痕跡
鈴子は<おころび座>で何を見たか聞いてくる。
聖は、儀式のような舞台、殺される鶏を略奪したと話す。
「それはビックリやな。……ちいちゃん、『梓』には私から電話一本入れとく。にいちゃんの代理や、言うて」
「え、そうなんですか……でも、」
それでは<おころび座>の情報が得られない。
しかし鈴子は先を聞かない。
「ごめん、今から商談やねん。明日話しようか。夕方な、事務所に行くから」
早口で言って電話を切った。
「山田社長が『おころび座』を知っていたとはね」
マユは新情報に喜ぶ。
「うん。飲み屋とかクラブのオーナーの間では有名なのかな」
「だけど都市伝説なのね」
「うん。ネットで検索しても出ない」
「地図には載ってるんでしょ?」
「S井商店街の、あの場所は小山布団店のままだよ。どのマップでも」
「そうなの……ねえ、いつから『おころび座』は商店街に?」
「それも知らない。薫が調べてるかも」
「ノボリが出てるんでしょ? 一枚の画像もでて来ないなんて不思議よね。昭和レトロな商店街に謎の一座。誰かがSNSに上げそうじゃない」
「商店街の画像は沢山あるんだよ。どれもノボリは映ってない」
「だからね、S井商店街に来たのは最近かもしれないと思ったの」
「『熊吉』の迷惑客出没が今年の夏頃だ。その後店長のお母さんが……」
「じゃあ、夏に一座はS井商店街に来たのかも」
「どっかから来たって意味?」
「そう。もしかして ……全国転々と。目立たない場所で短い間だけ興行するの。いつのまにか現れて、いつの間にか去って行く。幻の一座。都市伝説になりそうじゃない?」
幻の一座、この言葉をマユが発すれば
<おころび座>は、
この世のものではない、そんな感じもしてくる。
「山田社長と会うと、カオルさんには伝えたの?」
「ラインで伝えたよ。自分も話が聞きたいから、同席してもいいか、直接社長に聞くって」
「そう。どんな話が聞けるか楽しみね」
「うん。何者であっても、あんな風に鶏を殺すのは見過ごせないよ。何としてでも阻止したい」
「儀式の生け贄ね。殺された鶏がオトリサマになるってワケね」
「カタチは儀式だよ。けど鶏を刀で斬り殺すのは残酷な見世物でしかない。鶏の命がパフォーマンスの消耗品、なんて無駄使いすぎるでしょ」
聖は膝の上の東天紅鶏を愛おしそうに撫でた。
鶏は(くけ)と小さく鳴いた。
翌日、日暮れ時に歩いて山田動物霊園事務所を訪ねた。
白衣の上にダウンコートを羽織る。
暖冬でも山の夜は冷え込む。
話には聞いていた柵にまず目が行く。
ざっと50坪の広さ。
中でトラとシロが駆けていた。
羊が飼えそうだと思う。
柵の向こうに黒のベンツ。運転手の沢田が乗っている。
鈴子は長居をする気は無いらしい。
横に薫のオートバイ。
金髪白いスーツの男が乗っかってる。
聖を見つけて、ソイツがぺらぺらの平べったい腕を振った。
鈴子の守護霊だ。
鈴子には視えていない。
聖には話しかけてきたりもする。
「セイ、都市伝説の一座とは驚きやな」
薫はビール缶片手に上機嫌。
隣に座れと尻をずらす。
テーブルの上には
コロッケやメンチカツ、牛カツらしいのが。
「にいちゃん、揚げたてやで。行列ができる肉屋のカツやで」
鈴子は薫の向かいに座っている。
頬が赤い。
聖を出迎えた悠斗も席に着いた。
いつもの宴会の構図。
今日の鈴子は紫のパンツスーツ
ネックレスは大きなトパーズ。
指輪も同じく大粒のトパーズ。
コスチュームはそう派手でもないが
ショートヘアは光沢のあるシルバーで
紫のメッシュ入り。
トータルで見ると、やっぱり、ど派手。
「私が聞いた話では金沢におる、やった。梓さんは広島やと聞いていたらしい。それが人づてに奈良のS井商店街におると……ほんで半信半疑で行ってみたんやて」
