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殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
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questers 4

ヴァンデス帝国・メルティオール城


西側最奥に位置する部屋、通称オマケ部屋。


ここには、城内ひいては国内の政に関するあらゆる書類が集められている。


毎日膨大な枚数が舞い込み、逆に出ていくのはその半数に満たない。となれば、この大して広くもない室内が紙の山で埋めつくされるのは必然だろう。


真ん中にドンと置かれた執務机の周りとそこからドアへの通り道を除いて、四方全面に紙の山が山脈の如く出来上がっている。


少しでもぶつかれば雪崩は必至。

故にドアを開ける際には細心の注意が必要だ。



「失礼します!」


ユーリ・ジルバは声の大きさとは裏腹に静かにそっとドアを開けた。


隙間から覗き、近くに紙の山がないことを確認してから慎重に身を滑り込ませる。


「お疲れ様です、リヴァル卿」


「……お疲れ。お前、もう少し静かにしろよ。頭に響く」


「す、すみません。まだお加減が悪いのでしたら休まれては?」


「ちょっと頭痛がするだけだ。問題ない」


「問題ないって言って倒れたのはいつの話でしたっけ?」


ユーリは呆れを隠そうともせず肩を竦めた。


この部屋の主、リヴァルはそれを見なかった事にして読みかけの書類へと視線を戻す。

ユーリの小言はメンタルにくる。

真面目に聞く気はない、という意思表示だ。


「お一人ですか?助手さん達は?」


「…知るか」


「またですか。何で皆すぐ辞めちゃうんでしょうね?」


「だから、俺が知るか。それより何の用だ?」


舌打ちをして、リヴァルはチラリとユーリへと視線を向けた。

床一面に散らばった書類を踏まないよう慎重に進む様は踊っているように見えて少し滑稽だ。


「いえ、何ってこともないんですけど、ご機嫌伺いといいますか…復帰されたと聞いたのでご挨拶といいますか…」


ユーリは足元を見たままモゴモゴとはっきりしない答えを返した。


「そういうのはいい。俺は忙しいんだよ。さっさと要件を言え」


「いえ、別に社交辞令とかじゃなくて本当に心配してるんですよ?リヴァル卿はすぐ無理するから…」


「分かったって。分かったから早く要件」


小言が始まりそうな雰囲気を察知し、リヴァルは自身の銀色の前髪をくしゃりと掴み先を促した。



「…分かりました。今日はちょっと聞きたいことがあって来ました」


「それは忙しい俺の時間を奪ってまで聞きたいことなのか?」


「はい、是非!」


「……はぁ。なんだ?」


「メイア博士って知ってます?」


「まぁ一応、顔と名前くらいは知ってる。挨拶もした事はあったかもしれんが忘れたな」


書類にサインをしながら何となく思い出す。

何度か城ですれ違ったかもしれない。

確か、学者とは思えない、やたらデカい無骨そうな男だ。


「今、同僚が博士の護衛任務で出張に行ってるんですよ。それが何か妙な感じがして気になっちゃって。リヴァル卿なら何かご存知かと思って来てみた次第です」


「出張?どこへだ?」


「さぁ…それが秘密らしくて。怪しくないですか?そもそも要人警護は俺たち親衛隊の仕事じゃないんですよ!」


ユーリはずいっと顔を近付けた。

流石のリヴァルもこれには驚き、やっと書類から目を離した。


「近い近い、離れろ」


「おっと、すみません。それでリヴァル卿、何か知りませんか?」


「知らん」


「もうちょっと考えて下さいよ〜」


「忙しいって言ってるだろ。大体、怪しいって何だよ。何か不都合でもあるのか?」


「不都合っていうか、何かこう、不正の匂いがしません?」


「不正?証拠でもあるのか?あまり迂闊な事を言うな。お前の立場が危うくなるぞ」


少しはユーリの話を聞く気になったらしい、リヴァルはペンを置き腕を組んだ。


「立場って、俺は平民の出ですよ?そんなの初めからないですって」


「バカが。だから言ってんだろ。立場も何もないんだから大人しくしとけっての。余計な事に首を突っ込むな。一瞬で首が飛ぶぞ」


「そんなのが恐くて軍人がやってられますか!不正は不正です。見逃せません。貴方だってそうでしょ?」


「一緒にするな。俺は自分から首を突っ込んだりしねぇよ。ただ、仕事柄どうしても突っ込んじまった時は徹底的にやるってだけだ」


リヴァルは溜息を吐いて頬杖をついた。

彼はなかなか頑固なのだ。しばらく終わりそうもない。



「じゃぁ徹底的にやってくれますよね?だって俺から報告があったからには既に首を突っ込んでるわけですし」


「おいコラ勝手に『報告』にするな。ただの『世間話』だ。そういうのはちゃんと文書で提出しろ。ついでに言うとユーリ、お前は俺の部下じゃない。というか所属から何から違うだろうが。俺を巻き込むな。軍の問題は軍で何とかしろ」


