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殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
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departure 2

飲み屋街が浸水した、と報告を受けた時にまず口から出たのが「だから?」という何とも身も蓋もない言葉だった。


大方、酔ったアホ共の不始末か幻覚だろう。

そんな事に王国軍たる我々が大真面目に対応してどうするのか。幻覚なら酔いが覚めれば戻るし本当だとしても水魔法の使い手が数人いれば片付く話だ。


そう報告に来た部下に告げたが、どうも話はそれほど簡単ではないらしい。


その辺の暇そうな奴にやらせるか。


と部下達の顔を思い浮かべ適任者を脳内で選定していると、別の部下が手紙を持ってきた。



親愛なるリック・マトリーズ様




封筒に書かれた見覚えのある癖字に、マルコット王国軍リック・マトリーズ大尉は思わず眉を寄せた。嫌な予感しかしない。


中を確かめると、そこにはどこぞの店のロゴの入った紙ナフキンが1枚。書かれた住所は今まさに報告された飲み屋街だった。


リックは目頭を押さえて「ふーーっ」と長めの溜息を吐く。そういえば、普段あまり意識した事はないが、シャルルは水魔法の使い手だった。


なるほど、確かに簡単な話ではないようだ。


凄く嫌だが仕方ない。

リックはヨレヨレの紙ナフキンに書かれたメッセージを解読した。


「赤髪短髪長身のメガネが一人、同じく赤髪の小柄な少年が一人。あとはよろしくお願いします」


内容を理解すると同時にリックは青筋を立ててグシャッと紙ナフキンを握り潰した。


「あのアホ…!」と部下に聞こえないよう悪態をつき剣と上着だけを持って窓を開け放した。


「ちょ、マトリーズ大尉?!」


「すまん、急ぐから俺は上から行く。お前は後からゆっくり来い」


それだけ言い置いてリックは窓から飛び出した。


残された部下はというと呆れ顔で溜息を吐いて窓から遠ざかる後ろ姿を見つめた。


「大尉〜。怒られても知りませんよ〜、ってもう聞こえてないか」


と、一応形だけの忠告をしてから窓を閉め、ゆっくり後を追うべく退出した。





白金色の髪を靡かせて、リックは屋根から屋根へと飛び移った。


魔法で自身の周りにだけ風を起こし、更に追い風を吹かせて空を翔る。


貴族であり王国軍でもそれなりの肩書きにある者としては相応しくない行動だが、彼はあまりそういう事に頓着しない。


普段は怒られると面倒なので控えているが、今回のように深夜で尚且つ行先が平民街となれば気にする事は何も無い。


リックは入り組んだ道を行軍する部下達を見下ろしながらスピードを上げた。



「浸水した」と聞いていたが、水は殆ど引いているようだ。雨上がり(土砂降り)といったところか。


居合わせた水魔法の使い手が何とかしたのだろう。ただ、壊れた建物や流された家具などの片付けはまだらしく、あちらこちらに残骸が見受けられた。


先に現場に来ていた部下が既に聞き込みをしていたようで、その報告によると


「いきなり地響きと揺れが来たと思ったらバーの屋根が吹っ飛んで噴水が出た」


「いつの間にか水浸しだった」


「バーのマスターと客は少し前に全員外に出てきていた」


「店の上から水が吹き上がったと思ったら入口から鉄砲水が来た」


「店の近くを青髪メガネの貴族が彷徨いていた」


との事らしい。


どう考えても「犯人」はシャルルだ。大方、地下水脈でも探して暴走させたのだろう。


リックの中でそう結論付けたものの、果たして「犯人」と言って良いものか。それを判断するには情報が足りない。


ちなみに奇跡的に死傷者はゼロとのこと。


まぁ、シャルルならば当然だろう。それくらいの信頼はある。


「噴水が上がった店というのは、この店か?」


リックが紙ナフキンを見せて問うと、部下は頷き近くいた男性に声をかけた。


