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殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
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remains 8

木の影、草の影をジグザグに立ったり座ったり這ったりしながら逃げたおかげでトカゲは彼らを見失ったようだった。


離れていくトカゲの背を見送り、2人はヘロヘロと座り込んだ。



「た、助かった…」


「そだねぇ。僕トカゲさんと鬼ごっこしたの初めてだよぉ」


「…呑気だねぇ。あんな恐ろしい化け物に遭遇したっていうのに」


「えぇ?う〜ん、そりゃお目目はギョロってしてるし爪も牙も良く切れそうだけどぉ、そんなに恐くないと思うんだよね。だって勝てそうじゃん」


「はぁ?!無理無理無理ぜったい無理だよ勝てないって!」


「そう?」


「そうだよ、だって見たでしょ!あの火!俺たちの魔法より絶対強かった!」


「あぁ、それはそうだね。確かに真正面から炎対決したら負けるかも。でもさ、ほら、僕ってば賢いから。頭脳戦では負けないと思う!えっへん!」


「……ハイハイ、ソーデスネ」


「んもう、本気なのに」


「だったらやってみろ」と出かかって飲み込んだ瞬間、


「うわぁぁぁ!!」


そう遠くない所から悲鳴が聞こえた。


「今の、子供?!」


「っぽいね!もしかしたらトカゲさんに見つかったのかも!助けなきゃ!」


言うが早いかルーシェは走り出した。


「あっ!こらルーシェ!1人で行かないの!」


母親のような事を叫びながらフロウも走り出す。

恐いけれど、そんな事を言っている場合ではない。



森の中ではやはり小柄なルーシェの方が速い。フロウが着いた頃には既に大トカゲ目掛けて飛び出していた。


魔法で右手に炎を纏い、近くの木の上から飛び降りながらトカゲの顔面…ピンポイントで目を狙って燃え盛る4本の指を突き出した。


「ルーシェ〜〜〜キーック!!」


「いやそれパンチ!っていうか目潰し!」


ブチュッという背中がゾゾっとするような音とジュッという肉を焼くような音がしたと思ったら大トカゲが「グォォォ!」と大きな呻き声を上げた。


鋭い歯の揃った大きな口を半開きにしてトカゲは地面をのたうち回る。

ルーシェはそれを仁王立ちで偉そうにドヤ顔で見下ろしていた。


そこから2mほど先の大きな木に背を預けて、10歳程の男の子が震えながら立っていた。

目に涙を浮かべてルーシェとトカゲを交互に見ている。

この図では果たしてどちらに怯えているのか分からない状態だ。

正直フロウもルーシェが少し怖くなった。



今の所は戦闘不能状態の大トカゲだが、いつまた襲ってくるか分からない。

フロウは少年を抱き上げてその場から離れた。ルーシェは何やら不満げな顔で後ろをついてきていた。



安全そうな場所まで行き少年を降ろすと、彼は大きな空色の目でフロウをじっと見上げた。


「大丈夫?怪我は?」


「あ…な、ない、です」


フロウは優しく問いかけながら少年の目線に合わせて屈み、ざっと全身を確認した。

多少の擦り傷はあるけれど大きな怪我はなさそうだ。


「良かった。ごめんね、急に抱っこしちゃって。あとあのお兄ちゃんも。こわかったよね。悪い子じゃないんだ、大丈夫だよ」


「は、はい…あ、いえ、こわく、ないです…」


「そう?なら良いけど。君、一人?」


「えっと、友達と一緒に来てて、でもここにはいなくて…」


「はぐれちゃった?」


「ううん、先に逃げてって言ったんだ。僕、皆を守らなきゃいけないから」


落ち着きを取り戻してきた少年は、しっかりと答えた。それに何か覚悟のようなものを感じ、フロウは怪訝な顔をした。


「それってどういう…」


「ねぇぇ!フロウ〜!荷物はぁ〜??」


フロウの言葉は子供っぽい大声にかき消された。