「くっ…正論が過ぎる…」


リヴァルの言う通り、この二人の仕事上の関係は皆無と言っていい。

軍人、つまり武官であるユーリと文官のリヴァル。同じ城内で働いてはいるが、分野が全く違う。

それに平民出身で階級も中尉という下っ端のユーリと反対にリヴァルは由緒正しい上級貴族で政府の高官だ。

本来ならばこうして気軽に話が出来る立場ではない。



「……分かりました。隊長に相談してみます。お忙しいところ邪魔してすみませんでした」


ユーリは肩を落とし緩く敬礼をして踵を返した。

リヴァルの言う通り、身内の問題を管轄外の彼に何とかしてもらおうと言うのが間違いだった。


断られた事よりも自分の甘さに落ち込みながら、再び足元の書類を見ながらドアへ向かう。

と、「おい」とリヴァルからイラついた声で引き留められた。


「あ、はい」


「お前、隊長に相談するって言ったか?」


「のつもりですけど」


「バカかお前は」


リヴァルは深く長く溜息を吐いて頭を抱えた。


そして机の上と近くの紙の山を一通りザッと見渡すと、「何とかなるか…」と一人で納得したように呟いた。


「あの〜、俺がバカな事に関しては反論できないんで置いとくとして、どうかしたんですか?」


「どうかした、じゃねぇよ。手伝ってやるって言ってんだ」


「え、言いました?いつですか?」


「……今だよ!うるせぇな!察しろ!」


「えぇ…それは無茶ですよ。とんだコミュ障…」


「あ゛ぁ゛?!文句あるなら出てけ!」


「いえ!何もないです!すみません、ありがとうございます!」


そういうとこなんだよなぁ…と、この部屋の離職率の高さを思い出し、それを隠すようにユーリは満面の笑みでピシッと敬礼をした。




「どうして急に気がかわったんですか?」


「お前があまりにもアホだからだ」


「…それは否定できないですけど、具体的にどの部分が?」


紙の山を眺めるリヴァルを見上げてユーリは首を傾げた。


頭の良すぎる彼は言葉を端折るきらいがある。

その意図するところを汲み取れずに聞き返すと、大抵は怒鳴り返される上にまともに答えてもらえない。

それに耐えられずに逃げ出す者が後を絶たないのだが、ユーリは図太くしぶとくめげずに聞き返す。


「『隊長に相談する』って部分だ」


「したらダメなんですか?軍のことは軍で解決しろって仰ったのはリヴァル卿ですよ?」


「脳みそお花畑かお前は。その同僚に出張の命令を出したのは誰だ?」


「え?そりゃ隊長…あ」


「不正があるって言うなら一番最初に疑うべき人物だろうが。クソ甘ちゃんめ。相談なんかしてみろ、次の日には物理的にお前の首が飛んでるぞ」


「えっ、首が飛ぶってそういう…!?」


「恐くないんじゃなかったのか?軍人様は」


「それは恐いです!めっっちゃくちゃ恐いです!」


「なら普段からもっと気を引き締めろ。ボーッとした顔しやがって」


「顔の事は放っておいてください!リヴァル卿みたいなイケメンとは違うんです!」


「いけめんって何だ?あぁ?悪口か?」


「いい男ってことですよ!」


「性格はアレだけど」と言いかけて慌てて口を閉じた。そんなことを言えば罵詈雑言が100倍になって返ってくるだろう。


「ふん、当たり前だ。俺だからな。当たり前なこと言ってないで手を動かせ」


口を閉じたおかげで100倍の罵詈雑言は来なかったが清々しい程のドヤ顔が返ってきた。

事実だけに何とも反論し難い。


「……動かしてますよ。軍からの書類を探すんですよね?」


「あぁ。出張となればそれなりに金が掛かるし手続きも必要だ。まずはそれが誰の名前で出されてるかを調べる。もし書類そのものがなかったら、そこを足がかりにつつけば良い」


獲物を狙うような目でリヴァルは薄ら笑った。「徹底的にやる」というのは本当らしい。



リヴァルが手を貸してくれるのは有り難いが、不安もないわけではない。

彼の手にかかれば問題は解決したも同然だろう。その優秀さを知らない者はいない。

けれど、やり方がどうにも危なっかしいのだ。


「つつくって、あんまり大胆な事しないでくださいよ?」


ユーリは「不安です」と顔に書いて釘を刺す。

自分から頼っておいて何だが、放っておいたら無茶をするに決まっている。


「はぁ?お前が何とかしろって言ってきたんだろうが。協力してやってるんだ、俺のやり方に文句言うな」


「それはそうですけど…」


反論材料を見つけられず、一旦諦めてユーリは書類探しに集中した。

何かしら見つけない事には始まらないのだ。


「あ、この辺の山が軍関係っぽいですよ。えーっと、演習の日程表に武具の購入履歴に新入隊員の素行調査書…うわ、有休の申請書だ。こんな物までここに来るんですか?…ってこれ先月俺が出したヤツ!」


