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殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
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questers 6

「はぁ…はぁ…くそっ!」


部屋を出てからそう経たない内に、リヴァルは忌々しげに壁を叩いた。


そのまま凭れかかりズルズルとしゃがみ込む。


目眩に頭痛、動悸、息切れ。

復帰したばかりのリヴァルの身体は未だ本調子とは程遠く、思うように動かない。


ユーリの前では何とか気力で持ちこたえていたが、誰もいない廊下へ出た途端一気に押し寄せてきた。


数分蹲って休んで何とか息を整え、壁に手をついて立ち上がり歩き出す。


目的地は…と「アイツ」のいそうな場所をいくつかピックアップした。


会議の予定はないので執務室か中庭だろう。

どちらにせよ階段へ向かわねば、と思い顔を上げるが、今自分がどちらを向いているのかさえ分からなかった。


長く続く廊下はぐにゃぐにゃと曲がって見えて距離感も分からない。


かと言ってこのまま立ち止まっている訳にもいかず、とりあえずゆっくりと歩を進める。


途中で会えたりしないだろうかと淡い期待を込めてしばらく歩いたが、残念ながらあの目立つ燃えるような赤髪は見当たらなかった。



数分後、といっても進んだのは数メートルだが、体力の限界がきて諦めてしまおうかと立ち止まる。

けれど未だ怒りはおさまらず、絶対にガツンと言ってやると再度奮起した。


とはいえ、ここまで来るともう気持ちだけではどうにもならない。


覚えてろよ、と心の中だけで捨て台詞を吐き、リヴァルは真っ直ぐ後ろへ倒れた。


意識を手放す直前、背中に温かいものが触れた気がして一瞬だけ目をこじ開けると、探していた「燃えるような赤」がチラついたように見えた。

そんな執念が見せた幻に、リヴァルは青白い顔の下で笑った。






ゆっくりと意識が覚醒して目を開けると、あまりにも見慣れた天井が映った。


「おはようさん。気分はどうだい、リヴァル様よ」


嗅ぎなれた薬の匂いと聞き慣れた低音で、ここが医務室だと確信した。


視界を遮り覗き込んできたのは声の主、そしてこの部屋の主でもある宮廷医師のラグ・ヘルン。


歳は40くらいだが医者のくせに不健康に痩せていて実年齢より老けて見える草臥れた印象の男だ。

特徴的な腰まである薄い黄緑色の長髪を緩く一括りにしており、時折邪魔そうに弄っている。


「……最悪だ」


「だろうな。昨日ここを出ていったばかりでもう戻ってくるなんざ最短記録だ。おめでとう」


「めでたい訳ないだろ」


リヴァルは深く溜息を吐いて腕で目を覆った。


「どのくらい寝てた?」


「運び込まれて15分てとこだな。無駄だとは思うが、一応仕事なんで言わせてくれ。絶対安静だ」


低い声で耳元で言いながら、ヘルンは顔に乗せられたリヴァルの腕を乱雑に落とした。

代わりにそこへ濡らしたタオルを乗せる。


「無理だ」


一刀両断し、乗せられたばかりのタオルを退けながら起き上がろうとするが、ヘルンは予想していたとばかりに力ずくでベッドへと押し戻した。


力の入らないリヴァルの身体は呆気なく再びベッドへ沈む。


「ヘロヘロのくせにバカ言うな。せめて半日は寝とけ」


「お前こそバカを言うな。俺には仕事がある」


「真面目か。いいから寝ろ。命より大事な仕事なんてあってたまるか」


起き上がれないように胸元に手を置いて、ヘルンはリヴァルを睨みつける。

