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東天紅鶏

幕が開いた。


客席より50センチ高い舞台。


演者が3人、正面と両端に。

中腰で立っている。

受付の女と同じ白装束。

照明は上から一筋

セピア色の光が中央に置かれた箱を差している。

鳥籠くらいの大きさの白い箱。

素材は厚紙か。

箱は微妙に動いている。

……中で、ニワトリが鳴いている。

嘴で被せられた箱を突きながら。


……演者は動かない。

幕が開いてから、まだ動かない。


至近距離での

静止状態は圧迫感を感じる。

見ている方も普通に呼吸できない。


耐えがたく逃げ出したくなる寸前に

照明が点滅。

そちらに一瞬気が取られ

演者達に視線を戻せば……彼らは2、3歩移動しポーズが変わっている。

中央の男は刀を手にして居るでは無いか。


刀は、小道具には見えなかった。

重量感を感じる。

本物の日本刀か?


数分また静止。


再びチカチカ照明点滅。


3人は箱に近づき

刀の先は箱の……ニワトリの真上。


これは……芝居では無い。

舞踏でもない。


儀式、だ。


鶏は生け贄か?

間違い無い。うっすらと血の臭い。

舞台の床に……血が染みこんでいる。


ニワトリが

「くけい」と短く鳴いた。

惨殺される気配におののくように。


瞬間、聖は身体が動いていた。


目の前でニワトリが殺される。

助けるのは、今しか無い。

他に何も考えなかった。


獲物を襲う鷹のごとく

静かに素早く

聖は舞台へ上がり

左手(革手袋)で振り下ろされた腕を、刀を払い。

箱を持ち上げニワトリを掴んだ。


なんと<東天紅鶏>


青と黒の尾

身体は、青と黒と赤に黄色。

美しい鶏ではないか。


鶏は自らコートの内側に頭を突っ込んできた。


突発的な客の行動に

演者の叫び声は無かった。

力尽くの静止も無かった。


聖は胸に鶏をしっかり抱いて、体当たりでドアを開け、走った。

コインパーキング目指して疾走した。


取り返しに追いかけてくるかも。

俺、鶏泥棒、やっちゃった。


駐車料金を支払い

エンジンをかけ、パーキングから出ようとしたところ

車の前に立ちふさがる人物がいた。


白装束では無い。

紫の着物を着てミンクのショールを肩に……。

中年のゴージャスな雰囲気の女。


もしかして客席に居た人?


女は運転席側に来て、「あけて」と。

走って来たのか息切れしている。


そこいらに<追っ手>の姿が無いのを確認し、窓を少し開けた。


「あんた、えらいこと、やらかしたなあ。ほんでも、これで良かったかもしれんな」

と女は言う。


そして薄紫色の名刺を、開いた窓の隙間から中へ落とす。


「兄さん、どなたはんの使いか知らんけど、話したいわ。気が向いたら店に、来いや」

女はそれだけ言うと

(同じコインパ-キング内の)赤いベンツの助手席に乗り込んだ。

大阪ナンバーだった。

運転席には黒シャツ、黒ジャケットの若い男。


名刺を拾う。

 

会員制クラブ「梓」

 梓 まりか

住所は北新地(大阪市内の高級歓楽街)


(俺、高級クラブに行くのか?)

ちらりと思ったが、先の事を考えるのは止めた。

今はコイツ(鶏)を家に連れて帰る、それだけ考えよう。


鶏はコートの中に身を隠すようにして、妙におとなしい。

それが体調不良のせいかと心配だったが

工房に戻る途中で活性化し、

後部座席に跳んでいき


あたりが森になった頃には

嬉しそうに

カーブの度に羽ばたいている。


まだ若い雄だとルームミラーで確認できた。


「帰ったら早々に、この子のケージ作らないと。冬の間は屋内だな。石油ストーブは鶏にはあんまり良くないか。……エアコンのがいいか。取りあえず2階の一部屋を……」


頭の中は鶏で一杯。

<おころび座>偵察の使命も忘れ

初めからニワトリ奪還ミッションだったように、達成感で気分は高揚。



「マユ、可愛いだろ。俺にメチャ懐いてる」

 夜が更けて出現したマユへの第一声。


「ホントね……」

 肩に東天紅鶏を載せてニヤ付いてる姿に、しばし絶句。


「で、その綺麗な鶏、どうしたの?……なんで肩に、載せてるの?」

「自分で跳んできたのさ」

「ニワトリが飛ぶの?」

「この種はね。夜は木の上で眠るんだよ」


「……そうみたいね。眠そう。ほら、目を閉じたわ。もうすぐ日付が変わる。

シロはとっくに部屋の隅で眠っている(鶏の相手で疲れたらしい)鶏も眠っている時間じゃないの?」

 

