中山裕介シリーズ第8弾
四月に入り、宮根君が作家復帰を果たした。
「良く戻って来てくれたね。これからもまた作家として良い案を頼むよ!」
野村さんが期待すれば、
「そうだぞ宮根、お前はバラエティにはなくてはならない存在だからな」
虎南さんも続く。だが――
「ありがとうございます! これからは仕事もうんこも踏ん張って頑張ります!」
この発言にはスタッフ一同シーンとなってしまう。復帰第一声がそれかい……。
「えっ!? 今の発言面白くなかったですか」
「うん。ちゃんと反省してるのか分からなかった」
「反省はしましたよ。もう猛省。事務の仕事もうんこも踏ん張って遣ってましたから」
「だから、「うんこ」はいらないんだよ!」
野村さんとオレとのユニゾンの突っ込みが決まった所で会議開始。
しかし――
温かく迎えるスタッフばかりかと思いきや、神野彩子だけは違ったようだ。
ある日の会議終了後、
「ユースケさん、ちょっと良いですか」
宮根君から呼び出された。
「何? どうかした」
訊くと、
「彩子ちゃんの言葉の苛めが凄いんですよ。「淫行男」とか、「何しに戻って来たの?」とか、「またメンバーに手を出すんでしょ」とか、言葉だけじゃなくて、オレが邪魔で突き飛ばしたりするんですよ」
「なるほどねえ」
「未成年に手を出した作家さん」の一言は序章だったか。
「どうしたら良いでしょう、ユースケさん」
「そうだね、オレは話を聞くだけしか出来ないから、大村さんか野村さんに言った方が良いと思うよ」
「そうですか、分かりました。野村さんに相談します」
「うん、そうしな」
アドバイスしてこの日は終わった。
後日の会議開始前、そっと野村さんに訊いた。
「宮根君から相談ありました」
「あったよ。やっぱり神野はプライドが高いだけじゃなく意地も悪いね」
野村さんもうんざり。
「宮根君は心機一転したばかりなのに可哀想ですよ。どうするつもりですか?」
「確かに宮根は可哀想だけど、今は様子見だね。苛めがもっと酷くなったら何か対策を考える」
「そうですか。なら作家代表として宜しくお願いします」
とは言ったものの、別にオレは作家代表ではない。自分でも可笑しくなる程に慇懃にお辞儀をして会議に臨む。
野村さんは神野さんの苛めを気に掛けてはいるようだが、番組制作にも力を入れなければならない。辛い立場だ。
「何かもっと番組が盛り上がる企画はない?」
「またそれかよ」
虎南さんがぼやく。
「だってそれが放送作家の仕事でしょ。今度は「セレブ提案」にも「ビューティー提案」にも頼らなくてね」
野村さんは笑みを浮かべて釘を刺す。となると――
「虎南さん、「大爆笑提案」をお願いしますよ」
また「考える」事をサボってしまった。
「大爆笑提案なんかねえよ! たまには自分で考えろ」
案の定の答え……。
「前にも言ったけど、最近の若手作家は「考える」事をサボってるって言ったじゃん。ユースケ」
中野さんも釘を刺す。
「うーん……自分で考えるねえ」
「ほら、ユースケ君頑張って!」
珠希が応援してくれる。が、自分もオレと同じ立場なんだからな。
経つ事十分。会議室はしーんとしたまま。
オレ以外誰も新たな企画を出そうとしない。野村さんも大村プロデューサーも、オレの案に期待しているのはまざまざと伝わって来る。どいつもこいつも人任せにしやがって!
「じゃあこの前『番付するメンバーたち!』を遣りましたから、今度は『消去されるメンバーたち』ってのはどうでしょう」
「消去?」
野村さんは不思議そう。
「はい。男性ゲストを一人呼んで、「このメンバーは○○そう」って視聴者にアンケートを取ってゲストに予想させるんです。それでゲストはこのメンバーは違うだろうと一、二名予想させる。そうやってメンバーを消去して行って、見事全員的中すれば金一封が貰える。っていう企画はどうかなって考えたんですけど」
「それ面白そうですね!」
宮根君が乗っかる。
「宮根君が賛同するようじゃあ、多分つまらないね」
神野さんの一言。人が一生懸命考えた企画を何だと思っているのやら……それにディスったのは宮根君じゃなくてオレなんだぞ! オレは神野さんを睨むでもなく無視せざるを得ないとして、
「貴子ちゃんの「セレブ提案」に被せて来たみたいだけど、それはそれで面白そうだね」
野村さんも乗っかって来る。
「でも『消去されるメンバーたち』だと番付と被っちゃうなあ」
大村プロデューサーは難色を示す。
「それじゃあ『消去女』っていうタイトルはどうでしょう」
「消去女……まあそれだったらね」
大村さんは渋々納得する。
「まあ頑張った事は頑張ったね、ユースケも」
「何ですか。その「一応」みたいな言い方は」
「だって一応自分の意見を出したじゃない。流石は急にオファーした方が躍起になる男」
「そうでしょう。野村さん」
下平まで……。またそれか。
「オレだって急にオファーがなくても自分の意見は出してますよ! 他の番組でもね」
「直ぐムキになるのもユースケらしいな」
虎南さんは微笑を浮かべて言う。どいつもこいつもバカにしやがって憎たらしいったらありゃしない。
「じゃあまたスタッフでシミュレーションしてみよう」
野村さんの一言で決定し、今日の会議は終わる。
だがその矢先、瀬戸に次ぐメンバーの「元気印」だった飯干由衣が、体調不良を訴え年内の活動を休止すると発表された。
飯干は公式サイトやツイッターで、
「しばらくの間、お休みさせて頂きます」
とファンへ告げる。自身のブログでは、
「自分の中で一生懸命頑張ろうという意気込みはありましたが、活動に取り組む中で今まで通りの調子がつかめず、病院の先生とも話し合った結果、休養することになりました」
と報告。休養までの経緯は「何度も悩みました」と綴り、「今まで通りの活動が出来ないと思ったので、療養に専念させて頂きます。早く元気になって皆さんに会えるように頑張ります」と記していた。
四月下旬の会議後、野村さんにそっと訊く。
「元気印が一人減るのは寂しい限りですね」
「確かにそうなんだけど、以前から体調不良が続いてたんだよね。だから飯干には一部の活動を休ませてはいたんだけど、それでも体調が良くならなくて」
「そんな事情があったんですか」
「そう。だから公式サイトで「赤坂マーマレーヌの活動をしばらくの間休止し、本格的に療養に専念させる」って説明文を載せたの。後、「各種SNSの更新もお休みさせて頂きます」ってね」
「そうだったんですか。仕方ないですね」
飯干がそんなに体調が悪かったとは、画面を通じても看破出来なかった。
こうして五月に入り、
「皆、飯干は暫く休ませるけど、その分張り切って行くよ!」
野村さんはスタッフに発破を掛ける。
「飯干の案件はネットニュースで観たよ。そんな力強く言わなくても一生懸命遣ってるよ。私達は」
中野さんは野村さんの迫力に呆れている。
「なら良いけど」
「ねえ? ユースケ」
中野さんがオレと目を合わす。何故オレ!?
「中野さんが言うように、オレ達作家もいつも一生懸命ですよ」
「なら宜しい」
野村さんは満足そうな笑みを見せ、今日も会議が始まる。
そして――
何故かまたオレがMC役となり、宮根君と一緒に『消去女』のシミュレーションが始まった。
テーマは「お尻がキレイそうな女」。ゲスト役は島田智也ディレクター。
消去されて行くのは下平、中野さん、お貴さん、珠希、神野さん、枦山さんの計六名。
「何で島田がゲスト役なんだよ?」
中野さんはのっけから不満顔。
「オレがゲストだと何か問題があるんすか?」
「問題はないけど下平のケツ知ってんだろ?」
「まあ、見た事は何度もありますけど」
島田君は何故か得意げ。
「最近少し垂れ下っちゃったんだよね」
下平は口にするのも嫌そうな口振り。
「えーっ!?」
島田君はショックな様子。が――
「お前達もう別れたんだろ? じゃあ気にする事ねえじゃねえか」
虎南さんは呆れ顔。
「もう始めたら」
野村さんも然り。
「そうですね。早速始めましょう」
「消去女!」
宮根君とのユニゾンの掛け声が決まった。
「いやいやいや! 始まりましたね、ユースケさん」
「何だよ君「いやいやいや」って。オレ達のトークなんかいらないんだよ。島田君、順位を発表しようか」
「早っ! まだテーマも発表してないのに」
「皆早く帰りたいんだよ。テーマくらいは発表しようか。皆さん、もうお分かりでしょうが、今回のテーマは「お尻がキレイそうな女」です。今回は一位、二位、三位、上位から島田君が選んだメンバーを発表して行きます」
今回も順位はホワイトボードに書かれていて、名前はシールで伏せてある。それとオレだけが薄い台本を持ち、宮根君には何もない。只囃し立てるだけの存在。
「さあ島田さん、まず一位は誰でしょう」
宮根君が訊く。
「そうだなあ。やっぱり一位は希かな」
「だと思った」
オレも流石に呆れてしまう。
「じゃあ二位と三位を同時に予想してください」
暫し島田君が考える。
「うーん……二位はお貴さんで三位は彩子ちゃんかな」
選ばれた人は席を外し、他のスタッフがいる席に着席するのが今回のルール。
「ちょっと! 何で私が下平さんや貴子ちゃんより下なんですか!?」
また高ビー神野の不服が始まった……。
「お貴さんはまだ若いから。彩子ちゃんは特に理由はないけど、希より垂れてそうだから」
島田君、火に油を注ぐような理由を……。
「何ですか!? 私下平さんより若いですよ」
ほらね。
「ほらほら神野さん、席を離れて」
下平は元カレでも一位に予想され満足げな表情を見せる。
「私は貴子ちゃんより身体のケアーはしてますよ!」
「もうそれ、何度も聞いたって」
オレがMCとして止めに入るも……。
「私は毎晩お尻パックしてるんですよ! 下平さんみたいに弛まないように」
「あたしを巻き込むなよ!」
下平は明らかに迷惑顔。
「お尻パックなんてあるの?」
これにはオレが食い付いてしまう。
「ありますよ! ニキビとか出来ないように。女性なら常識です!」
「常識ねえ」
お貴さんが鼻で嗤った。
「あんたまたバカにしてんでしょ!? あんたはどうせ遣ってないんでしょ、お尻パック」
「私はパックなんかしなくてもニキビなんか出来ませんから。それに私もよく言われますよ。「生意気ヒップだね」って」
「生意気ヒップって表現もよく分からないね。オレは聞いた事ないけど」
もう笑うしかない。
「そろそろ順位発表しましょうよ、ユースケさん」
「そうだね。もう埒が明かないし」
囃し立てる筈の宮根君に進行され我に返る。他の人も何も言わない所を見ると、皆も同じ気持ちなのだ。
「一位膳所貴子、二位下平希、三位枦山夕貴でした。島田君残念!」
「でも下平がニ位ってユースケが言った時、何で島田が勝ち誇った顔するの」
中野さんは呆れ笑い。
「そんな顔してました? オレ」
「うん。オレも確認した」
オレも呆れる。
「そうかなあ……」
島田君には全く自覚はなし。
「じゃあ理由行きましょう。一位のお貴さんから。スタイルも良いし顔も奇麗。そんな人はお尻も奇麗に違いない」
「ほらね?」
お貴さんが神野さんに声を掛ける。神野さんは悔しそうに「チッ!」と舌打ち。
「二位下平の理由。ブスなんだからせめてお尻だけは奇麗であって欲しい。何か願いみたいだな」
「ちょっとブスって何!? 最&低過ぎる」
下平はムカつき顔。
「今回もディレクター、放送作家百人に訊いたんで、皆ブスだと思ってるんでしょう」
「何言ってんのユースケ。あたしは元読モだよ!?」
「不服を言っても皆さんの意見なんで」
今度は下平が「チッ!」と舌打ちした。
「三位枦山さんの理由」
スルーして続ける。
「顔は確かに美人だが、最近少し疲れているのか肌が荒れている感は否めない。お尻にもブツブツが出来てるかも。何か心配されてるな」
「もう何その理由? 私の事を全然見てない! 心配してくれてるのは嬉しいけど」
枦山さんは少々不服。
「お尻にブツブツとかニキビ出来てない?」
「出来てないよ、そんな物!」
枦山さんの表情が不服から怒りに変わるが、これ以上は構っていられない。
「それじゃあ島田君、残る四、五、六位のメンバーを予想してください」
枦山さんの怒りがこれ以上爆発しない内に続ける。
「残るメンバーかあ……」
残っているのは中野さん、珠希に神野さんだ。
「枦山さんは名前を呼ばれたんでスタッフ席に移動してください」
「ああ、はいはい」
島田君が考えている間、枦山さんを移動させる。
「私は戻んなくて良いんですか」
神野さんはまだ悔しそうな表情を浮かべて訊く。
「一度名前を出された人はそのままそこにいて」
宮根君が若干おどおどと答えると、
「ああそうですかあ」
悪態をつく。
「無視無視」
宮根君に耳打ちする。だってこれが今回のルールだから。
「それじゃあ」
島田君がやっと口を開く。
「四位は珠希ちゃん、五位は彩子ちゃんで、六位は中野さんかな」
「その順位で良いんだね?」
島田君は無言で頷いた。
「さあ今度は正解するのか!」
ちょっと勿体振ってみた。
「そんな事は良いから早く発表してよ、ユースケ」
中野さんに急かされる。
