03 イージーウィン、マルチダイブ
「はっ!?」
知らない天井だ。
那己はゲーセンの天井を仰いで目を覚ます。一体いつから意識を失っていただろう。たしかヤンキーみたいな子に絡まれて……。
「あ、那己ちゃん起きたー?」
「はゔぃっ!?」
隣にはさっきのピンクヤンキーがいた。夢じゃなかった。
「ど、どれくらい、ね、寝てましたか……」
「んえー?1分くらい?あ、那己ちゃん、ほんまごめん、生徒手帳勝手に見てもうた」
「え、あっ……」
そう言ってピンクの……朱音 曜から生徒手帳を返された。そこには、タコ殴りにしたじゃがいもみたいな腫れぼったい目をした、一年前の自分の写真が。那己は死にたくなった。
「……ぁ、その、わたしは消えますので」
「あ、ああ!待って那己ちゃん!!」
「ふぎゅっ!?」
今すぐこの場から離れたい。緊張から解放されたい。この明らかに寝起きにとった写真を生徒手帳に封入した過去の自分を殺したいと思いながら、逃げようとする那己の手を曜は掴んだ。
一体何をされるんだ。わたしは殺されるのか?そんな予感が過るほどに、目の前の一年生は雰囲気がヤバい。
まあ、しかし、それは那己の勘違いだが。曜はこう言った。
「せっかくゲーセンで会ったんやし、これもなんかの縁やと思うし、一緒に遊んでこうよ!!」
「え"っ……わた、わたしが、ですか」
「それ以外誰がおるんー?」
キョロキョロと辺りを見回す仕草をしてみせる。誰もいない。紛れもなく那己に向かってそう言っている。
「な、なぜ、わたしと」
「一期一会ってしってるかー?あたしこの言葉が好きでな?何気ない出会いは大事にせなあかんと思うねん。せやから、な?どーせ暇やろ?」
「ぇぇ、うぐっ、あっ」
抵抗する間もなく、那己は曜に引っ張られて、ゲーセンの奥へと突き進む。
◆◆
コインゲーム、ダンス、ゾンビハントモノ、ロボゲー、 レーシング。
ゲーセンの中にあるそれらを片っ端から遊び尽くす……というよりも曜が一人で楽しんでるのを何故か那己が見守るという。
おおよそ初対面の二人がやる事にしては意味のわからない絵面が広がっている。
いや、むしろ初対面だからこそ、このよくわからない空気感を生み出しているのかもしれない。
「……なんだろう、わたし、なにやってるんだろう」
「っしゃオラァ!!みた?みた?那己ちゃん!!新記録やで!!」
今は古のパンチングマシンで遊んでいる。1〜999までの数値を計算してくれる。
曜は952でこのゲーセン内での最高記録を更新していた。それに対して抱いた感想は「ゴリラかよ」以外のなにものでもなかった。
「ふぅー。それじゃ。次ぃいこか?何して遊ぶ?」
「あぁっ、あのっ……」
言わなければ。もうこれで自分はお暇しますと、断りを入れなければ、この無限遊びループからは抜け出せない……!!
「わ、わたしは、もう帰ぇ」
「お、次あれやろーや!!」
ダメだった。
結局次の筐体で遊んでしまうのだ。してこの筐体は。
「────『ヴィクトリアス』」
「ん?どないしたん?」
次に来たのが、アーケード版の『ヴィクトリアス』だった。
那己はそもそもどうしてゲーセンにやってきたかに立ち返る。
そうだ。己は『ヴィクトリアス』を誰かと一緒に遊びたいがためにここに来たということを思い出した。
そして、いま、なんと、偶然にもそれが達せられようとしていることにも気がついた。
会って数時間かそこらの曜を友達としてカウントしていいものか怪しいが、少なくとも同じ高校の子と『ヴィクトリアス』をしようとしている事実は変わらない……!!
「おー?那己ちゃん目つき変わったやん。このゲーム好きなんか?」
「あっ……さ、好き、で、す」
「奇遇ぅ!!あたしもごっっっつ好きやねん!!いやぁこのゲームほんまにおもろいよなぁ」
曜に手を引かれ、ルームイン。専用の小部屋の中に設置してあるVRヘッドギアを渡される。この金属の肌触りが那己の緊張を和らげる。
実家に戻ってきたかのような安心感。
「このゲーム四人用や。二人野良やけど、ええな?」
「いっ、いいです、はい」
こくり、と頷く。それに関してはいつも通りだ。いつも通り。野良で潜って。知らんやつ3人を盾に1人だけ離脱して、最終戦まで芋って、残った全チームを上からぶち殺す。
(だっ、大丈夫だよね……なんてったってわたし297連勝の「英雄マン」だし……いつもみたいに、仲間を肉壁にして突き進めばいいんだ……これでイージーウィンだよね……)
そうイージーウィン。楽勝と書いてイージーウィン。
イージーウィン?
(イージーウィンじゃないよ!?それじゃせっかく2人でやってる意味ないじゃん!?)
自分が今どれほど恐ろしい発想をしていたのかに気付かされる。
そうだよ。いま目の前にいる曜さんという可能性の女神様と出会い、念願の誰かとマルチプレイが達成されようというのに?
なんだそのソロムーブは。仲間をなんだと思っているんだ?
ひどい、あまりにもひどすぎるぞ比窟 那己と、自分に叱りつける。
「そんじゃ、いっちょやりまっか」
「は、はい」
2人はヘッドギアを頭につけた。そしてログインする。