「言っておくが、それを処理するのは俺の仕事じゃないぞ。俺は目を通すだけだ。ちゃんと受理されてるから心配するな」


「そんな心配はしてませんって。…あ、先輩来週休みなんだ」


「おい、プライバシー」


「あ、すみません。…ん?これバトラ大尉の?」


「ユーリ」


「すみません、でもコレ見てください!例の出張に行ってるはずの同僚のです!」


ユーリとて好き好んで仲間の個人情報を盗み見ているわけではない。不可抗力だ。

それに、これは見過ごせない。


紙の山を飛び越えて手渡すと、リヴァルの綺麗な切れ長の目が鋭く細められた。


申請者はエル・バトラ大尉。

期間は数日前から無期限、理由は身内の不幸となっている。


そしてこの文字。

リヴァルには見覚えがありすぎた。


「ふざけたことしてくれたな…!」


1枚の申請書から大方の黒幕を一瞬で把握し、腹立たしそうに紙をグシャリと握りしめた。


「あっ!それ大事な証拠ですよ!グシャグシャにしないでください!って顔恐いですよ、何か分かったんですか?」


ユーリは期待に満ちた目でリヴァルを見つめた。けれど彼は逆にその目を逸らし、背を向けた。


「今のは見なかったことにしろ」


「へ?」


「この件は俺が何とかしておいてやるから、お前はもう忘れろ。いいな?」


リヴァルはそれだけ言って執務室のドアへと向かった。顔が完全にキレている時のそれで、ユーリは慌ててその腕を掴む。

このまま行かせては何をしでかすか分からない。


「ちょ、ちょっっと待ってください!何か変なこと考えてません?」


「心配するな、ちょっと買い物に行くだけだ」


と、コメカミに青筋を浮かべ眉をピクピクさせながら微笑まれても嫌な予感しかしない。

ユーリは刺激しないようそっと尋ねる。


「……何を、買いに行くんですか?」


「喧嘩」


「 けっ、喧嘩って何でですか?!何でそうなるんですか!とりあえず落ち着きましょう?ね?」


意味が分からない。

けれどマズイ事だけは確かだ。


とにかく止めなければ。

ユーリは掴んだままの腕をグッと引き寄せた。


「離せっ!アイツには一度ガツンと言ってやろうと思ってたんだ!」


リヴァルは抵抗するが病み上がりの文官が日々鍛錬をしているユーリに勝てるわけもない。


「誰だか知りませんけどダメです!ちょっと冷静になりましょう!」


「安心しろ、俺は冷静だ。冷静にアイツをぶっ飛ばす方法を考えてる」


「全然安心できません!買い物に行く前に説明してください。それまで離しませんよ」


「…忘れろと言ったはずだ。お前ごときが対処できる事じゃない」


「確かに俺は何の力もないので対処はできません。でも忘れる事もできません。俺の責任ですから」


巻き込んだのはユーリだ、丸投げするわけにはいかない。


「お前の気持ちは分からんでもない。これはお前が持ち込んだ事だ、責任を感じるのも分かる。が、喧嘩を売られたのは俺なんだよ。クソッ」


リヴァルは腹立たしそうにガシガシと乱暴に髪を搔きまわした。


「どういう事です?どうして軍の事でリヴァル卿が喧嘩を売られた事になるんですか?」


「この際、軍がどうとかは関係ない。ただこんな何の捻りもない堂々とした方法で俺が誤魔化せると思われてるのが気に入らないんだよ。あの野郎、舐めやがって…!」


「うわ、暴れないでくださいよ!病み上がりに無茶しないでください!」


「うるせぇ!いい加減に離…っ!」


リヴァルはユーリの手を振りほどこうとジタバタするが、如何せん体力も筋力も無さ過ぎた。

軽い目眩を起こしてふらついた所をユーリが抱えるように支えて座らせる。


「大丈夫ですか?」


「……問題ない」


「ない訳ないですって。少し休みましょう。ね?」


「そんな暇はない」


「う〜ん…あ、じゃぁこうしましょう。俺にきっちりしっかり説明してください。椅子に座ってのんびりゆっくり懇切丁寧に。アホな俺が理解するまでの間だけで良いんです。喧嘩を買いに行くのはそれからにしてくれませんか?」


心配そうに顔を覗き込みながら必死に引き留めようとするユーリにリヴァルも毒気を抜かれたようだ。

小さく舌打ちをして大人しく椅子に座った。


「ふふ、ありがとうございます」


「ニヤニヤするな、鬱陶しい。で、どこがどう分からないんだ?」


「えーっと、バトラ大尉の出張の日と休暇届けの日が被ってて矛盾してるってのは分かりました。あと、それが隊長の命令かもしれないっていうのも分かりました」


「つまりそれしか分からない、と」


「……はい」


「まぁ、そう落ち込むな。軍人のお前にそこまで期待していない。俺は仕事柄そういう事に頭が回る。それだけだ」


貶しているのか慰めているのか自慢しているのか分からず、リアクションに困ってユーリは「はぁ」と曖昧に返事をした。

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