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殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
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questers 7

「俺は…リヴァル卿の言う通り、忘れた方が良いんでしょうか……?」


ユーリは自問するようにポツリとこぼした。


正義感だけは1人前でも現実は未だ下っ端の権力も何も無い一兵卒。

そんな自分が国を揺るがすような事態に何か出来るとは思えない。それならば何も知らなかったことにしてリヴァルに任せるべきだ。


それが正しいはずなのに、悔しいと思ってしまう。

何かしたいと思ってしまう。


ユーリは無意識に膝の上の拳をギュッと握った。



「さてね。俺は知らん。ただの医者だからな。ま、そう焦る必要はないさ。ゆっくり考えて自分で答えを出せば良い。まだ時間はある」


「そんな呑気にしてて良いんですか?戦争になるかもしれないって時に」


「お前も大概呑気だと思うが…。まぁ肝心のリヴァル様がこの調子だしな。『メイア博士とその同僚が遺跡の現地調査に行った』ってのも状況証拠しかないわけだし、詳細はこれから調査するんだろ。だから今日明日すぐにどうこうじゃないと思うぞ」


リヴァルが目覚めないのを確認してヘルンはソファへと戻った。

事態が動き出せばこうやってのんびりティータイムを過ごす事など出来なくなるだろう。

それを名残惜しいと思いつつ温くなった紅茶を啜った。


「リヴァル卿はすぐにでも怒鳴り込みに行きそうな勢いでしたけど?」


「あー…短気だからなぁ…頭に血が上ったんだろ」


リヴァルの数少ない欠点を思い出し、ヘルンは苦笑いをした。


「ついでにコイツなりの挨拶ってとこか。『その喧嘩、俺様が買ってやる。覚悟しておけ!』ってな。あとは牽制も兼ねてるんだろ。『不正はお見通しだ!』って宣言することで相手の動きを鈍くして時間を稼ぐつもりかもしれないな」


キレてはいても頭の方は冷静に考えていたのだろう。

ユーリの曖昧な証言と一枚の書類から黒幕を推理し、一瞬で判断して行動する。

やり方はどうあれリヴァルはやはり『優秀』なのだ。



「俺、なんだか胃が痛くなってきました。関わるにしても忘れるにしても、ストレス半端なくないですか?」


ユーリは寝台を睨むように見詰めて口を尖らせた。


彼の事だ、きっと無茶をする。

自分の知らない所で危険な目に遭っているかもしれないと思うと心配だし、かと言って一緒に行動していても傍で見ていてハラハラするだけだろう。自分は振り回されるだけでリヴァルを止める事は出来ないのだから。