「じゃあ行きます。四位浜家珠希、五位神野彩子、六位中野靖子の順位でした。島田君、今度は見事正解!」
「ああ惜しい!」
島田君は机に突っ伏す。
「惜しかったけど、まずは珠希の理由から」
「ねえ、早く教えて」
「若いから、まだお尻に張りがありそう。でも最近疲れた顔している時もあるから、お尻にニキビが出来ていそう。何か枦山さんと似た理由だな」
「もう! 見た事ないくせに」
「でも心配されてるんだから良いじゃん。ニキビとかブツブツ出来てない?」
「出来てねえしっ!」
珠希は顔は笑みを浮かべてはいるが、目は笑っていない。まあ四位だからな。それより笑っていないのが――
「五位の神野さんの理由」
「もう聞きたくもない!」
神野さんは表情も口振りもふて腐れている。
「一応ルールだからね。聞いてください神野さん。「美」に対する拘りは強い為、その分お尻は奇麗であって欲しい。だが、プライドが高く性格も少し歪んでいるので、お尻の割れ目も若干歪んでいそう……ハハハハハハハハッ!」
「ユースケさん読みながら爆笑しないでくださいよ!」
「だって本当に歪んでそうなんだもん。実際歪んでない?」
「歪んでませんよ! 毎日全身鏡見て確認してるっつーの!!」
「でも良かったじゃん。最下位じゃなくて」
珠希は心の底から嗤っている。
「また人の事バカにして! どいつもこいつも。ユースケさんどういう教育して来たんですか!?」
「普通に放送作家としての在り方を教えて来たつもりだけど。後は珠希の人間性だな」
「人間性で片付けないでくださいよ! もう皆カチーンと来る」
「だから彩子ちゃん、それもう古いって」
宮根君がまたおどおどしながら突っ込む。すると神野さんは宮根君をキッと睨み付けた。野村さんと目が合うと、「我慢してあげて」と長い目で見ろとアイコンタクト。もう仕方がない。進行を続ける。
「はい、最下位は中野靖子さんでした!」
「もうどうでも良いよ」
中野さんは表情も口振りも投げ遣り。
「お尻は奇麗かもしれない」
「なら良いじゃん!」
「でもここからです。だが、顎が少ししゃくれている為、お尻もしゃくれていそう」
「ちょっと何それ!? どこのどいつだ。お尻がしゃくれてるってどういう事だよ!?」
「僕らにも分かりませんけど、これがアンケート結果ですから」
「チッ! どいつが答えたのか絶対特定してやる」
どうぞご勝手に。中野さんは息巻いているが、今日はよく舌打ちを聞く日だ。
こうしてオレと宮根君がMC役となった『消去女』のシミュレーションは終了。野村さんは、「これはこれで面白いかもね」と、企画を出したオレが言うのも何だが大甘な採点で、見事企画は通った。そして六月の放送分で、タイトルはそのまま『消去女』として収録される事が決まる。
六月上旬の木曜日、『消去女』の収録が行われた。ゲストは勿論男性芸人一人。見事全ての予想が的中すれば、現金五万円が贈呈される。
「これはAV女優の方が有利だろう」
岡村君は予想する。今回も「消去」されるメンバーは瀬戸ゆみを始め、主要メンバー十人だ。
男性芸人は一位を瀬戸、二位を南野明、三位を中田明世と予想するも、結果は世間で一度も尻を晒した事がない、モデルのReoだった。この結果にReoは「うわあ! 超嬉しい!!」と喜びを露にするが、瀬戸や南野は「私達、何の為に全裸で写真集出したり、グラビアに出てるんだろう」と少々不服。
これに対し男性芸人も、
「オレも残念だよ」
と金一封を貰えなかった事に悔しい表情。
だが二位と三位は瀬戸と南野だった。この結果には二人共「良かったね!」と喜び合う。
そして最下位となったのはグラドルの宮瀬真由美だった。前回に続き今回も、宮瀬と男性芸人は罰ゲームとして、熱々おでんを食べる事になる。早速ぐつぐつ煮立った状態のおでんが運ばれて来た。宮瀬と男性芸人は「何で罰ゲームなんかあるの!?」と不服そうにしているが、岡村君から、
「不服ではあるでしょうけど、一応ルールなんで」
と説明され渋々納得。この熱々おでんも野村さんの「演出」。
男性芸人は「アチイッ!」と言いながらも巾着を何とか食べ終える。それに対し宮瀬は「こんなにぐつぐつしてるの絶対無理!」と訴えるが、益田君から「ここは巾着だろ」と突っ込まれ、渋々巾着を皿に取った。
「オレが食べさせてあげるよ」
男性芸人が皿と箸を受け取る。なーんか嫌な予感。
男性芸人は宮瀬の口に巾着を入れようとしたり出したりする。しかもにやにやして。その度に宮瀬は「熱い!」とリアクションするのだが、三、四回続いた所で、
「ちょっと! 入れるなら入れる。入れないなら入れない。はっきりしてくださいよ!」
と当然の突っ込み。この模様は六月下旬に放送される予定。
いざ放送されると、数字は関東地区で九・五%を記録。だが後日の会議では、
「皆、数字は良かったけど、これに驕っちゃ駄目だよ!」
野村さんはオレ達スタッフに発破を掛けた。
「別に驕ってねえよ」
面倒臭そうに反論したのは虎南さんだけ――
八月中旬の収録での事。モデルの中田明世がコスプレイヤー化し、インスタグラムに写真をアップしまくっている事が発覚した。
その日の収録での『NEWS Reo』にて中田が「ゲスト出演」し、「何故コスプレイヤーになったのですか」とReoから問い詰められる。
「モデルも熾烈な生き残りバトルなんですよ! Reoさんにも分かるでしょう」
と、中田は飽く迄「ニュース番組の出演者」として抗弁。
「それは分からなくもないですけどね」
Reoは理解を示しつつも、
「何もコスプレイヤーにならなくても、赤坂マーマレーヌという活動の場所があるじゃないですか。私もですけど」
Reoがコメントすると、
「それだけじゃ食べて行けないでしょう。モデル業界も」
中田はまたもや抗弁。
「確かに気持ちは凄く分かります」
中田のコメントにはReoもお互い頷き合う。
「モデル業界も結構大変なんだね」
コメンテーター役の益田君は全くの他人事。
「そうなんですよ。モデルって一見華やかに見えるでしょうけど」
Reoが訴える。
オレは今日、あるメンバーとの打ち合わせがあった為、サブで収録の模様を見守っていた。
「ふーん。そういうものなのか」
「最近多いらしいよ、モデルのコスプレイヤーって」
野村さんがオレの方を振り返って言う。
「そうなのか」と思い収録後、事務所へ戻りノートパソコンをネットにつなぎ、「モデル コスプレイヤー化」と打ち込んで調べてみた。すると色んなサイトが出て来る出て来る。中にはモデルがコスプレをプロデュースするというサイトまであった。
オレが頬杖をついて観ていると、
「それ、仕事に必要なページなの?」
陣内社長が眼光鋭く近付いて来る。まるで「仕事以外の私用なネットの使用は許さないよ!」と言わんばかりで。
「赤坂マーマレーヌのメンバーの中に、コスプレイヤーとしても活動してるモデルがいるんですよ」
「なるほどねえ。それで調べてるんだ」
納得したようにも感じるが、社長は尚も眼光が鋭いまま。
「ユースケ君は勉強熱心なんですよ、社長」
明るく元気な女性の声。珠希だ。
「あんたもオフィスにいたのかい」
「うん。レギュラー番組の企画書を書く為にね」
「そう」
「ユースケ君何を調べてたんですか?」
「モデル、コスプレイヤー化だって」
陣内社長はパソコンを覗き込んで告げる。
「そうですか。メンバーにコスプレイヤーがいるの?」
「中田明世がそうなんだって」
「そうだったんだ。よく勉強するね」
珠希はにやついて言う。先輩の勉強を何だと思っているんだ!
「勉強熱心なのは良いけど、あんまり私用でネットを使わないように」
社長はまた眼光鋭く一言を告げ、オレ達から去って行く。やっぱりその事が言いたかったのか。
「はい……」
としか答えようがあるまい。
「所で珠希、あんたは何の番組の企画書を書いてたんだい?」
今度はオレが珠希の席へ移動する。
「企画書っていうか、あるネット番組の大喜利の問題を書いてたの」
「ああ、そうだったのか」
失念していた。珠希はまだ正式ではないが、インターネットテレビ番組の若手作家の一人として、番組充てに大喜利の問題を送っていたんだっけ。
「良い問題が出来そう?」
「っていうかプロデューサーさんとかディレクターさん、「もっと分かり易く書け!」って煩いの。他の番組でも企画書出したら、企画意図をもっと分かり易くとか言われちゃってさ。もうどう書けば良いのか分からない」
珠希は若干しょんぼり。これも若手作家が通る道だ。
「気持ちは分かるよ。オレは「もっと分かり易く」って言われる度に、「もっと頭を使ってください」って思ってたけどね」
「ユースケ君にもそんな頃があったんだ。でもひねくれてるね」
「確かにそんな時代もありましたよ。ひねくれながら企画書を書く時代が」
「懐かしい?」
「懐かしいような、回想したくもないような過去だな。クイズ番組なんて特に酷かったよ。「お前が提出した問題は如何にクイズとして成立してないか」、ディレクターなんかにネチネチ言われてダメ出しの日々だったよ」
「へえ。私はそこまではまだないなあ」
「その内あるかもしれないぞ」
「威かさないでよ」
珠希に左肩を『パシッ!』と叩かれ笑い合った。
九月下旬、またメンバーと打ち合わせがあり収録をサブで見守る。この日は虎南さんも別のメンバーと打ち合わせがあった為、オレと同じ席にいた。
この日の番組前半は、メンバーに事前アンケートを行ったトークコーナー。テーマは「これまでにやってしまった悪いこと」。この質問に、
「小学生の頃に神社の公園でウンチをしてしまった!?」
読み上げた岡村君は驚愕する。
「これ誰?」
益田君も失笑。
手を挙げたのは、
「はい、私です!」
リーダーの瀬戸ゆみ……。
「元気良く発表する事か?」
岡村君は呆れ顔。
「でも我慢出来なくて」
瀬戸は悪びれる事もなく至ってマイペース。これには流石のオレも、
「やっぱりあの子……」
「奔放な子って言いたいんだろ?」
呆れているオレの真意を察して虎南さんに先に言われてしまった。やっぱりまだ持ってたか、瀬戸の爆弾エピソード。
「何てエピソードなの」
岡村君が言えば、
「そんな事したら罰当たるんじゃないの」
益田君も真顔に近い微笑を浮かべて言う。
「本当に我慢出来なかったんです! 学校にいる時から催してて。うちまで我慢しようと思ってたんですけど、神社の公園まで下校してたら限界に達しちゃって。そんな事ない、皆?」
瀬戸は他のメンバーに同意を求めようとする。
「まあ、気持ちは分からなくもないけど……」
Reoは理解を示すが、それ以上は二の句が継げない様子。Reoの気持ちは痛い程分かる。
「今はそんな事ないんだろうね?」
岡村君が念を押す。
「今は外出先のトイレとかうちでしてますよ! 当然じゃないですか!」
瀬戸は少々ムキになって反論。
「またやっちゃうんじゃないの。ゆみちゃんの事だから」
「もう大人になってからはそんな事してません!」
「大人になってからはって事は、十代の頃はあったって事」
岡村君は「若しや」という表情で訊く。
「済みません。実は高校生の時に人気のない場所でおしっこした事はあります。やっぱり我慢出来なくて」
瀬戸は今度は流石に悪びれた表情で告白。
「やっぱりあるんじゃん」
「オレ達に謝られても」
岡村君も益田君も失笑してしまう。
「高校生のおしっこの話は初めて聞いた」
「アンケート用紙には書かれてませんでしたからね」
野村さんも下平も「ハハハハハッ!」と爆笑している。その中で島田ディレクター殿だけは、
「ここは使えるな」
といつになく冷静だった。
その間にも神野さんの宮根君への苛めは加速していた。
「この前駐車場の入館手続きに僕がてこずってたら彩子ちゃん、無言で僕を押し退けて手続き先に済ませちゃったんですよ」
宮根君は悔しそうな表情を浮かべて言う。
「オレや虎南さんから注意しても良いんだけど、結局聞かないと思うんだよな、あの子。だから野村さんに報告した方が良いよ」
オレから出来る最大限のアドバイス。情けないがここは「上司」に委ねるしかない。
「分かりました。そうします」
宮根君は若干「冷たいなあ」と言わんばかりの表情で自分の席に着く。
その後も――
神野さんと枦山ディレクターがトーンの大きい声で話していると、
「彩子ちゃんも枦山さんも今会議中なんだから」
宮根君はおどおどしながら注意する。オレ達スタッフ一同、気にはなっていた。
「そうだよ。宮根の言う通り。私語を続けるぐらいなら良い案を出してよね、二人共」
野村さんがフォローする。すると枦山さんは「済みません」と素直に謝るが、「はーい。気を付けまーす」神野さんは歯牙にも掛けない態度。「上司」にもこの態度では、ダメだこりゃ……。
そして神野さんは――
「宮根君、あんたには関係ない話してるんだから」
と眼光鋭く釘を刺す事も忘れない。
野村さんと目が合うと、「仕方ないね」というアイコンタクト。おいおい、野村さんがお手上げ状態では、オレ達ももう手がないじゃないですか……。
ある日の会議前。オレは珠希を助手席に乗せテレ太に到着。入館手続きを終えA2会議室に入ると虎南さんと宮根君、神野さんはもう来ていた。放送作家は暇か?
