死によりましてん
1週間後、聖は(K城山)山上レストランに再び来た。
店長は作業が客に見えないよう、衝立を用意していた。
熊に目玉を入れ、胸の傷を縫い合わせるだけの
簡単な作業は1地時間程度で終わった。
「剥製屋さん、お昼には少し早いけど、今日こそ『きじ鍋』食べて帰りはったら。もちろんサービスですよ」
店長が愛想良く言う。
修理の値段が想定外に安いと、機嫌が良い。
赤ら顔で身体はイカつい50才くらいの男だった。
昼食は辞退した。
店長は、それならとソフトクリームを持ってきた。
暖房の効いたロビーで身体を動かした後のソフトクリームはとても美味しい。
「店長、この前ロープウェイでニワトリ連れていた人を見たんですよ。ニワトリ連れて『キジ鍋』食べたりしたのかな?」
と、ソフトクリームを食べながら軽い調子で聞いてみた。
「ニワトリ、見たんでっか?」
店長の顔から笑みが消えた。
「姿は見てないですが。鳥籠にカバーが掛かっていたんで。鳴き声がニワトリかなと……」
「……」
店長は腕組みして、目を反らす。
意味不明の沈黙。
さっさと引き上げた方がいいかも。
「……あ、請求書は郵送します。有り難うございました」
ニワトリの話は終わりにして、頭を下げた。
「そうでっか。忙しいんやね。すっかり綺麗にしてくれて、オーナーも喜ぶわ。剥製屋のにいちゃん、有り難う」
店長の顔に笑みが戻った。
で、もう少し探ってみようと試みる。
「災難でしたね。酷い悪戯されて」
「そうやで。とんでもない奴やった、ほんまに今でも腹立つ」
この話には乗ってきた。
「……犯人、分かってるんですか?」
「まあな」
「じゃあ、また、やられるかも知れないとか?」
「いやいや、それは無い。もう無い」
言って笑った。
黄ばんだ歯を見せて、真から嬉しそうに。
「そう、ですか。それは良かった……ではこれで」
聖は修理道具の入った鞄を持ち
もう一度頭を下げて……立ち去ろうとした、その時に
店長の呟きを聞いた。
「それがねえ、死によりましてん、転びより、ましてん、で」
「え?」
思わず店長の顔を見た。
店長は、何でもない、という風に手を顔の前で振ってから
店の奥に行ってしまった。
「『死によりましてん』……今、そう言ったよな」
聖は熊の剥製に同意を求める。
「君を傷つけた悪い奴は、死んだって……そういう話、だよな。転んで、死んだのか?」
もちろん、熊は答えてくれない。
……これって<居酒屋熊吉>のケースに似てないか?
いや、同じ、だよな
動揺しながらも足はロープウェイ乗り場に向かう。
丁度、ロープウェイは山上に到着して
数人駅から出てきた。
時刻は10時50分。まだ観光客は少ない。
聖は50才くらいの女に目が留まる。
連れは無く、携帯電話を見ながら真っ直ぐレストランの方に歩いて来る。
Gパンにベージュのジャケット、白いスニーカー。
小柄で小太り。茶色に染めたショートカット。
レストランの従業員だと、思った。
「あの、」
後先考えず声を掛けていた。
「……はい?」
女は足を止め、白衣で長身の男を見て、微笑んだ。
「剥製屋さんやね、どうしはった?」
やはり従業員で剥製屋を知っていた。
丸い鼻の左にホクロ。
頬が赤くて童女のような顔つき。
「あの……、店長忙しそうなんで、聞けなかったんですけど、あの熊、誰があんな酷いことしたか、気になって」
「ああ、あれな……、
うちの料理に因縁つけてきたチンピラがやりよったんや。血の付いた絆創膏が入ってたと。嘘つきよってん。誰も手に怪我してなかったから、嘘やねん。しやけど大声で怒鳴るし、嘘やという証拠も無いやろ。腹立つけど、店長は1万渡して、新しい鍋出したんや。けど、それで終わらんかった。女連れてタダメシ食べに来たんや。1回や無い。何回も来た。当たり前のように金払わないで、食べたら出て行くねん。しまいに店長キレて、怒鳴って追い返した。ほんなら熊が、ああなってたんや。あいつが、やりよったんは間違い無
い」
「なるほど……それでチンピラは? 来なくなった?」
どこかで転んで死んで、
来なくなったのか?
