Unkown world 6
「詳しくっつっても俺たちも分かんねぇ事ばっかなんだが…兄ちゃん『カサブランカ』って店は知ってるか?東通りの真ん中くらいにある」
「えぇ、お名前だけは。何でも老舗のバーだとか」
「ははっ、老舗ときたか。確かにここらじゃ一番古いかもな。スティーブ…あぁ、今のマスターの事だが、それの爺さんが始めたんだ。100年くらいにはなるんじゃねぇかな」
「開かずの扉は最初からそこにあったらしいぜ。店の奥の便所の、更に奥にあるんだ」
「ほぉ。まるで何かを隠してると言わんばかりですね」
「そうなんだよ。怪しいだろ?明らかに何かあるって思うだろ?」
「えぇ、思いますとも!是非それは開けてみたいですね!」
ディクは玩具を見つけた子供のように頬を上気させた。
ビジネスと言っていたが、純粋に興味もあったのかもしれない。彼は楽しげに先を促した。
「俺たちも開けてみたいとは思うんだが、それがなかなか難しくてな。ただのボロい木の扉だってのにビクともしねぇんだ」
「ガキの頃は毎日のように押しかけては挑んでたな。殴る蹴るはもちろん全員で思い切り体当たりしたり…最終的には鉈やノコギリなんかまで持ち出してよ。それも無駄だったがな」
「あぁ、懐かしいな。何やっても弾かれちまって扉より先に俺たちがボロボロになってスティーブの爺さんに良く笑われたっけ」
ははは、と当時を思い出しながら三人は懐かしそうに杯を煽った。
子供にとっては良い娯楽…否、ちょっとした冒険のようだったのだろう。まるで難攻不落の城に攻め込む勇者にでもなったかのような。
「笑われた…?それはつまり店主は容認していたのですか?何か隠しているのだとしたら扉に近付く事さえ嫌がりそうだと思うのですが…」
ディクの質問にフィリウスも内心で同意した。
子供が簡単に出入りできる場所にある事も、それを止めるでもなく怒るでもなく彼らの好きにさせている事も、軍が関わるような何かを隠してるにしては不自然だ。
「あぁ、何か、ご自由にどうぞって感じだったな。開けられるもんなら開けてみろって言われた事もあったくらいだ」
「子供の力ではビクともしないと高を括っていたのでしょうか?」
「いやいや、あれに挑んでたのは俺たちだけじゃねぇよ。近所の大人達はもちろん、高名な魔法使い様が開けに来た事もあったんだぜ。結局ダメだったらしいが」
「魔法も効かない、と?」
「あぁ、俺たちの使う魔法とは違う魔法で封印されてるみたいだな」
長髪の鋭い目付きの男が答えると、それは初耳だったらしい二人が目を丸くした。
「あぁ?何で分かるんだ?」
「お前、魔法得意だったか?」
「いや詳しくは分かんね。何かそんな話してるのを聞いただけだ」
「聞いたっけか?お前そんな昔のこと良く覚えてるな」
「いや、これは子供の頃の話じゃなくて割と最近だ。たまたま一人でスティーブんとこ行った時に居合わせたんだ」
「あ〜、たまにいるよな。力試しに来るやつ」
どうせ無駄なのにな、と小太りの男は鼻で笑った。
彼らはもう諦めているのだろう。
自分たちはもちろん、もはや誰にも開けられないと。
「ますます興味深い!許されるのなら私も挑戦してみたいものですね。と言っても私は特別に魔法が得意な訳ではないんですけれど。……ちなみに、裏はどうなっているんですか?どなたか見た事は?」
「「裏?」」
「えぇ、扉の裏です」
お嬢様三人組も男達と同じように「裏?」と不思議そうに呟いた。
彼女達にその発想はなかったのかもしれない。
けれどフィリウスは「裏」が一番重要な気がしていた。そして恐らくディクもだ。
男達や近所の人々、そして力試しに来たという魔法使い達。
彼らは最初こそは開けた先に何があるのか知りたいという好奇心だったのだろう。
それがあまりに難攻不落すぎるせいで、今となっては「開かずの扉を開けること」自体が目的になっているように思える。
開かないと言われると開けたくなるのが人の性というもの。フィリウスとて魔法師の端くれ、こんな状況でなければ挑戦してみたいと思うだろう。
けれど、今回は扉そのものではなくその先、扉の向こうにあるモノが目的だ。
