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殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
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remains 7

アネモネ山の中腹。


遺跡があると聞いて意気揚揚と調べに来たルーシェとフロウだったが、早くも暗礁に乗り上げていた。


「んねぇねぇフロウ〜。遺跡って何だと思うぅ?」


重い足取りで前を歩くルーシェが振り返らずに尋ねた。


その声音はいつも通り楽しげだったが、彼の背中からは重苦しいオーラが出ているように見えた。


「何って言われても、俺には古い建物としか思えないかな」


「僕もそぉ思ぅう〜。そんなに大事なのかなぁ?どうしても調べないといけないのかなぁ?ねぇねぇどうなの?」


「だから知らないって。どうしたの?なんで急にそんなこと言い出したの?」


そう尋ねたものの、何となくフロウには検討がついていた。


温度差が激しくて情緒が不安定な、大人みたいだけどどうしようもなく子供なルーシェの事だ。おそらく……



「だぁってぇ〜もう疲れちゃったんだも〜ん」


やっぱり。

飽きた、疲れた、帰りたい。

そんな事だろうと思った。



「さっきから歩いても歩いても歩いても歩いても全っ然見つからないじゃん!遺跡も洞窟もどこにもないじゃん!僕ぁもう疲れました!もう一歩も動けませぇん!」


そう宣言してルーシェはバタンと大の字に寝転んだ。


「まだ一時間も経ってないでしょ。もう少し頑張ろうよ」


「いぃ〜やぁ〜だぁ〜!もぅ無理!お腹空いたぁぁ」


ルーシェは小さな子供のように手足をジタバタさせて駄々を捏ねた。


「さっき食べたでしょ」


「食べた!美味しかった!でもお腹空いたんだもん!」


「あ〜もう、分かった分かった!じゃぁ休憩!オヤツ食べよ?」


「えっ!ほんと?!」


ルーシェはガバッと起き上がって満面の笑みでフロウを見詰めた。

さっきまで泣いていたとは思えない変わりようだ。天才子役か。


「う、うん…いいよ……」


「わぁーい!あ、あそこに丁度良く座れそうな石があるよ!フロウはやくはやく!」


ルーシェはパタパタと服の汚れを叩いて走り出した。


「一歩も動けないんじゃなかったの……」


長い溜息を吐いて、フロウはルーシェを追いかけた。



「でふぁあ、ほぉひひなふぉこ……」


「食べながら喋らない」


「ふぁい」



ルーシェは街のお菓子屋で買ったカステラを頬張り、すっかり上機嫌になっていた。

落差の激しい彼にフロウは呆れたが、気持ちは分からなくもない。


宿屋の女将に聞いた通りに山を登っていたのだが、子供達の遊び場と言うには少々厳しい道程だった。


否、地元の子供なら平気なのだろう。

けれどバリバリの都会っ子なフロウには「遊び」の範疇を超えているように思えた。


ルーシェのワガママに付き合う形になったが、フロウも休みたかったのは確かだ。


ルーシェはそれに気付いてわざと…なんて考えが過ぎったが、子供に気遣われたなんて癪だったので言及するのはやめた。


「飲み込んだよ!お話して良い?」


「いいよ」


「さっきの続きだけど、フロウは遺跡の事故のこと知ってる?」


「あぁ10年くらい前だったかな?君は小さかったから知らないかもだけど、当時すごい騒ぎになったんだよ。毎日その話で持ち切りでさ、新聞も数日そればっかだったな」


「そういう思い出話は置いといて。ぶっちゃけ誰が黒幕だと思う?」


「黒幕?何言ってるの、あれは事故だよ。だって誰も遺跡の事なんて分からなかったんだから。不慮の事故だったんだ」


「別に『誰か』が事故を起こしたなんて思ってないもん。そうじゃなくてさ、その後の話だよ」


「後?」


「そう。さっきすごい騒ぎだったって言ったじゃない?毎日その話で持ち切りで新聞もそればっかだったって。じゃぁフロウは事故の原因とか被害者の事とか知ってるの?」


「それは……悪かったね、不勉強で。どうせ俺はボーッと生きてきたよ」


正直、フロウは事故について殆ど知らない。

当時まだギリギリ子供だったのもあるが、自分の周りに関係者がいなかったのが大きい。あくまでも「対岸の火事」で、新聞や大人達の話から事故があった事は知っていたが、それが「どこの遺跡でどれくらいの被害が出て何が原因で起こったか」など興味がなかった。