「来たよ」
「また来たんですか?」
「女連れて来てなあ、またタダメシと……それから金も、せびりに来た。絆創膏が入ってたと世間に公表したる、客が来なくなるようにしたる、なめてたらヤクザに目玉くり抜かれるで。自分にはヤクザの後ろ盾があるんやで、と脅しよった。けどな、……罰が当たりよってん」
「ば、罰が?」
大きな声が出そうなのを自制する。
「あんな、帰りのロープウェイで転んでな、頭打って、死によってん。救急車来たときには死んでたんやて」
「ええーっつ」
「開業以来、初めてや。あん中(あの中)で死ぬなんて。チンピラは罰が当たったんや。神様は、ちゃあんと見てはるンやな」
女は、チンピラの死を、良いことのように、語った。
ロープウェイで、転んで死んだって……まさか、この前の?
転倒した男が居たでは無いか。
しかし、慌てていたのでどんな男か見ていない。
痴漢と呼ばれパニクってたんだ。
僅かでも記憶に無いか必死で思い出す。
男は……黒っぽい服装だった。
名前は「じゅんちゃん」
女が呼んでいた。
その女は40才くらいだと、思った。
女の体型、服装……全く浮かんでこない。
チラ見しただけ。
あ、でもケバい雰囲気だったような。
それも自信がないが。
「いや、あの男とは限らないんだ」
別の転倒事故かも知れないでは無いか。
(あの中で死ぬのは初めて)
と言ってた。
怪我した人は他にも居るかも。
そうだ、薫に報告しよう。
奈良県内の事故なら詳細が分かるかも。
あの男が死んだかどうか調べてくれるかも。
早速、今聞いた<チンピラの死>の話を
結月薫にラインで知らせた。
熊吉で聞いた<嫌がらせ男の死>と似ていないかと。
即、既読になり
(昼から行くで。ラインしようと思てたとこ)
即返信。
……そっか。今日は休みで暇なんだ。
……あれ?
ロープウェイの事故には無反応?
興味ないのかな。
たとえ死んだとしても転倒事故。
似たような話(嫌がらせ客が事故死)に過ぎないのか。
俺は偶然チンピラの死亡事故に遭遇しただけ。
<熊吉>で聞いた話とたまたま一意する状況があっただけ。
ロープウェイに居たニワトリと
<熊吉>で聞いた<おころび座>にいるニワトリが
同じコか情報が得られるかと、やってみた結果
別の、同じような話を聞いたんで
関連があると頭が先走ってしまった。
まるで事件のように、警察官に報告してしまった。
勇み足だったかと、
聖は、ちょっと恥ずかしくなってきた。
しかし、
午後1時、工房に駆け込んで来た薫は
いつものようにスーパーマーケットの袋をぶら下げていたが
お仕事中の目つきだった。
「セイ、ロープウェイの事故で死んだ男はホストやで。『天川純』という名でミナミ(大阪の繁華街)のホストクラブに在籍していた」
「死んだのか……」
「救急車呼ぶほどの怪我人が出たのはな、ロープウェイ開通以来初めてや。セイが遭遇した転倒事故の『天川純』が、熊の剥製破損の犯人、嫌がらせしていたチンピラに違いないな」
やはり同一人物であった。
聖はこの事実に驚くよりも、
薫が聖からのラインに、無関心では無かった事に驚いていた。
ちゃんと調べてくれたのか。
けど……。
妙じゃないか?
K城山から薫にメールしたのは11時。
あれから2時間しか経っていない。
マンションからでも警察署からでも
此処までバイクで1時間半。
途中スーパーで(缶ビールやら唐揚げやら)
買い物してきてる。
「カオル、いつ調べた?」
聞いてみた。
「この前、セイから話聞いて、すぐ調べたで。事件臭い、からな」
「へっ? なんで?……俺はただの転倒事故だと」
あの時、
聞いて貰いたかったのは痴漢に間違われた顛末。
転倒事故は状況説明に過ぎなかった。
だがカオルは事件の臭いを嗅ぎ取っていたの?
……なんで?
「成る程な……危うく事故を装った完全犯罪成立、やったな。
偽装工作に使われていたセイが、何にも疑ってない、なるほどな」
謎な言葉を、呟いて
カオルは美味そうにビールを飲んだ。