「今大事な話してるんだけど?!」


「僕だって大事だよ!ほら見てよ!僕のお手手!グッチョグチョ!」


「うわぁ!そんなもの見せないでよ!子供が見てるでしょ!」


「失礼な!僕だって子供ですぅ〜!あ〜ん、気持ち悪いよぉ〜洗いたいよぉ〜でも水がないよぉ〜」


「とりあえずその辺の草にでも擦り付けておいてよ」


「もうやった!でもまだ残ってる!気色悪いよぉ」


半泣きでごねるルーシェをジト目で見ていると、少年が控えめに声をかけた。


「あ、あの、この先に川がありますけど…」


「えっ、ほんと?!案内できる?!」


「は、はい。こっちです」


少年は慣れた足取りで迷うことなく進んで行った。

地元の子なのだろう。遊びに来てあんなものに遭遇してしまうなんて運が悪い。


「わぁ、綺麗な川!このグチョグチョを洗うのが申し訳ないくらいだねぇ」


「いいから早く洗って。見てるだけで気持ち悪い」


「ちょっと!失礼じゃない?!名誉の汚れなのにぃ」


「あんなやり方するからでしょうが…」


溜息とともに吐かれた小さな声はザパザパと手を洗うルーシェには聞こえなかったようだ。代わりと言っては何だが少年の大きな声が届けられる。


「あのっ、助けてくれてありがとう!」


まだ少し怯えながら言う少年にルーシェはニッコリ笑って近付いた。そして


「どぉいたしましてぇ」


と少し湿った手で頭を撫でた。


「子供を守るのが大人の役目だからね」


そう言ったルーシェの顔が本当の大人のように見えて、「本当の大人」なのに何も出来なかったフロウは自分が情けなくなった。


「大人、ですか?」


少年は納得いかないようで、首を傾げた。

外見だけ見れば、ルーシェはせいぜい15歳といったところだろう。それならギリ大人と言えなくもないが、彼の場合は言動が幼児だ。

少年はルーシェを自分と同じくらいに思っていたのかもしれない。


「そぉだよ。ふふふ、ぼく、こう見えて52歳なんだぁ」


「何その微妙な数字…」


「だってホントのことだもん。それよりさ、君は何歳?っていうかお名前は?」


「カイオ・ファイゼン。10歳です」


「カイオくん。僕はルーシェ。こっちはお兄ちゃんのフロウ。よろしく」


「あ、はい。よろしくお願いします。ルーシェおじさん、フロウお兄さん」


「おじさん?!」


「ぶふっ、ルーシェ…おじさん…」


「お兄さん!!僕だってお兄さんだよ!!」


「えぇっ?!だって、52歳…」


「そ、そぉだけど!そぉだけども!『お兄さん』にしておくれよぉ〜」


「あ、はい。ルーシェお兄さん」


「ふふふ、おじさん…ふふ…」


「うんうん、カイオくんは素直だねぇ。フロウはいつまで笑ってるのぉ?」


「ふふ、ごめんごめん。さぁ、良い感じに和んだことだし、そろそろ行こうかカイオくん」


「あっ!誤魔化した!」


「そんなんじゃないって。ほら、お友達探さなきゃだし」


「ぶー…しょーがないなぁ」


ルーシェが頬を膨らませると、カイオは小さく「ふふ」と笑った。



カイオ曰く、友達は既に街に着いてるはず、との事なので彼自身を街に送り届ける事にした。

またいつトカゲと会うか分からないため、ゆっくり慎重に進む。


「お友達に大人の人に知らせてってお願いしたんだね。そうやって皆を守ったんだ。カイオくん凄いねぇ」


「い、いぇ…当然のことをしただけです」


皆を守れたこと、認められたことが嬉しかったのだろう。

カイオは褒められて照れくさそうに俯いた。


「当然って、君はどうして逃げなかったの?恐かっただろうに」


「だ、だって僕は…」


「そりゃぁ領主の息子だから、でしょ?」


カイオが答える前にルーシェがドヤった。


「領主の息子?」


「えっ、ルーシェお兄さん、どうして分かったの?」


「そんなの見れば分かるよぉ。この綺麗なお洋服、どう見ても貴族だもの。それに、こんな何も無い田舎に貴族がいるとしたらそれは領主一家だけだよ。街にあったそれっぽい御屋敷も一軒だけだったしね」


