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殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
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search & seek 1

リリサ達のティータイムから少し遡って前日の夜。マルコット王国・平民街。


赤髪の二人組が早歩きで町外れへと向かっていた。


一人は長身で短髪に眼鏡、もう一人は彼の肩ほどの背しかない小柄な少年。


少し前まで飲み屋街にいたのだが、妙な気配を感じて慌てて立ち去ったところだ。


大股で歩く長身の彼に置いていかれぬよう、少年は小走りでついていく。


時々チラチラと後ろを振り返るせいで余計に遅れてしまうのだが、それでも気になって仕方がない。


「ねぇねぇ、フロウ。何で帰るの?ボクまだ眠くないよ?もっと美味しい物、食べようよぅ」


「それはまた今度ね。ちょーっとヤバそうな雰囲気だったんだよ。見たでしょ?貴族がいたの」


「あ、うん。青い髪のお兄さん。この国では貴族があんな所に来るんだねぇ。ボクびっくりしたよぉ」


フロウと呼ばれた長身の青年の問に少年が呑気に答えた。


のんびりした舌足らずな話し方はどこか楽しげだ。


「そんな事ないよ。周りの人も驚いてたっぽいし。貴族はどの国も同じでしょ」


「じゃぁ何しに来てたんだろぅ?」


「さぁね。でも遊びに来たって感じでもなかったから、僕らの邪魔しにきたのかもね」


「えぇぇ?!それは困るぅ」


少年は走りながらも頬に両手を当てイヤイヤと首を振った。


そんな彼にフロウは


「だから急いで逃げてきたんでしょーが…」


とため息混じりに呟いた。


「えぇぇ?!ボクたち逃げてるの?!どうして?ボク悪い事なんてしてないよぉ」


「あのねぇ、ルーシェ…」


「うわあああ!フロウ!フロウ!見て見て!」


フロウが少年・ルーシェに小言を言うべく口を開くと同時にルーシェが感嘆の声をあげた。


フロウは彼が「見て」と指さす方を見て思わず足を止める。


「わぁぁ!すごいすごい!噴水だぁ!ね!ね!すごいよね!フロウ!」


「…いや、すごいっていうか…」


子供のようにはしゃくルーシェと対照的に、フロウは空を見上げて呆然とした。


平民街のどの家の屋根よりも高く、水が吹き上がっている。


走るのに夢中になっていて気付かなかったが、良く見れば周りの家々から住民達が出てきていて皆同じ方を見ていた。


「誰か温泉でも掘り当てたのかなぁ。ふふふ」


「いやいや、そんな呑気な事を言ってる場合じゃないよ?!あれ少し前まで僕らがいた辺りでしょ!」


「あ〜、そういえばそうだねぇ。惜しいぃ〜。もう少しいれば近くで見られたぁのにぃ」


「そういう事じゃない!あ〜もう!」


どこまでも楽観的で事態を把握していなさそうなルーシェに苛立ち、フロウは地団駄を踏んだ。


そしてルーシェを小脇に抱えて走り出した。


「うわ、ちょ、なになに?!フロウってば!降ろしてよぉ!」


「話は後で!下宿屋に戻るよ!」


王国軍が来て調べたら自分たちの存在などすくにバレるだろう。


疚しい事しかしていないくせに何の細工もしていないのだ。


すぐにでも動かなければ捕まってしまう。



下宿屋に帰るなりフロウは荷造りを始めた。


着の身着のまま逃げたいところだが、証拠品を残していく訳にはいかない。


「ほらルーシェ、急いで荷物まとめて!」


「う、うん!わかったぁ〜」


数日分の着替えと携帯食料、筆記用具、偽造した身分証…急ぎつつ忘れ物のないよう慎重に詰め込んでフロウが顔を上げると、部屋には玩具が散乱していた。


「は?!なにこれ?!」


「うわぁ〜ん、フロウ〜。どうしよぉ、カバンに入らないよぉ〜」


「いや、だから何これ?!」


「ふぇ?おもちゃ!えへへ、もらったの〜良いでしょ〜」


仕事しないで何してるのとか現地人との接触はなるべく控えろとか嬉しそうに自慢してる場合じゃないとか、言いたい事は飲み込んで、言うべき事だけを口にする。


「…それは置いていこうね。ほら早く必要なもの詰めて」


「えええ?!何で?!」


「こっち来てから貰ったんでしょ?なら残していっても問題ないよ」


「あぁる!あるよ!問題大ありだよぉ!ボクの大事なおもちゃさん達だよ?置いていくなんてできません!」


ガバッと玩具の山を抱きしめてルーシェは駄々を捏ねた。


そもそも仕事で来ているのに玩具など…と本来なら根本的な説教をしなければならないのだが今は時間が無い。


とにかく荷造りをせねば。


「わかった、じゃぁカバンに入るだけ入れな。残りは僕のカバンに入れてあげるから。それでも入らない分は置いてく。それなら良いよ」