その黄緑色の瞳から圧を感じ、とりあえず起き上がるのは諦めた。


「ぐっ…重い、手を退けろ。病人相手なんだから加減しろ」


「病人のくせに油断ならねぇからだろうが。大人しくすると約束するなら退けてやるよ」


「……一時間だけ寝る。それ以上は無理だ」


「半日」


「……二時間」


「半日」


「いい加減にしろ、今回はいつもの仕事だけじゃない。一大事なんだ」


掠れてあまり声が出なかったが精一杯力強く訴えると僅かに手の重みが減った。



「一大事?なんだよ、戦争でもするってのか?」


ヘルンはバカにしたようにハッと鼻で笑ったが、それを聞いたリヴァルは目を細めて眉を寄せた。


「戦争…そうだな、その可能性もある、か」


「は?」


揶揄ったつもりが思いがけず真顔で答えられてヘルンも真顔になった。


「いや、可能性の話だ。アイツもそこまで愚かじゃないだろう。だが大事には変わりない。ヘルン、行かせてくれ」


熱で潤んだ目でいつになく素直に頼むとヘルンはチラリとドアの方へ視線を向けた。


訝しんだリヴァルもそちらを見ようと首を動かそうとしたが、ヘルンが手のひらでリヴァルの目を覆って遮る。


閉じられた瞼に体温がじんわりと伝わって、限界近い身体は睡魔に襲われた。

ヘルンはわざと普段よりゆっくりと話しかけて、張り詰めてた気を緩めさせる。


「なぁ、それはアンタが一人でしなきゃいけないことなのか?他に頼れる奴はいないのか?」


「…ユーリが事情を知ってる。だが巻き込む訳にはいかない…これは、俺が売られた喧嘩…いや、俺の『役目』だ…アイツが何を考えてるのかは、知らん…だが止められるのは、俺様しか…いない…」


「『アイツ』ねぇ。厄介だな、アンタも『あの方』も」


「…なんの、ことだ…?」


ぼんやりと寝言のように尋ねたが、答えを聞く前にリヴァルは「すぅすぅ」と寝息をたて始めた。


「おやすみ。悪いな、アンタに無理をさせる訳にはいかないんだ。おっかない番犬が見張ってるんでな」


そう言ってヘルンが再びドアへと意識を向けると、リヴァル以上に張り詰めていた気配は立ち去って行った。


入れ違いにドタドタと大きな足音が近づいて来る。


慌てて来たもののここが医務室という事を思い出したようで、ドアの前で一旦立ち止まり、聞こえるギリギリの絶妙なノックをした。


「あの〜…ヘルン先生、こちらにリヴァル卿は…?」


「おぅ、ユーリ。いるよ。寝かせたから静かにな」


そっと開けられたドアの隙間からユーリが申し訳なさそうに顔を出した。



「良かった、どこかで倒れてるんじゃないかって心配してたんです」


寝台で穏やかに眠るリヴァルを見てユーリはホッと息をついた。


「いやまぁ実際倒れてたらしいんだがな。『親切な人』が運んでくれたんだよ」


「あぁ、やっぱり無理してたんですね。強がりにも程がありますよ」


「そういう性分だ、仕方ねぇよ。ちょっと待ってろ、茶を淹れる」


「ありがとうございます」


リヴァルと付き合うようになってから幾度となく訪れているユーリは、ここが定位置とでも言うようにソファに腰掛けた。


リヴァルは1度熟睡し始めてしまえば多少の物音では起きない。

そのため彼が起きるまでの時間を寝台そばのソファでヘルンと二人のんびりお茶を楽しむのが習慣となっていた。



「一大事なんだって?」


「あ〜…俺はあんまりピンと来てないんですけど、リヴァル卿はそんな感じでしたね。詳しい説明はしてくれなかったんですけど、今から黒幕の所に喧嘩を買いに行くって出ていって…まぁ見ての通りです。黒幕まで辿り着く前に力尽きたんでしょうね」