「こちらがその店のマスターであります。これから詳しい話を聞く所なのですが、大尉がされますか?」


「少しだけ聞かせてもらおうか。場合によっては俺はすぐに動かねばならんからな。正式な聴取は後日改めて軍の方で」


「はっ!」


「ではマスター殿、いいか?」


「は、はい…」


彼はまだ少しぼうっとしているようで、理路整然とした話は期待できそうにない。


ならば、とリックはこちらから質問をすることにした。


「青い髪の貴族が店に来たのは覚えているか?ソイツの特徴なんかを聞きたいんだが」


「あぁ、えーっと…白い服で、髪は青くて肩につかないくらいの長さで、あ、眼鏡をされていました。歳は20前後…大尉と同じくらいだと思います。それから、妙なことに平民相手なのに丁寧な言葉遣いと紳士的な態度でした」


「丁寧な言葉遣い…何か話をしたのか?」


「はい、というか、店に来たのは話をするのが目的だと仰ってました」


「何の?」


「それは…その、言って良いものか…」


マスターは視線を店(の残骸がある方)へ向けて口を閉ざした。


「ほぉ。店を壊した奴を庇うのか?貴族だろうが遠慮することはないぞ。悪い事は悪いんだ」


「いいえ!あの方を庇うわけでは!」


「じゃぁ何だ?…まさか言えない事をしているということか?」


「いいいいいえ!私は何も!横領も賭博も詐欺もしておりません!そうではなく!」


「だったら何だ?」


「…あの、『大尉』って偉いんですか?」


「いや…まぁ真ん中くらいか?考えた事はないが」


脈絡ない質問だが何か関係あるのだろう、一応答えて…ふと気付いた。


なるほど、そういう事か。


「もしかして、何か言われてるのか?軍の、俺よりも上層部から」


「は、はい…」


「なるほどな。じゃぁ良い。そこは触れないでおこう。変に勘ぐって悪かったな」


こんな平民街に軍のお偉方が何の用があるのか知らない…というより出来ればそういう事は知りたくない。それが賢い生き方であり出世の道であり処世術だ。


けれど、リックは既に半分程そこに足を突っ込んでいるため知りたくなくても何となく分かってしまった。そして恐らくシャルルもソレ絡みで動いていることも。


ならば彼を「犯人」と呼ぶ事は出来ないだろう。もしかしたら軍か政府からの「密命」の可能性もあるのだから。


という事は、慌てて後を追う必要もない。


リックは紙ナフキンに書かれていた「赤髪短髪長身のメガネ、赤髪の小柄な少年」の方を優先する事にした。







平民街の外れの誰かの家の屋根。


シャルルはのんびり腰掛け道行く人々を眺めていた。


深夜だと言うのに平民は元気だな、などと場違いな事を思う。


「リックは怒ってるでしょうか…『もう少しやり方あっただろ!』なんて言ってるかも。まぁ多少はやり過ぎたとは思ってますけどね」 


反省はしているけれど、今回は大目に見て欲しい。


店に入る前に見かけた赤髪の2人組。十中八九、帝国の人間だろう。マスターの言う「異国の人」も彼らの事なら、既に『扉の向こう』にある物に気付いていた可能性がある。


だとしたら、あまり猶予がない。


あの『扉』に帝国の人間を近付ける訳にはいかないのだ。


「これで少しは時間稼ぎと牽制が出来たでしょうか…」


噴水騒ぎであの場はしばらく軍の管轄に置かれるだろう。「住民以外は立ち入り禁止」となれば帝国の人間など近寄れないはずだ。


できる事はやった。

ここでの自分の役割はここまで、あとはリックに任せることにする。


「さて、まずはどこへいきましょうか」


シャルルは誰に言うでもなく呟いて180度くるりと向きを変えた。

遠くの空が朧気に明るくなっている。


「『俺たちの戦いはこれからだ!』…なんちゃって。出来れば夕日に向かって走りたかったのですが…まぁ、少年漫画にしては厳しい展開になりそうですし、青春ごっこしてる場合じゃないですね。お仕事お仕事」


シャルルはまたズレてもいない眼鏡を押し上げて朝焼けの街(の屋根)を歩き始めた。




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