Unkown World 4
翌日。
「三姉妹」は平民街の端で物珍しそうに周囲を見回していた。
明らかに不審な行動に「知人」フィリウスは態とらしくため息を吐いた。
「キョロキョロしない。昨日見せた地図、覚えてるだろ?飲み屋街はあっちだ」
「「「は〜い」」」
フィリウスを先頭に、三人はゆっくりと歩き出した。
靴も道も歩き慣れないせいで恐る恐る歩いているのが、はたから見たらバレバレだ。
その割に妙に姿勢が良いものだから逆に目立っていた。
「まぁ、あちら見てくださいまし。窓に服が吊るされていましてよ」
「本当だ。なんでだろう?」
「おい、キョロキョロするなって。観光じゃないんだぞ」
フィリウスが小声で窘めるが、三人は気にせず話を続ける。
「ねぇねぇ、にいさ...フィリ、知ってる?」
「はぁ.....あれは洗濯物を乾かしてるんだよ」
「何故あのような所に?」
「太陽と風に当てて乾かしてるんだ」
「太陽?火の魔法じゃないの?」
「それには高度な魔法技術がいるんだ。平民には無理なんだよ。燃やすのがオチだ」
「そうなんだ...大変だね。でもあんな所じゃ丸見えだよ。下着とか恥ずかしくないのかなぁ」
「他に場所がないんだから仕方ないだろ」
「お庭とか中庭側のバルコニーとかは?」
「ンなものある訳ねぇだろ」
「まぁ...」
「ないの?」
「ないんだ...」
しょぼんと同情の眼差しで風に揺れる下着を見詰める三姉妹。完全に不審者だ。
彼らにとってはそれが当たり前で、哀れまれる謂れはない。むしろ失礼なのだが、やはり彼女達は気付かない。
「ジロジロみるんじゃない」
「「「は〜い」」」
フィリウスはなるべく早くその場を離れようと足を速めた。
凸凹の道を右へ左へと迷わず進む。
飲み屋街まで後少し、という所でリリサが足を止めた。
「お花、買ってください」
「お花?」
5歳くらいの痩せた女の子がリリサの服の裾を掴んでいた。
手には花が一杯に詰められた籠を持っている。
「あら、綺麗ね。何というお花かしら?」
「え?なんという...?」
「お花のお名前は?」
「えっ、し、知らない...お兄ちゃんに売って来いって言われただけだから...えっと、お姉ちゃん買ってくれる?」
少女は戸惑いながらも言いつけを守ろうと、小さな白い花をリリサに渡そうと手を伸ばした。
リリサが受け取る寸前、フィリウスが横から割り込んだ。
「悪いが他を当たってくれ。行くぞ」
「えっ...ま、待ってください。私あの子とお話を...」
フィリウスはリリサの訴えを無視して手を引いて歩き出した。
アメリィとエレナも困惑顔でついていく。
角を曲がり少女の姿が見えなくなると、フィリウスは立ち止まりリリサの手を離した。
「あの子は何故あんな事を?」
「あんな事、とは?」
「お花を買って、と言っていましたわ」
「売ってるんだよ、花を」
「そ、それは分かりますわ。ですが...」
「じゃぁ何が疑問なんだ?」
「ですから、花をあんな風に売ってどうするのです?」
「どうする?どういう意味だ?」
心底意味が分からない、という顔で二人はお互いに首を傾げた。
「例えば、あの花...確かに綺麗でしたけれど、その、屋敷に飾るにも贈り物にするにも些か貧相でしょう?籠にあったのは同じ花ばかりでしたし、花束にもなりませんわ。庭に植えようにも根がありませんでしたし...何のために売っているのです?」
そう純粋に問うリリサの後ろでアメリィとエレナも頷いた。
フィリウスは彼女達の疑問に「あぁそうか」と妙に納得した。
貴族にとってはそれも理解出来ないことなのだと、分かってはいたけれど実感してしまった。
