一つ屋根の下で
フカモト ハジメ 49才
現在の住居は<熊吉>の2階。
本籍も同じ。
母親と2人暮らし。
父親は15年前に病死。
一人息子は<熊吉>の後を継いだ。
長く実家を離れていたのが、戻ってきた。
奈良県内の高校卒業後、
東京のタレントスクールに1年在籍。
その後、飲食店で働きながら演劇活動。
いわゆる劇団員。
「高校の同級生からの情報や。昔に公演のチケットを送ってきたんやて。東京まで見に行くわけないのに、言うてた」
『おころび座』、劇団員だった履歴、
人殺し集団は、役者集団と仮定してみた。
「あ、それから金沢の件、やはり鶏がおった。ニワトリがホームレスと一緒に轢かれていた。『おころび座』のメッセージやろうけど。それも、芝居がかってるやん」
事故死させる筋書きを考え
台本を書き、
座員達はその台本通りに演じたのでは?
「あれは劇団員、ですか。……弱すぎてビックリはしましたけど」
悠斗が呟く。
「集団での犯行が不気味やった。けど、集団で無ければ人1人殺す力は無かったのかも知れない。K城山上の件、喫煙所にいた3人の他にも、あの場に仲間がおったかもしれん。セイ1人殺るのに8人がかりのプランやったからな」
聖を殺す段取りは、
暗闇で身体を拘束し
吊り橋の上に用意してあった(川から汲んだ)水を入れたバケツに頭を沈め
死んだら川へ投げ込む。
「やっさん」殺しと同じ方法。
(吊り橋の上に、バケツがあった)
「K城山上で見た白衣の男が、鶏を盗んだと知ってたとしたら? 『やっさん』同様邪魔な存在、始末の対象やったら? 山上レストランで聞けば剥製屋と素性は知れる。住所なんか簡単に検索できる。そう考えたら居ても立ってもおられんで、偵察にな、熊さん誘って飲みに行った。開店と同時に行った」
……(今日は、お二人ですか、あの背の高いお友達は?)
と、店長が聞いた。
薫は、(アイツは家で仕事してまっせ)と答えた。
すると、
(家で?……お一人でっか?)と。
「『山の中で、一人ぼっちやで。俺ら3人、嫁さん、おらんねん』って言うた。ほんならな……店におった客が、申し合わせたように出て行きよったんや。へ? もしかして、俺の推理は当たりかとゾクゾクしてきた。出て行った客は仲間で、鶏を盗んだ剥製屋を始末する気ちゃうんかと。俺の話で、今夜決行と決めよったかも……ほんでな俺はワクワクしながら待ってたんや。セイがなんか言うてくるのを待ってたんや。ほんならユウトからの電話や。結果を見れば、俺は酒飲みながら、遠隔操作で罠を仕掛けたんやな」
「ゾクゾク、ワクワクか……」
聖は1人呟いた。
俺は罠の餌か?
餌に知らせないで、ソレは無いんじゃない?