そもそも、戦争なんて言われたら不安で眠れなくなるだろうし仕事に身が入らなくなる。

ユーリの神経はリヴァルやヘルンと違って人並みなのだ。


どう足掻いてもユーリの平穏な日々は戻らない。


「そうだな。胃薬なら用意しておいてやるからいつでも来い」


「そんな他人事みたいに言わないでくださいよ」


「まぁ他人事だしな。俺は医者だから患者の事しか知らねぇよ。政治だのは管轄外だ。だから、俺が言えるのは…」


ヘルンはそこで言葉を切って、寝台のリヴァルへ目を向けた。相変わらずの眉間のシワとキツく閉じられた瞼にヘルン自身の眉間にもシワを刻み、改めてユーリへと視線を戻す。


「リヴァル様を頼む。あまり無茶をさせないでやってくれ」


「医者だから」と言うヘルンの声音は、あまりにも切実で懇願するように聞こえた。


無茶ばかりする「友人」を心配するような、やんちゃが過ぎる「弟」を守らんとする兄のような。

そんな響きを読み取って、ユーリは眉を下げて微笑んだ。


「分かってますよ。と言ってもリヴァル卿は俺の言う事なんて殆ど聞いてくれないですけどね」


「あぁ、俺も分かってるよ」


二人が似たような困り顔で寝台を見遣ると、リヴァルはまるで聞こえていたかのように横を向いて顔を隠した。



結局あれから2時間ほど休んだリヴァルは、呑気にティータイムをしているヘルンとユーリに悪態をつきながら重い足取りで医務室を出た。


当然ユーリが追いかけて来てリヴァルを支えて歩こうとしたのだが、それはリヴァルが断固拒否した。

それどころか大丈夫だと言い張りキレ散らかして追い返そうとしたので、仕方なくユーリは彼の2mほど後ろからそっと着いてきている。


リヴァルはそれを無視してぼんやりと歩きながら思考を巡らせた。


さて、これからどうしようか。


今から『黒幕』の所へ怒鳴り込みに行こうにも出鼻を挫かれた感は否めない。

というかそれは流石にユーリが許さないだろう。


部屋に戻って本来の業務である書類仕事するか、『黒幕』を追い詰めるための情報収集でもするか。


などと、考え込みながら歩いていたせいで曲がり角で誰かにぶつかった。


とは言ってもリヴァルも相手も歩くスピードが遅かったので、そこまでの大事故ではない。

普通なら少しよろけるだけで済むはずで、実際、相手の方は「おっと」と驚いた声をあげただけでノーダメージのようだ。


けれど弱り切った今のリヴァルの体は、そんな軽い衝撃すらも受け止められない。

まるでダッシュで正面衝突でもしたかのように、視界がぐるりと回った。


天井が見えて、このまま背中から後ろへ倒れると覚悟をしてリヴァルは目を閉じた。


けれど予想していた衝撃は来ず、代わりに胸元に軽く殴られたような鈍痛と誰かに腕を掴まれた感覚があった。


どうやらぶつかった相手がとっさに助けてくれたらしい。


その事に感謝するよりも先に恥ずかしさと情けなさが湧き上がり、リヴァルは慌てて閉じていた目を開いた。


少し目が回ってしまったようで、一瞬視界がぼやけたけれど、焦点が合うとそこには燃えるような赤い瞳がリヴァルをじっと見詰めていた。



予想外の赤色に思わず固まりパチパチと瞬きをしながら見詰め返していると、その色の持ち主は忌々しげに視線を逸らし、掴んでいたリヴァルの腕と胸倉を振り払うように離した。


その勢いで僅かによろけた所を追いついたユーリが背後から支える。


「リヴァル卿、大丈夫ですか?!」


焦ったようなユーリの問いかけには答えず、リヴァルは目の前の男を睨みつけた。


不機嫌そうに顔を歪めてはいるが、それを差し引いても整った顔立ちをしている。

真っ白なフロックコートに燃えるような赤い髪と瞳が映え、装飾品も相まって全体的に煌びやかな青年だ。


彼はリヴァルの鋭い視線に真っ向から睨み返しながら舌打ちをした。


「何か言う事があるんじゃないのか?」


「……どこ見て歩いてるんだ?それと、服が皺になったらどうしてくれる?」


掴まれた胸元を整えながら、リヴァルは視線を逸らしたまま悪態をついた。


「ちょ、リヴァル卿、助けてもらったのに失礼ですよ!それに前方不注意はお互い様でしょう?!…あの、すみません、悪気はない…とは言えないかもなんですけど、えっと、悪い人ではないというか…」


