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殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
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questers 2

「研究室」と聞くと大抵の人が思い浮かべるのは壁一面の本棚にズラリと並んだ難しそうな本や、そこに入り切らない本が乱雑に床や机に山積みにされていたり、書類が散乱していたり、更には寝泊まり用の布団やら着替えやら食べかけの何かやら…つまりあまり綺麗ではない、いわゆる「汚部屋」が多いだろう。


しかしここ、アディ・ジェインの部屋はそんな世間のイメージとは180度異なる。


まず本がない。

そもそも本を置くための本棚がない。


代わりに豪華なソファが向かい合わせに二台とその間にガラステーブルが置かれ、まるで客間のようだ。


執務机も数束の書類や文房具などの最低限の物が見事に整理整頓されている。

掃除も毎日されているのだろう、ホコリや目立った汚れもない。


フィリウスはここに来る度に「見習わねば」と思い、結局思うだけで反映はされない自室を思い浮かべて苦い気分になっていた。


本がないのはアディにとって必要ないから。

1度でも読んだ本は彼の頭の中に全て記憶される。ゆえに現物を手元に置く意味が無い。


それは真似しようとして出来る事ではなく、「見習う」という問題ではないのだが、羨ましくはある。



「これ、ラティオ・クローツから奪ってきたクッキーです。よろしければ」


「あ、お気遣いすみません。お茶を入れますので一緒に頂きましょう」


「いえ、お気遣いなく」


「俺が飲みたいだけですよ。お付き合い頂けると嬉しいです」


「はい、では…」


アディは慣れた手付きで紅茶を入れた。

フィリウスはこれも毎度「見習いたい」と思ってはいる。思っているだけだが。



「先程は申し訳ありませんでした。こちらから『お待ちください』と言っておいて追い出すような事をしてしまって」


「えっ?!いや、それは全然!気にしないでください。帝国の出身の俺がいたら色々とマズイですもんね」


リック達がアディの素性を知っていたかは分からないが、彼らが追っているのが帝国からの不法入国者である以上、あのままアディを同席させるわけにはいかなかった。


「誤解のないよう言わせて頂きますが、決して貴方を疑っての事ではありません。それだけはどうか…」


「え?!ちょ、待って、頭を上げてください!俺はそんな事思ってませんよ!いらぬ嫌疑がかからぬように気遣ってくれたんですよね?ありがとうございます」


逆に頭を下げて微笑むアディを、フィリウスはじっと見つめた。その笑顔が無理に作ったものでも誤魔化すためのものないと分かり、フィリウスもホッと安堵の笑みを浮かべた。



「それで、お約束の実験の話ですが、もう少し後回しにさせて頂いてもよろしいでしょうか?先に相談したい事があるんです」


「それは全然構いませんが…相談ですか?」


議論などをする事はあっても相談などは今までした事がない。アディは意外そうに目を丸くした。


「えぇ。あまり大きな声では言えないのですが…その、ウィザー・ジェイン、貴方は遺跡についてどうお考えですか?」


「貴方らしくない質問の仕方ですね。…それは遺跡そのものについてですか?それとも俺の気持ち的な事ですか?」


「どちらもです」


フィリウスらしくない大雑把な聞き方と自信のなさそうな声色に、先程の軍人達と何かあったのだと察した。アディは紅茶を一口飲み、少し考えてから口を開いた。



「正直に言えば興味はあります。学者ならば皆そうでしょう?どの分野を研究するにせよ、アレは重要な役割を果たしていると思います。何せあまりにも未知ですから。今までの定説が覆るような何かが隠れていても不思議ではない。残念ながら俺は遺跡について特に研究をした訳では無いので大した意見は言えませんが…『現存するあらゆる文明・文化と起源を異にするモノ』、俺はそう考えています」


淡々と語られるアディの言葉を、フィリウスはじっと黙って聞いていた。


ここまでは概ね同じ意見だ。

問題はここから。


「気持ち的には…そうですね、貴方の求める答えかどうかは分かりませんが、俺は時期尚早だと思っています」


「時期尚早、ですか」


「はい。ご存知のように、あの事故で多くの犠牲者を出してしまった事で、現在は遺跡の現地調査は禁止されています。それを撤廃させようという動きがあるようですが、俺はまだ早いと思うんです。だってまだ他にやる事があるでしょう?」


アディは何故か寂しげに微笑んだ。


「他に、やる事…」


「例えば、貴方も先日読んでいた古代書。解明されていない物がまだまだ沢山ありますよね?もしかしたら、そこに遺跡について何か書かれているかもしれない。もしかしたら、遺跡を作った人の日記が出てくるかもしれない。現地調査などしなくても研究は出来るんです。もちろん、実際に現物を見るのが一番手っ取り早いでしょう。けれど、文献や資料を調べ尽くせば安全に調査する方法が見つかるかもしれない。それからでも遅くはないと思うんです。犠牲者が出ると分かりきっている今、無理に行うほどの価値があるとは思えません」


淡々としているようで、やはりどこか寂しげに見えるのは何故だろうか。

聞きながらフィリウスは頭の隅で考えた。



「犠牲は付き物、と考える人も多いでしょう。その気持ちも分からなくはない。実際、今までの歴史を振り返ってみても、俺たち人類が一歩前へ進むとき、そこには必ずと言っていい程に犠牲があった。何かを得るにはそれなりの対価が必要なのでしょう。でも俺は、そういうの嫌なんですよ」


