01話 転生したら領地が半分消えた
赤ん坊の声が、部屋の外まで響き渡る。
「アイシャ様、おめでとうございます。 男の子ですよ」
助産婦が、赤ん坊の顔を見せながら、祝福の言葉を述べる。
赤ん坊は、白い布に包まれ、大事そうに抱き抱えられている。
そしてゆっくりと、アイシャに赤ん坊が渡される。
「ああ・・・よかった。無事に産まれてくれて。
マナが弱かったから・・どうなるかと」
「本当によかったですねぇ。アイシャ様」
2人の目に涙がにじむ。
赤ん坊は、アイシャと同じ金色の髪色をしている。
「あの人が決めていた通り、この子の名前はギル。 ギルバート・マルセロンよ」
アイシャが、赤ん坊の頭を優しく撫でながら名を告げる。
今ここに、父親がいない事だけが残念だ。
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マルセロン男爵領に、喜ばしいニュースが齎される中、領主のレオンは、北の地で暗澹たる気持ちを抱え、論功行賞の場に臨んでいた。
話し合いが始まって早々、我が家への糾弾が始まったからだ。
「我がアジノ家は、敵の大部隊を引き受けたのですぞ! 当然被害も大きい!
その時マルセロン家は何をしていた!? 伝令は向かわせたはずだ」
「だから、我々は森で待っていたのだ! だが何時まで経っても伝令は来なかった。合流しようとしたが、そこを敵の奇襲部隊に襲われたのだと、何度も言っている! 本営に伝令をやったではないか」
「ふむ、そんな連絡は受けておらんがな」
「な!? ブラーニク殿! それは何かの間違いだ!」
「私が、嘘を言っていると?」
「マルセロン卿、この場を嘘で乗り切ろうとは恥知らずな。貴族としてのプライドは無いのか!! これが英雄の息子とは、御父上も悲しんでおられるだろうな」
(何が貴族のプライドだ! 叩き斬ってやろうか!)
レオンは内心で毒づくが我慢する。
アジノ家の当主ローナンと、ブラーニク辺境伯がこちらを見て不愉快な笑みを浮かべている。
ローナン家が大部隊と戦ったのも怪しい。どうせ小競り合い程度のはずだ。
レオンは他の貴族を見回すが、誰も目を合わそうとしない。数人は何かを言いたそうにしているが、結局口を閉ざしたままだ。
他の居並んだ貴族は、何も言わずに座っている。全て承知の上なのだろう。
(こいつら・・・)
事ここに及んでレオンは全てを察した。
最初から嵌められていたのだ、と。
北のロンデス王国との争いをだしにして、こいつらは我がマルセロン家を狙っていたのだろう。
そこまで父上の功績が気に食わなかったのか。
レオンは無意識に、音が鳴るほど歯を食いしばってしまう。それ程の怒りを感じた。
奴らの思惑に、何故気付かなかったと、自分を責める。
「では、私から陛下に今回の事を陳情しておこう。ロンデスから奪った土地とは別件で、アジノ家には恩賞が必要だからな。分かっているな、マルセロン卿?」
もう何を言っても無駄だろうと、レオンはこの場の全てを諦めてしまった。
それを見て満足気に頷くブラーニク辺境伯。
「では、土地の割譲と、戦利品の分配を話し合うとしようか。マルセロン卿はもう下がってよいぞ。いずれ、王都から正式に通達が来るだろう」
ブラーニク辺境伯が、嘲笑の目を向けて言い放つ。
「・・・は。では失礼します」
会議場の天幕から辞すると、緊張が解ける。
ふと、レオンは思い出す。
戦争の事で頭が一杯だった。
生まれてくる子は大丈夫だろうか?
