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殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
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Unkown World 3

そして二日後。



「準備できたか?」


「出来たけど、なんだかスースーするね」


「私は肌がゾワゾワする」


「フィリウスさん、平民の皆さんは本当にこんな服を着ていらっしゃるの?」


三人はワンピースを試着した感想、というより文句を口々に零した。


「そうですね。これが普段着です」


フィリウスはなるべく感情的にならないように淡々と答える。


「生地が薄いのかなぁ」


「硬いのかも」


「.....言っておくが、シルクじゃないからな」


「まぁ、そうでしたの。では何で出来ているのでしょう?」


「.....さぁ?麻とかじゃないですかね」


「?聞いた事がないですわね」


「でしょうね」


リリサ相手に思わず雑に答えてしまったが、フィリウスは色々とどうでも良くなっていた。



「見て見て、袖の長さが左右で違うよ!」


「肩ズレてる」


「あら?なんだかウエスト部分が緩くありませんこと?」


「.....オーダーメイドじゃないんで」


「あ、ここ縫い目が曲がってる」


「上着とわんぴーす、素材が違うように感じますわ」


「腰紐の長さが揃ってない」


「.....職人が作ったわけではないので」


文句が言いたくなる気持ちも分からなくはない。

フィリウスにとっては見慣れた、着慣れていた服装だが、彼女達からすれば「劣悪品」なのだ。


誰が悪い訳でもない。


けれど、どうにも腹が立ってしまう。



「........そんなに着たくないなら行くのやめれば良いだろ」


今までに聞いた事がないような低いドスの効いた声がして、三人は驚いてソファにいるフィリウスを振り返った。


「どうしました?」


フィリウスは完璧な「貴族らしい」笑顔を貼り付けて何食わぬ顔で問うた。


あまりにもいつも通りの彼の様子に、三人は先程の地を這うような低音は空耳だったのかと思い直した。



「服はもう良いですか?着心地が悪かろうと可愛くなかろうと、それしかないんです。諦めて着てください」


「「「はい」」」



自分たちがイチャモンをつけたという自覚がわいたのだろう、三人はシュンとしてソファに座った。



「では、講義と作戦会議を始めましょう。慣れるために、今から皆さんには平民らしい振る舞いをするよう心掛けてもらいます。良いですね?」


「はい、先生」


「よろしくお願いしますわ」


「は〜い。じゃぁお茶の用意を...」


「必要ない」


エレナが当たり前のようにメイドを呼ぼうとしたので、フィリウスはキッパリ却下した。


「えぇ〜っ?!なんで?!」


「必要ないからだ」


「でもフィリウスさん、そろそろティータイムの時間ですわ」


「だから、必要ありません。平民にティータイムなんて習慣はないんです」


「まぁ、何故ですの?」


「楽しいし美味しいのにねぇ」


「甘いものが嫌いなのかも」



何故って、金と時間がないからだ。


そんな事は考えずとも分かるだろう。

と思っていた時期がフィリウスにもあった。


彼女達は根本的な事を理解していないのだ。


この話をし始めると長くなるし、きっとまた無意味に腹が立つ。


彼女達は別に平民街で暮らすわけではない。


ただ少しの時間そこへ赴いて話を聞きたいだけだ。


上辺だけ取り繕えれば良い。

何となく「平民っぽく」振る舞えればそれで良いのだ。



「平民がティータイムをしないのは必要ないからです。とにかく、お茶はなしで。エレナは座って。話を続けますよ」


不満げに三人は頷いた。



「まず確認ですが、今回の目的は何ですか?」


「もちろん、シャルル様を見つける事!」


「エレナ、正確には見つけるための手掛かり、よ」


「もう少し正確に言えば、見つけるのではなくて彼の目的を知る、ですわ」


「レディ。シャルル様を探しに行くのではないんですね?」


フィリウスは念を押すように確認した。

何のために行くのか、それ次第で動きが変わる。


「最終的には見つけたいと思います。なので探しに行くというのも間違いありませんわ。ですが、恐らくもう平民街にはいないのでしょう?それなら今は彼の足取りを掴むのと、彼の目的を知る事、それが第一目標ですわ」