「そうだね」

 時々目を閉じ羽根を膨らませている。

 聖は鶏を愛おしそうに撫でる。

 まるで思いがけないプレゼントを貰ったかのよう。

 すっかり自分の鶏にしてしまっている。


「そうやって朝まで肩に載せておくつもり? カオルさんには報告したのよね」

 マユは偵察の結果はどうだったかと詰め寄った。


「今晩だけ抱いて寝るつもり。……結果はラインしたよ」

 聖は軽く答える。

 生け贄の儀式から鶏を助けたと、手柄のように話す。

 あとは、もう1人の観客から名刺を貰った件。

 報告はそれだけ。


「だいたい分かったわ。それで……カオルさんは何て?」

「『まじか』、だって。いまのとこ返信はそれだけ」


「でしょうね……。でも仕方ないよね。その子(鶏)が殺されるのを黙って見てられないよね」

 聖の行動を責める気は無いが、他に情報は得られなかった結果が残念で

 マユはうつむき小さなため息。


「マユ、どうしたの?」

 聖はようやく自分の偵察は期待外れと気付く。


「大丈夫だよ。俺、次は北新地に行く。明日にでも、あの人に会うよ」

「……そう。1人で行くのね。平気なの? 敵かも」

 マユは心配そう。

 人混みが怖いくせに。

 北新地は敷居が高いだろうに(料金も高い)。


「あの人、俺を咎めなかったから」


(えらいこと、やらかしたなあ。ほんでも、これで良かったかもしれんな)       

 柔らかい口調だった。

 敵と疑う理由が無い。

 それに……ぐずぐずしていたら、次の公演に間に合わない。

 また鶏が生け贄にされるんだ。

 自分は、2度とは行けないし。

 


「北新地の会員制クラブ……。そうだわ。行く前に山田社長に聞いてみたら? 知り合いかも知れないでしょ」

 山田不動産は北新地にもビルを持っている。

 知人で無くても、どういう人物か噂で聞いているかも知れない。 

「あ、それはいいかも」


 翌日、マユのアドバイスに従い山田鈴子に電話を架けた。


 北新地の会員制クラブ「梓」のママを知っているかと

 ただそれだけを聞いた。


 鈴子は質問には答えず、

「にいちゃん、何でや?……剥製を頼まれたんか?」

 と逆質問。

「違います」

 

「それやったら、どこで知り合った?」

「あの……えーとですね、ちょっとしたアクシデントで……」

 <おころび座>の一件を話せば長くなる。

 忙しい鈴子を煩わせたく無かった。

 どう説明しようかと言い淀む。


「アクシデント?……まさか『梓』の揉め事に絡んでるのと、ちゃうやろな」

 鈴子が心配そうに言う。

 鈴子は、「梓」を知っている。

 「梓」の揉め事とやらも、知っているのだ。

 揉め事の結果が<おころび座>とも推測できる。


「カオルに頼まれて『おころび座』という怪しい一座の公演に行ったんです。そこで声を掛けられて……」

 

通えば邪を払うという<おころび座>の噂。

通った客が経営する店では、迷惑客が事故死したと。

薫が事件性を疑い、自分が偵察に行った。

と、かいつまんで話してみた。


「にいちゃん、ほんまに『おころび座』?」

 鈴子は、その名を知っているのか?

「はい」

「行ったんか? ほんまに」

「……はい」

「へえーっ。これはビックリや。都市伝説やと思ってたわ」

 都市伝説?

 一体なんなんだ?


「ややこしい客を『おころび座』が始末してくれた……そういう噂や。玄人の間では何と言うか……有名な、話やで。けど実際に見た人には会ったこと無い。皆、噂で聞いて知ってるというばかり。ウチはてっきり都市伝説やと思ってた。ヤクザもビビる『おころび座』やで。そんなもんが、あるわけ無いと思うヤンか」

「……ヤクザが、ビビるんですか」

 聖は驚き、恐れた。


 <おころび座>は<プロの殺し屋>以上の

 怖い集団かも知れないと。




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