり噛み付いてるでしょこれ!?」


私は首にある、血の滲んだ噛み跡を見せる。昨夜寝る前にはなかったので、必ず犯人はこの中にいるのだ。噛み跡を食い入るように見た全員は、それぞれ他の使用人を見回している。……最初に声を出したのは、美しいオムレツを作り上げたレヴィスだ。


「そういえば昨夜、首を虫に刺されたって言ってただろ?その所為で血が出て、それを舐めとったんじゃないか?故意に傷付けるのは契約違反だが……掻きむしって血が出たのを、舐めたならセーフだろ?」


 いや思いっきり歯型ついてるんだよ、舐めてないんだよ噛んでるんだよ。しかし、レヴィスの言葉に皆何度も頷いて反応している。


「ペロッてしようとしたら、歯が当たったのかもぉ!」

「フォルの言う通りだよー!だから「けいやくいはん」じゃないよー!」


 再び抱きつく二人は、腹に擦り寄り可愛らしく笑顔を向けている。こ、この二人自分の可愛さ分かってやがる。思わず顔を引き攣らせると、残りの二人、サリエルとケリスがため息を吐いた。


「全く……すぐに朝食を持って行きますから、お部屋で待っていてください」

「ご主人様は、淑女らしさをもう少し持った方がいいですわ」


 まるで全員、口裏を合わせるように話が進んでいく。……これ、全員共犯だ。あまりの怒りに体が震えてしまうが、実はこの様な事は何度もあった。その度に全員にはぐらかされ、そして自分が悪い事になっているのだ。……今回も、まぁ見事に歯型以外は証拠もない。なんなら噛まれた記憶もない。


 悔しがる私を見て、全員美しい顔を微笑ませている。もう何度目かの敗北に苛立ちが抑えられず、私は、そんな全員に向かって悔しさで涙を浮かべながら、もう一度大きく息を吸った。




「この!!バカ悪魔共めがーーーー!!!」




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