それはさて置き、虎南さんと宮根君は談笑中。神野さんは二人と離れた席で携帯を弄っている。
「おはようございます」
珠希と挨拶すると、
「おはよう」
「おはようございます」
「……」
無言なのは当然神野さん。まあいつもの事だから別に良いんだけど。だが――
「あんた挨拶も出来ないの?」
珠希は違った。
「はいはい。おはようございます」
神野さんは携帯を見たまま挨拶。
「そ……」
珠希は「そんなの挨拶になってない!」と注意しようとしたようだが、オレは彼女の右肩を撫で、「それ以上は言うな」と慰める。
「ユースケ君、今ブラ線触ったでしょう」
今度はオレが責められた。
「別に触ろうと思って触ったんじゃないから」
「なら良いけど」
ここは一件落着。
「虎南さん頭の天辺の髪薄いですけど、河童刈りなんですか?」
「禿げてんだよ! お前もユースケ化して来たな」
「オレは虎南さんの頭髪の事なんかイジった事ないですけど」
「いつも「江戸川さん」とか言ってんじゃねえか。オレは「虎」に「南」と書いてコナンだからな!」
「まだ「江戸川さん」とも言ってないんですけど」
すると――
「そんなに河童に憧れるんなら、自分が遣ってみれば良いでしょ。淫行男」
声の主は無論神野さん。この一言で室内の空気は一瞬で凍り付いた。
「おい神野、淫行男は言い過ぎだろ」
虎南さんが注意するも、
「はーい。済みませーん」
全く反省していない。しかも携帯を見ながら。
「お前なあ……」
虎南さんが続けようとすると、宮根君は「もう良いです」といった表情で虎南さんの左肩に手を置く。
さあどうしたら良いのかもう分からない――
やがて会議が始まり――
「この案、宮根はどう思う?」
野村さんが振ると、
「うーん、そうですねえ……」
宮根君が勘考しながら口を開いたが、
「淫行男の意見なんて誰も聞きたくなーい」
神野さんの「淫行男」発言は遂に会議中にまで……。
「ちょっと神野、いい加減にしなさいよ!」
「そうだぞ。淫行男は言い過ぎだってさっき言っただろ!」
野村さんと虎南さんが注意するが、
「はいはい、分かりましたー」
適当に返す始末。
もう野村さんも虎南さんもうんざり顔。何か打つ手はないものか。
後日、会議中に先日神野さんとお喋りしていた枦山ディレクター殿も、
「私編集してたんだけど、あの子編集室まで押し掛けて来てぺちゃくちゃぺちゃくちゃ話し掛けて来るの。もう煩くって」
流石の枦山さんもうんざり。因みに神野さんはまだ会議室に現れていない。それとそういや彼女、テレ太にもう一本レギュラーがあったんだっけ。多分、会議終わりにでもテレ太内の編集室に寄ったのだろう。
「それで、どんな事話し掛けて来たの」
下平が「参考までに」といった口振りで訊く。
「彼氏にするんならお金持ちの不細工か、貧乏なイケメンどっちが良いって訊いて来た」
枦山さんは不快そうに思い出す。
「何それ!? 女子中高生が話すような内容じゃん」
下平も不快そう。
「それで、神野さんはどっちが良いって?」
「ユースケさん只の興味本位でしょう。彩子ちゃんは貧乏なイケメンが良いんだって」
「貧乏なイケメン……」
彼女みたいなタイプは絶対に金持ちの方が良いと選択する筈だが、
「これは以外だなあ……」
「そんな事どうでも良いんだよ!」
珠希に突っ込まれた。
「彩子ちゃん絶対処女だと思う」
珠希は断言。
「分かるのか、そんな事」
「分かるよ。二十代で女子中高生が話すような会話してるんだもん」
「あたしも珠希に同感」
下平も後に続く。女性の勘は鋭いっていうからな……。
十月中旬。赤坂マーマレーヌは、『スペシャルライブ ハロウィーンライブにおいでよ!!』を行った。までは良かったのだが――
観客席は満員。ライブはメンバーも観客も大いに盛り上がったのだが、メンバーの衣装がいけなかった。あるメンバーが衣装のまま公式ブログに写真をアップすると、黒い帽子の中央に当時流行っていた「マジ卍」のイラスト。しかも赤を基調とした四角のデザインの中に黒字の卍。ミニスカの警察官の制服姿だが、右腕には帽子と同じデザインの腕章を付けていた。これがナチス・ドイツの制服に酷似していると、ネット上で批判を浴びる。
事態はそれだけに止まらず、アメリカのユダヤ系人権団体が公式ホームページで嫌悪感を表明。マーマレーヌをプロデュースするアッヤー野村さんと所属レコード会社に謝罪を求めた。この報道がスポーツ紙、ネット記事に載った直後の会議。野村さんはやや神妙としていた。
「ああ……やっぱりあんな衣装にしなきゃ良かった」
野村さんは頭を抱える。いつも「もっと良い案を出せ!」が口癖な人が……。
「やっぱりって事は、ある程度は予測してたって事ですか?」
「批判は出るかもしれないとは思ってたけど、まさか国際問題に発展するとは思わなかった」
野村さんは頭を抱えたまま。
「良いか皆、こういうのを後悔先に立たずっていうんだぞ」
虎南さんは対照的に上機嫌。この人、意外にSなのかも。だが――
「会議に私情を挟んでる場合じゃない。何て浅ましいの私は! 謝罪を求められてるんならホームページに謝罪文を掲載するしかないんだよ。レコード会社もね。皆! ナチス問題は気にしなくて良いからその分、番組が盛り上がるような案を出してよ!!」
何と頭の切り替えが早い事……。いつもの野村さんに戻った。オレだったら酒が欲しくなる所だが、流石は男勝り。
その間にも――
ユダヤ系人権団体は、『十代二十代の若い女性達がステージでナチス風のユニフォームで踊っていることは、ナチスによる虐殺の被害者にとって多大なる苦痛だ。仮に危害を加えるつもりはなかったとしても、あの上演はナチスの被害者の記憶を安っぽくするもの。
ネオナチスの感情が高まっているドイツや他国の若者に、間違ったメッセージを発信していることになる』と改めて謝罪を要求。
これを受け野村さんとレコード会社は、「お詫び」と題する謝罪文を公式ホームページに掲載。該当する画像も全て削除した。
この謝罪文に対しユダヤ系人権団体は、『私どもは、赤坂マーマレーヌのメンバーの方々が着ていらしたコスチュームに、悪意的な意図があったのではないと十分理解しております』と回答。寛大な処置を頂いたという事である。
後日の会議開始直前。この日も仕出し弁当を食べながらウォーミングアップ。何かのお祝いか?
「ああ良かった。アメリカの団体が寛大な人達で。やっぱり人の痛みが分かるんだよね。悪いのはこっちなんだけど」
野村さんは食欲旺盛。反省してるんだか単に安心感からなのか……。
「今回の件は淫行男がいるせいで罰が当たったんじゃないですか?」
神野彩子……。またしても携帯を弄りながら食べている。が、ある意味器用。
「おい神野!」
透かさず虎南さんが注意するも、
「案外当たってるかもしれませんよ? 野村さんが淫行男を庇ったから罰が当たったてね」
神野さんはいつものように怯まない。だが――
『バン!』野村さんが机を叩いて立ち上がり、神野さんを睨み付ける。皆一斉に箸を止め驚く。今日の野村さんは何か違う。
「いい加減にしてよね神野! あんた作家の基本分かってないよね。作家は「個」でもあり「集団」でもあるんだよ!」
「そんなの分かってますよ!」
神野さんはいつになく応戦。
「分かってるんなら何なの今の発言は!?」
神野さんはまたいつになく無言。返す言葉が見付からないのだろう。
「ほらね。やっぱり分かってないじゃない。そんなに淫行男と一緒にいるのが嫌だったら、私はあんたをクビにする。神野! 今日限りでクビだよ!! 集団の和を乱す奴はいらない!」
遂に野村さんの堪忍袋の緒が切れた。
クビを宣告された神野さんは、
「分かりました。終わっちゃえ! 番組もグループも!!」
と吐き捨て会議室を出て行こうとする。
「終わんないよ。あんたが抜けたくらいじゃ」
「神野さん、弁当とお茶は?」
こんな時に素っ頓狂な事を言ってしまった。出入り口に向かっていた神野さんは踵を返し自分の席へ戻ると、食べかけの弁当とお茶を持って速足で出て行く。
「ユースケ、こんな時に弁当はどうでも良いだろう」
虎南さんに窘められ、「済みません」と、ここは反省するしかあるまい。
これで宮根君の苛めの問題もなくなり、「ナチス問題」も解消した。と、思いきや――
国内では「ナチス問題」は終息せず、ある週刊誌には女性服飾史評論家のインタビュー記事が掲載される。オレは事務所の休憩エリアで記事を読んだ。記事によると、
『警察官の制服は普通に紺色で、デザイン的にはごく平凡。帽子もどこにでもある十九世紀以来の官帽子で、これがダメなら世界中のお巡りさんや警備員は訴えられます。
只一点、帽子に描かれていた「卍」が決定的にアウトです。「卍」はまさにナチスのシンボル。今現在流行っている「マジ卍」を遣ったと言っていますが、確かに人型になっています。デザイナーは「人型だから大丈夫」と判断したのでしょうが、軽率でしたね』
との事。
記事を読み終えた所に、珠希が事務所に入って来る。
「何、ユースケ君が休憩エリアにいるの珍しいね。何か読んでたの?」
「ああ。「ナチス問題」で服飾史評論家が雑誌のインタビューに答えたんだとさ。読んでみるか」
「ああ、あの記事ね。話には聞いたけど私はいい。もう十一月だし既済した事だから」
珠希はきっぱり。
「……それもそうだね」
これくらいしか返す言葉が見付からず。先輩が後輩より心の切り替えが遅くてどうする! そう思い直し、雑誌をごみ箱に捨てた。
その週の会議、
「皆! 週刊誌はまだ「ナチス問題」を取り上げてるみたいだけど、謝罪も受け入れて貰ったんだしその内終息するよ。頭を切り替えて番組とグループを盛り上げて行くよ!」
野村さんは至ってポジティブ。やっぱり過去を引き摺ってるのはオレだけだったか……。
野村さんの言葉通り、十一月中旬、一ヶ月で騒動は終息した。
十二月に入り、在京キー局のアナウンサー、奥村真子から西麻布(港区)の居酒屋に呼び出された。この居酒屋は興村アナの行き付けの店。
奥村真子。今やアナウンサーと報道記者を兼務しているお方。そんなお方がオレに何の用だろうか?
