マユの疑問
「本物そっくりな赤ちゃんの人形、見たいわ」
マユは目を輝かせた。
聖はネットで画像を探す。
(薫から、3人組の画像は貰っていない。見せてくれただけ)
「意外と安いかも。ネットで簡単に買えるのね」
「ベビーカーを畳んで人形は鞄に入れて……徒歩で山上に来たのか」
「そうとも言い切れない。登りもロープウェイを使った。でもベビーカー押したママじゃ無かった」
姿を変えていたのでは?
と、マユは推理。
「なんでわざわざベビーカーに赤ちゃん人形なのかな」
「使い道が色々あるから、じゃない?……まず警戒されない。誰に話しかけても、どこで立ち止まっていても、長くしゃがんでいても、不審がられない」
「そっか。実際俺は、ロープウェイで前を塞がれても仕方ないと思った」
「被害者の行動に臨機応変に対応できるよう用意周到、この日K城山に来るのも把握していた。しかもチームを組んでいる。まるでプロの『殺し屋』ね」
「プロの殺し屋、だろう?……消して欲しい奴がいて、噂を聞いて『おころび座』に来た人物が依頼人。薫も、そう疑ってるんじゃないのかな」
「すっきり考えればね。だけどね、殺しを請け負ったとしては、報酬が安すぎない?……公演の入場料は1回6万ね。10回通っても60万。数人で請け負うには安すぎる」
「確かに……3人組だとして、1人トイプードル一体の剥製制作料くらいなんだ。それで人殺し、は引き受けないよな。あ、もしかして観客の中から高額払う客をチョイスしたのかも」
「数百万?……1千万とか?」
「うん」
「飲み屋のお婆さん、そんな大金出すかしら?」
「……出さないか。いや、出せないよな。山上レストランも出さないよな」
嫌がらせ客1人始末するために
大金を払い
殺人依頼の重罪を背負うとは考えられない。
「そもそも嫌がらせ客でしょ。悪質ではあるけれど。度を超えれば警察に介入して貰う。しかし出来るなら揉め事は避けたい。勝手に来なくなればいいのにと願う。神様にお願いしてみようか……で、『おころび座』に願をかけに行った……山上レストランの誰かも、同じ思いで『おころび座』に。入場料だけが報酬の殺屋集団。不可解でしょ。捕まれば殺人犯なのに」
「警察に捕まるリスクはゼロにしたんだよ。周到に計画して。現に成功してる。ロープウェイ事故は、事件性は無かったんだ」
「リスクはゼロの想定ってことね……完全に事故に見せかける確証があって、依頼主のルートから犯行がバレる心配も無い。ただ願をかけただけの観客は警察に届けはしないでしょうし」
「だろう? リスクがゼロなら、数万の報酬で動く奴がいるかも。高収入単発アルバイトだったりして」
「ちょっと待ってよ。やっぱり不可解じゃ無い。客は願をかけただけ、殺人依頼の事実は無いのなら、願掛けに効き目が無かったとしても、がっかりするだけじゃ無いの?」
「あ……そうだよね。インチキだと文句もいえないよね。そもそも、オトリサマの霊力って触れ込みなんだから」
(アイツが死んでくれたのは事故や。たまたま、おかあちゃんが『おころび座』に通っていただけ。偶然やで。ニワトリが、おっさん一人呪い殺せるわけ、ないやろ)
熊吉の店長が言っていたでは無いか。
ニワトリが人間を呪い殺せる筈が無い……誰だって思う。
「ねえ、初詣に賽銭箱に大金を投じる人がいるでしょう。御利益があるように願って。それと同じ心理じゃないのかな。『熊吉』のお婆さんは嫌がらせ客を自分ではどうする力も無い。でも何もしないではおられない。だから、せめて願掛けしたんでしょ。結果現実はすぐに良い方に向かわなくても、オトリサマにお願いした事実は気休めにはなるわ。もう少し待てば、アイツは消えてくれる、かもしれない、とね」
「犯人達は殺しを請け負ったのではない……自主的な犯行?」
「必然性が不明な人殺しよね」
「必然性……悪者退治か?」
「謎ね」
マユは聖が<おころび座>に行く日が待ち遠しいという。
「どんな芝居か見当もつかないけど。観れば謎が解けるのかな。俺に」
「ニワトリはしっかり見てきてね。犯行時にニワトリ連れていたのも謎でしょ?」
「ほんとだ……一番の謎かも」
「カオルさんから6万円、渡されたんでしょ。必ず結果を出してね」
「……うん」
聖は
薫から期待され
マユにもプレッシャーをかけられ
その日(12月6日)戦場に赴く気分で家を出た。
さすがに白衣では行かない。
黒のスーツに、白いリアルレザーのトレンチコート。
サングラスして黒の皮手袋。
山上レストランに居た剥製屋と別人を装ったつもり。
S駅近くのコインパーキングに車を停める。
<準備中>の札がぶら下がった<熊吉>を横目で見て
薄暗い商店街へ足を進める。
<おころび座>の前に1人立っている。
全身白の袴姿。
頭にも白い袋。
目玉だけが袋の穴から見えている。
かなり異様。
時刻は15時55分。開演5分前だ。
聖は入り口を指差し、「あの」と言ってみる。
白装束の奴は、黙って手を出した。
(体つきから女だとは分かった)
薄手の白い手袋を着けている。
その手に6万、渡す。
白装束女は後ろ手にガラスの扉を押し開ける。
中は暗い。
上の方に電球1つ。それも黒い布で半分囲ってある。
数秒目を閉じ暗闇に目を慣らす。
想定はしていたが狭い。
正面に黒幕。
端から端まで5メートルか。
客席はパイプ椅子。横6脚が3列。
客は、前列左から2番目に1人だけ。
着物を着た中年の女だ。
聖は2列目の右から3番目に座った。
腰を下ろすと同時に
「く、くけつく」
……ニワトリの鳴き声を聞いた。




