questers 5
「まず、これを書いたのはお前の上司ではない」
椅子にふんぞり返りリヴァルはユーリに申請書を手渡した。
偉そうに見えるが、半分寝ているようなこの体勢が楽なのかもしれない。
「まぁ、『書いた』のはそうでしょうね。申請書は本人が書くものですし、隊長は命令をするだけですから」
「いや、バトラでもない」
「えっ?でもサインはちゃんとバトラ大尉になってますよ?」
「は?筆跡が違うだろ」
「いや分かんないですって、そんなの。…つまり偽造ってことですか?誰かが大尉の名前で勝手に出したと?」
「『勝手に』ではないと思うがな。上手く言いくるめたんだろう。『俺が書いておいてやる』とか何とか言って」
その様子がありありと思い浮かべられてリヴァルはげんなりした。
その人物を思い出した事が既に嫌だし行動を予想できる自分も嫌だ。
「つまり隊長じゃない誰かがバトラ大尉に出張を命じて『休暇』として処理しようとした、ってことですよね?じゃぁ隊長は…」
「本当にただの休暇だと思っている可能性はあるな」
「そんな…」
「ま、そういう事だ。以上、説明終わり。じゃぁ俺は買い物に…」
何となく気になっただけだったのに。
おかしいとは思ったけれど、本当に不正だなんて。
と、ユーリがショックで放心している間にリヴァルは勝手に限をつけて立ち上がった。
話をして幾分か冷静になったものの怒りが消えた訳では無いのだ。
「あーあーあー!あ、あの、まだ!まだ終わってません!俺まだ分からない所があります!行かないで!」
惚けている場合ではない、とユーリは切り替えてリヴァルの進路を塞いだ。
隊長を飛び越えて命令を出せる人物だ、大物に違いない。
そんな所へ乗り込んだらいかにリヴァルが高官といえど無傷では済まないだろう。
「あぁ?!ちゃんと説明しただろうが!いいから退け」
「待っっってください!まだ納得できません!えっと、確かに俺は不正だと思ってここに来ましたけど、これそんなに大事なんですか?わざわざリヴァル卿が乗り込むほどの大事件ですか?ちょっとした手違いとか連絡ミスとか勘違いって可能性ないですか?」
滅多に使わない脳ミソをフル回転させ早口で捲し立てると、リヴァルは舌打ちをして座り直した。
ユーリは最後は力づくでも止めねばと思っていたので急に大人しくなったリヴァルに驚いたが、よく見ると顔色が悪い。説得に応じたのではなく立っていられなくなっただけなのかもしれない。
精一杯強がっているようなのでわざわざ指摘するのはやめて、話の続きを促した。
「お前、エル・バトラとは仲が良いのか?」
「えっ、まぁそうですね。気にかけて貰ってると思います」
「なら分かるだろ、彼の実力」
「それはもちろん。というか有名人なので皆知ってますよ。戦闘能力だけなら隊長より上じゃないかって言う人もいるくらいです」
「なら何故いつまでも下っ端の『大尉』なんて地位にいると思う?家柄も問題ないはずだろ?」
「それは…その、なんと言いますか、あの方はどうにも戦闘に特化してると言うか…」
「おい、気持ちは分かるがいない奴に気を遣うな。思った通り言え、話が進まん」
「……KYな脳筋だからです」
「けぇわいなのうきん」
「あ、状況判断が鈍く頭脳戦が出来ない、です」
「…お前酷いな」
「えぇ?!リヴァル卿が言えって言ったのに!」
「俺はそこまで酷い事は考えてないぞ。ただ『素直すぎて人の裏を読めない、政治的駆け引きに向いていない』と思っただけだ」
「うわ、狡いですよ!あ〜、『アホ』くらいにしておけば良かった」
「お前、友達いないだろ」
「リヴァル卿こそ」
ぼっち2人はお互いにブーメランを投げあって被弾した。
「コホン……とにかく、エル・バトラ大尉は後ろめたい仕事をやらせるのに調度良いってことだ。護衛対象のメイア博士が余程大事なのかそれとも行先が危険なのか…何にせよ、かなりの実力が必要とされている任務なんだろう。そういうのは普通は隊長か『それなりの地位』にいる奴をいかせる。だが…」
リヴァルはそこで切って続きを促すようにユーリに視線を寄越した。
