Unkown world 8
聞き込みと言っても軍人がウロウロしている中で目立つ行動は出来ない。
四人はそのまま裏路地を進んで行った。
人通りは少ないが誰も来ない訳ではない。その内誰かしらに遭遇するだろう。
などと話しながら歩いていると、裏口から出てきた飲み屋の店主らしき壮年の男と鉢合わせた。
「うぉっ!ビックリした。何だアンタ達ぞろぞろと。訳ありか?」
「あ〜、いや、そんな大層なもんじゃない。ただ向こうの喫茶店に行こうとしたら軍人達が厳つい顔して立ってたんだよ。疚しいことはないが余計なトラブルに巻き込まれるのはゴメンだからな。裏から行くことにしたんだ。関わらないに越したことはないだろ?」
フィリウスは咄嗟に嘘とも真ともつかない説明をした。
男は疑う様子もなく、なるほどと頷いた。
フィリウスは目深にフードを被っているし、その後ろには場違いな雰囲気の若い女が三人もいる。怪しい事この上ないのだが、ここでは珍しくもない。
店に入れば厄介事に巻き込まれやしないかと警戒はされるが、通りすがりに立ち話をするくらいは問題ないのだろう。
「そりゃ違いねぇ。アンタ達あんま見かけねぇ顔だな」
「あぁ、知り合いから良い喫茶店があるって聞いて来たんだ」
自然な会話の流れでフィリウスはカサブランカの話題に誘導する。
それに気付いた三姉妹は「そうそう」と後ろから援護射撃のつもりで会話に加わった。
「とっても美味しいコーヒーを出すんだってね。豆が良いのかしら」
「一度飲んでみたいと思ってたの」
「それでわざわざ来たのよ」
ニコニコとフィリウスの嘘に乗っかる彼女達に、男は「はぁ?」と驚きの声を上げた。
フィリウスもギョッとして三人を振り返る。
予想外のリアクションに三人は「え?」と固まった。
「おいおい姉ちゃん達、何言ってんだ?」
「じょ、冗談だよ、冗談!彼女達は奉公先を追い出されて新しい仕事を探しに来たんだ。この辺に雇ってくれそうな良い喫茶店があるって聞いて。な?そうだよな?」
フィリウスはカッと目を見開いて三人にプレッシャーをかけた。
頷け頷け、と威嚇する野生動物のような形相で念を送る。
意味は分からないが言いたい事は伝わったようで、三人は
「えぇ、冗談ですわ、おほほほ」
「そ、そう冗談冗談!」
「おほほほ」
と白々しく頷いた。
「な、なんだアンタら気色悪いな、変な喋り方して…」
「あ、あー!すまない!実はな、彼女達は奉公先で色々あって…その、精神的にちょっと…ほら、珍しい髪色してるだろ?それで…」
とフィリウスはやたらと深刻そうな顔を作り、声を潜めて言いにくそうに最もらしく嘘をついた。
「あぁ…なるほど、辛い目にあって病んじまったのか」
「そ、そうなんだ。彼女達は自分の事を貴族の令嬢だと思い込んでるんだ」
「それであんな喋り方してんだな。可哀想に…強く生きろよ」
「あ、あぁ。気遣い感謝する」
壮年の男は三人に同情的な目を向け、フィリウスの肩をポンポンと慰めるように叩いた。
「ところでその喫茶店てもしかして『カサブランカ』じゃねぇか?この辺で人を雇うほど儲かってるのはあそこくらいだと思うが」
「あぁ。知ってるのか?」
「まぁこの辺じゃ一番古い店だからな。皆知ってるさ。この間の騒ぎで更に有名になったがな。あ、残念だが求人募集はしてねぇと思うぞ」
騒ぎと言うのは噴水事件の事だろう。
フィリウスは内心で「ビンゴ」と呟きこのまま情報を聞き出す事にした。
その後ろで三人はこれ以上ボロを出さないよう沈黙を守る。
「騒ぎって?」
「それがよ、急に店から噴水みてぇに水がドバーっと溢れ出したんだ。そりゃもう凄い勢いでなぁ。店なんか跡形もなくなっちまった。俺ん家まで浸水してきやがって散々な目にあったぜ」
「へぇ。そりゃ大変だったな。じゃぁあの軍人達もそれ関連か?」
「多分な。あの夜からずっといるみたいだから、そうじゃねぇかな。だが理由が分かんねぇってんで皆不審がってるよ」
男は顔を顰めて肩を竦めた。