そこには軍が関わっている…否、隠したがっている何かがある。
もしかしたらディクの目的も自分たちと同じなのかもしれない、とフィリウスは僅かに警戒心を強めた。
「ねぇねぇ、兄…フィリ。扉の裏ってどういう意味?」
エレナが囁くように尋ねた。
フィリウスも同じように声を抑えて返す。
「一般的に考えて、扉を開けると何がある?」
「開けると…お部屋?」
「玄関なら外に続いてる」
「バルコニーや中庭へも行けますわ」
「例の扉はバーの奥と言っていただろ?つまり建物の端だ。そのまま裏口みたいに外に続いている可能性もある」
「なるほど裏口!それなら建物の外から見れるね!あれ?開かずの扉が裏口って、つまりそれってただの壁なんじゃないの?意味無いじゃん」
「本当にただの『開かない扉』ならそうだな。だが封印されている。そう簡単な話じゃないだろ。そして、扉が建物の最奥じゃなかった場合…外へ続く扉ではなく、その先に部屋のようなスペースがあったとしたら?」
「だから『裏がどうなっているか』と聞いたのですね、あの方は」
「あぁ。外へ続くのか部屋があるのか。どちらなのかによって意味が大分変わってくるんだ」
フィリウスの説明に、三人はなるほど、と頷いた。同じ頃ディクの方も説明が終わったようで、男達も質問に答え始めた。
「あぁ、そういう意味か。確か子供の頃に見に行った事あったよな?扉があまりにも開かないんで外から見てみようって」
「あったあった。あの店の裏は裏口以外は全面壁だったぜ。だからあの扉は外へは続いてねぇな」
「裏口は裏口で別にあったよな」
「では『開かずの扉』の先には部屋があるという事ですね?」
「多分な。大きさ的には部屋っつーか物置くらいだろうけど」
男達の答えにディクは「ふむ」顎に手を当て黙考し始めた。
「言っとくがよ、兄ちゃん。外から壁を壊そうなんて考えてんなら止めときな」
「おっと、お見通しでしたか」
「俺たちも同じこと考えたからな。まだガキの頃だったが、あの時は普段温厚なマスターが鬼のように怒って言ったんだ。『死にたいのか』って」
物騒な言葉にディクは「なんと…」と呟き、お嬢様三人は言葉を失っていた。
そしてフィリウスはコーヒーを飲み干し素早く頭を回転させた。半ば予想していた事であったが、おそらく確定だろう。
目的はまだ分からない。
けれど、シャルルの犯行(?)理由は間違いなく『開かずの扉』だ。
「出るぞ」
フィリウスはそれだけ短く言うとおもむろに立ち上がった。
「マスター、ご馳走様。金、置いておくぞ」
「えっ、にい…フィリ待ってよ!」
「リリ姐、行くって」
「もうですの?私まだコーヒーが…」
「いいから。ほら立って。置いてかれちゃう。エレナ、カバン」
「っとと、そうだった。フィリってば急にどうしたんだろう?」
「話は後。早く追いかけよう」
「う、うん」
「待ってください、ますたー様にご挨拶を…」
「いらない」
出る時にいつもの癖で優雅に一礼しようとするリリサの腕をアメリィが無理やり引っ張り三姉妹は慌ただしく出ていった。
その様子を、ディクは鋭く一瞥した。
「あの方達はこの辺りの方…ではありませんよね?」
「ん?あぁ、どうせお忍びで来てた貴族の嬢ちゃんだろ。関わらねぇ方が良いぜ」
「貴族ですか。よくあるんですか?その『お忍び』とやらは」
「そんなよくある事でもねぇけど珍しくもねぇな。この間も青い髪の貴族が来てたしよ」
「『青い髪の貴族』…?」
「あぁ、この辺じゃ専らの噂だよ。あの噴水はアイツがやったんじゃねぇかってな」
「考えるまでもなくアイツで決まりだよな。動機はイミフだがよ」
男達の話にディクは数瞬だけ真顔になった後、営業スマイルを貼り付けて大袈裟に驚いてみせた。
「噴水!そんな事があったんですか!それはそれは大変でしたねぇ。よろしければそちらも詳しくお話を伺っても宜しいでしょうか?商人の端くれとして、お困りの皆様にお役に立てるようなご提案をさせて頂きますとお約束致しましょう!あぁ、お飲み物のお代わりはいかがですか?遠慮せずどんどん注文してくださいね」
無意識に焦りを誤魔化すかのように、ディクは早口で捲し立てた。