「急に呼び出してどうしたの?」
「いや、別に。たまには二人で飲みたいなと思ってね」
奥村アナは微笑を浮かべて言う。
何か子細がある微笑だな……。オレにはそう見えてならない。背中に鬼気迫るようなものを感じる微笑だ。ここは取り敢えず飲んだり食ったりしておこう。やがて酒が進んで行き――
「私さあ、一生懸命仕事してるのに、表情が硬いとか言われて全然報われない。これでも笑ってるつもりなのに……」
奥村アナは基本、「ハハハハハッ!」などとは笑わないお方。
「でもバラエティに出演してた新人時代の頃は笑顔作れてたじゃん」
「あれは無理に意識して笑顔を作ってただけ」
「じゃあ今でも意識すれば笑顔が作れるんじゃね?」
「意識ねえ。でも報道記者はいつでもニコニコしていられないよ」
奥村アナは今度は自然な笑みを見せる。少し安心。
奥村アナは東大の理系出身で、ミス東大にも選ばれたお方。だが元々報道志望が強くバラエティには出演したくなかったのだ。報道記者を兼務するようになった時、「もうバラエティには出演せず、報道の仕事に専念するから」って言ってたっけ。
「でもありがたい事じゃないの? 記者にまで成れたんだからさ」
「それはそうだけど……まあ、今は与えられた仕事を頑張るしかないか」
奥村アナはまた、少しは前向きな気持ちになれたのだろう、自然な笑みを見せてくれた。が、更に酒が進むと――
「私、お尻がキュッと上がった人好きなんだよね」
「どうした急に?」
「だってユースケさんのお尻、キュッと上がってるじゃない? 何か遣ってるの」
「いや、別に何も遣ってないけど」
何だ、この雰囲気は?……。
「ねえユースケさん、私と同棲してみる気ない?」
「また急に……」
尻がキュッと上がってる事と同棲。何の脈絡もない。アルコールのせいもあるのだろう。それに――
「年収二千万円は稼いでくれる男性じゃないと結婚したくないですね。私は結婚したら子供を産んでこれまでのキャリアを捨てるんだから、当たり前ですよ」。彼女が新人だった頃、あるバラエティ番組で発した台詞が頭を過る。
「オレ、まだ若手だから年収二千万はないぞ。良くて七百、悪いと四百くらいだけど」
このご時勢だから。これで諦めるだろうと思いきや――
「ああその事? でも私よりかは稼いでるじゃない? もう良いのよ。私はユースケさんのお尻と人柄に惚れたの。お願い! 私とお付き合いしてください!」
彼女は合掌して頭を下げる。
「お尻と人柄って、尻の方が先かい」
「別にそうじゃないけど、何? 誰かと交際してるの」
「別にフリーだけど」
「なら良いでしょ。私と交際しても」
「うーん……」
まさかの逆プロポーズ。しかも酒を飲んで。お互い良い歳になったものだ。
「でもいきなり同棲しなくても良くない?」
「ちゃっちゃと行った方が良いと思うの。南青山に駐車場付きの良いマンションがあるの。YESなの? NOなの?」
何処かで聞いた台詞……。しかしみつみの時とは明らかに鬼気迫る感じで雰囲気もまるで違う。一気に頭は逆上せ上がり、「カーッ」と全身が熱くなってしまう。そして――
「まあ、南青山は事務所もあるしありがたいけど」
「私も職場は港区だから近いの。ねえ、YESなの? NOなの?」
奥村アナは赤らんだ顔を乗り出して迫って来る。これは――
「……YES」
言ってしまった……。
「ありがとうユースケさん! なら同棲は年明けからね。マンションの契約もしても良いよね?」
「その前にオレも物件を見たい」
「じゃあ年明け二人で見に行こう」
満面の笑みを湛えた奥村アナ。彼女のこんな笑顔は初めて見た。
しかしチハルといいみつみといい、交際する時はいつも女性ペースのオレ。オレは、女性を引っ張って行く力もないし猛アプローチも出来ない性格なんだろう……。何か情けない。
一方、赤坂マーマレーヌでは――
年内最後の収録で休養していた飯干由衣が復帰する。
「お陰様で元気になりました!」
「確か休養は年内一杯じゃなかったの?」
岡村君に突っ込まれた。
「そんな事言わないでくださいよ。先生からももう大丈夫ってお墨付きを貰って復帰したんですから」
飯干の顔は明るい。何はともあれ元気そうで良かった。だが――
年明け一回目の会議にて、
「皆、明けましておめでとう……」
野村さんは一言の間に間がある。
「実は、今年の六月一杯でマーマレーヌを解散させようと思ってるんだよね」
野村さんは徐に発した。表情は真顔。
「いきなりどうした?」
「そうですよ。何でそんな中途半端な時期に」
虎南さんの後にオレも続く。
「絶頂期の時に解散させたかったの。それは正に今だ! って判断した」
「そうですか。じゃあ番組も六月で終了ですね」
「うん。六月下旬を考えてる。番組の数字も六~七%台を記録するようになったしね。もう編成にも言ってある」
野村さんに代わって大村プロデューサーが答えた。
「そうですか。ならば僕達は六月までに何とか数字が二桁まで行けるような企画を考えるのみですね」
「数字二桁、頑張りましょう!」
お貴さんは珍しく遣る気。放送作家を「ふあー」という気持ちで遣ってる人が……。仕事が一つなくなるからか?
「どうした? 貴子ちゃん」
中野さんも不思議そう。
「私だって遣る時はやりますよ!」
お貴さんは意味深な笑みを見せる。さてその気持ちが何処まで続くのやら。
それはさて置き、メンバーがどういう顔をするのか見物だ。
一月中旬の初収録の日、オレは時間を見付けてスタジオへ出向いた。他にもレギュラー番組がある筈なのに、我ながら暇な放送作家だ。
収録途中からサブに入ったオレを見て、
「あらユースケ、どうしたの?」
野村さんが振り返る。
「今日発表するんですよね。例の件」
「そうなんだけど、一部のスポーツ紙が『赤坂マーマレーヌ 年内解散か!?』って報じちゃったんだよね。何処から漏れたのか知らないけど。折角の解散発表の企画が全て水の泡」
野村さんは渋い笑み。
「番組内で発表する予定だったんだけどね。仕方なく今日会見する羽目になっちゃったの。まさかユースケ、それを見に来たんじゃないだろうね?」
下平も振り返り眼光鋭く指摘した。
「まあ、そのまさか」
「やっぱり。来るんじゃないかなっては思ってたけど」
見透かされてたか。
「ユースケさんもミーハーですね」
これには島田ディレクターからも嗤われた。
「本番前、瀬戸から「解散って本当ですか!?」って訊かれちゃってね。本番後に伝えるからって誤魔化したんだけど、かなり動揺してたよ」
野村さんの渋い笑みは変わらない。多分、リークしたのは誰だ? と突き止めたいんだろう。
そして本番終了後――
「はいオッケーでーす!」
フロアディレクターの掛け声で、TEMA―2の二人は「お疲れ様ー」と言いながらスタジオを出て行く。
野村さんはサブからスタジオに降りて行き、
「皆はちょっと待って」
と呼び掛ける。メンバー達はもうスポーツ紙を読んだ子もいるのだろう、少し覚悟した表情。
「もう知ってる子もいると思うけど、赤坂マーマレーヌは六月一杯で解散します。だから『おねマ』も六月で終了するの」
野村さんは淡々と告げる。告知されたメンバー達は「やっぱり」という表情の者もいれば、「どうして?……」突然の事で泣き出してしまい、他のメンバーと抱き合う者もいた。
リーダーの瀬戸も涙目で、
「やっぱり本当だったんですね。今一番波に乗ってる時にどうしてですか」
野村さんに問い掛ける。
「だからだよ。今が一番絶頂期でしょ。人気がある内に解散した方が良いって判断したの。人気が落ちて解散なんて見すぼらしいでしょ?」
「それは分かりますけど」
瀬戸は涙を両手で拭いながら言葉を返す。
オレも野村さんと一緒にスタジオに降りて、後ろの方で様子を見ていたが、スタジオは鼻水を啜る音や「解散しても仲良くしてね」「うん。勿論だよ」の言葉のオンパレードだ。
「ほら皆、これから解散発表会見だよ! あんまり泣いてちゃ折角のメイクが崩れちゃうよ」
野村さんの号令にも泣き止む者はなし。仕方なく、
「ほら皆、雛壇に座って」
野村さんは違う号令を掛けた。これには全員が無言で従う。
十九時二五分頃、カメラマンや記者達がスタジオに入って来た。十九時半に会見開始。第一声は野村さんから。
「本日は公私混同お忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」
カメラマン達は涙で目が充血したメンバーを狙おうと、一斉にフラッシュを光らせる。
「まずはファンの皆様へ、一月中旬のスポーツ紙の報道に関しまして、私からご説明致します」
野村さんは少し間を置く。
「昨年末より番組プロデューサーとも話し合い、番組及びグループ活動の終了の話が現実味を帯びて来たのは事実です。もっと「赤坂マーマレーヌらしく」壮大な発表の企画を準備しようとしていたのですが、今回のような報道がなされた事で、全て水の泡となってしまった事が残念でなりません」
この言葉には記者達から失笑が起こった。「壮大な企画」といっても、考えるのは「どうせ」作家なんだけど。
「ファンの皆様、今回はこのような形での第一報となった事を、心よりお詫び申し上げます」
野村さんは頭を下げた。その瞬間、またフラッシュが光る。
「今回の事をどう受け取っているのか」記者の質問に瀬戸は、
「元々番組自体が半年で終わるって言われてた所から、六年も遣り続ける事が出来て、赤坂マーマレーヌとして沢山の夢を見させて頂いたなって思ってます。残り半年間、皆さんと一緒に夢を見続けて行けたらなって思っていますので、最後まで宜しくお願いします」
と涙を流しつつ笑顔を見せて語った。
Reoは一切涙を見せず、
「六年前を思い出すと当時はライバル同士でしたけど、今は皆さんを楽しませたいなという気持ちを一つにした仲間に成れました」
と彼女らしく淡々と笑顔を交えて語る。
「残り半年という事は、六月に解散か」との問い掛けに野村さんは、
「赤坂マーマレーヌは今が絶頂期です。その時に解散させたかった。それに六月は一年の半分ですしね」
この答えには記者達も「そうなんだ……」と、何か釈然としないような表情。でも、メンバーが泣き、笑顔を見せた所で会見は終わった。
翌日、各社スポーツ紙では、『赤坂マーマレーヌ 解散発表も全て水の泡』や、『絶頂期に解散させたかった』といった野村さんの言葉が見出しとなって芸能欄を彩っていた。
一方、オレの私情はというと――
奥村アナとの同棲生活の為、港区内の不動産屋に立ち寄り、奥村アナを助手席に乗せて彼女が良いと言ったマンションを見に行く。
「絶対気に入ると思うよ。日当たりも十分だし」
彼女の自信は一体何処から来るのであろうか? それに居酒屋でもうマンションを決めていたという事は、オレと同棲する気満々だったという事。いつそんな暇があったのか? 何か彼女の事が怖くもある……。
車を走らせる事約二十分、目的のマンションに着いた。
「部屋は二階になります」
女性社員に連れられてマンションに入る。
「三LDKで家賃は十八万七千円。二人で払って行けば大丈夫だよね」
奥村アナは自然な笑みを見せる。素面で彼女のこんな笑みを見るのも初めて。
「南青山だからそんなに車走らせないで事務所に行けるしな」
「港区内だから、私も電車の乗り換えも少なくて良いの。だからここに決めた」
完全に奥村アナのペース。
「ここは日当たりは勿論の事、収納スペースも十分なんですよ」
奥村アナのペースだけではない、不動産屋のペースでもある。仕方がない――
「彼女も気に入ってますし、ここに決めます」
「ユースケさんは気に入ってないの?」
奥村アナの鋭い事。
「いや、気に入った!」
言ってしまった……。マンションに到着して約三十分で決めてしまう。本当に良いのか、これで……。
「ありがとうございます。きっと満足して貰えると思いますよ」
社員の満面な笑みな事。この笑みも何か憎たらしくもある。
「これで住む所は決まったね」
奥村アナも満面の笑み。その笑顔が仕事でも出来れば、もっとテレビで遣って貰えると思うんだけど。
後は引っ越すだけ、なのだが、今のマンションに引っ越して二年余り。オレは最初郊外のアパート暮らしだったが、チハルと別れてから今のマンションに引っ越した。その時は自分の車と、同じ事務所の友達に手伝って貰い、事務所が所有するワゴン車で対応した。が、今回は引っ越し業者に依頼するしかなさそうだ。