アディは困ったように…否、自嘲するように笑った。


「綺麗事ですよね。大した苦労もせず幸せな世界で生きてきた世間知らずの坊ちゃんらしい意見でしょう?」


「なるほど…」


ここまで来て、フィリウスはやっとアディの寂しげな顔の意味が何となく分かった。


そう、寂しいんだ。

そんな風に考える人が少ない…いや、自分だけなのが。


「なるほど、とは?」


「確かに綺麗事ですね。学者らしくない」


「はは、そうですよね…すみません」


「いえ。良い意味で、です。僕もアレに犠牲を出してまで調べる価値があるなんて到底思えません。けれどそう思う人はほとんどいない。それが何とも寂しい、と貴方は感じるのでしょう?」


答え合わせをするように、フィリウスはアディの目を真っ直ぐに見た。

彼の綺麗な紫ががった青い瞳が、驚いたように段々と丸くなっていく。


「…ウィザー・ウィンディアは心理学の専攻でしたっけ?驚いたな、当てられるなんて。俺、そんな顔してました?」


「僕にはそう見えました」


「ふふ、敵いませんね。俺はね、人の命より大事なものはないのだと、ハッキリと大声で言えないのは悔しいんです。そしてそれが理解されない世の中が、人が、寂しい。貴方は違いますか?」



「考えた事ありませんでした…。でも、そうですね、僕は寂しいと思う前に諦めているのかもしれません。世の中に期待をするのを」


そういう(・・・・)生まれである事を恨んだ事はない。

けれど誰かを羨むことすらも諦めてしまっているのはフィリウスの性分なのだろう。


「やはり俺は『幸せに生きてきた世間知らずの坊ちゃん』なんですね」


「僕にそれを否定する材料はありませんが…良いと思います。貴方はそれで。綺麗事を言う人がいない世の中のほうが僕は寂しい。だから貴方はそのままでいてください」


そう言ってフィリウスは滅多に見せない笑顔を浮かべた。

不意打ちを食らったアディは思わず照れてしまい、それがフィリウスにも伝播する。


「あ…すみません、何か僕すごく恥ずかしい事を言いましたよね」


「い、いえ、えっと、嬉しいです。ありがとうございます」


「……」


「……」


「あっ、そうだ、遺跡の事なんですけど!」


「はい!」


気恥しさからくる沈黙に耐えられずアディはわざとらしく大きめの声をあげた。

釣られてフィリウスも生徒のように元気にお返事をする。


「ウィザー・グラーダはご存知ですよね?確か…えっと…その、懇意にされていたかと」


「……………………………はい」


長い沈黙の後、フィリウスは両手で顔を覆って泣きそうな声で答えた。

以前から苦手なのだろうとは思っていたが、そんなに嫌なのかとアディは慌てた。

けれど本人が「お気になさらず」と言うので触れない事にして話を続けた。


「彼が遺跡の研究をしているという噂はご存知ですか?」


「ウィザー・グラーダが?専門は生物学のはずですが…?」


フィリウスはパッと顔を上げて聞き返した。

噂話には疎い方だが、彼がそんな事をしていたなんて寝耳に水だ。


「そうなんですけど、何やら手掛かりが遺跡にあると思い付いたようです」


全ての学問は繋がっていると言われるが、遺跡と生物学がどう関係しているのか見当がつかない。



「ウィザー・グラーダが遺跡を…」


フィリウスは呟くと床を見つめて考え込んだ。それに構わずアディは話を続ける。


「それが本当なら、おそらく今この国で遺跡について一番詳しいのは彼でしょう。と言っても正直に話してくれるとは思いませんけどね。あまり大っぴらにして良いことではないですし」


禁止されているのは「現地調査」のみで、資料や文献での研究は問題ない。

けれど「遺跡」そのものがタブー視されている手前、隠れて行っている人が殆どだろう。


「俺が関わるべき事ではないかもしれませんが」


例の不法入国者と直接の関係はなくともアディも帝国の人間だ。あまり関わらない方が良い。

けれど途中で離れたとはいえ「帝国からの不法入国者が遺跡に手を出した」ところまでは聞いてしまったのだ、無視はできない。


「もし本当に遺跡に手を出そうとしているのなら、どこの誰だろうと、何の為だろうと、俺は止めたいと思っています」


その言葉と声音に迷いは感じられなかった。


「貴方に相談して良かった。僕もそのつもりです。協力してもらえますか?」


「もちろん」


生まれた国も境遇も正反対。

ゆえに考え方、生き方も正反対なのだろう。


けれど目的は同じ。

想いは同じ。


2人の天才は強い意志を持って握手を交わした。




そして


一旦、遺跡の事は置いといて、優雅なティータイムという名の「古代魔法オタク談義」を始めたのだった。


「あの地盤沈下は想定内なのですか?」


「いえ、そこまでは。僕の計算では落とし穴…コホン、ちょうど人が入れる程度の大きさのはずでした」


「大分違いますね。参考資料は『カヴレス書簡』あたりでしょうか?」


「はい、その三巻です」


「確かまだ半分ほど訳されていない部分がありましたが…」


「そこに今回の…」



そんな話を延々と続け、日が沈み始めた頃。

2人はやっと思い出した。


「「授業…!」」




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