07 謎の部活動あらわる
「あーっ、おっはよー!!那己ちゃーん!!」
「……!?」
朝の陰鬱とした登校路に響き渡る、アホみたいに甲高い声。
髪の毛がドピンクの明らかにやべーやつがこちらに向かって走ってくる。
那己は……なぜか逃げた。
「あれぇ!?待ってやー!!あたしやで!!曜ちゃんやでー!!」
「ひぃぃぃっ……」
◆◆
「んもー、どないしたん?急に逃げるやん自分」
「あ……いえ……びっくりして、つい」
「あっは!!小動物か!!」
那己の走力はクソザコだった。わずか十数秒で曜に捕まると、一緒に登校することになる。
(やべぇぇぇっ……人と一緒に歩くの数億年ぶりなんだけどぉ……会話デッキ「虚無」すぎて何話していいかわかんないんだけどぉ……)
「おおい、大丈夫か!?水溜まりできるぐらい汗でとるで!?」
ドババババババ。
普通に会話するだけでコレ。極度の緊張で、滝のような汗が全身から出る、筋金入りのコミュ障である。
「あの……わたしと一緒にいても……楽しくないです、よ?」
「んなわけあるか。いまんとこ、あんた、ごっつおもろいで。いるだけで爆笑」
「なにが、そんなに……」
「なにがって言われてもなぁ?」
曜は唇に手を当てて首を傾げた。そしてしばらく考えて、こう答える。
「あんた、ゲーム好きやろ?」
「あっ、はい」
「あたしもな、ゲーム好きやねん……けど、ほら、なかなかおらんやろ。おんなじ学校でそーゆー趣味の女の子って」
「そ、そうすね」
今でこそ。昔よりはゲームをやる女性というのは増えただろう。那己のフォロワーには、それこそ女性プレイヤーなんて沢山いる。
だがそれはネット上での話だ。曜が言う通り、リアルで同じ学校でゲーム趣味を持った友達を作るのはなかなか難しい。
「あたしな、親の事情で、こっちに引っ越してきてん。せやから友達一人もおらんのよ」
「え」
こんなに明るい性格なのに、友達がいない、だって?
それはつまり、曜もぼっちってコト!?
「ふっ」
「そこ笑うとこちゃうで?」
「ナカマ」
紹介しよう、この女は比窟 那己。相手が同類だとわかるや否や、速攻で掌を返して、調子に乗る奴。謎の自信と先輩風を吹かせて、曜の肩を叩いた。わかる、わかるよ。と言わんばかりに。
「ひとりぼっちは辛いよね」
「せやんなぁ……ほんま、この学校の空気感に慣れんくて慣れんくて……」
曜は情けない声を出した。意外な一面を見て親近感が湧く。
ふたりは、ひとりぼっち。分かり合えるかもしれ……
「はぁー、地元のアイツら元気してはるかなぁ?またゲームして遊びたいわー」
「ぇ"っ」
「わっ!?どした!?那己ちゃんが死んでもうた!?」
紹介しよう、そこに転がる死体は比窟 那己。相手がやっぱり同類じゃないとわかるや否や、即死した。
当たり前だろう。こんなに明るい性格の子に友達いないわけないだろう。
◆◆
学校へきた。彼女らが通うここは都内有数の私立高校だ。
綺麗で広い。そして生徒もそこそこ多い。
今日は新学期二日目というのもあって、全校生徒が体育館に集合するように呼びかけられていた。
と、いうのも、新一年生と在校生の交流会ということらしい。
「なんや、那己ちゃん。そーんな壁の隅にうずくまって。ミノムシかいな?」
「はい、わたしはミノムシです……」
那己は人の多い環境が苦手だ。そして体育館という空間が苦手だ。普段は天井に吊り上がっているバスケゴールに向かって、中指を立てるような生活をしている彼女にとって、今の状況はただの地獄。
しかもなんだ、交流会って。できるわけないだろう、早く帰りたい、もしくはこのままミノムシのように消えていたい、と思っている。
「んもー、しゃきっとせーや。ええとこみせたってくれよ、先輩」
「い、いやです……」
曜に無理やり引っ張られる。その姿、さながら散歩を嫌がる犬の如し。
だが、他の人からするとそんな可愛い絵面ではない。
……いたいけな一般生徒をボコボコにしようとするヤンキー生徒にしか見えない。
「先生!!いじめです!!不良生徒が他の生徒にやばいことしようとしてます!!」
「なんだって!?」
「え、あっ!?ちゃうわ!!これは勘違いやねん!!ちょっ、やめっ、那己ちゃん助けてくれ!!弁明してくれへんかー!!」
那己にこの騒動を止める声は出せない。喋れなさすぎて劣化した声帯にできることなど何もなかった。この後、曜が反省文を書かされるのは別の話。
◆◆
『えー、新一年生、在校生のみなさん、こんにちは』
マイクを通した大きな声が、体育館内に響き渡る。すると生徒たちは一斉に静かになり、声の主の方へ顔を向ける。
みると、きっちりとした格好の生徒が数名登壇していて、一人の生徒がマイクを握っている。
「なんやあれ?」
「お、おそらく生徒会の人たちかと……」
「ほーん」
生徒会長と重しき人物が、今日の交流会の開始の挨拶と説明をしている。
二人はそれを退屈そうに聞いている。周りも隣の人とヒソヒソ喋ったり、眠ってる人がいたり、それを先生に注意されたりで。生徒の半分は話を聞いていなさそうだ。
だがそれもすぐ終わる。生徒会長がこう言った。
『えー、ではこれより、新一年生のために、各部より、部活動紹介の方をさせていただきます』
おーーーと、ギャラリーが湧き始める。主に在校生側が。新一年生はポカンとしていて、曜も例に漏れない。
「なんや?急に2年と3年がうるさなったわ。なんかあるんか?」
「ぶ、部活動紹介です……毎年、部活の人たちが出し物をして入部するように宣伝するんですよ……それで、その宣伝内容がおふざけアリなので……」
「あーー!!そーゆーやつ!!」
部活の人たちが登壇し、拍手が巻き起こる。それを楽しみだというふうに曜も便乗して手を叩く。
ちなみに那己は全くもって盛り上がらない。去年同様、「陽キャのノリが眩しくてきつい」と勝手に自爆すること必須だからである。
『それでは、野球部のみなさんです────』
◆◆
「ふっ」
不覚にも笑ってしまった。陽キャのギャグが普通に面白いのはたまにあることである。那己は悔しくもウケた。
いまはバレーボール部の発表が終わったあたりで、次から文化部ラッシュだ。
『────続いての発表は、美術部です』
ここからは大人しめな発表が続く。そんなときに、曜が那己に聞いた。
「那己ちゃんはなに部なん?」
「……入ってないよ」
「そか……うーん、あたしなに部にしよかなぁー。なあ?どれがいい?」
困る質問だ。非常に困る。自分で決めてくれと思った。答えは返さない。
曜はそれ以上問い詰めることはしなかった。発表のほうにぼーーっと視線を向ける。
美術部の発表が終わる。次がハンドメイド部、その次は生物部、漫画研究部、軽音部などなど……そして次に来たのが。
『────続いては、ゲーム部です』
「ゲーム部やて?」
「うそ……そんな部活、去年までなかった」
「マジか!?」
突如現れた謎の部活動に、在校生一同が困惑し始めるのであった。