「……うん。ありがとぉフロウ」


「良いから早くカバン詰めて」


「は〜い!」



フロウは頭痛を覚え思わず頭に手をやった。


完全に子守りだ。


これなら自分1人の方がマシだったのでは、と思わずにはいられない。


けれど、そうはいかない事も重々承知しているので余計に頭が痛い。


気休めに頭痛薬を飲もうかと仕舞ったばかりの薬袋を取り出そうとしたが、いつの間にか入れられたトランプと人形達に埋まって見えなくなっていた。




「おや、ルーシェちゃん。こんな時間にどうしたの?」


「あ、大家のおばさん!こんばんは!」


「はい、こんばんは。出かけるの?お兄さんは?」


「それが〜先に行っちゃったんだぁ。ボク荷物まとめるの遅くって」


ルーシェは照れくさそうに頬をポリポリと掻いて背中の大きなリュックを見せた。


大家は来た時よりも大きくなっているリュックに全てを悟った。


この街では珍しくもないことだ。


「そう。行っちゃうのかい。あぁ、お代を返さないとねぇ。確か月末の分まで貰ってたから」


「えっ!それは良いよ!勝手に出ていくのはこっちだし色々とお世話になったし、それに玩具も貰ったしね!」


「えぇ?良いのかい?こっちは有り難いけど、お兄さんは何て言ってるの?勝手に決めて怒られないのかい?」


「良いんだよ。たぶんお兄ちゃんも同じ事言うよ。『お嬢さん、そいつはとっときな…ふっ』って!」


ルーシェが髪を払う真似をしてキメ顔をしてみせると大家は豪快に笑った。


「はっはっは!それお兄さんの真似かい?そんな事言うタイプにゃ見えなかったけどねぇ」


「いやいや、ああ見えてカッコつけなんだよぉ。似合わないけどね!ふふふ」


実際のフロウは全くそんな事はないのだが、本人がいないのを良い事に適当なことをペラペラと喋った。


一頻り笑い合ったあと、ルーシェはスっと大家に近寄り上目遣いで見上げた。


「んねぇねぇ大家さん。ボクお願いがあるんだ」


「ん?なんだい?」


「あのね、もしも〜誰かボク達のことを尋ねてきたら〜、んーと、『ちょこっとお出掛けしてる』って伝えて欲しいんだ。『ちょこっとしたら戻るから、また来てね』って言ってくれる?」


小首を傾げてルーシェは大きな目をパチパチさせた。


あざとい…否、わざとらしい。


彼らが「ワケあり」なのは初めから分かっていた。


「悪い事をしている」かもしれないというのも何となく。

けれど「悪い人」だとは思わなかった。


可愛らしいのに裏がありそうな「弟」もそうだが、あの真面目そうで嘘がつけなさそうな「兄」の方は余計にだ。


たった1ヶ月の付き合いだけれど、見事に絆されてしまった。


面倒事に巻き込まれると分かっていても彼の「お願い」に頷いてしまう程度には…。


「いいよ。可愛いルーシェちゃんの頼みだもんね」


「えっ、ほんと?!やったぁ〜!大家さんありがとぉ〜!」


「良いってことよ。お代、余計にもらっちまったし、この1ヶ月間楽しい思いをさせてもらったからね。こっちこそ、ありがとうね。お兄さんにもよろしく言っといておくれ」


わしゃわしゃと頭を掻き回しながら、大家は朗らかに笑った。


彼らが何をしようとしているのかは分からない。


おそらく「兄弟」だと言うのも嘘なのだろう。


もしかしたら全てが嘘だったのかもしれない。


けれど、おそらく二度と会うことはないであろう彼の、どこか申し訳なさそうな笑顔だけは本物だと信じて送り出した。




「お別れの挨拶は終わった?」


ルーシェが外に出ると、兄(仮)フロウが不機嫌顔で腕組みして壁にもたれていた。


誰にも気付かれずに立ち去るべきだというフロウを押し切りルーシェが駄々を捏ねたのだ。


「うん!ありがとぉ」


「じゃぁさっさと行くよ。見つかるのは時間の問題だから、なるべく急いで遠くに行かないと」


フロウは言い終わらない内に歩き出した。


この調子では命がいくつあっても足りない。


いつもワガママを聞いてあげる優しいオニイチャンではないのだと示さなくては。


「あ、待ってよ〜。追手なら少しは大丈夫だよ。大家さんにお願いしたから」


「は??」


「だから、大家さんにお願いしたの。誰かボクらを尋ねてきたら、ちょこっとだけ誤魔化してくださいって。たぶん、半日くらいは時間稼げるとおもうよぉ」


フロウは立ち止まり口を半開きにしてルーシェを見つめた。


この一見無邪気な少年の笑顔が、どこか作り物めいて見える。


そうだ、彼は『そういう子』だ。


「…それを言うためにわざわざ『挨拶』に行ったわけ?」


「ん?そだよ?だって黙って行ったら怪しさ100倍じゃ〜ん。何のために仲良くなったと思ってるの?使えるモノは使わないとねぇ。ま、オモチャが欲しかったのもあるんだけどね、えへへ」


