06 知らない感覚
結論から言うと、那己と曜は勝利する。
曜は飛び出すやいなや、敵の後方支援役を一撃で仕留めにいく。
そしてそれに気づいた前衛からの迎撃を那己が防いで回復し、間髪入れずに討ち倒す。
鮮やかな連携が決まると、人数有利を簡単にひっくり返し、あとは押し通す。
(曜さん、そこそこ上手い……)
さすがパンチングマシンで900点越えを叩き出すゴリラといったところか。その身のこなしは動き慣れている人のそれ。
相手から受ける攻撃もかわしてくれるので、回復杖の負担も少なく勝つことができた。
「っしゃあ!!勝ったで!!那己ちゃん、カバーありがとうなぁー!!」
「いえっ……わたしは何も……」
本当に何もしてない。ただ曜が立ち回りやすいように、穴を埋めただけの地味な仕事。
こんなの面白くない……。
面白くない……はず。
はずなのに。
(いや、めっっっちゃ楽しいんだけどなにこれ……!?)
何故だろう。興奮が止まらない。
いま、那己ははじめてのマルチプレイで、知らない感覚を味わう。
味方の介護。野良相手にやってた頃なら何一つとして楽しくなかったのに。
曜を支援する。支援した結果、敵が簡単に死んでいく。自分が活躍しているわけではないのに、味方が活躍して、自分のことのように嬉しいという感情が湧き立つ。
「さあさ!!こっからマップも狭くなってくるしな。いいポジション探しにいこか!!」
「はい……!!」
二人はすたすたと、この場を後にする。
◆◆
「いぇーい!!勝ちー!!」
「いっ、いぇーい……」
あっさりと。二人は最後の生存者となりこのマッチを制した。
勝因は初期データゆえのマッチング相手が弱かったこと、そして曜の立ち回りとタイマン能力が思いの外高かったことに起因する。
「那己ちゃん、はじめてにしてはようやったよ!!」
(はじめてじゃないんだけど……とほほ……)
頑張らなくても勝てた弊害で、那己が初心者であると言う誤解は、ついぞ、とけることはなく……。
「────せや、那己ちゃん『英雄マン』って知ってるか?」
「え?」
突然、自分のユーザーネームが出てきて、心臓が飛び出るかと思った。
なぜいま、ここで「英雄マン」の名前が?
「あたしの目標やねん。帰ったら、検索してほしい。みたらぶったまげるで?上手すぎて」
「えっ。あっ、あっ」
(あたしの、目標?えぇえええ?なんか……ありがとうございます……!?)
頭がバグった。目の前の曜という少女は、まさかまさかの自分のフォロワーだった。
これはどう、対応するのが正解なのだろうか。「わたしが『英雄マン』です」と伝えるべきか。
いいや。そんなの信じてもらえないし、仮に信じてもらえたとしてリアルバレは炎上案件だ。それはよくなくて……。
「あっ、そろそろうちー、帰る時間や。ごめんなー、付き合わせてしもて」
「だいじょうぶ、です」
なんて。考えているうちにスマホの時計は、もう夜の9時を指していた。学生からすればかなり遅い時間。
二人は学校用のバックを背負うと、足早にゲーセンの出入り口へと向かう。
「那己ちゃん、連絡先交換しよか」
「え"」
変な声が出た。
「あわわ、わたしのでよければ……」
「ははっ、『わたしのでよければ』って、あんた以外の場合があるんかー?」
……外に出ると、あたりは真っ暗。向こうの表の路地を出たところから街の灯りが差し込み、賑わいをみせている。
その方向とは反対の暗い夜道へ、曜は歩き始める。
「ほな、また明日ーー」
元気よく手を振る。那己は小さく振り返す。
背中がどんどんと小さくなっていく。やがて見えなくなる。
そしてぽつりと。那己はゲーセンの側の壁に寄りかかる。
スマホを開いて、先ほど追加された連絡先をまじまじとみて、夜空につぶやく。
「……楽しかった」