「そうなんだ…ぼく、分かりやすいんだね」


「た、確かに…」


「カイオくんはともかくフロウは気付くの遅いよぉ。もっと観察眼を養わなきゃ」


「はいはい、すみませんねぇ。にしても、その歳で『領主の息子』の自覚持って行動するなんて凄いなぁ」


「あれ?フロウも『領主の息子』じゃなかった?」


「そうだけど、俺は長男じゃないし。そんな事考えたことなかったなぁ。領地じゃなくて王都で暮らしてたし、のほほんと遊び回って過ごしてたよ。まぁ、お国柄もあるのかな」


フロウが肩を竦めて自嘲するとルーシェは「げっ」と呟いた。


「お国柄?2人はこの国の方じゃないんですか?」


「あっ…」


「あっ…じゃないよフロウ!もう迂闊なんだから〜。子供相手だと思って油断したでしょ〜。カイオくんは立派な貴族のご子息様なんだからね!」


「うっ…すみません」


「あっ、大丈夫です!ぼく、お口チャックします!」


カイオは手で口を塞いで大きく頷いてみせた。察しが良く賢い彼だが、その仕草が子供らしくて微笑ましい。ルーシェは思わず頭を撫でた。


「おぉ〜えらいねぇ。君は空気が読める子だねぇ。ありがとぉ。そのまま大人になるんだよ」


もう少し大人になって貴族社会にもまれれば、そうは言ってられないかもしれない。けれど願わずにいられなかった。



「ねぇ、おくちちゃっくって何?」


「もぉ〜フロウってば。内緒ってことだよ。カイオくん、誰にも言わないでくれるってさ」


「あ、ごめんなさい。友達が言ってたの真似しちゃった」


「ううん、気にしないで。平民の言葉、だよね?お友達はみんな平民なの?」


「そうです」


「フロウ〜。さっき言ったじゃない。この街に貴族の子供はカイオくんだけなんだよ」


「あ、そうか。皆と仲が良いんだね」


「はい!…やっぱり変かな?親戚の方々はなぜか僕が皆と遊ぶの嫌がってるんです。父上と母上は何も言わないというか、むしろ領民とは仲良くしなさいって言うんですけど…」


「う〜ん…それこそお国柄もあると思うけどぉ〜、マルコット王国は身分とか家柄にうるさいよねぇ。王都は特に」


「あぁ、それは俺も思った。まだここに来て1ヶ月くらいだけど、なんていうか明らかな線引きみたいなのがあるよね。平民は平民、貴族は貴族みたいな」


「身分…」


カイオは小さく呟いて俯いた。

幼いながら思う所があるのだろう。


「2人の故郷は違うんですか?」


「帝国もそんなに違わないかなぁ。けどこっちよりは自由かも。数はすご〜く少ないけどぉ、お城で働いてる平民もいるんだよ。あ、平民から貴族になった人もいるっけ。ものすっごく頑張って認められたら皇帝陛下がご褒美に貴族のお名前をくれるんだ〜」


