犯人はすぐそこに
「『おころび座』ですか?」
悠斗が聞いた。
「俺がミスったんです。鶏を盗ってきた、あの日に尾行されていたんだ。全く気付かなかった」
家がバレる心当たりは他に無い。
「セイさん、カオルさんに知らせるんでしょ?」
「もちろん……あ、携帯置いてきちゃった」
白衣のポケットに入れていた。
「自分も、置いてきちゃったんです」
悠斗は、少し考えて
「自分とこに行きましょう」
と、歩き出した。
現在時点からは霊園事務所の方が近いのだ。
「そうですよね」
分かっているが、聖はシロが気になる。
「シロ?……大丈夫みたいですよ」
シロはもう吠えていなかった。
聖の無事は察しているようだ。
「ココア飲んで暖まりましょう。作っていたんです」
黒いジャージを着た悠斗はトラを引き連れ
霊園事務所に続く小径に入っていく。
「ココアか……随分飲んでないかも」
「社長が事務所に来る途中、牧場で牛乳を買ってきてくれるんです」
なんか美味そう。ぜひ飲みたい。
「トラも大好きです」
「へえ。ココア飲むんだ。あの……トラが俺の危機に気付いた?」
メチャ早い出現だったんだけど。
「窓の外に白い鳥が……白鳥かサギみたいな。それがガラスに体当たりしてきたので、何事かと外に出たんですよ。トラもね。そしたらトラがオオカミみたいに吠え出して……走って行ったんで、わけもわからず後を追ったんです」
「白い鳥ですか……」
聖は、それはマユの化身かも知れないと思う。
桜木悠斗は、霊園事務所裏のユニットハウスに住んでいる。
霊園事務所にはトイレ、台所はあるが風呂は無い。
鈴子が、バストイレ付きのユニットハウスを購入した。
ココアは美味しかった。
汗が引いて冷たくなった身体がほっこりする。
「カオルさんに電話しますね。自分が『報告』して、替わりますから」
「寝てるかな」
もうすぐ日付が替わる時刻になっていた。
悠斗はスピーカー設定にする。
電話はすぐに繋がった。
「熱燗、2本たのんます」
鈴森の声が最初に聞こえた。
どこかで2人で飲んでるのか?
「カオルさん非常事態です。セイさんが襲われました」
「セイが襲われたって? いつ?」と薫。
大きな声だが、驚いた感じは無い。
セイは無事か、とも聞かない。
「約10分前、です」
「さっきやな。1回切って熊さんの携帯からかける」
早口に言い
数分後、着信。
「セイが襲われた。えらいこっちゃ。ほんで、どうなったの?」
薫はゆっくり大きな声で喋っている。
「森で、バトルになりました。自分とトラが、やっちゃって……連中は皆逃げました」
悠斗の報告に、
「熊さん、『おころび座』をやっつけたんやて。トラも頑張ったらしい」
「なるほど。こっちには秋田犬もおりましたな」
「半化け見たいな霊感剥製屋と、サイボーグ並みの戦闘スキルの墓守だけでも、えげつない、のにな」
聞こえてくる会話は酔っ払いの戯れ言みたい。
薫も鈴森もハハと笑っている。
「カオルさん、聞いて下さい。相手が案外弱くて、怪我させました。自分が、脇腹とか顎を蹴って。トラが耳噛んだり太もも噛んだり」
悪さを正直に話す子供のように
悠斗は俯いて反省の姿勢。
「なんと顎砕けた? ほんで耳がちぎれ太ももがベランとめくれた? すぐに医者にかからんと死ぬな。しやけど、逃げたんや。しかたないな。」
薫は、悠斗の報告を盛って語ってる。
なんで?
やっぱ。
酔ってるのか?