何人殺してるや知れない集団なんだよ。
俺が殺されるストーリーも有り得るじゃん。
文句言いたかったが
話の腰を折りたくない。
……人殺し仲間が<熊吉>の客に混じっていたのは想定外。
客の<手>を確認していない。
それは自分のミス。薫にあれこれ言えない。
「ところでカオル、あの8人は捕まったの?」
と聞く。
聖は襲撃者は8人とまでは知らなかった。
「うん。あっさりな。腑抜け状態やて。反撃にあった経験が無いんやろな。失禁して震えて泣いて……よっぽど怖い目におうたんやろな」
薫は寝ているトラの頭を撫でた。
「『おころび座』については、人にも頼んで調べ続けてた。昭和の文芸誌の実話小説にな、同名があった。戦前(第二次世界大戦前)の話や」
温泉町を巡る旅の一座、だった。
頼めば厄介事を綺麗に片付けてくれた、と。
流れ者。
名前も知れない。
たとえば人殺しの疑惑があっても、当時の警察は追跡できなかった。
「元ネタやな。実話とあるが創作かもしれん。密かに広まり都市伝説となったんかな。アイツは、おそらく父親からその話を聞いて、よほど印象に残ってたんやろ」
「都市伝説の模倣犯?……広島にも出没した噂があるんだよね。実際はどうなの?」
聖の問いに
薫は大あくび。
「それはな、まだわからん。取り調べは始まったばかりや。一体どうして『おころび座』になったんかも。わからん。そや、明日此処にも……警察官が聴取に……来る、で」
薫は目を閉じ、口を閉ざした。
力尽きて眠ってしまった。
ぐわあ、ぐわあ、と凄まじい鼾。
「疲れ切っていたんですね。2階に運びます。ちゃんと横になって寝かせてあげたい」
悠斗は薫を抱き上げた。
厳つい筋肉質の男を、軽く<お姫様抱っこ>
「じゃあ右の奥の部屋に(ドアを開けている)。お願いします」
悠斗は静かに階段を上がっていく。
手助けは無用の様子。
聖は鈴森と向き合う位置に座り直す。
<熊さん>は神妙な面持ちで目を伏せている。
……あれ?
……この人、入って来てから一言も喋って無いよね?
「あの……ショックですよね。10年前から知ってる人が、」
「セイさん、言わなアカンことがありますねん」
聖と2人きりになるのを待っていたように
身体を乗り出し
顔を近づけ、
「セイさんが痴漢に間違われた話、しはったとき、セイさんに……ニワトリが視えました。それで、同じように頭の中に、ニワトリがおる、あの男を思い出したんです」
(いやね、昔なじみの飲み屋がね、嫌がらせされてたのを、何でか、今思い出しました)
……この鈴森の発言が始まりで、<熊吉>に行ったのだった。
「余計なコト言ったばかりにセイさんを危険な目に合わせてしまった。お詫びのしようも無い」
大きな頭を垂れた。
聖は鈴森の<力>が、自分たちと<おころび座>繋げたのだと知った。
「余計じゃ無いです。結果、犯行を食い止めた……野放状態だったら、この先、人も鶏も殺され続けていたんですよ」
鈴森の後ろめたさは、無用だと,
言葉を重ねれば
自身の<力>が何の役にも立たなかった事実に気付いてしまう。
店長が人殺しと分からなかったのは、ビニール手袋をつけていたからだ。
<熊吉>の客の手など全く視なかった。
人殺しは見れば分かる、くせに
何の役にも立たなかった。
薫は……<力>の限界を知っているかのように、アイツは人殺しかと、問わなかった。
「じゃあ、帰りますね……トラはここで寝たそうなんで、悪いですけど置いて行きます」
悠斗が、側で言うので、聖は自責思考を中断。
「えっ、桜木さん、事務所にもどりはるの?……なんで?」
鈴森は恋しい人が去るみたいな悲しい顔。
聖も、今悠斗に去って欲しくない。
「明日営業なんで……少しでも寝た方がいいかなと」
尤もな理由、だけど、
「ユウトさん、皆で、此処で寝ましょう。2階の空いている部屋、使ってください」
聖も、眠い。もう限界。
ソファに横になる。眠くてたまらない。
悠斗も同じだろう。疲れ切った身体で、1人で……暗い寒い森を行かせたくない。
「一つ屋根の下で、寝ましょう」
と鈴森。
「そう、ですね」
悠斗は2階には行かなかった。
ソファに、鈴森の隣に、倒れ込むように身体を収め……眼を閉じた。
聖と同様、限界状態だったのだ。
やがて聖と悠斗の寝息。
鈴森は大きな身体が邪魔では無いかと、
場所の移動を思った。
が、悠斗が……もたれ掛かってきたので、
そのままの姿勢でいる間に
眠りに落ちた。