「警戒してるんじゃないか?また同じ事があったらすぐに対処できるように待機してるとか」
フィリウスは白々しく首を傾げた。
噴水が自然発生ではなく人為的である事も、犯人がシャルルである事も知らないフリをする。ここでは「見かけない顔」の自分達が知っているのは不自然だ。
「同じ事?あぁ、ありゃ事故じゃねぇよ。俺も最初は地下水が溢れたんだと思ったんだが、どうやら誰かが何かしたらしいんだよな」
「誰かが何か?」
「それがよ、ここだけの話、犯人は貴族なんじゃねぇかって噂なんだ。しかも上級も上級のお偉方らしい。何でも、その噴水があった時間に店の辺りで『青髪の貴族』を見かけた奴らがいるんだってよ」
ここでも噂になっているシャルルにフィリウスは眉を寄せた。
リックの様子から察するに軍は『青髪の貴族』の事を隠したがっているようだったが、ここの住人たちには完全にバレているようだ。流石に平民には彼がアシュレイ公爵とまでは知られていないとは思うが。
フィリウスの表情をどう解釈したのか、男はどこか嬉しそうにニヤリと笑った。
「な?変な話だと思うだろ?貴族のお偉方がこんな所に来る時点でおかしいのに、噴水なんて意味不明過ぎんだろ。俺の勘だが、こりゃ裏で何かとんでもねぇ事が起こってんだよ。間違いないぜ」
彼の勘の通り「国家の危機」とかいう「とんでもねぇ事」が起こっているのだが、それを知ったら流石にこんな風に呑気に面白がってはいられないだろう。
いや、平民からすれば国家などどうでも良いかもしれない。実際、フィリウスもウィンディア家に養子に入る前は考えた事もなかった。
だからこそ、情報収集がしやすい。
彼らにとっては噴水も国家も「ちょっと刺激的なニュース」でしかないのだから。
「裏…のことは分からないが、確かに妙だな。犯人が分かっているのにいつまでも軍人がここにいるのは何かありそうだ。その貴族様がここに潜伏してる訳じゃないんだろ?」
「それはないな。っつっても目撃者はいねぇんだがよ」
「犯人が現場に戻ってくるのを待っている…にしては目立つな」
「だろ?他に何かあるのかもしれねぇよな。ま、俺たちとしちゃ噴水の被害さえ補償してくれりゃ何でもいいんだけどよ。あの軍人たちもそう長居はしねぇだろうし、居心地悪ぃのもあと少しの辛抱だ」
「そうだな。早く日常に戻ると良いな」
「おう、あんがとよ。アンタ達も仕事見つかると良いな」
「あぁ、ありがとう」
少しスッキリした顔で去っていく男を見送り、四人はまた歩きにくい路地を進む。
フィリウスと男の会話はご令嬢方には分からない部分も多かったようで、質問攻めが始まった。
「どうして私達が仕事を探してるって事になったの?」
「そもそも仕事って探す物なの?」
「……そこからか。お前たちは仕事も家名や財産や土地のように親から子へ相続される、と思ってるんだろ?そして一生同じ仕事を続ける、と」
「違うんですの?」
「だって仕立て屋さんはお父様もお爺様もずっと前から仕立て屋さんだったし、仕立て屋さんの子供も将来は仕立て屋さんになるじゃない。庭師も執事もメイドも馬車の御者も皆そうだよ?」
「それは上級国民の話だろ。ここらの平民とは違う。平民の失業率、知らないのか?」
「あ……習った、と思う。仕事をしていなくてお買い物ができない人が多いって」
「仕事ができなくて、食料が買えない人、だ。とにかく、ここには仕事を探している人が多い。だから俺たちもそのフリをした。それだけだ。職探し以外に別の街に行く事なんてないんだからな。『美味しいコーヒーが飲みたくて』なんて以ての外だ。そもそも、コーヒーに美味しさなんて求めてないんだよ。あれはただの眠気覚ましで、動かない体に鞭打って働くための飲み物だ。貴族のティータイムと一緒にするんじゃない」
知らなかったのだから仕方ない。
そう理解しているのに感情はそう簡単に割り切れない。
彼女たちに罪は無いのにどうしてもキツい言い方になってしまう。
「この話は終わりだ」
これ以上続けたら怒鳴りつけてしまいそうだ、とフィリウスは話を無理やり終わらせた。