「『それなりの地位』にいる人に、こんな小細工は通じない、ってことですね。いくら実力主義の軍でも戦闘能力だけで『それなりの地位』には就けません。ある程度の駆け引きやら政治的判断やら、いわゆる頭を使う仕事も必要ですから」
「あぁ。隊長を飛び越えて命令を出す時点で怪しいし、親衛隊の本来の仕事ではない要人警護なんて裏があるに決まってる。それに気付かないようなマヌケなら出世してないって事だ」
「かといって、そんなのホイホイ信じるようなマヌケは下っ端だけ…つまり戦闘能力的に難あり。ってことで、戦闘能力は抜群だけどマヌケなバトラ大尉が選ばれた、と。なるほど。賢いですね」
ユーリは顎に手を当てしきりに納得していたが、
「は?どこがだよ?お前なんぞにバレてる時点でそいつもアホだろうが」
とバッサリ切り捨てられた。
しかも全くもってその通りだ。反論できない。
「まぁバトラ大尉の場合はマヌケなのではなく考える事を放棄しているだけのようだがな」
彼の頭はきちんと使えば良く回るのだろう。
けれど「使わない」のだ。軍人には必要ない、と。
「納得できたなら帰れ。俺は行くところがあるから。じゃあな」
少し休んで顔色の良くなったリヴァルはスっと立ち上がり再びドアへと向かう。
これほど冷静になってもまだ喧嘩を買いに行くつもりのようだ。
「まぁまぁまぁ、その前にオヤツ食べません?ティータイムしましょ?貴族は好きでしょ、ティータイム」
「あ?俺は好きじゃない。というか忙しいって言ってんだろ。仕事が山ほど残ってんだよ。呑気にティータイムなんてしてられるか」
「じゃぁ仕事しましょ!座って!ね?!」
「大丈夫だ。すぐ戻る。ちょっと行ってアホにガツンと言って一発ぶん殴るだけだから一瞬で終わる」
思ったよりも過激でユーリはサッと血の気が引いた。
ガツンはともかく、いや、ガツンも相手次第ではマズイのだが、殴るのはかなりマズイ。
リヴァルの人生の方が一瞬で終わるかもしれない。
「相手が誰かは知りませんけど絶対マズイですって!隊長を飛び越えて命令出せるってことはかなり上の人じゃないですか!」
「俺だって上の人だ!」
「それはそうですけど!他にやり方があるでしょう?!」
「目的が分からない以上、悠長に構えてる暇はないだろ!もしバトラの行先が国外だったらどうする?それこそ国際問題にでも発展したら取り返しがつかない」
「そ、それはそうですけど!でもいきなり殴り込みはダメです!ホントに首が飛びますよ!」
「ふん、俺を誰だと思ってる?そんなヘマはしない。上手くやるさ」
「無理ですって!何の策もなく突撃して後から誤魔化そうなんて、いくらリヴァル卿でも無謀ですよ!」
「そうかもな。だとしてもだ。タダでやられるつもりはない。その時はアイツも道連れにしてやる」
「その場で切られたらどうするんですか?リヴァル卿、運動神経ないですよね?即死の無駄死にじゃないですか!」
「失礼だな!まぁ、その通りだが…その時はお前が俺の代わりに何とかしてくれ。隊長がシロだと分かったんだ、泣きついて助けてもらえば良い。大義名分としては俺の奇行の調査ってことで」
「そういう問題じゃないです!あーもー!…俺は、こんな事で貴方に傷付いて欲しくないんです。不正を暴いて黒幕を捕まえても、貴方に何かあったら意味ないでしょう?」
腕にしがみつきながら必死に涙声で訴えるユーリに、リヴァルはいたたまれなくなってきた。
虐めているような気分になるのと罪悪感が湧いてきたからだ。
「不正をしている以上、どこの誰であろうと容赦はしない。俺には国を守る義務がある。そうだろう?俺は本望だよ」
リヴァルは努めて優しく諭すような声で語りかけた。
だがそれはユーリには逆効果だった。
カッとなって殴りに行くと言っているなら冷静にさえなってもらえれば何とか説得できると思っていた。
偉い人を殴ったら大変な事になるよ。
城下の平民の幼子とて口にする言葉だ。
それが通じない役人が、大人がいてたまるか。
けれど、リヴァルはわかっていてやろうとしている。
自分がどうなるか、なんて事はどうでも良いのだ。
国に仕える者としては当然なのかもしれない。それが忠義であり使命だ。
それでも…
「でも、他に方法があるはずです…」
掴んだままのリヴァルの腕に額を当てて、震える声で何とかそれだけ絞り出した。