梓は聖達と同じく公演日の張り紙を見た。
高い入場料。本物かも知れないと思った。
そして10月6日の公演に行った。
「10月? この前が初めてと違うんでっか」
薫が身を乗り出す。
「2回目やて。1回目も白装束3人。チャボみたいな鶏の首を刀で跳ねた」
聞いてセイは身震い。
「ほんでヒトガタの紙に、払って欲しい『邪』の名前や住所やらを書かされた」
ヒトガタは、その場で蝋燭の火で炙られた。
「密かにスマホで撮ってるんやな。燃やせば証拠は残らないと客は安心できる。伝説になる位や。万事抜かりない。妨害装置まで備えとる」
薫は携帯電話の画像を見せる。
<おころび座>の
入り口付近を写した画像は、虹色の横縞でかなり不鮮明。
SNSの画像検索に出てこない理由かも知れない。
「何一つ証拠は無い。『熊吉』関連の因縁客も事故死や。他殺と疑う事項がない。『おころび座』は、何らかの事件の容疑者リストには無い。参考人、関係者ですらない。素性を洗う理由が無かった」
一気に喋り、酒に手を出す。
薫は相当悔しいのだと、聖は知った。
あ、でも(理由が無かった)って……過去形?
ってコトは……。
「カオルさん。警察は『おころび座』の存在は知ってたんですか?」
ずっと黙っていた悠斗が聞いた。
「俺は知らなんかったけどな。公式なデータにはない。広い範囲に情報を求めてみたらな、名前と噂を知ってる奴は複数おった。石川県警の同級生には直接話聞いた」
1人のホームレスがトラックに轢かれて死んだ。泥酔状態だった。
金沢のメインストリートで、数年前に起こった事故だ。
事故のあと飲み屋で噂を聞いたという。
……<おころび座>が始末してくれたらしい。
と。
聞き捨てならないと確認したが、情報は得られなかった。
ただの噂と、誰もが口を閉ざした。
ホームレスは老婆で、衣服の原形を留めていないボロを纏っていた。
下半身には汚物が重なりついていた。
「そんなんが、金沢の繁華街におったんか?」
鈴子が聞く。
「そうです。料亭やカフェに入って来たりもして。客が逃げ出したりも、あったとか」
「金沢いうたら上品な街やんか。店だしてるモンにしたら疫病神やで。……『梓』の疫病神はな、新人ホステスの弟や。そいつが極道やってん。毎日店に来て、長々と居る。悪い酒でな。他の客に絡むんや。ほんである時、からんだ相手が極道やった」
ママは暴力沙汰になってはいけないと必死で仲裁した。
その夜は円満に事が済んだ。
ところが
双方が兄弟分と来店するようになった。
ヤクザが出入りすれば堅気の客の足は遠のいていく。
『梓』のママは、藁にもすがる思いで<おころび座>に行った。
ヒトガタには元凶(ホステスの弟)の名を書いた。
「でもな、ホンマに死んでしもたら怖いと思ってたんやて。ホステスの子にとっては可愛い弟やしな」
(ほんでも、これで良かったかもしれんな)
聖は、あの言葉の意味が分かった気がした。
「その一件は、ついでに白木はんの耳に入れといたから。綺麗に収まるやろ」
(白木は大きな暴力団の若頭。聖はかつて猫の剥製を依頼された)
「綺麗に……それって暴力なしで解決ってことだ」
聖は隣に座っている薫に言った。
警察の介入は不要、という意味合いで。
薫の目つきが、ちょいと鋭い気がして。
薫は、それには答えずに身を乗り出して鈴子に問う。
「社長、ついでに、ですか? ……それは『おころび座』の話した、ついで?」
「そうやで」
と鈴子
「白木に報告、しはったん?」
「報告ちゃうで。蛇の道は蛇、というやろ。白木はんが『おころび座』と知り合いでも不思議は無いと思って、話振ってみた。うちの好奇心で聞いてみただけ」
「で?……白木は何て言いました?」
白木も『おころび座』の名は知っていたのか?
