questers 3
王立大を出て軍本部へと戻る馬車の中、ルゼールはだらしなく半分寝るような形で座っていた。
本心の見えない上級貴族とのやりとりは精神的に疲れる。
ついでに目の前に座る上官の無茶に精神力が削られた部分も多い。
「はぁ疲れた〜。もう大尉ってばあんまりヒヤヒヤさせないでくださいよ。偉い人に媚びないとこは尊敬しますけど、公爵家から苦情なんて来ちゃったらどうするんですか?左遷させられても知りませんよ」
「…分かってる。悪かった。それより赤髪の2人組の話、まだちゃんと聞いてないんだが?」
「ちゃんと、と言いますと?」
「そもそもだ、下宿屋まで特定しておいて何で逃げられたんだ?不意打ちでも食らったのか?」
ルゼールは一応きちんと座り直して懐からメモを取り出した。
「あぁ…それが、どうやら下宿屋の大家に一杯食わされたらしいんですよ」
「大家?」
思わぬ人物の登場にリックは眉を寄せた。
一戦交えた末の逃走だと思っていたからだ。
「なんでも、下宿屋に着いた時には2人は不在だったらしいんです。大家さん曰く『ちょっと出かけてくる』とのことだったので、その場で待たせてもらったんですけど、それがなかなか戻ってこない。痺れを切らせて彼らの使ってる部屋を見せてもらったら荷物がなくなっていて、『やられた〜』って感じらしいです」
「実際は『ちょっと出かけてくる』ではなく宿を引き払った後だった、と?」
「はい。噴水の直後に出ていったみたいですね。大家はグルというか、知ってて嘘をついたようです。頼まれたと言っていました」
「頼まれた…なるほどな」
「えぇ。彼ら、フロウ・ディノアとルーシェ・ディノアは俺たち軍が探しに来る事を察知していた。そして足止めをして逃げる時間を稼ぐために大家に嘘をつくよう頼んだんです」
あの噴水を見れば軍が来るのは予想できただろう。
けれど、彼らの下宿屋はその現場からは少し距離がある。本来ならばそこまで捜査に行く事はない。あったとしても数日後だ、わざわざ足止めなどせずとも普通に出ていけば十分間に合う。
「つまりあの噴水は、奴らと何かしらの関係がある」
この結論にリックは渋面を作って溜息を吐いた。
「噴水自体はシャルル様がやったとして、その目的か原因が赤髪の2人組にあるって事ですよね?となると…どうしましょうか?」
噴水事件を調べるとなると、必然的にあのバーに手を出すことになるが、あそこには『上』が隠している何かがある。
ルゼールの言う通り『触らぬ偉い人に祟なし』だ。普通ならば無視するところだが…
「『国家の危機』だからな。そんなこと言ってる場合じゃないだろう。あぁ、お前は抜けても良いぞ。将来を棒に振るかもしれないし、最悪、消される可能性もある」
「あれ、心配してくれるんです?優しいなぁ」
「おい、茶化すな」
「は〜い、すみません。お気遣いありがとうございます。でも、正直待ってましたって感じなんですよね。ふふふ、『上』に楯突くなんて面白いじゃないですか。いつかやってやろうと思ってたんです。お供しますよ」
言葉通り面白そうにニヤニヤと笑うルゼールにリックは呆れた。
「お前が偉いさん嫌いなのは見てて分かってたが、いつもそんな事考えてたのか…」
「だって気に入らないじゃないですか。無能なのに偉そうな人」
「それはそうだが…ハッキリ言うなよ」
「でも大尉も思ってたでしょう?」
「まぁな。ってそんな事はどうでも良い。……すぐに答えを出さなくて良いんだ。家族とか将来とか、色々あるだろ。家に帰ってゆっくり休んでちゃんと考えろ」
噴水事件以来なんだかんだと動き回っていてまともに食事も睡眠も取れていない。
本来なら当直明けで休みだったのだ。そろそろ限界だろう。
これから軍本部で指名手配の手続きだけして2人とも一旦帰る予定になっている。
「良いんです。国家の危機に立ち上がらなくて何が軍人ですか。家の方も俺は跡継ぎじゃないし家族とは疎遠なので構いませんよ。それに優秀な妹が何とかしてくれますから。あ、休みは貰いますけどね」
余裕の表情で迷いなく答えるルゼール。
それなりに長い付き合いだが、今までで一番心強く思えた。
「お前は俺の部下にしておくには勿体ないな」
滅多にない上官からの褒め言葉にルゼールは嬉しそうに笑った。
「にしても国家の危機ですか。そんなことあるもんですねぇ。俺、一生のんびり平和に暮らせるんだと思ってましたよ。戦争なんて関係ないって」
「俺もだ。というか殆どの人がそうだろ。正直まだピンと来てないしな」
心地良い馬車の揺れが徹夜の身体を眠りへと誘う中、2人はぼんやりと会話を続ける。
「噴水が起きただけですもんねぇ。シャルル様の意図も分からないし。そもそも俺あんまり遺跡とかも分からないんですよね」
「そんなの専門家しか分からないさ。大体、調査が禁止されている事すら知らない人の方が多いくらいだ」
「あ〜確かに。俺も軍に入って初めて知りました。…あれ?ちょっと待ってください。ってことは軍さえいなければ堂々と遺跡に入ってもバレない可能性あるのでは?」
ルゼールはハッと目を覚まして前のめりに座り直した。
リックも閉じかけていた目をこじ開ける。
「…そうだな。一応どの遺跡にも警備隊は配置しているはずだが、場所によっては最低人数、つまり2人しかいない所もある」
「しかもそういう所って大体新人ですよね?不意打ちで魔法を仕掛けたら素人でも簡単に倒せますよね?」
大きな街が近くにあるような有名な遺跡は、それだけ警備も厳重だし人の目もある。
それよりは地方の山奥の遺跡の方が狙いやすいだろう。
「何となく奴らの行先の目星はついたな」
「本当に何となく、ですけどね。遺跡って沢山あるらしいですし。うちの隊だけじゃ人手が足りなくないですか?」
「あぁ…それは分かってる。だが出来ればあまり大勢を巻き込みたくない」
「それはそうですけど…バーの事もあるしもう一部隊は欲しいですよ流石に」
「…考えておく。とりあえず今日は休む。こんな頭じゃ大した案は出てこないだろうからな」
「それは一理ありますが、後回しにしないでくださいね?ちゃんと考えてくださいよ?」
「わ、分かってる」
嫌な事を後回しにしがちな上司の性格を見抜き、心強い副官は釘を刺した。