「さっきも言ったが、あまり時間がないんだ。本来なら証拠を集めて根回しをして味方も集めて、ここぞという時に暴き出すのが最善だが、いくら俺でもそれには1ヶ月はかかる。そんな事をしている間にアイツは全て終わらせてしまう。そういう奴なんだよ。目的は分からない。だがろくでもない事だけは確かだ。だから無理にでも事を荒立てる必要があるんだよ」
「荒立てる…?」
「騒ぎを起こせば徹底的に調査が入るだろ?まぁお前みたいな下っ端じゃ、それこそその場で切られて終わりだろうが、なんたって俺様だからな。蔑ろにはできないさ。バトラも呼び戻されるし、黒幕野郎も迂闊に動けなくなる。完璧だろ?」
「……でも、殴るのはダメです。そこまでは必要ないです。リヴァル卿は口が達者なんだからギャーギャー騒ぐだけで十分でしょ?」
手を出してしまえば、いくら黒幕を捕まえてもお咎めなしにはならない。
リヴァルはそれでも良い、それくらい覚悟している、と言うのだろうが。
「…お前さっきから言い方が失礼じゃないか?」
ユーリにとっては一大事だと言うのにとぼけた事を言うので、腕を握る手に思い切り力を込めた。
「わ、分かった、殴るのはやめるてやる。ガツンとかますだけにしてやるから、手を離せ。な?」
しがみついていた手をポンポンと叩いて優しく剥がした。
ユーリは俯いて弱々しく呟く。
「じゃぁ俺も行きます…」
「いや、お前はこれ以上は危険だ。後は俺と、俺がダメだったら隊長に任せてお前は忘れろ。いいな?」
「良くないです……だって、このまま行かせたらガツンと言うだけじゃ済まなくて結局キレて殴っちゃって、切られなくても捕まっちゃって、牢屋行っても絶対に謝らないし大人しくしてなくて、ギャンギャン騒いでキレ散らかして…友達いないから誰も助けてくれなくて、むしろ嫌われてるから皆に首切りコールとかされちゃって…そのまま処刑台まで最短コースで行っちゃうかもしれないじゃないですかぁ…」
「…おいコラてめぇ俺をなんだと思ってるんだよ、先に処刑台に送ってやろうか?あぁ?」
「うっ…」
出来る出来ないで言えば前者、リヴァルならユーリのような平民上がりの下っ端をそうすることくらい可能だ。
流石にそんな事をする人ではないと信じてはいるが、チラっと断頭台に上がる自分を想像してしまった。
その一瞬の隙をリヴァルは見逃さなかった。
「じゃぁ今から俺の言う事を聞いたら許してやる」
「へ?」
「お前、食堂で働いた経験あるって言ってたな?」
「あ、はい。子供の頃に少し…でもそれがなんです?」
「ちょっと再現してみろ。両手で皿を四つ持てるか?」
「はぁ、まぁ出来ますけど…皿なんてどこに」
「ポーズだけで良い。ほら手」
意味も分からずユーリは言われた通りに動いた。
両肘とも90度に曲げ手のひらを上に向ける。
「なんかマヌケじゃ無いですか?というか何で今こんなこと…」
「いいからそのまま動くな」
リヴァルは近くにあった書類の山を一塊、本にすると3冊くらいだろう厚さのそれをユーリの手に乗せた。
「あの…」
「動くなって。落ちたら大変だぞ」
リヴァルは有無を言わさず次から次へと紙の束を手に乗せていった。
両腕に均等に紙を積み上げ、目の高さ程になった所でリヴァルは満足気に頷き厭らしい笑みを浮かべた。
「何ですかその顔…曲芸でもさせるんですか?そろそろ重いんですけど」
「まさかまさか!重要な書類でそんな事をする訳がないだろう?重要な、書類で」
「えぇ?!ちょ、そんなに重要なら何故こんなことを?!バランスを崩してばらまいちゃったら大変じゃないですか!」
「あぁそうだな、大変だ。大惨事だ。という訳で、絶対に落とすなよ?絶妙なバランスで積んであるから動いたら落ちるからな?」
「はぁっ?!っと、と、危ないっ…」
グラグラ揺れる紙の山を必死に支えるユーリを愉快そうに笑い、リヴァルはゆっくりとドアへと歩き出した。
「ちょ、リヴァル卿、どこ行くんです?ねぇ、ちょっと!」
「だから言ってるだろ?買い物だよ、買い物」
背中越しにヒラヒラと手を振り、リヴァルは優雅に部屋を出ていった。
ドアが閉まる直前、勝ち誇った笑みを浮かべるリヴァルの横顔が見えて、ユーリは声にならない叫びをあげた。