鈴子は、都市伝説ではなく、実在したと報告した。
ヤクザは、どう反応する?
警察官としては聞き捨てならなかったんだと
聖は理解した。
「『あれは幻の一座や。マボロシ。見えても掴めませんやろ。掴もうと手を伸ばしたときには消えてますやろ』」って」
「しもた!(しまった)」
薫は一声叫んで立ち上がり腕を振り上げる。
変な動き。
「ど、どうしたの?」
聖は笑ってしまった。
酒のせいで薫の挙動の
理由にピンと来ない。
「そうか。誰も張り付いてないんやな。見張る理由も人手も無いんやな」
鈴子の低い声。
「えっ? あの……もしかして、もう逃げちゃったって……商店街から消えたとか」
聖は遅れて反応。
いっさい痕跡を残さない幻の一座。
<客>を装った鶏泥棒の出現は不測の事態。
すみやかに撤収、したかも。
薫は(俺、ちょっと見てこなあかん)と口の中でモゴモゴ言い、
ズボンのポケットからバイクのキーを取り出す。
その手を悠斗がしっかり握った。
「飲酒運転ですよ。駄目です。自分が行ってきます。まだ飲んでないから」
「……」
悠斗は薫の返事を待たなかった。
優しい物言いで、力ずくで、薫の握ったキーをむしり取り
誰かが何か声を掛ける間もなく
出て言った。
残った3人、暫し沈黙。
「カオルはん、座って、飲んで待ちや」
鈴子が突っ立ったままの薰の腕を引っ張る。
「すんません。社長ほんまに申し訳ない。ワタシのミスで悠斗にいらん仕事させて」
恥じ入って頭を垂れている。
「いや、俺のミスだよ。偵察が仕事なのにメチャクチャにして……トンズラされちゃったら最悪じゃん。なんて申し訳ない」
聖も2人に頭を下げた。
「あんたら、もうええやんか。まだ結果はわからん。変わらず商店街におるかもしれん。何回か通うのが願掛けの鉄則やろ。にいちゃんに鶏を持って行かれたくらいで、奈良から去るとは、普通は思えへん。どっちのミスでも無い。相手が只者やないだけ」
鈴子は2人のグラスに酒を満たす。
「そうです。只者やないんです。只の殺し屋か、只のヒーロー気取りか、どっちかも見えてこない。正体不明。ちなみにあの商店街は、空き店舗を月単位で貸してます。不動産のサイトでインターネット申し込みです。調べたが偽名でした。携帯番号から所有者を割り出すまでは事件性が無いのにできません。何にも手出しできないんです」
薰は歯がゆい思いを包み隠さず語る。
「何人組かもわからんの?」
これには、聖が答える。
「公演で見たのは受付1人と舞台の3人で4人です。ロープウェイ事故は3人組。……最低4人ですかね、」
言って、違うと気づく。
「別の人間だ……公演の4人は白装束で顔は見えなかった。だけど、大男もベビーカーの女も中年の女も、あの中には居なかった」
「セイ、大事なコトやで。間違いないんか?」
「うん。舞台の3人は男だ。特に背が高いのも、特に太ってるのも居なかった。受付は若い女だ。バストが大きい……ベビーカーの女とは別人」
「にんちゃん、ほんなら7人か」
「いえ、最低もう1人プラスかも。幕引きと照明操作係が居た筈です。受付の女が外にいた時に幕が上がりましたから。それも、ロープウェイの3人とは別人の可能性があります」
「8人もか」
薰はタバコに火を付けた。
横顔に不安の影。
常に強気の男が、少々ビビってる。
「カオルはん、幻やで。手を伸ばして摘まむ前に消えてくれたほうが幸いかもしれんで。うっかり触ってしもうたら、痕跡と一緒に消されるンちゃうか?」
怖い言葉を残して
(ほな、またな)
鈴子は席を立った。