「シャルル様の目的を知ってどうします?」


「助けます。彼の有利になるように動く事、それだけですわ」


「分かりました。それならば尚のこと、身元はバレないようにしなくてはいけませんね。レディの素性が分かればシャルル様の事も芋ずる式に知れてしまいますから。という事で、まずはその口調、何とかなりませんか?」


「口調、ですか?」


「そんな話し方をする平民はいませんよ。せめてアメリィやエレナのようにはできませんか?」


「アメリィさんやエレナさんのように?」


「『さん付け』もダメです」


「まぁ...」


「『まぁ』も禁止です」


「あらあら、困ってしまいますわ」


「『あらあら』も、です。あと語尾の『わ』も」


「.....私、何も話せなくなってしまいま...す、ね?」


「リリ姐がんばって」


「リリ姐、私達の真似をするんだよ。難しくないから、ね?」


「あぁ、あと出来れば敬語も禁止です」


「そ、そんな...」


「あ〜っ、リリ姐が絶望顔してる!兄様、いきなりはムリだよ」


「リリ姐しっかり」



巫山戯ているようなやり取りだが、彼女達はどうやら真剣らしい。

フィリウスは軽い頭痛がしてコメカミを抑えた。



「はぁ...この調子では1ヶ月くらいかかりそうですね」


「そ、それは困りますわ!あ、えっと、困りま、こま、る、よ。急がなければ手掛かりがなくなってしまいま…、しま、うよ。私としては明日にでも行きたいと思っており...おり、よ?」


目を泳がせ手を忙しなくワタワタと動かして、リリサは何とか言葉を紡いだ。

が、五歳児よりもたどたどしい。


「なんでも『よ』を付ければ良いという訳では無いのですが?」


「す、すみません...ではなくて、えっと、すまん」


「...それはあまり女性が言うべき言葉ではありません」


「もう、兄様!厳しすぎるよ!もっと優しく!それに兄様だって敬語じゃない。兄様も平民っぽい話し方してよ」


「それだ、お手本」


エレナは頬をふくらませて抗議し、アメリィは「名案」と手を打った。


「まぁ、それもそうか。よろしいですか、レディ?」


「えぇ、もちろん。構いませ...構わん」


「...それもやめた方が良いな」


「む、難しいですわ...私、言葉がこんなに不自由だったなんて思いませんでした。シャルル君はきっと簡単に習得してしまったのでしょうね...私とは頭の出来が違いますし...やはり私は落ちこぼれなのですね...」