服装と態度からしてリヴァルと同等かそれ以上の立場の人間だろう。揉めても良い事は無い。


ユーリはなぜ自分が謝っているのだろう、と思いながらも口は止まらずモゴモゴとフォローのような事を言い募った。


そのおかげなのかは分からないが、相手はそこに言及することはなく話題を変えた。


「ふん…良い様だな。病人らしく大人しく引きこもって書類と遊んでいれば良いものを」


そう吐き捨てた彼の口調は平坦なものだったが、表情はどう見ても怒っている。

やはりリヴァルの態度が気に入らなかったのだろうと思い、ユーリはきちんと謝るよう促そうとしたが、その前にリヴァルが反論をし始めた。



「おいおい、誰のせいだと思ってるんだ。あんな子供騙しにこの俺が引っかかるとでも?やれやれ、馬鹿にするのも大概にしてほしいな」


「なんだ、もうバレたのか。あんな紙だらけの部屋から良く掘り出したな。優秀な部下がいて良いな…あぁ!これは失礼、今は一人ぼっちだったな」


「あぁ、あの部下たちか。確かお前の人選だったな。どうやら人を見る目がないようだ。あれが優秀とは」


「いくら優秀でも上司がこれでは可哀想だな。折角の人材も宝の持ち腐れだ。今度からは適当な人物を宛てがうとしよう」


「い〜や、そんなもの不要だ。あそこは俺様が一人いれば充分だからな」


「なんだ?一人で充分とは、実は暇なのか?それならもう少し休んでいても良いんだぞ?1ヶ月でも2ヶ月でもご自由に。うるさいのがいなくなってくれれば俺の仕事が捗るからな」


「いやいや、気遣いは無用だ。お前のくだらない計画なんぞ俺様がすぐに潰してやるからな。休みはその後ゆっくり取らせてもらうさ。安心しろ、その時はお前も一緒だ。あぁ、一緒といってもお前は牢屋だけどな。はははは」


「ははは、全く面白い事を言う」


「はははは」


「はははは」


二人とも冗談でも交わしているかのように笑い合っているが、目だけは全く笑っていなかった。



ユーリは背筋に悪寒が走り思わず「ひっ」と小さく息を飲んだ。

それが聞こえたのか、二人はピタリと笑うのを止めて真顔で見詰めあった。


「……やれるものならやってみろ」


「……ほえずらかくなよクソガキが」



二人は同時に歩き出し、すれ違いざまに捨て台詞を吐いた。



角を曲がり完全に姿が見えなくなる頃、ユーリはおずおずと尋ねた。


「あの〜…今の方は…?」


「お前が知る必要は無い」


「ですが…もしかしなくても、その、例の『黒幕』さんなのでは…?」


「だから、知る必要は無い。忘れろと言っただろ」


「いや無理でしょう?!というか知っちゃったんですけど?!俺『黒幕』知っちゃった!!まだ悩んでたのに!!もう完全に巻き込まれてますよね?!」


ユーリが「うがー!」と頭をガシガシと掻き回しながら雄叫びを上げるとリヴァルが足を止めて振り返った。


「あー…まぁその、なんだ……ごめん」


「ごめんじゃなくて!も〜!何サラッと宣戦布告しちゃってるんですかぁ?!そういうのは俺がいない時にしてくださいよぉ!」


「本当に巻き込むつもりはなかったんだ。ただ…こう急に目の前にアイツが現れたからつい…カッとなった。悪気はなかった」


「そんな常套句言われましても!というか俺がいたこと忘れてましたよね?!二人の世界でしたよね?!あの人去り際にチラッと俺の事見ましたよ?!きっと仲間だと思われた!あああぁぁ〜オワター!!」


ユーリは膝を着き天を仰いでバンザイをした。


「落ち着けユーリ。オワてないぞ、お前の人生これからだ。何かあれば俺が守ってやるから、な?」


「はぁ?!俺は軍人ですよ?!守られてどうするんですか!俺がリヴァル卿を守るんです!」


「分かった分かった、どっちでもいいから一度口を閉じろ。騒ぐんじゃない。目立つとまずい…」


「廊下の真ん中で宣戦布告した人に言われたくないんですが?!」


「だーかーら!悪かったって!とにかく部屋に戻るぞ!ったく、疲れてるんだから無駄に体力使わせるな」


「じゃぁ医務室に戻りましょう!そしてもう一眠りしましょう!俺はお茶しながらヘルン先生に愚痴りますので!リヴァル卿は先生から嫌味と小言を貰ってください!あ〜あ!悩んでたのがバカバカしい!あの時間は何だったんだ!」


ユーリはやけくそのように叫んでリヴァルの腕を掴んだ。

そしてそのままズンズンと元来た道を戻る。


「はぁ?ちょ、離せ!俺は忙しいって言ってるだろ!」


「あーあー!聞こえませんー!」


「んなわけねぇだろ!止まれ!離せ!」


ギャーギャーと喚いて抵抗してみるも、力でユーリに適う訳もない。

リヴァルはズルズルと引き摺られるようにしてまた医務室へと戻って行った。


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