奥村アナもオレもお互いに同じ引っ越し業者に依頼し、二人で引っ越しの準備を始める。その中で、
「冷蔵庫や電子レンジは捨てた方が良いね。また新しいの買おう」
と彼女が言って来た。
「うん。そうだね」
と返事はしたものの、処分するにも金が掛かるんだあ、これが。
引っ越しの準備が終わり、いざ荷物を南青山のマンションへ。この日は奥村アナは仕事が休み、オレは夕方から打ち合わせがあるのだが、少し時間がある為、二人で家電量販店へ冷蔵庫を買いに行く。因みにオレの車は青のハッチバック。流石に冷蔵庫は入らない為、また事務所のワゴン車を借りた。陣内社長にはちゃんと説明はしたが、
「あまりネットや会社の車を私用には使わないように」
と釘を刺される。
「でも冷蔵庫ですから」
適当に誤魔化した。
家電量販店に到着し、冷蔵庫売り場を二人で「どれが良いだろう」と見ていると、「冷蔵庫をお探しですか?」店員が言い寄って来る。冷蔵庫売り場にいるんだから当たり前だろう。とは思ったが、オレは店員やキャッチの人にも捉まり易い顔。
だが奥村アナは気にせず、
「そうなんです。二人暮らしなんですけど、どれがお勧めですか?」
冷蔵庫を吟味。
「お二人暮らしですと、こちらの物などがお勧めですね」
奥村アナは冷蔵庫を開けたり野菜室を開けて確認する。話し掛けられたのはオレなんだけど……。
「ユースケさん、これ野菜室が中央にあって便利だよ。これにしない?」
「ああ、オレは奥村さんが使い易ければそれで良いと思うよ」
「たまにはユースケさんも家事手伝ってよね」
「はいはい。分かりました」
適当に流す。
「どちらに配達しましょう」
「持って帰ります。冷蔵庫ですので」
オレが言うと、
「えっ!? 結構重いですよ」
「中に何も入ってませんから、二人なら何とか行けるでしょう」
「そうですか……」
言い寄って来た店員も流石に驚愕。
料金をオレが支払い、店員と二人で台車に乗せ駐車場まで降りる。車の後部ドアを開け、運転席と助手席以外の座席を倒し、店員と二人で冷蔵庫を車に載せた。
奥村アナを助手席に乗せ、またマンションへ。オレ達が入る部屋は二○六号室。角部屋だ。
約三十分でマンションに到着。彼女と協力して冷蔵庫を車から降ろす。
「何も入ってなくても重いねえ」
「降ろすだけで音を上げてたら部屋まで行けないよ」
「分かってるけどさあ」
「持って帰るって言ったのは奥村さんなんだからね」
「あのさ、こんな時に何だけどお互いの呼び方……まあ良いや。今は冷蔵庫を運ばなきゃね」
奥村アナが段ボールを持ち上げる。お互いの呼び方って、どうせまた「ユウ」とか「ユースケ君」なんだろう。
エレベーターに載せるまでは良かったが、部屋に運ぶまで彼女は「ちょっと休もう」を繰り返す。女性だから仕方ないけど。
それでも何とか部屋の中まで運び終えた所で二人共少し汗ばむ。明日は二人共筋肉痛だなこりゃ。
でもまだ部屋の中。冷蔵庫を定位置まで運び、オレが段ボールと発泡スチロールを外し、二人で立ち上げてオレが「よいしょ! よいしょ!」と定位置に納める。後はプラグをコンセントに差し込めば準備完了。奥村アナがクーラーボックスに入れておいた食材を、冷蔵庫の中に収納して行く。オレのはペットボトルくらいだ。
「ねえ、さっきのお互いの呼び方なんだけどさあ、いつまでも「奥村さん」「ユースケさん」じゃ他人行儀だから「相方」って呼び合わない?」
「相方!?」
そう来るとは思わなかった……。また頭は一気に逆上せ上がり、「カーッ」と全身が熱くなる。
「何か不満?」
戸惑っているオレの表情を察して奥村アナは鋭い。
「いや、オレは良いけど奥村さんはそれで良いの?」
「うん。私は平気」
何もかも彼女のペースだ。オレは長男だけど甘えん坊……。
「そう。じゃあ相方、他の家電とか家具はどうしようか」
こうなりゃ従うざるを得ぬ。
「お互い時間がある時に買いに行こう。合鍵も作らなきゃいけないし。洗濯機は私のドラム式のを使いましょう。良いよね、相方」
食材を収納しながら「相方」が目を合わす。
「うん。それで行こう」
やっぱり、オレは引っ張られる男……。かといって引っ張るのも引っ張って行かれるのも苦手なんだけど……。自白するとすれば、掴み所がない人間――
こうしてお互いメールなどで遣り取りして相談しながら、お互い時間が許す時に家電、家具を買いに行ったり改めて捨てる物があったりと、何かとバタバタした一、二、三月を送る。
そんな中、四月上旬。テレ太で放送されているバラエティ番組のスペシャルに、Reo、中田、南野がゲスト出演した。
三人は番組内の『本当にあったテレ太 縛霊の怖い話』というコーナーに出演。
芸人やタレント達がTV TAIYOUに対する恨みつらみを暴露するという企画で、「TV TAIYOUの番組から誕生したアイドル」という事でぶっちゃけトークを展開するという。
オレは漸く落ち着いて来たマンションのリビングで、「一応」彼女達がどう思っているのかチェックする事にした。
口火を切ったのは中田。
「私達、テレ太一押しのアイドルグループだった筈なんですけど、六月三十日で全員クビになるんです」
「そうそう。卒業といっても要はクビって事ですよ」
南野も同調する。「クビ」っていう見方もあるのか、でも彼女達はアイドルが「本業」ではないからな。
「テレ太は推してくれないし、全然他の番組でも遣ってくれないんです」
Reoが言えば、
「AV女優だからじゃない?」
中田が口にしてしまう。
「ちょっと、私達のせいだって言うの!?」
これには南野がムキになる。
「おいおい君達、ここで仲間割れしてどうすんねん!」
MCの関西芸人に突っ込まれた。
「他局に行っても「赤坂マーマレーヌはテレ太だからごめんなさい」って。なのにテレ太でも遣って貰えないから、何処にも遣われない」
不満は出て来る出て来る。しかし――
「逆に良かったんちゃう。赤坂マーマレーヌが解散する事になって。個々で頑張れ!」
別の芸人が応援。
「そうだよ。アジアツアーも大盛況だったじゃん」
別の芸人もフォローするも、
「只一回だけですから。大きい会場で「問題になった」ライブを遣らさせて頂きましたけど、後はしょーもないライブハウスばっかり」
南野が毒づく。
「しょーもないって言ったら失礼やろ」
またMCの芸人に突っ込まれた。
「まあお客さんは沢山来て頂いたんで嬉しいですけどね」
南野は感謝の言葉を述べるが、もう遅い。
「しょーもないライブハウスでもありがたい事なんだよ」
年上のReoが窘める。とはいえ、メンバーの一部の本音が聞けた事は良かった。
四月中旬の会議前、スタッフは全員席に着いていた。
「赤坂マーマレーヌは現在のアイドルグループの初期を、AKB48とかと共に盛り上げた立役者だったね」
野村さんは感慨深げに口にする。
「おい何だよ。まだ後二ヶ月あるじゃねえか」
虎南さんが優しい口振りで言う。
「「江戸川」さんの言う通りですよ」
「だからオレはその「コナン」じゃねえよ!」
いつもの調子で突っ込まれた。
野村さんは六年の歴史を述懐しているようだ。
「メンバーをアイドル扱いしないで、身体を張った企画に挑戦させたりして」
「まあバラエティですからね」
「そうだね。国民的アイドルグループになったAKBと比べるのは酷としても、二一世紀のアイドルがバラエティ力を上げる道を切開いたのも、赤坂マーマレーヌだった事も事実だよね」
「でもこの間、Reo達がテレ太でも他局でも遣って貰えないって不満を漏らしてましたよ」
「あれ観たの? メンバーにAV女優がいるからプライムタイム帯(十九時~二三時)では遣って貰えないんだよ。本当は夕方の番組でも危なかったの」
「まあそうだろうね。私も夕方の番組って聞いた時に「マジで!?」って思ったもん。そこは流石テレ太と思ったのも事実だけど」
中野さんも感慨深げ。
「でも一番売れたのはTEAM―2の二人だったかもしれませんね」
お貴さんが珍しくまともな事を言う。
「確かに、アイドルとしてはほぼ素人だったメンバー達のトークを上手く回して、番組を盛り上げて来たよね」
珠希も同調。
「そうだな。MCも陸に遣った事がない二人が台本があるとはいえ、メンバーと共に成長した。これからMCの仕事が増えるんじゃないかな」
最後はオレが締めた。我ながら美味しいとこ取り。
「あんた達の言う通りかもね」
野村さんの眼には光るものが。TEAM―2を含め、赤坂マーマレーヌは野村さんの教え子。時には叱咤、時には激励して来た六年間。愛着があって当然だ。
それから数週間後、五月上旬の放送のエンディングにて、リーダーの瀬戸ゆみの顔がアップになる。
「赤坂マーマレーヌが解散する事は、皆さんご存知だと思いますが、今月下旬から解散全国ツアーを行います!」
瀬戸から発表されるとメンバー達は「イエーイ!!」と歓喜に沸く。因みに全国ツアーのタイトルは『女の花道』。関東を中心に東北、中国、九州地方で行われるとの事。
「それと、六月上旬に最後のシングルを発売して、七月に卒業アルバムをリリースします!」
この発表には「やったー!」「皆買ってねえ!」とまた歓喜。「元気良く」とは野村さんの演出だが、もう彼女達は泣かなかった。
その最後のシングルで思いもよらない事が起こった。五月中旬、野村さんから『おねマ』のスタッフルームに呼び出された。しかもオレ一人。スタッフルームにも野村さんだけ。
「何か打ち合わせですか? 急に電話で呼び出して」
「ホント急にごめんね。実はユースケに頼みたい事があるの」
お互い面と向かってスタッフルームの椅子に腰掛けた状態。それに野村さんは子細ありげな笑み。「相方」こと奥村真子の微笑の時と同様に背中に鬼気迫るものを感じる。
「実は最後のシングル、ユースケに作詞して欲しいの」
予感見事に的中。今度は「ゾワーッ」と全身が冷たい何かに覆われてしまう。子細はそれだったのか……。何故こういう予感だけは見事に的中するのやら――
「何でオレなんですか?」
「ユースケなら良い詞を書いてくれると思ってね」
野村さんは笑みを崩さない。
「それに、ユースケはアイドルヲタに見えるから」
「またそれを……オレはAKBにも推しメンはいませんし、マーマレーヌの中にもタイプな子はいませんよ」
頑なに抗弁。
「冗談冗談。どうか良い詞を宜しくお願いしますよ。これが最後なんだから」
野村さんは顔も目もニタニタに変わる。さっきの「ゾワーッ」と全身を覆っていた冷たいものは消え失せ、又しても全身が「カーッ」と熱いものに覆われた。そんな大役をあっさりとした口振りで……憎たらしいったらありゃしない、頬を一発叩いてやろうか。どうせ出来やしませんが……。
「でもオレ、今まで作詞なんてした事ないですよ」
「虎南が過去に遣った事あるから、色々アドバイスして貰いな」
「じゃあ虎南さんに頼めば良いじゃないですか」
「世代交代。若い人に、メンバーと歳が近い人に書いて貰いたいの」
何かこじつけのような気もするが、
「分かりました。書きますよ」
言ってしまった……。というよりもう逃げられない。放送作家業に作詞。また寝る間も惜しんで忙しくなるぞこりゃ……。
早速、虎南さんに「夜会えないですか?」と電話し、お互い時間が空いた時にファミレスで会う事になった。
「お前がシングルの作詞なんて災難だな」
虎南さんは他人事のように笑いコーヒーを啜る。
「本当ですよ。また仕事が増える」
「それで、どんな詞を書くつもりなんだ?」
「まだ全くビジョンが見えてません」
「詞を先に書くって事は、それを曲に合わせる気なんだな。でもあいつ、そんな発想するか?」
「オレは聴く側の人間なんで分かりませんけど、ぶっちゃけ詞ってどう書くんですか?」
オレもウーロン茶を一口。
「まず序論に言える事は、一番と二番の詞の文字数を合わせる事だな。字余りは駄目だぞ」
「それは素人でも分かります」
「後はまず書いてみる事だな。採用されようがされまいがは別として、書かなきゃ始まらない」
結局、虎南さんからアドバイスされたのはこの二点だけ。正に序論。何だか釈然としないままうちに帰り、早速白紙に向かう。
『♪ みんなで美味しく食べれば 焼肉ほんとにいいキムチ 誰でもきっと喜んタン 焼き肉みんなで食べに行こう……♪』