けれど、それを説明した所で何にもなりはしない。
貴族の社会見学に付き合う義理もない。
「そんな事は今は関係ない。先を急ぐぞ」
フィリウスの声が少し怒っているように聞こえて、三人はこれ以上の追求は諦めて後について歩き出した。
飲み屋街は今までの通ってきた居住区とは違い、僅かに空気がピリついていた。
あちらこちらに軍人と思しき厳つい男達が見張りのように立っており、道行く人々は忌々しげにチラチラと視線を送っている。
「な、なんか怖いね...」
「変な緊張感」
「余所者にあんな風に居座られて良い気はしないだろ」
「余所者って、街を守る軍人さんなのに……」
将来の夫と義兄のリックを思い姉妹はショックを受けたが、フィリウスは
「でも貴族だ」
と当たり前のように淡々と返した。
「気をつけろよ、アイツら怪しい動きをしたら飛んでくるからな」
「怪しい動き?」
「あぁ、例えば...」
フィリウスが説明しようと振り返ると、一番やらかしそうなリリサがいなくなっていた。
彼女は道端に転がる中年男性に声をかけているようだ。
「もし、そこの方。このような所でお休みになってはお風邪を召されますわ」
「んぁ?なんだ姉ちゃん、客引きか?俺ぁもうすっからかんだからよ...」
「私、あなたの『姉ちゃん』ではありませんわ。それより起きてくださいまし。それともお身体の具合でも?」
どう見てもただの酔っ払いなのだが、そんな人間は見た事がないのだろう。
リリサはむにゃむにゃと微睡む中年に手を伸ばした。
フィリウスはその手をギリギリの所で捕まえた。
「リリサ、何してるんだ?行くぞ」
「でも、この方が...」
「気にしなくて良い。放っておけ」
「お医者を呼んだ方が良いのではなくて?」
「必要ない。だだの酔っ払いだ。ここは危ない、早く離れよう」
グダグダと問答をしている間に酔っ払い男が覚醒したようだ。
ムクリと起き上がり嫌らしくニタっと笑った。
「姉ちゃん、綺麗な髪してんなぁ。こりゃ良い値がつくぞぉ」
「え?そ、そうかしら。お褒め頂きありがとうございます」
「リリサ、そういう意味じゃない。悪いな、おっさん。売るつもりはねぇよ。じゃぁな」
フィリウスはリリサの手を掴んで歩き出した。
酔っ払い男は追ってくる様子はないが何やら喚いている。
騒ぎになるとマズイ、と4人は近場の路地へと逃げ込んだ。
「よろしかったのでしょうか…?」
リリサは来た道をチラチラと振り返りながら呟いた。
「リリサ、酔っ払いに不用意に近付かないでくれ。あと口調が元に戻ってる」
「まぁ、嫌ですわ、私ったら。ごめんなさいね」
「はぁ…………」
「ねぇ、にい…じゃなかった、フィリ。さっきの男の人が言ってたのってどういう意味?良い値がつくとか何とか…」
「ん?そのままの意味だが?」
「そのまま?」
「そんな事より、先に進むぞ。長居するとどんどんボロが出てくる」
路地は薄暗く道端も狭い上に障害物が多かった。
洗濯物や壊れた家具が置いてあったり、大きなゴミ箱や空の酒樽、生ゴミが散乱している所もある。
慣れない三人はスタスタと歩くフィリウスを追いかけるのに必死だ。
彼女達は踏まないよう、ぶつからないよう、気を付けながら進むが、フィリウスは気にしないらしい。
地面に落ちたゴミや洗濯物、ガラスの破片など、遠慮なく踏みつけて行く。
道を塞ぐ酒樽なども蹴飛ばしたり放り投げたりと、普段の温和な彼からは想像できない程の暴れっぷりだ。
それにビビりながら、一応、目的の店を探すべく一件一件建物を見ていった。