医者の見立てではマナが弱く、どうなるか分からない状況だと言っていた。
無事であってくれと願う。
領地に戻ったレオンは、赤ん坊の無事に胸を撫でおろした。
アイシャと喜びを分かち合ったが、ずっと喜んでもいられなかった。
自分の失態でこの子にも、長男のセネリオにも苦労を掛けるだろう。
もう二度と、あんな間抜けな失態は犯さないと誓うレオン。
ふと、赤ん坊が自分の事を、ジッと見ている事に気がついた。なんだろうか?心配しているような、不安に怯えているような、そんな目をしていた。
一瞬の事だったから、気のせいかもしれない。
10日後、王都からの使節がやって来た。
王命には、このように書かれていた。
"マルセロン男爵家は、速やかに領地を割譲し、アジノ家へと明け渡す事。
割譲地は、アジノ男爵領のある北側から、セノ村とフール村を結んだ地点までとする。
尚、割譲前に人間の移動制限は行わないこととする。"
「領地の半分ではないか・・・。」
王への怒りは無い。これが精一杯の配慮だったのだろうと、分かるから。
レオンは、この上で交易路やダンジョンを、押さえられる事も想像していた。
領民には悪いが、希望者は移動してもらおう。仕事もどうにかしなければ・・・。
爵位は無事、領地も全てを失った訳ではない。
まだやり直せるはずだ。
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マルセロン男爵家の末っ子、ギルバートこと俺、創介は10歳になった。
今日は重大な日だ。
この世界に転生して早10年、ずっと待っていた!! この時を!
赤ん坊の頃に知った、スキルという存在。
正にファンタジー! と、精神年齢10歳の俺はテンションが上がった。そこから10年経った今でも、それは変わらない。
今日は、そのスキルを俺も手に出来る、特別な日だ。
スキルを自分で選べないのは、不満だが仕方ない。
その人の特性に合わせて決まるみたいだけど、頼むぞ俺の才能!! 転生者の力を見せてくれ!
「じゃあ、行くか。ギル、準備は出来たか?」
「はい父上。俺は何時でも行けます」
よいしょっと。
父上に促されて馬車に乗り込む。
この馬の魔物にも慣れたなぁ・・・。
初めて見た時は、かなりびびったものだ。
父上は、35歳で端正な顔立ちで、髪は深い赤色だ。かなり良い体格をしている。
俺が生まれた時、参加していた戦争の件で、ここ数年、大変な苦労をしたと聞いている。俺もその話を聞いた時は、腹が立った。当事者の父上は、相当だったんじゃないかと思う。
祖父が凄い人だったようで、その血を継いでる父上は、この国有数のソードマスターとなっている。見た事ないけど、『剣影』という、強力なスキルを持っているらしい。
俺も、剣の稽古をつけて貰うけど、10年後でも、勝てる気がしないんだが・・・。
暫く、馬車に揺らされて、町の冒険者ギルドに着く。
冒険者ギルドは、本物の神様が運営する、世界的な組織だ。
冗談かと思っていたけど、本当に神様は居る・・・らしい。
屋敷の使用人も、町の人も、誰も存在を疑ってない。みんな神の声を聞いた事があるみたいだ。
「いらっしゃいませ。ご領主様」
「ああ、すまないな。頼んでいた、この子の判定を頼む」
「かしこまりました。ギルバート様は、奥の部屋へいらしてください」
俺は、職員に案内されて部屋に入る。
中には、タブレット型の水晶が置かれている。
アレが判定用の魔道具か。
「こちらの魔道具に手を翳すと、スキルを判定し、体内のマナを活性化してくれます」
そう言って、職員は立ち去っていく。
ギルドは冒険者に登録しない限り、関知しない決まりだ。
因みに、無料で誰でも受ける事が出来る。
ふう、結構緊張する。
俺の才能よ、応えてくれ!
俺は、深呼吸してから、水晶に手を触れる。
ピカッ!!
うおっ!! マブッ!
光は一瞬だった。
身体がジワリと熱くなる。
これで終わりか? ・・・呆気なかったな。
恐る恐る、水晶を覗くと、そこには『魔石復活』とあった。
何だこれ?
《スキル『魔石復活』を獲得しました》
(おお!? これが神の声か!)
事前に聞いていたから驚かなかったけど、感激はする。中性的な声だった。
何だか、自動音声っぽいな。
どちらかというと、天の声って感じだ。
しかし、魔石復活か。何となく、嫌な予感がするんだよな。
「ギル、もう終わったか?」
「あ、はーい。今行きます」
「馬車で話を聞かせてくれ」
呆気なく終わったスキル判定、父上と馬車に乗って、屋敷へと帰路に就く。
俺は、正直に話した。自分のスキルは、役に立たなそうな事を。
「確かに魔石は、マナさえあれば、誰でも補充は出来る。ギルの不安も分かるが、まだどんなものか、判らないんだろう?」
「そうなんですけどね・・・」
「はっはっは! そう心配するな。もし駄目だったとしても、ギルには剣があるだろう。魔法の道もあるぞ」
「そうですね」
「何はともあれ、屋敷の魔石で試してみればいいさ」
「はい!父上」