「一大事」という割にユーリが呑気に見えるのはそのせいか、とヘルンは納得した。

本当にユーリを巻き込むつもりはないのだろう、詳細は説明していないらしい。

けれどそれではリヴァルが本当に1人で背負う事になってしまう。

それはヘルンもユーリも望む所ではない。


「戦争になるかも、とか言ってたぞ?」


「ぶふぉ」


多少はハッパをかけた方が良いかと思い言ってみると、ユーリは思い切り紅茶を吹き出した。


「せ、戦争ですか?!なんで?!どこと?!」


「俺に聞くなよ。ユーリこそある程度はリヴァル様から聞いてるんじゃないのか?」


「それがですねぇ…」


吹き出した紅茶を拭き、ユーリは話し始めた。


そんな「一大事」を軽々しく話して良いのかと心配になったが、ユーリなりに考えてはいるらしい。

ヘルンが医師という中立な立場にいる事と、「そういう事」に対する立ち回り方が上手いから大丈夫、だそうだ。



親衛隊の同僚が出張と称して任務外の「要人警護」をしている事。

その「要人」がメイア博士な事。

行先が「秘密」な事とおそらく遠い事。


そして出張のはずなのに「休暇申請」が出されている事。

しかもその申請書の筆跡が同僚のものではない事。



それらを聞いたヘルンは手で目を覆って天を仰いだ。


「真っ黒じゃねぇか…こりゃ本当に戦争もあるぞ…」


「えぇっ?!これだけで分かったんですか?!どういう事なんです?俺にも説明してくださいよぉ」


「んな難しい話じゃねぇよ。お前、メイア博士の専門が何か知ってるか?因みにこれヒントじゃなくて答えな」


「え、博士の専門?えーっと…確か古い地層とか植物とか…あ、遺跡も調べてるって聞いた事あります」


「それだよ」


「どれです?」


「だから、遺跡だよ。おそらくメイア博士は現地調査に行ったんだ」


「んん??」


ヘルンはヒントどころかほぼ答えを言っているつもりなのだが、ユーリはやはりまだピンと来ていないらしい。しきりに首を傾げている。


「遺跡ってあれですよね、森とかにポツンとある古い建物。たまに訓練で森に入ると見かけますけど、あれが何か関係あるんですか?」


「…お前、まさか知らないのか?」


「何をです?」


ヘルンは思わず紅茶を飲みかけた手を止めてユーリをまじまじと見た。


本当に知らなそうなアホっぽい顔だ。


「遺跡の現地調査は条約で禁止されてるんだよ」


「えっ?!そうなんですか?!って、待ってください、メイア博士はその現地調査に行ってるんですよね?!完全にアウトですよね?!」


「おい、叫ぶな。リヴァルが起きるだろ」


なかなか起きない事に定評のある彼だが、すぐ近くで叫ばれては起きかねない。


二人が恐る恐る寝台を伺うと、リヴァルは先程と1ミリも変わらず寝息をたてていた。


寝台からソファまでは2m弱。

この距離で叫んで無反応なのは逆に心配になるが、それだけ安心して熟睡しているのだと思う事にした。



「つまり博士とバトラ大尉…あ、その同僚なんですけど、彼が条約違反してるんですね」


「そういう事になるな」


「そこまでは分かりましたけど、それがどうして戦争なんて話に?博士と大尉と、黒幕?を捕まえれば良いだけじゃないんですか?」


「『条約』だって言っただろ。帝国だけじゃない、世界各国と話し合って決めたルールだ。破れば即、国際問題になるんだよ」


「それで戦争…」


ユーリは呆然と呟いた。


今更ながらに事の重大さを理解して頭の整理がつかない。


ヘルンはそれを察して気休め程度にフォローをした。


「まぁ、まだ可能性の話だ。調査に行った遺跡が帝国内なら何とかもみ消す事も出来るしな。バレなきゃ戦争にはならねぇさ」


「もみ消すって…」


「納得いかないか?確かに不正だが、そうすればさっきお前が言った通り『博士と大尉と黒幕を捕まえて罰する』だけで済む。戦争にはならない。だろ?」


「不正は見逃せない」と思って起こした行動だったはずなのに、いつの間にか不正を正当化しなくてはいけなくなった。


もう何が何だか分からない。


何が正しくて何が正しくないのか。


「正しいこと」のために大勢を犠牲にして良いのか。


考え始めたら余計に分からなくなる。


「最大多数の最大幸福」なんて言葉までチラつき始めて、思考の渦に溺れそうになった。


「柄にもなく考え込んでるな。まぁ、お前も一応軍人だし、一度しっかり考えてみるのも良いだろうよ。何も今すぐ答えを出す必要はないさ。そういうのは人生をかけて考えることだからな」


「俺は医者だから関係ないけど」と無責任なことを言って、ヘルンは立ち上がりリヴァルの様子を見に行った。


額に乗せた濡れタオルが生温くなっていたので取り替え、ついでに汗を拭うとリヴァルの眉間に不満そうな皺が出来た。

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