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殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
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search & seek 2

運が良いことに辻馬車には他に客はいなかった。


そして驚くべき事に、辻馬車のくせに(というと失礼かもしれないが)、まるで貴族の使う馬車のような豪華な作りをしていた。


「ねぇルーシェ、これ本当に辻馬車なの?貴族の誰かのじゃないの?」


「そんな事ないよぉ。ここ見て、ちゃんと御者さんの名前が書いてある。それに貴族のならどこかに紋章があるはずでしょ?」


「本当だ…確かに書いてあるし紋章もない。どゆこと?」


辻馬車とは、街や街道の決められた場所で客や荷物を乗せて目的地へ運ぶ馬車の事だ。


小さな町にも必ず一台はあり、旅人や商人、出稼ぎの平民達には欠かせない交通手段である。

運賃は行先によって変わるが、国が多少の支援をしている事もあり安価なため庶民の強い味方だ。


貴族はそれぞれ専用の馬車と御者がいるので辻馬車を使う事はない…はずなのだが、今目の前にある車はどう見ても貴族のものだ。


「フロウってばこの国の勉強してないでしょ?も〜、後で説明するから、とりあえず乗るよ」


「はいはい」


些細な事で議論している暇はない。


辻馬車だというのならなんでも良い。


フロウはルーシェに促されるまま大人しく客室に入った。


これでは本当にルーシェが兄のようだ、と思ったが意外と嫌な気はしなかった。



豪華すぎる馬車は当たり前のように客室も豪華だった。


素材だの作りだのはフロウには分からないが、どう見ても上質な生地を使った椅子はもちろん座り心地抜群だし、乗り心地も揺れないし静かだし今まで乗った故郷の馬車とは段違いだった。


「この馬車はね、貴族からのお下がりなの」


「お下がり?」


「そ。この国の辻馬車の御者さんってね、殆どが元は貴族の専属として働いていた方々なの。で、高齢になって退職する時に貴族が使ってた馬車を貰うんだ。今までありがとぉって気持ちと、これから生きていくのを応援するためにね」


「へぇぇぇ!そんな制度があるのか、この国は!」


「んね。びっくりだよね。ボク達の国も同じだけど、貴族の御者さんって働ける年齢に制限があるじゃない?でも実際さ、殆どの方が全然まだまだ働けるんだよ。高齢って言ったって貴族が勝手に決めた『高齢』だからね。皆ほんとはバリバリの現役!だからと言って新しくお仕事を始めたり〜覚えたりする程お若くはないでしょぉ?だけど働かないと生きていけない。それに今まで培ってきた御者さんの技術は勿体ない!ってことでね、制度って訳じゃないんだけど、慣習としてあるみたいなんだ」


「へぇぇ!確かに!辻馬車なら新しく覚え直さなくても良いっていうかむしろ本業だし、実際は高齢って程の歳じゃないもんね。何か、良い国だね。僕らの国にもあったら良いのに」


大して深く考えて言った事ではなかった。


自然と心から出てきた言葉だった。


半分無意識だったのかもしれない。


けれどそれを聞いたルーシェは呆れたように「へぇ」と呟いた。


「なに?」


「んーん?そんな事言っていいのかなぁって思っただけ」


緩く首を振ってルーシェは窓の外を見た。


答える気がないのだろう。


けれどフロウは食い下がった。


「だから何が?」


語気を強めて再度尋ねると、ルーシェは小さく息を吐いた。


そして、やれやれ仕方ない、とでも言いたげな素振りをみせてから、姿勢を正して真っ直ぐにフロウを見つめた。


「フロウ、ボクたちが今してる事、分かってる?」


「わ、分かってるよ!でも別に敵国って訳じゃないでしょ?」


「今はね。でもいつかそうなる。その引き金を、ボクたちはいつでも引けるんだよ」


大きな赤い瞳がフロウを射抜くように細められる。


この眼は苦手だ。


また釘を刺された。


フロウは辛うじて聞こえるような声で


「……分かってるよ」


とだけ答えた。


それしか答えられなかった。



それから数分、フロウは顔を上げられずに黙って俯いていた。


戦争になるかどうかなんて、まだ分からない。


そう思いたい。


けれど自分たちのしている事は明らかに条例違反だし王国がそれを許すとは思えない。


何より自国であるヴァンデス帝国が乗り気というか「来るなら来いよオラァ」状態なのだ。


「まだ分からない」なんて思うのは甘々の甘ちゃんだろう。


フロウは膝の上で拳をギュッときつく握りしめた。


ルーシェはどう思っているのだろう。


たぶん、自分と同じように感じている、なんて事はない。


見た目以上に、否、むしろフロウよりも大人な彼は全てわかった上でしているのだ。


迷いなどないのかもしれない。


顔を上げて正面に座るルーシェを見ると、向こうもフロウを見ていたようでバッチリ目が合った。


「わっ!え、な、何?」


「んねぇねぇ、ボク言いすぎた?フロウ怒ってる?」


ルーシェは座ったまま顔だけずいっと近づいてフロウを覗き込んだ。


その眼にさっきまでの空恐ろしい感じは既になく、むしろ親に叱られるのを恐れる子供のように揺れていた。


「別に怒ってないよ」


フロウが軽く頭に手を置き微笑んでみせるとルーシェは花が咲くように二パッと笑って手を叩いた。


「わぁ〜良かったぁ!泣いちゃったらどうしようかと思ったぁ」


「泣かないよ!」


「ふふふ、なら良かった。じゃぁさ、ボク寝ても良い?今すっごく眠いんだ」


そう言われて懐中時計を見ると、いつの間にか深夜と呼ぶべき時刻を指していた。


下宿屋を出た時にはもう夜だったので当たり前なのだが、走ったり驚いだりメンタルを削られたりと色々バタバタしていたせいで「寝る」という基本的なことすら思いつかなかった。