いかんいかん。これでは焼肉屋のCMソングだ。
そこに相方が帰って来た。
「何遣ってるの?」
「赤坂マーマレーヌの新曲の作詞をプロデューサーから頼まれたんだよ」
「凄いね相方! 多才」
「作詞は初めてだよ」
「そうなんだ。でもプロデューサーの人も「ユースケには出来る」って判断したんだよ。頑張ってね」
「ああ」
兎に角遣ると言った以上、遣るしかない。まずはサビから書いてみる事にする。
『♪ 約束せずに 別れたけれど また明日 会えたなら また明日 会えたなら……♪』
ちょっと詞らしくなって来た気がした。
翌日の夜、またファミレスで虎南さんに見て貰う。
「忙しい所済みません。取り敢えずサビだけ書いてみたんですが」
「どれどれ」
虎南さんが目を通す。
「ちょっとスローテンポな曲っぽいなあ。今までの元気がない。マーマレーヌは「元気」が売りだからな。まあ一度野村に見せてみろ。多分却下されるだろうけど」
「一生懸命考えたのにそんな事言わないでくださいよ!」
抗弁はしてみたものの、虎南さんの渋い顔を見ていると自信は全くなし。
それから二、三日経って、野村さんとオレのスケジュールが空いている時に、また『おねマ』のスタッフルームを訪ねた。
「サビだけ書いてみたんですけどね」
紙を野村さんに渡す。
「どれどれ、どんな詞かな」
野村さんが目を通すと、やはり虎南さんと同様渋い顔付になる。
「何か寂しい詞だね」
率直な感想。
「もっと元気良さが欲しいね」
「それは虎南さんにも言われましたよ」
「もう曲は出来上がってるの」
「それを先に言ってくださいよ!」
やっぱり虎南さんが指摘したように、詞に合わせる気なんかなかったんだ、この人。
「ごめんごめん。私の頼み方が悪かった。ちょっと曲を聴いてみて」
野村さんは立ち上がり、近くにあったラジカセとヘッドフォンを机の上に置くと、CDをセットした。
「はい、再生するよ」
言われるままにヘッドフォンをして曲を聴く。流れて来たのはテンポも早く
明るい曲。確かにオレが書いたサビとは合わない。一番まで聴いた後、
「分かりました。元気の良い曲調ですね。でも何で早く曲を聴かせてくれなかったんですか!」
「だからごめんって。ユースケに作詞を頼んだ時、まだ曲は完成してなかったんだよ」
「元気良く」なら何故先に言わなかったのか! 全くもって訳が解らん。
「虎南さんが言ってましたよ。あいつが詞を曲に合わせる発想するか? ってね」
「はいはい、私が悪うございました。ユースケがどんな詞を書くか知りたくてね。でもあのサビだと、ユースケの心中は以外と寂しいんじゃないの? 彼女とかいる」
「同棲し始めた「相方」がいますよ」
「そう。「相方」って呼んでるんだ。相手は男? 女?」
「女ですよ!」
「そうムキにならないでよ。もう分かったから。因みにこのCDいる?」
「曲を聴きながらじゃないと詞は書けません。何分素人なもので」
「分かった分かった。CDは預けとくからそんなに怒んないで、ね」
野村さんから楽曲が入ったCDを譲り受け、早速スタッフルームを後にする。「畜生。また書き直しか!」とは思ったが仕方がない。うちに帰りCDを聴きながら作詞を遣り直す。だが慣れない作業の為、曲を何度聴いても詞は中々出て来ない。
「ねえ相方、また作詞?」
「ああ。苦役を遣らされて一杯一杯だよ」
「そうなんだ。頑張ってとしか言えないけど」
「そりゃそうだな」
人に多くを求めては駄目だ。
それから他局の会議、打ち合わせ、台本書きなどをこなしながら何とか時間を見付け、『おねマ』のスタッフルーム、自宅マンション、局のトイレの中などで作詞を続けた。
何故トイレの中なのかというと、他局のスタッフルームだと別の仕事を振られる可能性があるからだ。
そして完成した詞がこれ――
『♪ 大切な時間を瓦全としていた いつも頑張る君を見ていたのに 気がつくとどんどん先に行く友達 このままじゃ私何にも君に追いつけない 君から得た頑張るって気力を LALALALA 思い出したよ 苦しい時でも君となら平気だよ LALALALA SANSAN ウイークデー……♪』
書き終えた時は締め切りギリギリだった。
「詞が完成しました」
野村さんに電話で伝えると、
『ホント! 直ぐに見せて』
かなり期待しているご様子。もう虎南さんに見て貰っている暇はないし、あまり過度に期待されてもプレッシャーだ……。
今回はスタッフルームではなくファミレス。注文したのはドリンクバーのみ。
「早く見せて」
野村さんは引っ手繰るようにして紙を受け取る。
「ちょっと破れますよ」
オレの言葉も聞かず、野村さんは詞に目を通す。
「まあ大分曲にあって前向きな詞ではあるね」
「何ですか大分って」
人が強引に慣れない仕事を一生懸命遣ったのに。
「瓦全って言葉が少し難しいけど、これで行ってみようって意味」
しかし、野村さんは笑顔の中に微妙に「渋々」といった目があるようにしか思えない。
「やっぱりまだ不満なんですね。オレの目には野村さんの目に「不承不承」の本音が入ってるようにしか見えないんですけど」
「そんな事ないってユースケ。本当に良く頑張ったね。ビールでも飲んで乾杯しよう! 奢るから」
「はあ」
本当に誉めてくれてるのか?
やがてビールとグラスが運ばれて来て、
「乾杯!」
野村さんに続いて「乾杯……」オレは「渋々」グラスを『カチン』と鳴らした。
その間、赤坂マーマレーヌは五月下旬から神奈川県内を皮切りに解散ツアーを始める。オレは『女の花道』第一回を観に行く。
「あらユースケ、また観に来たの」
野村さんは笑顔で迎えてくれた。
「まあ最後ですし、でも途中までしか観れないですけど」
「そうなの。でも嬉しい。作家で何度もライブを観に来てくれるの、ユースケくらいだよ」
野村さんは満面の笑みを湛えているが、「作家で」という言葉が何か皮肉っぽい。
この日のライブの模様を記念DVD、ブルーレイとして発売する為、撮影の指揮として大村プロデューサーも来ていた。テレ太から発売する、その分局が儲かるって訳。
十九時、ライブ開始。炭酸ガスと共にメンバーがステージ上に登場した。観客席からは「ウォー!!」と歓声が上がる。
「邪道の生き様見せてやる!」
瀬戸が口火を切れば、
「私達は特殊なアイドルだから雑誌でも取り上げて貰えないんだ!」
Reoが続く。
「だからゴールデンタイムに出演出来ない!」
中田が不満を口にする。
「だけどライブは超満員で皆ありがとう!」
最後に南野が締めた。
のっけから威勢の良い事。この言葉でも一応、台本があるんだけどね。
ライブはこれまでのシングル、カップリング、アルバムの中から三十曲を披露するとの事。
ライブ開始から二時間。
「それじゃあオレ、打ち合わせがありますんで」
「そう。気を付けて東京に帰ってよ」
野村さんに言われて会場を後にした。
長野県でライブを行った後、ライブは一旦中断。オレが書いた最後のシングルのレコーディングをする為だ。曲名は野村さんが考え、『スピリットアップ』と名付けられた。
東京都内のレコーディングスタジオで行われるという事で、オレも「作詞家」として顔を出す。するとスタジオにはメンバーの他プロデューサーの野村さん、そして虎南さんまでいた。
「あらあら「江戸川」さん、見学ですか?」
「だからオレはその「コナン」じゃねえよ! お前にアドバイスしたのはオレだからな。責任を感じたんだよ」
「ユースケのおかげで良い曲が出来たよ。改めて本当にお疲れ様」
野村さん、それ本当に本音?
「オレもアドバイスしたんだから労えよ!」
「虎南は序論の知識しかアドバイスしてないんでしょ? だったら労う必要なし!」
「何でだよ! クソッ。あれでも確りアドバイスしたつもりなんだぞ」
この遣り取りをメンバー達は笑って見ていたり、唖然として見たりしている。プロデューサーと放送作家、おばさんとおじさんのテンションの高さに驚愕したのだろう。
「さあ早速始めるよ! 皆メロディーと歌詞は覚えてるよね」
野村さんの問い掛けに、メンバー全員が「はい!」と答える。何か体育会系。ライブ中に新曲も暗記。ご苦労さんなこった。
虎南さんとオレも椅子に座りレコーディングを見守る。
野村さんは歌い始めから、
「そこ、気持ちが入ってない!」「そっち、ちょっと声が籠ってる!」などと何度も曲を止め、1テーク、2テークと遣り直しをさせ指導して行く。メンバー達は文句一つ言わず、それに従う。
「これがレコーディングっか」初めて見る光景に唯々見守るばかりなり。
午前中から始まり約三時間、オレは午後から会議がある為、
「それじゃあオレ、仕事に行きますんで」
アドレナリン全開の野村さんに恐る恐る告げる。
「そう。この曲、明後日の北海道ライブから披露する予定だから。皆! 作詞を担当したユースケ「先生」が別の仕事に行くんだって」
「先生」って、そんな事言わなくても良いのに……。だがメンバー達は全員、
「お疲れ様です!」
と挨拶してくれた。
無視する訳にもいかず、マイクを使い、
「拙劣な詞ですが頑張ってください」
挨拶し返した。でもやっぱり小っ恥ずかしい。
その後、『スピリットアップ』は野村さんの予告通り北海道でのライブで初披露されたとの事。
そして赤坂マーマレーヌは全国十五箇所を回り、六月下旬、解散ライブの締めくくりとして千葉県内で『女の花道 ファイナル』を開催。
後になってネットニュースで観たが、赤坂マーマレーヌは計九枚のシングルと一枚のアルバムに収録された全二九曲を披露。アンコールを含めると三十曲以上が五時間に亘って披露され、メンバーもファンも完全燃焼という圧巻のライブだったそうだ。
他の記事によると――
『今日は最高の景色を見る事ができました。愛、声援、勇気をありがとう!』
瀬戸ゆみが感謝の想いを伝えれば、
『グループは解散して別々の道を進んでいきますが、元マーマレーヌとして自分たちらしくがむしゃらに突き進んでいこうと思います!』
Reoが今後の決意を伝えたという。
また休養していた飯干由衣は、
『こうして待っててくれているファンがいたから頑張れました』
と感涙。
『たくさんの愛情で私を包んでくれた赤坂マーマレーヌのおかげで、この六年間は幸せでした!』
と、飯干は涙ながらの笑顔でメンバーに感謝の気持ちを伝えたそうだ。
最後に瀬戸から、
『メンバーは個々に活動していきますが、赤坂マーマレーヌは永遠に不滅です!』
とこちらも感涙しながら訴えたと書いてあった。
オレが記事を読んでいると、
「また私用でネットを使ってるね?」
背後から鋭い声が聞こえて来る。陣内社長だ。
「赤坂マーマレーヌの記事を読んでただけですよ」
「でもまだ番組は終わってないんだよ。そっちの方を優先させなきゃ」
「もうホン(台本)は出来上がってますよ」
「何何? ユースケ君また仕事以外の事でネットを使ってたんですか?」
そこに珠希も入って来る。
「赤坂マーマレーヌの記事だって」
社長は呆れ笑い。珠希がパソコンを覗く。
「ああ、解散ライブの記事ね。スポーツ紙でちょっと読んだけど。ユースケ君も過去に拘る人だね」
『グサ!』何かが心に突き刺さった。
「どうせ引き摺る性分だよ」
これくらいしか返す言葉は出ず……。
二人に嗤われながらページを閉じた。何と浅ましいんだオレは――
因みに『スピリットアップ』は、オリコンチャートで初登場十三位だった。今更だが、野村さんもプロに頼めば良かったのに――
六月三十日土曜日。偶然というか必然的に赤坂マーマレーヌの解散の日がやって来た。番組は『全員卒業! 生放送SP』と題して二時間に亘って放送される。
この日はスタジオに行けない為、事務所の休憩エリアにあるテレビで珠希と一緒に観る事にした。今日は社長も何も言わない。
「さあ、『お願い! マーマレーヌ』最終回という事で、今日は最初で最後の生放送です!」
岡村君の第一声でメンバー達は「イエーイ!!」と喚声を上げる。
「ですがReoちゃんは電車の人身事故の為に遅刻してます」
岡村君は苦笑いを浮かべて告げた。
「最終回なのにねえ」
益田君も同様。
「Reoちゃん遅刻してるんだ。LINE観てみよう」
「アカウント交換してるのか?」
「うん。彼女とは気が合うからね。どれどれ」
珠希はハプニングを楽しみ、携帯を弄る。前はメンバーの連絡先は知らないと言っていたのに、いつの間に?