大学にでも通っていれば違ったかもしれないが、生憎フロウの実家にそんな余裕はなかった。



「ぶ〜別にそんな事は言ってません〜。ひがいも〜そ〜ですぅ〜」


「じゃぁどういう意味?」


「そんな事、誰も知らなかったんだよ。フロウだけじゃなくて誰も」


「誰も?だってあんなに大きな事故だったんだよ?」


「そうだよ。普通はあれ程の事故なら調査団が派遣されて調べて原因も被害者も今後の対策もちゃ〜んと発表されるんだよ。でもあの時(・・・)はそれがなかった。国は僕たち国民に何も言わなかったんだ」


「それってつまり、隠蔽ってこと?」


「そ。きっとわざと隠したんだ。まぁ実際に分からなかった所も多いんだろうけどね。何せ未知の遺跡だから」


「隠したって誰が何でそんな事…?」


「だからぁ、それを『どう思う?』って聞いたの。そういう意味の『黒幕』」


「あぁなるほど、やっと繋がった」


なぜ疑問に思わなかったのだろう。

言われてみれば確かに当時は騒いだものの具体的な話は全くなかった気がする。


そしてある日突然、誰もその話をしなくなった。


箝口令だ。


フロウも一応下級とはいえ貴族、周りは国に従順な者達ばかりだった。


もしかしたら、フロウの友人や親族にも被害者やその遺族がいたのかもしれない。

けれど誰もが口を噤んだ。



その事に何の違和感も疑問も持たなかったのは、フロウが何も知らない子供だったからじゃない。

それが「いつもの事」だったから。


どんなに理不尽でも、どんなに辛い事が起こっても、『誰か』の一言で全てなかった事にされる。


それが『普通』で、それが『ヴァンデス帝国』だ。



「普通に考えたら皇帝陛下だけどねぇ……」


ルーシェは頬に手を当て首を傾げた。


言うまでもなく、この国の最高権力者は「皇帝」だ。

彼の一言で全てが決まると言っても過言ではない。

けれど、事故を一つ揉み消すくらいなら皇帝でなくとも上級貴族であれば可能だろう。


そうなると容疑者が多過ぎる。



「陛下って今の?あの時はまだ先代だっけ?」


「ギリ今の陛下だったよ。事故があったのは即位して一年くらいだったかな〜」


「微妙だね…」


「でしょ〜?だって即位してすぐだなんて色々大変な時だもの。遺跡の事なんて構ってる場合じゃなかったと思うんだ。そのどさくさで陛下を出し抜いて誰かが…って可能性すっごくあるよね〜」