「わぁ、もうそんな時間!どうりで眠い訳だぁよ。良い子は寝る時間だもの〜」


「良い子ね…。うん良いよ、見張りは僕がしてるからルーシェは寝てて。着いたら起こすから」


「それはダメだよぉ。フロウも疲れたでしょ?一緒に寝よ?見張りなんて良いからさ」


「いや良くないでしょ」


敵国(仮)で2人揃って寝こけるなど有り得ない。


流石に甘々なフロウとてそれくらい分かる。


が、ルーシェは「大丈夫大丈夫」と朗らかに笑った。


「さっきも言ったけど、この国の御者さんは元とはいえ貴族に仕える誇り高き方々だよ?お客さんのモノに手を出すなんて、ぜぇったいしないし、それどころか追っ手が来ても庇ってくれちゃうよぉ。なんたってお客様はご主人様!だからね!」


「……そういうもんなの?」


「そういうもんでぇす!だから安心して安眠しよぉ!ってことで、御者さ〜ん、御者さ〜ん!」


ちょっと大きめの声で呼ばうと御者は「お呼びですか?」と小窓から顔を出した。


「は〜い。あのね、王都を出たら〜南に向かってください。多分その頃には起きると思うんだけれど〜、2人して爆睡しちゃうかもしれないから念の為伝えておこうと思って」


「承知しました」


御者が軽く会釈をして小窓を閉めるとフロウはグイッとルーシェの服を引っ張った。


「ちょっと待って何で南?待ち合わせは北だよ?真逆じゃん」


「えぇ〜やだなぁフロウってば。追われてる身で素直に目的地に向かってどうするのさ。そこはちゃんとフェイント入れておかないとだよ」


「あ…」


「王都を出たのはすぐにバレるでしょ?そしたらこの辻馬車を使ったことも、すぐバレちゃう。なら一旦真逆の南に行って〜、あ、そうだ話の続きしなきゃ」


「話?」


「学生証の話だよぉ。辻馬車に乗る前に言ったでしょ?ただの身分証じゃないって」


「あぁ、そうだったね」


そういえば、偽学生証を捨てると言った時にそんな話をしたのを思い出した。


あの時は急にルーシェが走り出したので中断したのだったのだ。



「眠いから手短に言うね。今までは泊まる時に身分証代わりに使ってたでしょ?でもね、やっぱり学生証は学生証として、学生証ならではの使い方もしなきゃと思う訳ですよ」


「学生証ならでは?」


「そ。学生証、つまりボクらは学生ですよって証」


「うん、それはそうだね。分かってるよ」


手短と言いながら回りくどい。


夜だと自覚したせいでフロウも大分眠くなってきていたので少しイラッとしながら答えた。


「もぅ察しが悪いなぁ。ボクらは何しに来てるんだっけ?」


身分を偽装して遥々帝国から半分敵のようなマルコット王国に不法入国している目的…それは遺跡の調査だ。


この世界に点在する古代遺跡。


今までそれに触れるのは両国間でタブーとされてきた。


わざわざ協定まで結び、国を上げて大々的に禁止したのだ。


それを調査せよと極秘裏に命令が下った。


理由は分からない。


知る必要は無い。


「だから遺跡の調査…あ、そういうこと」


「ぴんぽーん!今までは〜怪しまれないようにコッソリヒッソリ調べてたじゃない?でももう半分バレてるし〜、これから行くのは田舎でしょ?王都と違って怪しまれてもすぐに動ける軍がいない。それに遺跡の調査が禁止されてる事自体、地方の方々は知らない可能性が高い。つまり堂々と調査できちゃうんだよ」


「なるほど、開き直るわけね」


「そ!研究のために〜って言えば大体の人が納得してくれる。そのための学生証なわけさ。地元の人にいっぱい話聞けたら楽になるよぉ。やっぱり地図だけじゃ限界があるもの」


「まぁ、ね」


元々、ルーシェもフロウも遺跡の専門家ではない。


国が用意した古代の大まかな地図だけを頼りに「何となくこの辺かな」という酷く曖昧な情報だけで探していただけなのだ。


それが「この辺に遺跡ありますか?」と堂々と聞けるようになるのは有り難い。


「でもバレたのは僕達の不法入国だけでしょ?目的が遺跡調査ってことは隠しておかなくて良いの?」


「そんなのもうバレてるよ」


「…え?」


「だから、バレてるの」


「…え?ちょ、待って待って、何で?」


「なんでって…ふぁぁ〜ボクもう眠いよぉ。また明日にしよ?ね?」


「いやいや待って無理だよ気になって眠れないよ!」


「じゃぁ、おやすみぃ〜」


「は?!ちょ、ルーシェ?!寝ないで!」


「ぐぅ」


「はぁぁぁぁ。何でこういう時だけお子ちゃまなんだよ〜」


一度寝たら起こすのは難しい上に無理に起こすと超絶機嫌が悪くなって面倒くさい。


フロウは諦めて寝る事にした。


気になって眠れないと思っていたが、目の前でスヤスヤと爆睡する寝顔を見ていたらいつの間にか寝ていた。


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