が、見えるのは似たような裏口ばかりで、もちろん看板はないし人もいない。
とはいえ、件のバーは噴水で破壊されたため営業はしておらず、今はとりあえず仮の掘っ建て小屋があるだけらしい。
「ここだ、表に回って様子を見よう。……と、その前に」
フィリウスは口をへの字に曲げてジト目で振り返った。
「『平民らしい言動』、本当に出来るんだろうな?特にリリサ」
「う、うん!もちろんで…だ、よ!」
「本当に?」
「ほ、本当に!」
「スカート持ち上げるの禁止、胸に手を当てて礼をするのも禁止、笑う時に口に手を当てるのも禁止、ゆったり歩くのも禁止!」
「う、うん!」
「店に入った時はカバンは預けない、自分で持つ。椅子に座る時は引いてくれるのを待たない、さっさと座る。落としたものは自分で拾う。ナプキンもフィンガーボールもなし。良いな?」
「分かって、る!」
「……いまいち心配だが、まぁ良しとするか。行くぞ」
「「「おー!」」」
「『おー!』って…そんなどうでも良い平民文化は覚えなくて良いっての…」
やる気満々で拳を突き上げて叫んだ三人に、フィリウスは逆にやる気を削がれた。
四人は建物の隙間を抜けて裏路地からこっそりと表通りへ出た。
飲み屋街と言っても昼間は喫茶店などもあり、それなりに人通りがある。
フィリウスは目立たないよう目深にフードを被り、テラート人特有の茶色の髪と瞳を隠した。
噴水事件から数日経ち、壊されたバーの壁や天井、家具などの瓦礫は撤去…否、焼却されていた。
貴族の屋敷と違って平民街の建物は殆どが木造のため、平民の魔法使いの弱火力でも簡単に消し炭になる。
道の端々にその痕らしき黒いカスが見受けられた。
バーがあったであろう場所には軍人が二人、門番のように立っていた。
近付く者をギロリと睨みつけ、近付くなと言わんばかりに威嚇している。
まるで何かを守っているかのようなその行動に、フィリウスは違和感を覚えた。
「一旦戻ろう。あれじゃ近付くだけで捕まるかもしれない。先に近所の人か別の店で聞き込みした方が良さそうだ」
四人はまた裏路地を通って別の道へと向かった。
「何か出鼻をくじかれたって感じだね〜」
「せっかく気合い入れたのに」
「仕方ないだろ、あんなに警戒されてる中で聞き込みなんてしてたら怪しまれるだけだ」
「あの軍人さん達もしリックの部下だったら話せば何とかなるかも」
「…遠くから彼の部下かどうか見分けられるのか?」
「遠くから?本人に聞いちゃだめなの?」
「良い訳ないだろ」
フィリウスが即答するとアメリィとエレナは顔を見合せ首を傾げた。
「今日ここに来ることをマトリーズ大尉にはお伝えしておりませんわよね?」
「あ、そうだった」
リリサに言われて思い出した。
言えば絶対に反対されるので黙って来たのだった。バレたらきっと怒られる。
「リックには黙っててって言ってもダメ?」
「ダメだろ。彼らにとってマトリーズ大尉は上司だからな。それにマトリーズ家は伯爵家でウチは子爵家だ。どちらの言葉を優先するかなんて比べるまでもない」
「そうだよねぇ。リックと姉様の1対1なら姉様の方が強いのにね」
「エレナ、それどういう意味なの?」
「え?だってリックって何だかんだで姉様には甘いって言うか弱いじゃん」
「これは平民言葉で言うと『カカァ天下』ですわね!ふふふ、私勉強しましたのよ。面白い言葉ですね」
「リリサ…そんな言葉いつ使うんだよ…」
どうでも良い事ばかり覚えて結局肝心の口調が直っていない公爵夫人にフィリウスはため息をついた。
「とにかく、まずは離れた所からだ。西通りから聞き込みするぞ」
「「は〜い」」