表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
4/40

position 1

面倒な手続きや報告を終えてリックが自室に戻ったのは空が白み始めた頃だった。


昨夜から大して休むことも出来ないまま、机に向かいペンと便箋を取り出す。


全く、国の機関とはつくづく面倒くさい。時間外だの上のサインだの部署が違うだの…これでは有事の際に動けないではないか。


と、柄にもない考えがグルグルと回る。


そんなのはいつもの事、今更なはずなのに今日はどうにも気になってしまう。


その理由はリック自身も分かっていた。


これからしなければならない事を思うと憂鬱で仕方ないのだ。こうなると何もかもが気に入らない。


頭を抱えブツブツと文句を言いながらペンでコツコツと便箋を叩き、ついに貧乏ゆすりもし始めた。


そこへコンコンと控えめなノックがされ、リックが返事をする前に扉が開けられた。


「大尉〜?いらっしゃいますか〜?…あ、いた」


「…なんだ、ルゼール」


「何だ、じゃないですよ。もう、何で会議室にいないんですか?」


リックの直属の部下であるルゼールが不満げに尋ねた。彼の不機嫌さには気付いていても気にせず普段通りだ。


このルゼールという青年は貴族でありながら、どこか気品に欠ける。

別に下品という事もないのだが、なんというか、平民の若者風に言うならば「チャラい」のだ。


上官に対しても臆する事なく物申す様はリックも気に入っている所ではある。

が、空気を読めと言いたくなる時もある。言わないけれど。


「…別に会議する程の事件でもないだろうが」


「そりゃただの事故ならそうですけど、そうじゃないんですよね?何か面倒な感じなんでしょう?大尉自らわざわざ現場まで行くくらいですし」


相変わらずズバリと言い放った。


しかしルゼールの疑問も尤もだ。


ただの事故なら大尉であるリックが関わるような事では無い。もっと下の、それこそ新人達で十分だ。リックはその報告を受け取るだけで良い。例え今回のように「人為的な」事故であっても、リックの仕事はルゼール辺りに指揮をとれと命じて報告書に判を押すだけだ。


しかし今回はリック自ら現場に赴き、更には上への報告もしている。不思議に思われるのも当たり前だ。




「まぁ、そうだな。…じゃぁ言い方を変える。『俺たちが会議するような事件じゃない』これで良いだろ?」


「はは〜ん、なるほど。大尉よりもっと上の上の問題って事ですか」


ルゼールは腕を組みウンウンと頷いた。


彼は言動とは裏腹に頭の回転が速く賢い。そこもリックが気に入っている所だ。


「そういう事だ。で、赤髪の二人組について何かわかったか?」


「え?あぁ、それなりに分かりましたけど…そこは調べて良いんですか?」


「上の問題は『青髪の貴族』と『バーの店主』の事だけだよ。赤髪のやつらは俺たちの管轄だ。残念ながらな」


リックは深くため息をついて天井を見上げた。


憂鬱が近付いている気がして現実逃避を試みる。が、ルゼールがそんな事を気にするはずもなく、「そっすか」と軽く返事をして報告を始めた。



「えー、店の近所の人達の話によりますと、1ヶ月ほど前からあの辺をウロウロしてるみたいですね。どうも下宿屋にいるようです。特徴は大尉が言ってた通りの赤髪眼鏡長身短髪青年と赤髪少年。青年の方は20前後、少年は15くらい。貴族ではなさそうですけど、たぶんヴァンデス帝国から来たんじゃないかと。今の所は以上です」


「帝国か…。見つけたらとりあえず軽く職質しとけ。浸水の被害を調べてるとか何とか適当に」


「了解です。あの……それ、手紙ですか?酷い事になってますね。熟れたバナナの皮みたい」


「あ?」


ルゼールに指摘されて手元を見ると、ペンでつつかれて黒点と穴だらけになった便箋がヨレヨレになっていた。


ルゼールが報告している間、貧乏ゆすりは止めていたがペンは無意識にコツコツと叩き続けていたらしい。


リックは軽く舌打ちをして、無駄にしてしまった高級紙を丸めてゴミ箱へ放り投げた。




マルコット王国と隣国・ヴァンデス帝国の関係を一言で言えば「可もなく不可もなく」といったところだろうか。


過去には色々とあったが、今現在、戦争をしている訳ではないし国交断絶という事もない。


が、かといって友好国とも言い難く、お互いの国への行き来はかなり制限されている。


現在、国から許可されているのは主に4つの事柄であるが、そのどれにも細かい規制が設けられていた。


まずは観光。


手続きに年単位の時間と(平民の)年収レベルの金が必要とされる。さらに身元の証明が必須となるため平民はなかなか難しい。


ちなみに行先については事前申請が必要かつそれ以外の場所への立ち入りはできない。


それでも行きたがる物好き(時間と金を持て余した貴族)はどちらの国にもそこそこいるので、両国とも所謂「観光地」はあるし一応は黒字なので商売は成り立っているが、数は多くはない。