リリサは床に両手と膝を付きガックリと項垂れた。


完璧なorzポーズだ。


「あ、それ平民っぽいな。うん、その調子だ」


「ちょっと兄様!」


「今そんな場合じゃない。リリ姐、服汚れるから」


「そんな格好ダメだよ」


姉妹は慌ててリリサを立ち上がらせ、手を取り再びソファに座らせた。


そのまま三人並んでぐったりと座り、手で顔を覆った。



「うぅ...リリ姐が壊れてく...」


「全然できる気がしませんわ...」


「疲れた...」


そんなことを呟く三人を見てフィリウスは


「そんなに難しいことか?」


と首を傾げた。


「兄様には分からないよ〜だ」


「兄様は天才だから」


「フィリウスさんはバイリンガルなのですね...ではなくて、なのよ?」


「『さん付け』禁止。っつーか、呼び方も変えてくれ。『兄様』も禁止だ。皆『フィリ』で良い」


フィリウスの言葉に三人は貴族らしからぬ顰め面をした。



「言葉遣いも変えて、更に呼び方も変えるの?無理だよ〜。だって兄様は兄様だもの。今更むり」


ぷいと横を向いてエレナは拒否した。

アメリィも同じように無理だと言おうとして、何かに気付いたように息を飲んだ。


「無理と言われてもなぁ。俺がお前達の『兄』とか怪しまれるに決まってんだろ。言葉よりそっちを気をつけて欲しいくらいだ」


「なんで?別にいいじゃない。平民でも兄様は兄様だよ」


「エレナ、それ以上はダメ...」


「.....エレナ。お前は本当に勉強した方が良いぞ。それとも俺が『テラート人』だって忘れてるのか?」


アメリィの忠告も間に合わず、エレナの何も考えていない発言にフィリウスは苦言を呈した。

そして「全く...」と呆れ声で呟き大窓の方へと歩き出した。


「あ.....」


兄に、言わなくて良い事を言わせてしまった。

エレナは口元を手で隠し、さっと顔を青くした。


「ご、ごめんなさい、兄様。私、忘れてたんじゃなくて、その、本当に兄様のこと...」


「だから『兄様』じゃなくて『フィリ』だ」


淡々と告げる声はいつもと変わらないように聞こえるが、背を向けているため表情は分からない。


そこに心無い事を言ってしまった自分への「拒絶」を感じ、エレナは眼を潤ませた。


「ごめんなさい、兄様...いえ、フィリ...ごめんなさい、本当に」


震える声でエレナは何度も謝った。

けれどフィリウスはゆっくりとカーテンと窓を開け、窓の外へと視線を向けたまま何の反応も示さなかった。




マルコット王国は階級社会。

国民は、大きく(・・・)は「王族・貴族」と「平民」に分けられる。


「王族・貴族」が一割、「平民」が八割。

そして残りの一割.....


彼らは「テラート人」と呼ばれる異人種だ。


「王族・貴族」と「平民」との間に『人間として』の違いはない。

育った環境や権力や地位など、外付けされた差はあれど同じ種類の人間だ。


けれどテラート人は違う。


そもそも、「生物学的」に違うのだ。


未だ解明されていない部分は多々あれど、ある一点において決定的に違う事は証明されている。


彼らは魔法が使えない(・・・・・・・)