「何か書いてあるか」
兎角オレも結局はミーハー。
「『ヤバーい! ヤバすぎる。電車が人身事故で動かなくて生放送遅れました。』だって」
「確かに最後にヤバい状態だな」
「あっ、また更新されたよ。『メイクする時間もないし、今日の放送はほぼすっぴんかも。テレビに出始めて六年、初めてのできごとだよ!!』だって。そりゃ大焦りだよね」
珠希は人のハプニングを嬉々としているようにしか思えない。
結果的にはReoは放送開始から十五分後にやっとスタジオに到着。
「済みませーん!」
衣装は着ていたがメイクは間に合わなかったようだ。手で顔を隠して入って来る。
「待ってたよ。まさか本番中にメイクするんじゃないだろうねえ?」
岡村君が鋭く突っ込む。
「今日はそうさせてください。最終回ですし」
「最終回だし今日で解散だっていうのに、とんだ珍事だね」
益田君は呆れ笑い。
直後にメイクさんが手鏡とメイク道具を持ってスタジオ入り。
「Reoちゃんのメイクには少し時間が掛かります」
岡村君が言うと、カメラはReoがメイクを施されている姿を映す。
「ちょっと映さないでくださいよ! 直ぐ終わりますから」
「アハハハハッ!」
珠希は笑う。
「本当、ハプニング好きだよな」
「だって生放送中にメイクするって前代未聞じゃん」
珠希の笑いは止まらない。こいつSだな。
その後Reoのメイクは十分で終了。メイクさんも必死だった事だろう。
番組も後半に入り、
「では、卒業証書授与に移りたいと思います」
「はい、本当に本当のフィナーレです」
岡村君の呼び掛けに益田君が答え、卒業証書を一枚取る。
「まずは瀬戸ゆみ」
「はい!」
瀬戸は立ち上がり、益田君の前に立つ。
「あなたは赤坂マーマレーヌ、また『お願い! マーマレーヌ』の顔として、グループを牽引し番組を盛り上げてくれました。その功績をここに称します」
瀬戸は証書を受け取り感涙。もうラストライブで涙は枯らした筈なのに。
その後も益田君は黒い入れ物から卒業証書を一枚ずつ取り、メンバー一人一人に証書を授与して行く。笑顔の者、感涙する者。正に涙と笑顔の卒業式となった。
「Reoちゃん、もうメイクはバッチリか?」
益田君の言葉に、
「はい、もう大丈夫です」
Reoが答える。これには感涙していたメンバーも泣き笑い。
「さあ、全員に卒業証書が授与された所で、今日はもうお一人ゲストが来ています。赤坂マーマレーヌの生みの親、アッヤー野村さんです」
岡村君に紹介され、野村さんがカメラの前に移動する。
「ここで顔出しかあ」
「今までカメラの前には立たなかったからな」
珠希もオレも何か切ない。
「どうですか野村さん、この六年を振り返って」
岡村君の問い掛けに、
「充実してた日々だったけど、何か疲れた気もする」
「そりゃ疲れますよね、六年もプロデュースしてたら。僕らもメンバーを相手するの疲れましたもん」
益田君は同情。メンバーからは「えーっ!!」と非難の声が。
「疲れたのはこっちもだよ」
「そうだね」
珠希と一緒に笑い合った。
「ラストライブで瀬戸が言ってたけど、赤坂マーマレーヌは永遠に不滅。だから五年後、一日だけ再会ライブを遣ろうと考えてるの」
野村さんの予告にメンバー達は、「えーっ! ヤバい!」「やったあ!」と歓喜の嵐。抱き合って喜んでいるメンバーもいた。
「そういう事だから皆、五年後何をしていても集まって!」
岡村君が呼び掛ければ、
「そうだよ。オレ達もまた仕事が増えるから」
益田君がボケる。
番組は大いに盛り上がったままエンドロールが流れ、二時間のSPは終わった。
「さっ、オレ達は仕事仕事」
「そうだね」
テレビを消し、珠希と共にオフィスエリアに戻る。
数時間後、野村さんからのメール。メンバーとスタッフ達は近くのホテルに大奮発して移動し、大広間を貸し切り盛大な打ち上げが開かれているそうだ。
『来れない?』
と最後にあったが、オレも珠希も仕事中で「済みませんが行けません」と返した。
相方こと奥村真子との同棲生活にも慣れて来た七月。ホンを書く為事務所に立ち寄ると、休憩エリアにいた珠希が子細ありげににやつき、「おはよう」と挨拶して来る。
「おはよう」
一応返したが、そのにやつきは何だ。
「聞いたよお、ユースケ君、奥村さんと一月から同棲してるんだってね?」
何故それを……君が知っているんだ? 野村さんから作詞を依頼された時と同様に、急に「ゾワーッ」と全身が冷たい何かに覆われてしまう。そのくらいの衝撃だ。「してないよ」と咄嗟に否定しようかとも思ったが、珠希のにやつきは全部知っている顔。
「珠希、何でその事を……」
一体誰から聞いたのか!? まだ誰にも告げていない事なのに。
「だってこの前奥村さんと偶然会った時、「実はユースケさんと半年間同棲してるの」って言ってたもん」
あのお喋り……。言わなくてもいい事を。衝撃からアドレナリン全開で全身が「カーッ」と熱いものに覆われた。奥村真子に逆プロポーズされてからこのような現象はしょっちゅうだ。
「それから、ユースケをこれからも宜しくねって挨拶された」
「ユースケをって、君はオレの後輩なんだぞ。立場が逆じゃねえか」
「だってそう言われたんだもん」
珠希のいたずらなにやつきが憎らしい。とはいえ、もう珠希にはバレている。他の人にバレるのも時間の問題だろう。とどのつまりは結局、奥村真子から伝言ゲームのように伝聞されて行くのがオチだろうから。
「おい珠希、他に誰にも言ってないだろうな?」
「陣内社長にはさっき言っちゃった」
珠希はあっけらかんとした口振り。ほらね。伝言ゲームのような伝聞は既に始まっていた。
「おい……」
「だって言っちゃったものは仕方ないでしょ。それに別に良いじゃん。悪い事じゃないんだし」
確かに、後ろめたい事ではないけど……。
そこに当の陣内社長がオフィスエリアから現れる。
「何二人で喋ってるの? あっ、中山君聞いたよ。奥村アナと同棲してるんだってね」
いつもクールな社長がいたずらっぽい笑み。珠希もまた同様。二人の頬を引っ叩きたくなる。が、野村さんの時と同様に、衝動だけでどうせ出来やしません。
「もう半年になるんだそうですよ」
「珠希!」
「良いじゃない別に。御目出度い事なんだから。結婚は考えてないの?」
「今の所予定はないですけど」
「でも同棲してるんでしょ。披露宴があったら呼んでね」
陣内社長は楽しみにしている様子の笑み。ありがたいような、プレッシャーのような。
「でも赤い眼鏡を掛けてる女性はドエロだ!」
珠希は尚もにやついて言う。
「何だよいきなり」
「だって奥村さん、普段赤い柄の眼鏡掛けてるじゃん」
「まあな」
確かに相方は赤い柄で縁は黒く四角型の眼鏡を、テレビに出演する時以外は掛けてはいる。
「夜の営みでそんな事ない?」
「お互い忙しくてそんな時間ないよ」
「ぶっちゃけるね、中山君も」
社長もにやついて言う。訊かれたから答えたまでだ。
「普段は眼鏡とコンタクトの両方だよ」
反論してはみたものの――
「その内分かると思うよ。エロっぽさが。それにロングスカート穿いてたら確実」
「何のデータだよ」
「女の勘」
珠希は意味深な笑み。そういえば相方、ロングスカートもよく穿いている……。男にとっては喜ばしい事なんだか何だか……微妙な気持ちだ。でも一方では、なーんか嫌な予感もする。「ゾワーッ」と又しても全身が冷たい何かに覆われてしまう。この現象、何とかならないものか――
後日チハルのバーへ行き、
「赤い眼鏡を掛けててロングスカートを穿いてる女はドエロなんだってさ」
ハイボールを飲みながらつい漏らしてしまう。
「うん、私も聞いた事ある。何かあったの?」
「奥村真子ってアナウンサー知ってるか?」
「ああ、知ってる」
「その人と今同棲してるんだよ」
「本当! 良かったじゃんユウ。新しい彼女が出来て」
チハルは満面の笑みで喜んでくれる。が――
「ユウ、深刻そうな顔してるけど嬉しくないの?」
「その彼女が赤い柄の眼鏡を掛けてるんだよ。それにロングスカートもたまに」
「ああ、それはかなりエロい。それで赤い下着なんか着けてたら確実」
「何のデータだよそれ?」
「女の勘。奥村さんって真面目っぽいじゃん。その分夜は変わると思うよ。もう一杯ウーロンハイ飲んでも良い?」
「どうぞ」
どうせチハルの酒代はオレが払うんだけど。
「奥村さん夜は変わらない?」
「お互い忙しくてまだそんな行為はしてないな」
「ええっ!? 同棲までしてまだやってないの!?」
チハルは絵に描いたように目を丸くする。
「声がでかいよ」
「それは今まで溜まった分、初夜の時は凄いと思うよ。同棲始めてどれくらい?」
「約半年」
「じゃあ相当欲求が溜まってるね。でも良いじゃん。その分楽しいSEXが出来ると思うよ」
チハルも意味深な笑み。
「SEXって声に出すなよ。でも女の勘って当たるっていうからなあ。今からビクビクする」
「でも良いよね。楽しい初夜が迎えられて」
チハルはニコニコしてウーロンハイを飲む。だが、相方との初夜を受け止める自信は、今のオレには、ない。
「それにしてもAV女優に女子アナ、ユウも好き者だね」
チハルがニヤリ。
「AV女優はチハルが紹介したんだろ。女子アナはたまたまそうなっただけだよ」
どちらも積極的な人だけど……。
「兎に角、健闘を祈る!」
チハルは敬礼して笑顔。何だ健闘って――
「ねえ相方、今日の夜は飲み会なんでしょ?」
八月上旬、野村さんが「スタッフだけの打ち上げをやろう」と提案したのだ。
「ああそうだった」
相方から訊かれなかったら失念していた。今日は新宿のカラオケボックスで、「打ち上げ」というよりカラオケと飲みの只の宴会だ。参加するのは野村さんに虎南さん、お貴さんに宮根君と珠希といった、作家が中心。中野さんと下平は都合が悪く不参加らしい。
二一時、飲み会開始。
「皆! 六年間お疲れ様。今日はジャンジャン歌ってガンガン飲もう!」
野村さんはマイクを使い、のっけからテンションが高い事。この人、また何かやる気だな――
「あんまり飛ばし過ぎるなよ」
虎南さんは苦笑い。全くその通り。
「歌う前に飲み物とおつまみ頼みましょうよ」
「そうだね」
お貴さんの提案に野村さんは頷く。
「ユースケ、まずはビール四つに、膳所と浜家は何飲む?」
「私はチューハイで」
「私も同じので良いです」
お貴さんと珠希はビールが苦手か?
