リアル赤ちゃん人形
「女の行動が不可解や。よろめいた身体を支えてくれた男を痴漢呼ばわり、大声出しといて、その後はさっさとロープウェイ降りた。同じタイミングで男が転倒。気になって男の怪我の程度を調べた」
死亡、と分かった。
死因は後頭部強打による脳内出血。
氏名も職業も確認出来た。
次に薫はロープウェイ内の防犯カメラの映像を調べた。
「カオル、山上まで行ったの?」
「うん。ほんでな、ますます事件臭いと。防犯カメラに男が倒れた様子は映ってないねん。転倒直前の姿も。どこに座ってたのか、立ってたのか分からん。何んでかいうたら、背の高い男が遮ってたんや」
と、聖を指差す。
「……俺?」
「そうやで」
女は、聖を最後尾に立たせるために通路を塞いだのでは?
「次に、レストランの入り口にある防犯カメラも調べた」
ベビーカー押した女は映っていなかった。
レストランに入らなかったのは間違い無い。
「さらに妙な事に、同日事故前のロープウェイの防犯カメラにも全く映ってないんや」
事故時の画像には下車する後ろ姿は映っている。
白いハーフコートに白い帽子を被った女。
倒れた男を避けて通る姿が映っていた、
ベビーカーは近くの客が一緒に持ち上げている。(男の身体を跨ぐために)
しかし登りの、山上へ行く便にその姿は見当たらなかった。
「それは……かなり変、だよね」
山上には登山道を歩いても行ける。
しかしベビーカーを押しては難しい。
ロープウェイがあるのにわざわざ山道を行く理由が想像付かない。
「じゃあ、手がかり無し?」
「そうでもない。2つの防犯カメラに、あちこちカメラで撮ってる男女二人連れが映っていた」
携帯電話では無く、カメラで撮っていた。
揃いのグレーのジャケットで身分証を首にぶら下げている。
「身分証にK町のマークが入ってた。町役場の職員に違いない。ほんで、K町役場に行ってきた」
良く晴れた日を狙って町の記念誌に載せる写真を撮りにK城山に行っていたという。
薫は女が映り込んでいないか全ての写真を閲覧した。
「で、どうだったの?」
聞いた聖の声は裏返ってる。
推理小説の続きを待つようにドキドキしてきたのだ。
「おったで。3人連れがな」
「3人……なのか」
「レストラン北側の壁、喫煙所の奧……薄暗いとこに、おった。女に見覚えはあるな?」
ここで薫は、携帯電話の画像を見せる。
「あ、……あの時の人。間違い無い。……これ、鳥籠かも。下の方に紫の何かが……」
画像には、
黒革のジャンバーで黒のニット帽を被った大きな男と
茶色のダウンコートを着てオレンジ色の帽子を被った中年の女(マスクとサングラスで顔は見えない)
白いハーフコート、白い帽子の女(あの時の女)
壁にくっつけるようにベビーカー。
並んで鳥籠。
聖は3人の手を見た。
が、3人とも手袋を着けていた。
「成る程ニワトリさんも一味なんか。セイ、怪しい3人組と鶏やろ」
「赤ちゃんも入れたら4人組だけど」
「……。
この日気温は高かった。しやのに3人とも手袋してるやん。指紋を残さん為、ちゃうか。なあ、3人おれば可能やと思うか?」
事故に見せかけ
ロープウェイ内で被害者を転倒させ致命傷を負わせるコトが出来たかと、
現場に居合わせた聖に意見を求めた。
3人が人殺しかどうかは、聞かない。
もしかして薫は知っているのか、と聖は思う。
<人殺しの徴>を見るのは、<手>だと。
聖は改めて記憶を辿る。
「ベビーカー押してた人はゆっくり車輛に乗りこんだんだ。不自然だとは感じなかったけど。発車時間ギリギリ、だったかな」
そして女は搭乗口近くで立ち止まった。
仕方なく聖は狭いスペースに立っていた。
「俺の頭で防犯カメラの邪魔させたかったの?……けど、それは偶然でしょ。背の高い俺は、たまたま居合わせた」
「うん。俺もそこに計画性を疑うのは無理があると考えていた。しかし仲間に大男がおるやんか。基本プランは、コイツが防犯カメラ係やったんちゃうか」
使えるヤツが現れたのでプランを変更したと考えられる。
「ほんでな、時を見計らって急ブレーキボタンを押し被害者を転倒させたんや。女が『痴漢』と叫んだのは他の乗客の注意を後方に向ける為やってんで」
「なるほど……あ、でも何か」
何か引っかかる。
もし大男がカメラ係で実行犯から抜けていたなら
中年の女と、赤ん坊連れの女で
男1人床に叩きつけられるだろうか?
「尤もな疑問や。そもそも怪しい3人組の中に、赤ちゃん連れがおるのが疑問や。ほんで写真を拡大した。よお見てみ」
赤ん坊の横顔を見せる。
ふくよかな頬。
白人の赤ん坊のような顔立ち
薄目を開けて……。
「あれっ?……これって、人形?」
リアルベビー人形では無いのか?
「おそらく、そうやで。あちこちのサイトを調べたら、この赤ん坊と同じ顔したベビードールが売られてたで。コレや」
次に薫はベビードールの顔画像を見せる。
「同じ顔だね……赤ちゃん人形は犯行に必要な小道具だったんだ」
「小道具、まさにソレや。女は赤ん坊連れたママの芝居をしてたんや」
「芝居か……手が込んでるね」
「うん。赤ん坊が人形なら、ママも女でないかも知れん。女装した武術の達人やったかも」
そんな筈はない、あれは女の人だと……聖は言い切れない。
「カオル、『おころび座』と関係あると思う?」
「『熊吉』の婆さんは『おころび座』に願かけてオトリサマが退治してくれたようなこと、言うてたやろ。キジ鍋のオーナーも、同じように願かけたかも知れんやろ?」
結果、ニワトリを連れた3人組が天川純を始末したとすれば
熊吉がらみの、川に落ちて死んだ男も事故では無いかもしれない。
「カオル、今日店長に、ニワトリ連れの客を知ってるかと聞いたけど、答えなかったよ。驚いたような妙な感じになって……」
「そうか。それは店長が願掛けに行ったかもしれんで。しかしまさか殺しに来るとかは普通、思わんやろ。厄介者が事故死したのはオトリサマの霊力やと解釈してたんちゃうか。
もちろん鳥籠も見ていない。しやからニワトリがおったと聞いて、びっくりしたんかも」
厄介者が死んだ後では
<厄払い>の願をかけに<おころび座>に通ったと、言わないだろう。
「そうだよね……事故だと信じていても言わないよね。まして殺人事件の可能性があると知ったら、自分が殺人依頼した話になっちゃうもんね」
「うん。熊吉の店長も母親にはキツく言うてるに違いない。話を聞き出すのは難しい」
カオルはため息をつきながら
聖のグラスに日本酒を注ぐ。
「まあ、飲んで。奮発したんやで。海外でも人気の奈良の地酒やで」
「うん……すっごいまろやか」
「フルーティやろ」
なんで上等の酒、なのか
理由は分かっている。
だから、薫に頭を下げさせる前に
「俺、『おころび座』に行くよ。12月6日に行けるから。あの女が居たら絶対わかるから。それがてっとり早いじゃん」
と、口からでていた。