まるでくだらない三流ゴシップ記事のような話だ。これが実際に起きている事だと言われても実感がない。


「なんか遠い世界の話みたいだ……」


「え?でもフロウだって貴族でしょ?」


「いやいや、貴族っていってもウチは下級の下級、殆ど平民みたいなもんだよ。上級貴族の方々なんて会ったことすらないし、領地もド田舎なんだから」


財産も権力も大した事は無い。

パーティや社交界のアレコレにだって数える程しか参加していないし政治の中枢にも関わっていない。特に何か功績があるわけでもない。


細々と遠くの領地・領民を守り管理するだけの地味な一族なのだ。


「遺跡だって正直この任務に就くまで興味なかったし存在すら意識してなかったよ」


「……そっか。そう、だよね」


肩を竦めて言うと、ルーシェは少し驚いたような残念そうな顔をした。

フロウが不思議に思って「ん?」と言葉少なに尋ねれば「ううん」と首を振っていつも通りの顔を装った。


「装った」と気づく程度には長い付き合いになったが、「装わなければいけない」程度の付き合いでもあった。



「ホントに何なんだろうね、遺跡って。意味わかんないよね。作った人は何考えてたんだろ。まったく迷惑な話だよ。あんなものがあるから僕は…」


嘘くさい笑みのまま、ルーシェは早口で悪態をついた。

どうやら「いつも通り」に戻れていないようだ。言葉の端々に苛立ちが滲んでいるし、段々と小さくなっていく声も最後は聞いたことも無いような低音だった。


心配になり何か声をかけようと口を開いた所で、切り替えが出来たようだ。

ルーシェは「あ〜ぁ」と大きく伸びをして立ち上がった。


「あんなものがあるから僕達こんな山奥を駆けずり回る羽目になっちゃって、もう散々だよね〜。疲れたしダルいしめんどくさ〜い」


ぶぅ、と頬を膨らませる姿は完璧に「いつも通り」だった。

まだ心配ではあるけれど、ここは彼の調子に合わせておくのが大人な対応だろう。


「今休憩したでしょ。さ、探索再開しよ。早くしないと夜になっちゃう」


「はぁ〜〜い」





と、歩き出して直ぐに洞窟は見つかった。


火の魔法で照らしながら恐らく最奥まで辿り着いたのだが、2人は今、全速力で元来た道を猛ダッシュで戻っていた。



「もぉぉぉ〜!!ほんとに!ほんとにほんとに遺跡って何なのぉ?!こんなの作ったのだぁれぇぇ?!意味わかんなぁぁい!!」


「ルーシェ走りながら喋ると危ないよ!」


「だぁってぇぇ!腹立つ腹立つ腹立つぅぅ!フロウは何とも思わないのぉ?!」


「んなわけないでしょ!怖いよ!何あれ怖いって!怖すぎじゃない?!初めて見たし聞いてない!あんなのどうすれば良いの?!」


「とにかく逃げるぅ!」


「分かってるぅ!」


叫ぶように会話しながら2人並んで我武者羅に走る。

体格的に歩幅の小さいルーシェが遅れそうだがフロウも後ろを振り返りながら走るので結局同じ速さだ。



彼らの背後、数m先。

人間より大きな赤いトカゲが土煙を立てながら猛烈な勢いで2人を追いかけていた。




赤い大トカゲはすぐそこまで迫っていた。

巨体の割に足が速い。



「ヤバイヤバイ追いつかれる!」


「ふぇ〜ん、もう疲れた〜走りたくない〜。トカゲさんも疲れたでしょ?もうやめない?一旦止まろう?ね?」


「そんな事、通じるわけないでしょ!黙って走りなよ!」


「そんな事ないもん!話せば分かるもん!人類みな兄弟!」


「人類じゃなくてトカゲ!」


「でもでも!こんなのジリ貧じゃない!ぜぇったい追いつかれるよ!だったら一か八か説得した方が……あ!」


ルーシェが驚いた声を上げて立ち止まった。

つられてフロウも立ち止まり振り返ってみると、なんとトカゲも止まっていた。


「ほらほら、通じたよ!お話できるタイプのトカゲさんだ!」


「う、嘘でしょ…?!喋るトカゲなの?!」


「そうかもしれな……くない!そんな事なかった!フロウ危ない!」


ルーシェは叫ぶと同時にフロウに体当たりをした。

僅かに開いたトカゲの大きな口の端に、チラリと赤い光が見えたからだ。


「ぐへぇ!」


いくらルーシェが小柄でも不意打ちで思い切り飛びかかられては受け止めきれない。

2人は転がるように茂みの中へダイブした。


その直後、彼らのいた所を大きな火の玉が通り過ぎた。


草の中、それを抱き合ったまま半身を起こしてしっかり見送った後、フロウは「ひぇっ」と息を飲んだ。


「と、とととトカゲが火を吹いた……?!」


「吹いたね!すごい火力!」


「ととととトカゲって火吹く生き物だっけ?!」


「吹いたね!」


「ああああんなの当たったら丸焦げだ!」


「焦げ焦げだぁ!」


「ちょっと!君は何でそんな楽しそうなの?!」


「別に楽しくないよ!僕だって恐いさ!ただドキドキワクワクが止まらないだけで!」


「ワクワクしてんじゃん!楽しんでるじゃん!」


「だぁってぇ、あんな大きなトカゲさん、僕の子供心がウズウズしちゃうんだもの!」


「子供心って…じゃぁ大人心は?何て言ってるの?」


「大人心ぉ?う〜ん……そんなのどぉでもいいからさっさと立つ!逃げる!って言ってるかな」


「当たり前でしょ!面倒くさいなぁ!」


トカゲの視界から逃れるように、2人は道無き道を走り出した。

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