カイオは思ってもみなかった事に目をぱちくりさせた。


平民が貴族になるなんて。


もし友達皆がそうなったら誰にも文句を言われずにずっと仲良くしていられるのだろうか。


そうなったら嬉しい。


帰ったら父に相談してみよう。


カイオは密かに決意した。


この外国人達との出会いが彼に与えた影響が後々どんな形となるのか、それが分かるのはまだ先の話。



山を降りて街に入ると、ちょうどカイオの友人達が大人を連れて戻ってくる所だった。


「カイオ様!」


「カイオ様、無事ですか?!」


4人の子供達とその親と思われる大人達が口々に声をかけた。


「はい、このお兄さん達が助けてくれました。でもまだトカゲがウロウロしてるかもしれません。近付かない方が良い」


カイオは「領主の息子」らしく事情を説明し始めた。皆それを神妙な顔で聞き、一通り話し終わるとフロウ達へと視線を向けた。


二人は予定外の展開にサッとアイコンタクトを交わした。


良識ある大人としてカイオを「送り届ける」つもりではあったが、それは「街の入口」まで。

その場で彼とは別れて直ぐに街を出る予定だった。


あんな化け物が出てきてしまっては、遺跡の調査どころかもう山へは入れないだろう。

おそらく直ぐに軍が派遣される。


その前に誰にも会わずにさっさと逃げる。

そのはずだったのだが、いきなり囲まれてしまった。


「あんた達、確か宿に来てた学生さんだね?カイオ様を助けてくれてありがとう」


「イエイエ〜当然の事をしただけデスヨ〜。礼には及ばんサ〜。じゃぁ僕達は用事があるのでこれにて〜」


ルーシェは笑顔を貼り付け早口で答えた。

疚しいことがある以上、目立つべきではない。


「まぁまぁ、そう慌てないで。大事な次期当主様を救ってもらったんだ、何かお礼をさせておくれ」


「そうそう。って言っても大したことは出来ねぇが、精一杯おもてなしすっからよ」


「そうと決まりゃ宴会の準備だ!」


「いやいやいや、そんな事よりトカゲ!あれを何とかした方が良いよぉ〜。いつ街に降りてくるか分からないし、子供達が遊べなくなっちゃうと可哀想でしょ?」


「あぁ、そっちは男どもの仕事さ」


「おぅよ。軍もすぐ来てくれるし心配ないぜ」


「そうそう。アタシら、腕によりをかけてご馳走作るから食べてってよ」


「酒も用意するからよ!」


街の人達の申し出にフロウは負けそうになったが、ルーシェは何とか踏ん張った。


「いやいやホントに僕達ちょぉっとお急ぎなんだぁ。お気持ちだけ、ありがた〜く受け取るよぉ。行こ、お兄ちゃん!」


「え、あ、うん!皆さん、本当に申し訳ないんですが、ここで失礼させて頂きます!」


二人は言うだけ言って彼らの返事を待たずに走り出した。



カイオが何か叫んでいたのが聞こえたが、知らないフリをして急いで宿へ戻った。

一番まずいのは彼の父、領主に会うことだ。

自分達は軍に追われる身。

一般人ならともかく、貴族とは関わらない方が良い。


「うわ〜ん、さっき出したばっかりなのにぃ〜」


ルーシェは散らかした(本人的には定位置に置いた)玩具やぬいぐるみ達を嫌そうにカバンに詰めていく。


フロウの方はまだ完全に荷解きをしていなかったため直ぐに支度を終えた。


「山に置いてきた荷物は諦めるしかないか…何か大事なもの入ってたっけ…?」


トカゲに追われている時に止むを得ず置いてきてしまったバッグの中身を思い出し考える。

食料と水、コンパスに「冒険グッズ」諸々…山登りと遺跡調査に必要な最低限の物しか持って行っていないはずだが、何か大事なものを忘れているような気がしていた。


「あああああ!!」


「うわ、なに、急に大声出して」


「ちず!ちずちずちずちず!地図ぅ〜!」


「ちず…あっ、地図!!うわ、そうだ忘れてた!あの時、手に持ってた!」


遺跡の在り処が書かれた古代の地図。

あれがなければ、この先の調査が出来ないし、そもそもあの地図自体が歴史的に価値のある物だ。無くすなんて有り得ない。


「急いで山へ戻って探そう!」


「だね!あ〜ん、でもでも、この大荷物どうするの?持ってくの?」


「置いてく訳には行かないでしょ、このまま街を出るんだから!」


「うぇ〜、デスヨネ〜」


今から山へ地図を探しに行って、また荷物を取りに宿屋へ戻っていたら大分時間がかかる。

そうこうしている内に捕まってしまうだろう。街の人なら誤魔化せても軍はマズイ。


地図を見付けたらそのまま直ぐに別の街へ行かなければ。


「あ〜ぁ、今朝ここに着いたばっかだったのにぃ。1泊もせずに逃げるのか〜。もう今日は散々だよぉ。トカゲさんに追いかけられるし美味しいご飯も食べてないし、またあのキッツイお山に登らなきゃだし、もう飛んだり跳ねたりだよぉ」


「飛んだり跳ねたり?…踏んだり蹴ったりのこと?」


「あぁ、それ!も〜最悪ぅ〜ってこと」


「そうだね。もう少し落ち着きたいなぁ」


「全部終わったらバケーション行こうね!ゆっくりのんびりダラダラと!」


「お、良いねぇ。でも行くなら俺1人が良いな」


「えぇ?!なぁんでぇぇ?!僕と一緒じゃ嫌なの?!」


「お子様の面倒はもう懲り懲りだよ。って、そんな事は良いから行くよ」


「ふぁ〜い」


ゆっくりのんびり、なんて一体いつになるのやら。

淡すぎる期待を胸の奥の方にしまい込み、二人は再び山へ向かった。

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