「じゃあユースケ、頼んで。後空揚げとフライドポテトもね」
「はいはい」
何故オレかというと、オレが一番端っこの席で電話に近いから。
オレが注文し終えると、
「ユースケ君、声が低くて渋いから『あゝ人生に涙あり』とか上手いんですよ」
珠希がにやついて言う。それくらいしか声に合う歌がないんだよ。
「そうなの。じゃあトップバッターはユースケね」
野村さんは期待している様子。
「そんなに上手くもないし、まだ飲み物とかも来てませんよ」
「良いじゃない、聴かせてよ」
「たまには聴きたいな、ユースケの『あゝ人生に涙あり』」
野村さんと虎南さんに押され、歌わざるを得なくなる。仕方なく曲を予約した。
その内――
『♪ ターン ジャジャジャジャターン……』
曲が始まる。
オレが歌っている最中、『トントン!』ドアをノックする音がした。飲み物とつまみが届いたのだ。「やっぱり……」珠希とカラオケに行くといつもこれ。途中で注文した物が届いて「聴かせてよ」と言った野村さんは疎か誰も聴かなくなる。しかし――
「若いくせに声だけはオヤジなんだよな」
歌い終わって虎南さんがビールを飲みながら、いつもの仕返しとばかりににやつく。
「ねえユースケ、今の歌も良かったけど、他にレパートリーはないの?」
と野村さん。嘘付け! あまり聴いてなかったようにしかオレには思えない。
「後は『ウキウキ Watching』だよね」
また珠希がにやつく。お前が聴きたいだけだろう。
「『(笑って)いいとも!』終わっちゃったけど聴きたいな」
野村さんはまた期待している表情。楽しいのは解るけど……。
「分かりましたよ。歌います」
曲を入力する。タモリが歌うパートに差し掛かると、
「わあ、タモリさんだ!」
珍しくお貴さんのテンションが上がる。テレビ好きなのか?
「懐かしいね」
野村さんも同様。
『ウキウキ Watching』を歌い終えオレの番は終了。後は頑なに聴き役に徹する。
その後、野村さんが歳に似合わず大塚愛の曲を歌ったり、虎南さんが前川清の曲を歌ったりと取り敢えず場は盛り上がっている。だが――
「ユースケ、飲み物がなくなったから同じ物注文して。皆良いよね?」
野村さんに言われた。
「オレはお貴さんや珠希より先輩だぞ!」とは思いつつ電話の前に立つ。その後も――
「ねえユースケ君、次は貴子ちゃんと『別れても好きな人』デュエットしてよ」
「また珠希……にやついて言うな! 多分お貴さんは知らないと思うぞ」
「そんな事ないって。ねえ貴子ちゃん、『別れても好きな人』って曲知ってるよね?」
「うん知ってる。前にユースケさんが他の人と歌ってたから」
「その曲、今日はユースケ君と歌ってよ」
「そうだね。膳所は今日まだ何も歌ってないから」
「別に良いですけど……」
野村さんに催促されお貴さんは少々怪訝な表情。
「無理しなくて良いんだよ。相手を選びたいだろうから」
透かさずオレはフォロー。
「いや、そういう訳じゃないんですけど、メロディー覚えてるかなって」
何だいそっちかい! 二人共酔いが回っているな。
「良いですよ。ユースケさんとならデュエットしても」
さっきまで怪訝な表情をしていたお貴さんはあっさりとOK。
「皆さん! 次はユースケ君と貴子ちゃんのデュエットです」
珠希がマイクを持って言えば、「良いねえ」と野村さんが続く。どいつもこいつも酔っぱらいやがって!
お貴さんも酒のせいもあるのだろう、珠希からマイクを受け取り、
「歌いまーす!」
豹変している事……。諦めて曲を入力。
「♪ わあかれても……」
サビの部分をオーバーに歌うと、
「♪ 好きな……フフフフフンッ」
お貴さんは吹き出して歌えなくなってしまう。
オレも酒のせいなのか自棄なのか分からなくなって来た。
こうして歌ったり飲んだりしている内、
「また酒がなくなったな。ユースケ、酒とつまみ。空揚げとフライドポテト、後ピザも頼んでくれ」
「分かりましたよ」
虎南さんに言われて電話の前に立つ。オレは手下か?
暫くして虎南さんが石原裕次郎の『夜霧よ今夜も有難う』を歌っている最中、『トントン!』とまたノックをする音が聞こえ、ドアが一瞬だけ開いてまた閉まる。「何だろう?」と思い外に出てみると、そこには飲み物とつまみを持った神野彩子がいた。
「バイトしてたんだ?」
「ええ、作家だけじゃ食べて行けなくなったんで」
神野さんは屈辱的な表情。
「そう。他の仕事もクビになったんだ?」
「はい……」
神野さんは訥弁になった。
「他の職場でも誰かを苛めたんだね」
「はい……」
神野さんは尚も訥弁。でも表情は屈辱的に変わりない。
でも気になる事が……。名札を見ると顔と身体、エピソードも神野さんなのだが、名前は「新間菅子」となっている。
「神野彩子はペンネームだったんだ」
「よく子供の頃「新聞、新聞」って苛められてたんです。菅子って名前も好きじゃなくて」
「そうだったの。皆と顔を合わせるのは気まずいよね。良いよ、オレが持って入るから」
彼女から飲み物とつまみを受け取った。
「お盆返すからちょっと待ってて」
「分かりました。ありがとうございます」
一旦中に入り、
「はい、飲み物とつまみが届きましたよ!」
つまみはテーブルの中央に、飲み物は各自に配り、また外に出る。
「はい」
彼女に盆を返した。
「ありがとうございます。ユースケさん」
神野さんのはにかんだ笑み、プライドの高い人もこんなに素直になるんだ。
「苛められ苛めたんだから、双方の気持ちは分かっただろう」
「そうですね」
神野さん、いや新間さんは苦笑い。
「また一緒に仕事しようよ」
「放送作家としてですよね?」
「うん」
オレの言葉を聞いて、新間さんははにかんだまま去って行く。双方の気持ちが分かったのだから、後は放送作家「神野彩子」の改心を願うばかりなり。そう思いつつ、オレはカラオケルームに戻った。
「ねえ相方。一緒にお風呂に入らない?」
週末の土曜日、相方が誘って来た。
「一緒に風呂……」
何とも微妙な心境だ。オレは大浴場とか浴室に誰かがいるのは正直苦手。でも、そういえば同棲を始めてから、相方の裸体を見た事がない。のだが――
「うちの風呂、ちょっと狭くないか」
「二人なら入れなくもないでしょ」
「オレ、風呂は独りで入りたいんだよね」
「だから何?」
相方の眼光が鋭くなる。何とか回避出来る方法はないかと探ってみたが、ここは素直に従った方が良いか?
「そんな怖い顔するなよ。入るよ。入れば良いんでしょ」
「何、その自棄を起こしたような言い方」
「自分が誘って来たんだろ」
ちょっと反撃してみる。
「まあ、そうだけど」
でも相方は何故か得意そうな表情。彼女の方が一枚上手。喧嘩にならない内にソファから立ち上がり、自室に行き着替えとタオルを持って来る。その方が賢明。
「よし、私も準備して来るね」
そう言って相方もソファから立ち上がった。
こうなりゃ本当に自棄だ。先に浴室に行く事にする。間もなく相方も浴室に入って来た。
「でも何で今日に限って誘って来た?」
「お互い忙しくて中々コミュニケーション取れないじゃない」
「まあね……」
オレはゆっくり服を脱いで行くが、彼女は素早く脱いで行き、あっという間に素っ裸になる。
「何相方? 恥ずかしがってるの? しかも「あそこ」はもう大きいね。私まだ裸になっただけだよ」
「どうも女の裸体を見ると勃っちゃうんだよ」
苦しい言い訳。チハルの時もみつみの時もそうだった。これが事実だから。
相方の下着はピンク。しかも透け透けのパンツ。尻の割れ目が見えていた。嫌でも興奮するだろう。「赤い下着なんて着けてたら確実」チハルの言葉が頭を過る。赤ではなかったが透け透けのパンツ……。しかもメガネは赤い柄。頭の中がグッチャグチャになって来たが、下半身は別。
お互い全裸になった身体。相方は胸は多分Aカップであろう小振りだが、スタイルはスレンダー。流石はミス東大に輝いただけはある。
「何ジロジロ見てるの? あんまり私の身体を査定しないように! でも相方も細い身体してるね。ジムとか行く暇ないんだろうけど、もう少し筋肉付けたら?」
逆に査定されてしまう始末。
「腕立て伏せとか遣ってみるよ」
「そうしな。じゃあ入ろう」
相方が手をつないで来た。こんな事まで……。何と積極的な性質なのだろうか。複雑な心境で頭も冷静ではなく言葉も適切ではないだろうが、何かこっちの方が恐縮してしまう。
「じゃあまず身体流してあげる」
相方がシャワーで全身を流してくれる。
「じゃあ次、私もお願い」
言われるがままシャワーを受け取り彼女の全身を流す。
「今度は身体洗ってあげるね」
「いいよ、自分で遣るから」
抗ってはみたものの……。
「これもコミュニケーション」
笑顔で言われ「そう」としか返せず。終始相方のペース。
彼女はスポンジにボディーソープを染み込ませ、オレは立ったままの姿勢で全身を洗われる。しかもスポンジから泡を絞り出し、勃起したままの「あそこ」や肛門まで手慣れた手付きで――
やっぱり彼女はドエロ……。というか風俗嬢か? いきなり人の肛門に触れられる人はそういないだろう。まさか後で「ご奉仕代」とか言って法外な金額を請求して来るんじゃあないだろうなあ?
この後はフェラか? そう思っていると、相方はスポンジをオレに渡し、
「足の裏は自分で洗って。くすぐったいだろうから」
「ああ」
確かに。バスチェアに座り足の裏を洗う。っていうか、身体も座って洗っても良くねえか?
「今度は私の身体を洗って」
この言葉に頭はボーっとしてしまう。というよりクラクラ目眩がしそうだ。予測はしていたけど――
「分かった」
こうなりゃとことん付き合おう。相方も立ったままの姿勢で彼女の全身を洗って差し上げる。
「あそことお尻の穴も洗ってね」
もう頭の中は混乱……、というより何も思念する事が出来ない状態。彼女は平気なのか? AV女優? 確かアナウンサーだよな。こうなれば――
「はいはい」
スポンジから泡を取り、あそこと肛門を洗う。
「フフンッ。やっぱりくすぐったいね。くすぐったくなかった?」
「ちょっとね。気持ち良いというより」
「次は頭を洗ってあげる」
「いいよ。頭くらい自分で洗うから」
「私人の頭洗うの得意なの」
今度は美容師みたいな事を……。そして彼女の意味深な笑み……。多分、これまでの彼氏にも遣って来たな――
相方に頭を洗って貰い、オレは浴槽に入る。相方は「男の人は女の頭洗うの苦手でしょ」と言って自分で洗っていた。
全身奇麗になった所で彼女も浴槽に。
「どういう体勢が良い?」
「後ろから抱いてやるよ」
頭の中は興奮MAXで、もうどうでも良いような自棄。それよりも相方の身体に陶酔境状態。相方の後ろから腹のあたりに手を回す。いきなり胸という訳には……いくまい。そこだけは冷静……。
「フフンッ。あそこが背中に当たってる。硬い」
「そう。なあ一つリクエストして良いか?」
「何?」
今までは彼女のペースだったが、これだけは良いだろうと判断した。
「四つん這いになってくれる」
「何で?」
相方は訝しがる。
「まあ良いから」
彼女は渋々四つん這いになってくれた。この体勢が好きなんだ。AVの世界だけど。
「良いねえ。胴は細くて尻は桃というか、全身を見ると矢印のように見える。女性の特徴」
見惚れてしまって涎が出て来てしまう。
「何それ、変態」
相方に言われてしまった。が……、どっちもどっちだろう。ドエロなのは奥村真子だけではなく、オレもなのだ。何故なら、二人共「AVの世界」に完全に浸っているのだから。
これにてドエロカップルの誕生なり! ……なので候――
了