そして交換留学。


これは政府の支援もあるため費用面では多少楽ではある。


しかし手続きが面倒な上、審査が非常に厳しい。成績、人格、普段の素行はもちろん、教師、貴族達からの推薦も必須だ。


さらに国立大の入試より難しいとされる最終試験をクリアする必要もあるため、かなり狭き門となる。


次いで仕事。


ビジネス面でも国家を跨いでの交易となると厳しい審査をパスした選ばれた商人、ギルドにしか許されていない。


身元の証明は当然のこと、それこそ何年もかけて積み上げた信頼と実績が必要となる。


最後に冠婚葬祭。


今の所、国際結婚は認められている。


そのため家族、親族が2国に別れて生活している場合、冠婚葬祭に限り金銭、時間などをあまりかけずに身分の証明だけでの入出国が可能だ。


ただし滞在日数に制限あり。



さて、そんな中、例の赤髪の2人組は堂々と入国している。


はたして本当に正当な理由があって正規の手続きをして来ているのか、はたまた相当な後ろ盾があって違法な手段で来ているのか。


おそらくは後者だろう、とリックは推測…否、確信していた。


根拠はシャルルが調べろと言ったから。


それだけと言えばそれだけだが、リックにとっては十分すぎる根拠だ。





「仮に、あくまでも仮にだが、赤髪の2人組が不法入国しているとして、どうやったと思う?」


リックはコホンと咳払いをして手招きでルゼールを呼び寄せた。


偽装するならどれが最も簡単か。


質問の意図を的確に汲み取り、ルゼールは「そうですね…」と少し考える。


「入国だけなら商人に化けるのが一番でしょうね。彼らは積み重ねた信頼と実績を身分証明にしてますが、それはあくまで「店」単位です。許可が必要なのは店主あるいはギルド長、または店そのものであって下の従業員やギルドメンバー一人一人については基本的に不問ですから。極端なことを言えば店主さえ誤魔化して更に気に入られてしまえば簡単に入国出来ます」


「まぁ、入国だけならそうだろうな。だが商人となるとその後の動きが制限される。基本的に監視がつくからな。」


「そうですね。1日、いえ数時間なら監視を撒くことも可能でしょうけど、彼らは1ヶ月近くウロウロしていた。それを考えると冠婚葬祭も日数制限で不可ですし、あの飲み屋街は観光地ではない上に彼らはホテルではなく下宿屋にいた。とすれば、やはり留学が妥当かと思います」


「……だよな」


リックは苦々しく頷いた。


認めたくない、そうであって欲しくないと顔に書いてあるようだ。


「個人でなく裏に誰かいた場合は?」


「…つまりそれなりの力を持った誰か、組織か、大元の帝国政府が支援している場合ですね?それでも同じです。やはり留学が偽装しやすいでしょう」


「…だよな」


リックはまた同じ顔で同じ事を言った。



「それで、何なんです?こんなこと俺に意見求めなくても大尉なら分かるでしょう?」


「う……それは、そうなんだが…一応他に考えられる可能性はないかとか、念のため聞いてみただけというか…」


リックは図星をさされ歯切れ悪くブツブツ言いながら目を逸らした。


ルゼールの指摘どおり、そんな事は分かっている。それでも違うと言って欲しかった。


というか現実逃避がしたかった。





「ないですね、残念ながら。留学一択です。ってことでさっさと連絡してください。王立大は手続きが面倒だと聞きますから早めに……って、あ〜なるほど。そういう事ですか。それで便箋があんなことになってたんですね」


ルゼールの若干呆れを含んだ声にリックはギクリと肩を揺らした。


ルゼールが察しが良いのかリックが分かりやすいのか。前者だと思いたい。


「そんなに嫌なんですか?お義兄さんに手紙書くの」


「『お義兄さん』って言うな!あれはあくまでも『婚約者の義兄』だ!」


「何でも良いですけど、仕事なんですから割り切って下さい」


「普通に情報開示請求…」


「してたらいつになるか分からないですよ?王国軍から王立大へ、なんてどっちもクソ面倒くさい事ばっかじゃないですか。あっちへこっちへグルグル回って、挙句、規則規則で融通が効かない…正規ルートだと何日かかるやら。赤髪の2人組、逃げられちゃいますよ?」


「うぐ……」


ド正論をかまされてリックは反論出来ずに唸った。


そんな事は先刻承知なのだが、それでも、仕事とはいえ『彼』に頭を下げるのは嫌なのだ。


けれど避けられないのもまた事実。


「婚約者の義兄」がいるのに彼を通さずに進めてしまえば角が立つし、世間体的にまずい。それに婚約者である『彼女』の立場もある。


「あ、他の大学の可能性…」


「はありません。今、留学制度を取っているのは王立大だけです。じゃ、そういうことなので諦めてさっさと手紙書いてくださいね。その間に赤髪の2人組に職質させますので」


ルゼールはピシャリと言い放ち退室した。


扉が閉まるまで見送って、リックは頭をワシャワシャと掻き回してた。

ただでさえまとまりの悪い白金の髪が寝起きのように乱れる。


「うぉぉぉ〜書きたくねぇぇぇ」


リックは低く唸って頭を抱えた。


が、特に打開策もなく、緩慢な動作で再び便箋を取り出した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