てへ、と頬を掻いて照れ笑いするルーシェは他の子供と何ら変わらないように見える。


が、そう「見せている」だけに過ぎないのかもしれない。


正直、フロウにもどこまで本気なのかは判断がつかなかった。


「…用意周到なこって」


「えぇ?!なんでよ、ってゆ〜かこれ本当はオニイチャンのフロウがやる事だからね?いたいけな少年に何させてるんだか。しっかりしてよね〜」


「いや、まぁ、うん…お手数かけます…」


「ふふふ、頼りないオニイチャンを持つと弟は苦労しますなぁ」


本来なら、確かにそうだ。


「学生」のフリをして潜入している以上、それらしく振る舞わなくてはいけない。


ただ単に隠れて調査しているのなら誰とも関わらず誰にも何も知られず行動するべきだ。


けれど「学生」という隠れ蓑を用意しているのであれば、それを最大限に活かすのが最善手に違いない。


流石に味方に付けるとは思わなかったが、せめて怪しまれないようにするべきではあった。



「だから嫌だったんだ」と言うのは言い訳に過ぎない。


元々自分は乗り気ではなかった、というのも同じく言い訳だろう。


やると決めた以上は徹底すべきなのだが、やはり甘い。


それをこの少年に釘を刺されたのが情けないやら腹が立つやら。


流石に八つ当たりをするのは大人気ないので、彼の好きそうな軽口で誤魔化す事にした。


「はいはい、情けないオニイチャンですみませんねぇ。ってかいつまで『兄弟』設定やってるのさ?君みたいな弟、嫌なんだけど」


「えぇ?!嫌なの?!なんでよぉ、いいじゃん、楽しいじゃん、『ディノア兄弟』!ボクたち結構似てると思うんだよねぇ」


「似てないよ。髪の色が同じだけでしょ。大体さ、何で『ディノア』なの?こういう時は普通は『兄』である僕の苗字にするもんじゃない?」


2人並んで歩きながらポンポンと言葉を交わす様は息があっているようだが、やはり見た目は似ていない。


四六時中一緒に行動するのなら「友人」より「兄弟」と言った方が自然だろう、と決めた設定だ。


正直どちらが上でも良かった。


だが、これもルーシェの「ワガママ」だったので何か理由があったのかもしれないと思うと気になってきた。


「だったら尚更『ディノア』で良いよぉ。だってボクの方が大人だもの」


大した理由じゃなかった。


むしろくだらなかった。


「はぁ?ちびっ子が何言ってるの?」


「せいしんねんれいの話!それに『ルーシェ・ヴェルネ』って語呂が悪いじゃない」


「それを言うなら『フロウ・ディノア』だって響きが良くないと思うんだけど…まぁいいや。これっきりだし、コレももう使えないだろうしね」


フロウはポケットから偽学生証を取り出した。


偽物とバレているものをいつまでも持っていては逆に危ない。


どこで処分しようかと考えていると、ルーシェがスリのように指の間から鮮やかにカードを抜き取った。


「まだ捨てるのは早いよ。言ったでしょ?大家さんが誤魔化してくれるって。それに王立大はお堅い役人さんの管轄なんだってさ。チョー面倒くさい手続きがあるみたい。だからきっとバレるのはまだ先だよ」


ルーシェはカードを手で弄びながら得意げに胸を反らせた。


けれどルーシェの言うことには確証がない。


大家さんが裏切るかもしれないし、王立大の事だって噂で聞いた程度だろう。


信用するにはリスクが大きすぎる。




「そうかもしれないけど、ちょっと危なくない?途中で怪しまれて荷物検査なんてされたら終わりだよ。ルーシェは嫌かもしれないけど王都を出れば野宿も出来るしさ。特に使い道ないんだからこういう物は早めに処分しないと…」


「ちっちっち。甘いですよフロウくん。学生証ってのはただの身分証じゃぁないんだよ」


「どういう意味?」


「あ!フロウ走って!」


「へ?」


フロウの質問に答える前にルーシェは突然叫んで走り出した。


が数メートル行ったところで、ボーッとしているフロウを捕まえに戻ってきた。


「走ってってば!!」


「あ、う、うん!」


大きなタレ目を思い切り釣り上げて凄んだルーシェの迫力に押されて、訳が分からないまま一緒に走る。


子供のくせに足が速い。

否、子供だから速いのか。


どうでも良いことを考えていたからか歳のせいか(前者だと思いたい)、少し遅れ気味のフロウの腕をガシッと掴んでルーシェはスピードを上げた。


「あそこ!辻馬車!あれに乗るからね!」


「つ、つつつ辻、馬、しゃ?!ど、ど、ど、どこ?」


腕を掴まれているのと足が縺れそうなのとで上手く喋れない。


舌を噛みそうになるフロウだがお構い無しにルーシェは続ける。


「すぐ正面!あ〜もう出発しちゃいそぅ〜。待ってぇ〜乗ります乗りますぅ〜〜ボクたちも乗せてぇ〜」


ルーシェはフロウの腕を掴んだままブンブンと手を振った。


「いいいたたいたいたいいいたいたい痛い痛い痛い!」



2人分の叫び声に流石に気付いた御者は驚きつつ(ちょっと引きつつ)待ってくれた。


痛い思いをした甲斐があった、と思うことにした。

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