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まだ事件じゃ無い

S井駅近くのパーキングで薫達と別れた。

(薫は鈴森のトラックに便乗。2人の住むマンションは近い)


工房に戻ったときには、眠くて何も考えられなかった。

グラスや皿が置いたままの、

宴会の後始末も手を付ける気がしない。


(神流剥製工房の、1階は30畳のスペースに陳列棚、デスク、応接セット。

川に面して窓。反対側に作業室、バストイレ、階段)


タバコも吸わず2階の寝室へ向かう。

(2階にはトイレ2つ、8畳の広さの寝室が6室。それぞれの部屋にベットとサイドテーブルが置いてある。聖は、川に面した側の、真ん中の部屋を使っている)


「シロは?……そっか。悠斗さんに付いて行ったんだ」


「あ」

ベッドに横になり、サイドテーブルに置かれた<剥製のヨウム>に驚く。

「なんで、ここに?……ああ、俺が持って来たんだ」


男4人の宴会の場に

マユが宿ったヨウムを、置いておきたくなかった。

酔っ払って薫が触ったら、嫌だし、と。

それも、コロッと忘れている。


夜通し、ゲームして酒飲んで明け方風呂に入り、

1時間車運転して、御馳走食べて……腹が満ち足りたせいか強烈に眠い。


……ぺろぺろ

シロが顔を舐めてる。

起きろと。

べろべろ……?

なんか、まあるい舌だけど……。


深い眠りから目覚める。

薄目を開ければ犬の目元が間近に……。

黒豆のようなシロの目玉じゃ無い。

茶色に金が混じったような……。


「うわ、トラか?」

山田動物霊園の秋田犬、トラだ。

「へっ。お前、どうしたの?……また大きくなった?

シロは?」

慌ててベットから出て、階段を降りる。


階下は暖かい。


「目が覚めましたか? 心配してたんですよ」

石油ストーブの前に

桜木悠斗と、シロが居た。

シロは、すぐにこっちに来ない。

聖に文句が有るような目つき。


「あ、……今何時だろ」

聖は、窓の外が暗いのを見た。

悠斗は黒いジャージ着ている。

スーツ姿(仕事着)で無い。

何着てもカッコイイ、と思う。


「セイさん。9時ですよ。よっぽど疲れたんですね」

悠斗はクスリと笑った。


「朝まで飲んで、風呂入って……S井市まで朝飯食いに……。カオルが、言い出して。済みませんシロを任せちゃって」

 謝りながら、部屋が綺麗なのに気がつく。

 悠斗が後片付けしてくれたのだ。

 悠斗は(勝手に入って済みません)とか言わない。

 それが、ちょっと嬉しい。

 いつの間にか距離が縮まった感じがして。


「ゴメン、本当にゴメンナサイ」

 ぺこぺこ頭を下げた。


「いいですよ。今日はシロが居てくれて助かったんです。実はね、今朝事務所の横に柵を取り付けたんですよ」

「柵?」

「ええ。トラ達の。大きな犬を放し飼いにしているとクレームがあったんです」

 山田不動産に文句の電話が掛かってきたという。

 人が噛まれてからでは遅い、と。

 鈴子は早々に柵を取り付けた。

 鎖で繋ぐなどと考えていない。

 

「シロが一緒に柵の中に入ってくれたので、トラは嫌がりませんでした。今後もシロに付き合って貰えば有り難いんですが……」


いいですよ、と聖が答える前に、シロがワン(OK)と答えた。


「そんな事があったんですか。俺も警戒した方がいいかも。シロは客が来たら作業室に入って貰ってるけど……狭いところに閉じ込めるのは可哀想ですね」

 聖は、小さな鳥籠を思い出す。

 ニワトリにはさぞかし窮屈だろうと。

 

「セイさん、狭くは無いですよ。木を何本も切りました。ちょっとした……牧場ですよ」

「牧場、ですか」

 鈴子は犬一匹のために牧場並みの柵を設置したのか。

 木を切り倒したって?

 なんと大がかりな。

まさに寝耳に水の話に

 ボンヤリした頭は一瞬で覚醒した。


「見に来てくださいね」

 悠斗は、(シロは晩ご飯食べましたからね)と、言いながら

 トラと帰って行った。


 その夜、いつもより早い時間に

 マユが隣に居た。

 早く会いたい、気がかりな鶏の話を聞いて貰いたい。

 願いが通じたかのように……。


(パソコンデスク前の椅子が白いヨウムの指定席。

マユは、白い羽根を編み込んだ生地のノースリーブのワンピース。白地に桃色の花を刺繍した着物を羽織っている)


「面白い話ね……かごの中のニワトリ、願いを叶えてくれる『おころび座』……居酒屋に嫌がらせをしていた人は事故死……そして、『おころび座』に同じニワトリがいた」

「うん。……同じニワトリだと俺は思った。けど、そんな偶然、無いかな」

 長く眠った後の、冴えた頭で思い返せば

 徹夜明けの疲れ切っていた自分の判断に、自信が持てなくなっている。


「すごい偶然だけど、有り得なくは無い。ニワトリを運べる距離でしょ?」

 S井駅前からK城山まで車でも電車でも40分。

 籠に入れて鶏を運ぶのに無理は無い。


「持ち主は見てないのね?」

「急停車でバタバタして……それに、」

 聖は痴漢呼ばわりされたと、話す。

 マユには、できるなら黙っていたかったが。


「まあ、そんなアクシデントもあったのね。……ねえ、ロープウェイの画像見せてくれる?」

「いいよ」

 公式サイトを一緒に見る。


「車体はガラス張りで椅子は低め…」

 マユは車体の画像を暫く見つめ、首を傾げた。

「ニワトリ連れてロープウェイ乗るのも変わっているけど、ベビーカーも、なんか珍しいかも。赤ちゃんの他に子供が居るのかもしれないけど」

 小さな車輛にベビーカーは他の客の邪魔になる。

 実際通路を完全に塞いでいた。それで聖は女の後ろに立って居たのだ。


「セイは最後尾に居た。誰が急ブレーキのボタンを押したのか、見ていない。男の人が転倒した瞬間も見ていないのね」

「そうだよ」

 マユは転倒事故に引っかかるようだ。

 どうして?


「また、熊の剥製直しに、K城山に行くんでしょ?」

「うん。注文している義眼が届いたら行くよ。多分来週中には行く」

「ニワトリ連れの人を見なかったか聞いてみたら? レストランで食事したかもしれないでしょ」

「そっか。変わった客は憶えているかもしれないな」

「同じニワトリで『おころび座』の人が連れ歩いていると、分かったとして……それで聖はどうするの?」

 

 聞かれて何も出来ない、と気付いた。

 おころび座は、オトリサマが願いを叶えるという触れ込みで、

 年寄りから高い入場料をだまし取っているのかもしれない。

 だからといって自分には何も出来ないでは無いか。


「願いを叶えるアイテムでもっと高額なのはいくらでもあるわ。今分かっている範囲では犯罪じゃ、無いでしょ。事件じゃ無い。詐欺の被害届が出てなきゃね」

 そうだった。

 薫は

(一体何者か、どんな一座か、調べてみな、分からんな。あとは俺の仕事や)

 と、言っていた。


「セイ、ロープウェイのニワトリと『おころび座』のニワトリが、同じかどうかは『おころび座』の公演を見に行けば、ハッキリするかも」

「ま、……そうだけど」

 入場料6万は捨金にしては痛い。


「そうでしょ。まずは6万払ってでも真相解明したいかどうか、思案してみて」

「……うん」

 マユは(トラはおっきくなったね)と

 話題を替えた。




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