……いや、違う。
この声の大きさ、わざとらしさは……誰かに聞かせる為だ。
「大将、手、震えてまっせ。どないしました? ちょっと、……どこいきますねん?」
鈴森の声だ。
「いや、スンマセン。……用足しに」
聞き覚えのある声。
これは店長の声だ。
<熊吉>の……。
「さっき行きはったとこやんか」
鈴森が立ち上がった気配
「熊さん、携帯や、携帯取り上げて」
食器がガチャガチャ。
人がバタバタ動く気配
聖と悠斗は(何なんだ?)と無言で目を合わせ
携帯電話の音声に集中。
「大将、諦めましょ」
これは鈴森。
「熊さん、確保しといてな。どれどれ……どれや? 今ラインしようとしてんは?
答えへんか。ええよ。すぐ分かるから。
ええか、あの県道、両側に検問手配した。車では逃げられへんで。どうする? 歩いて山越えか? えらい怪我してるんやで。死んでまうで。自首するよう言うたり。出頭したらな、すぐに治療も受けられるやんか」
「…お、おたくら、一体何者ですねん」
店長の泣きそうな声。
短い静寂の後、店長が(うわー)と叫び
「まさかそんな。なんでまた」
と。
薫が警察手帳を見せたに違いない。
「な、諦めなしゃあない。潔く出頭しましょ。お母さんが寝たはる間に……」
鈴森が諭している。
そこで実況中継(通話)は途切れた。
「『熊吉』の店長、ですよね。ユウトさん、今のそういうコトですよね。……薫が、ふざけてるんじゃ、無いよね」
あの店長と<おころび座>が結びつかない。
腕のいい板前で、母親と仲良く居酒屋を商っている
愛想の良い小柄な男が
(ヤクザも恐れる)幻の一座?
ホントに?
「セイさん、意外ですか?」
悠斗は、聖の言葉の方が意外そうだ。
少しも驚いていない。
なんで?
「ちょっと変でしたよ。店のルールって、しきりに言ってましたよね。客に手厳しいと……常連客を出入り禁止にした話には驚きました。そこまで滅多にしないでしょ。安い店でもないのに」
「普通はそこまでしないんだ……」
飲み屋では、ありがちなコトと聖は思っていた。
薫に誘われない限り、飲み屋に行かないので、値段の相場も知ってはいない。
「それに、場所が近い。目と鼻の先です。管理出来るし仲間が集まる場所(店)もある。メンバーはごく普通の人だったしね」
「そ、そうだよね」
条件を並べれば、店長を容疑者から省く理由が無い。
「薫は疑っていたのか。俺は聞いてないけど」
何にも聞いてない。
今夜鈴森と<熊吉>に行くのも知らなかった。
自分は誘われていない。
興奮状態が終息してくると
薫への疑問が湧いてきた。
モヤモヤしていた。
「聞いてなかったんですか……あ、セイさん、カオルさんからラインきましたよ」
(遅なるけどセイのとこに行きます。経過説明に行きます)
聖と悠斗とトラは走って(寒いから)工房へ
「ユウトさんメチャ足早い」
「そうでもないです。毎日トラと走ってるけど」
「格闘技、なんかやってたの?」
「特に……子供の時、施設で戦いごっこ、してましたけど」
「そうなんだ」
「セイさんは子供の時、熊や鹿と遊んでたんでしょ」
「なにそれ、カオルが言ってた?」
「はい。お父さんから聞いたって」
「……(どっちの父さんだろ)?」
これだけの会話で、工房に着いた。
マユと見るつもりだったSFアニメを見ながら
薫を待つことにした。
午前4時。
薫と鈴森到着。
県道まで奈良署の同僚に送って貰ったと言う。
「いつから店長が怪しいと?」
セイは最初に聞いた。
「この前、悠斗連れて行ったとき、最後に言うたんがな。脅しに聞こえたんや」
(親父が言うてましたよ。『おころび座』の正体を探ったら始末されると。
深入りせんと、忘れるんが身のためでっせ)
「白木は『あれは幻の一座、掴もうと手を伸ばしたときには消えてる』と言うてたんやろ。
随分ニュアンスが違うやんか。
『おころび座』は『やっさん』は殺さないのに、探った奴は消されるって、矛盾している。
店長が『やっさん』を殺したんやったら、あの言いぐさは腑に落ちる。ほんで調べてみたんや」