王族・貴族も平民も、力の差は大いにあるが、全く使えない者は(後天的な病気を除いて)一人もいない。

それは彼らが生まれつき体内に魔法の源たるマナを持っているからだ。

彼らは言葉を発するより先に魔法を使う。

歩くより先に魔法を使う。


息をするのと同じように、自然に、無意識に。


対してテラート人は生まれつき体内にマナを持たない。


魔法の源がなければ魔法は使えない。

子供でも分かる単純な式だ。


彼らはどんなに努力をしようと一生魔法を使うことはできない。

そしてテラート人の子供はテラート人。

魔法の使えない者から魔法使いが生まれる事はない。



彼らは当然の如く、差別された。


虐げられ、追いやられ、暗い地下へと閉じ込められた。



そしてそれは、決して過去の話ではない。

今なお数万というテラート人が、冷たく光の届かない場所で暮らしている。



フィリウスは、そんな世界から煌びやかな貴族世界の住人となった稀有な存在だった。



フィリウスと初めて会った時、アメリィもエレナもまだ子供だった。

テラート人という存在もまだ知らなかった頃だ。


故にフィリウスと自分たちとの違いをあまり意識していなかった。


普通の平民だと思っていた。


彼らの特徴である「茶色の髪と瞳」を珍しいとは思えど、それだけだった。


父親の影響と教育のおかげで、二人は平民に対して蔑んだり見下したりする事はなかった。


育った環境の違う人。

その程度の認識だった。


けれど大人になるにつれ、勉強するにつれ、知ってしまった。


彼らが生きてきた世界を。


自分たちには想像もつかないような、悲惨な歴史と境遇を。


フィリウス本人とその話をしたことは無い。

してはいけないような気がしていた。

触れてはいけないような、口にしてはいけないような。


だから気にしない振りをしていた。


兄は兄。

元がどうであれ、フィリウスは賢くて優しい、自慢の兄だったから。


そうする内に、忘れていた。


否、意識しなくなっていた。


彼がテラート人であったことを。



フィリウスが養子となって長いとはいえ、未だ貴族の習慣に慣れない部分もある。

そういう時に彼が元平民であったことを思い出すけれど、テラート人という認識はなかった。





そんな姉妹に対して肝心のフィリウス本人はと言うと、正直な所、それほど気にしてはいなかった。


自分がテラート人だという事を忘れたことは無い。


けれど、それを悲観してはいなかった。


不当に扱われた過去も、歴史も、全て受け入れている。


貴族になっても自分がテラート人だという認識はずっと変わらない。


けれど、特に拘ってもいない。


自分を卑下するつもりもないし、かといってそれを誇りに思うこともない。


隠すつもりもないし、わざわざ大っぴらに宣言するつもりもない。



好き放題、わがまま放題の貴族連中にイラッとすることはあるけれど、それはテラート人というより平民としての認識の方が強い。


金持ちに対する貧乏人の僻み。

その程度だ。



だから今回の三人の言動(金持ちゆえの嫌味のような言葉)には多少は腹を立てていたけれど、エレナの無神経な発言に対してはそれほど気にしてはいなかった。



フィリウスはカーテンと大窓を開け、外の空気を部屋へと送り、自身も新鮮な空気を肺へと吸い込んだ。



別にエレナの言葉に傷付いたわけではない。

不快に思ったわけでもない。


多少は彼女の勉強不足を嘆かわしくは思ったけれど、それはどちらかと言うと「呆れ」が主で、責めるつもりはなかった。



エレナに背を向けその場を離れたのも、別に思う所があったとかではない。


何となく、難しい事ばかり言っていては息が詰まるだろうと、空気を変えたくて窓を開けようと思った。それだけだ。


彼女の謝罪に返事をしなかったのも、単純に離れてしまったから聞こえていなかっただけ。


他意はない。


フィリウスなりの気遣いのつもりだったのだ。


彼は妹が泣きそうな顔でこちらを見詰めていた事など気付きもせず、「風が気持ちいいなぁ。皆疲れているようだし、やはりティータイムするか」などと呑気に考えていた。



兄妹として長年過ごしてきたけれど、その辺の認識には大いに齟齬があったようだ。


そういう意味でも、やはりどこか理解が及んでいない。


そんな違いなのだ。

貴族と平民というのは。


思い込みと常識。


それを覆すのはなかなか難しい。




「少し休憩しよう。やはりいきなりは無理だな。今からでもティータイムにするか?」


振り向きながら、フィリウスは努めて穏やかに問いかけた。


三人はそんな彼の言葉を「なかった事にしてくれた」と解釈し、何とかいつも通りを装い笑って頷いた。



「エレナさん、私も気付いていながら迂闊でしたわ。ごめんなさい。彼があまりにも普通にしていらっしゃるから…平民のように思っていました」


「ううん、私がいけないの。何も考えてなかったから。兄様、許してくれたのかな?」


「うん、きっとそう。気にしてないって言ってくれてるんだよ。だから泣かないでエレナ」


三人がそんな会話をしている事も知らず、フィリウスはお茶の手配をしていた。


ここで誤解を解いておけば良かったのだが、そのままなかった事にしたせいで余計に面倒な事になるのだが、それはまた後の話だ。



「そうだ、設定はどうする?三人は姉妹ってことにするか?」


のんびりとティータイムを過ごし作戦会議を再開してまず最初に考えたのは「設定」だった。


「呼び方を変えにくいのならレディ...いや、リリサを長女ってことにすれば問題ないよな?」


普段からリリサを「リリ姐」と呼び慕っている二人だ。接し方からしても姉妹と言っても違和感はないだろう。


「そだね。リリ姐、良い?」


「えぇ、私は構いませ...あ、大丈夫よ。ふふ、私は元々お二人を本当の妹のように思っておりましたのよ」


「『思ってたの』だ」


「お、思ってたの」


リリサが言い直すとフィリウスは満足気に頷いた。


ティータイムをしながらこうやって一つづつ丁寧に訂正していったら大分良くなった。


「ふふ、じゃぁ今から私達は三姉妹ね」


「リリ姐、姉様、よろしくね」


「『姉様』はやめなさい。『お姉ちゃん』だ」


「そうだった。お姉ちゃん」


「兄様...フィリはどうするの?兄がダメならお友達?」


「う〜ん、友達もどうかと思うが...まぁ知人くらいなら問題ないか」


「三姉妹とその知人、ですね。承知しました」


「『分かった』だよ、リリ姐」


「そうでしたわね。わかった」


「大分不安だが、まぁ良しとするか。これ以上やっても混乱するだろうし、今日の講義はここまでだ」


フィリウスが立ち上がり講義の終了を宣言すると


「良かったね、リリ姐!明日がんばろうね」


「朝、支度したら迎えに行くから。待ってて」


「うん、待ってるね」


と三姉妹はウキウキと手を取りあった。


まだたどたどしいけれど、最悪の場合は話はフィリウスが聞き出せば良い。


今まで聞いた情報を整理しながら、フィリウスは一人、脳内作戦会議を始めた。

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