remains 5
「や、やったなバトラ!お前すげぇよ!」
「こんな化け物倒しちゃうなんて凄いですっ!」
木の影からメイアとターシャが拍手しながら出てきた。シャルルはちょっと漫才みたいだと思ったが言わずにおいた。
「いえ、まだ倒してません」
「「え゛」」
バトラがミノタウロスを見下ろしながら淡々と告げると、二人は一瞬固まって巻き戻したかのように後ろ歩きで木の影へと戻って行った。
「お、おま、そういう事は先に言えよ!」
「そうですよっ!詐欺です!酷いです!」
「こんなの、人間が殴ったくらいで倒せる訳ないでしょ。しばらくしたら起き上がりますよ。貴殿もそう思うだろ?」
「えぇ、気絶しているだけですね。おそらく人間で言うところの脳震盪みたいなものでしょう」
シャルルはにこやかに同意しながらミノタウロスへ近付いた。
確かに強烈な攻撃だったが、打撃だけで倒せる相手ではない。首を落とすか心臓を貫くかしないと無理だろう。
「で、どうするつもりだ?とどめを刺すのか?」
「そうですね、まだ公表しない方が良さそうなのでこちらで処分しておきます」
シャルルはズレてもいない眼鏡を押上げた。
遺跡から化け物が出てきたなんて事が世間に知れたら各地でパニックが起こるだろう。
そうなれば軍を派遣せざるを得ない。
戦争一歩手前の今の状況でそんな余分な戦力はこのマルコット王国にはないのだ。
「処分?!おい処分っつったか兄ちゃん?!」
遠くからメイアが叫んだ。
あの距離で良く聞こえたものだと感心する。
「えぇ。証拠は消しておかないといけませんので」
「おいおい嘘だろ?!世紀の大発見、いや大事件だぞ?!その化け物はしかるべき研究機関で徹底的に調べるべきだし遺跡は国を挙げて大々的に調査するべきだ!勝手な事はさせねぇ!」
「わ、私も同意見です!ただの助手ですけど、学者の端くれとして調査することを進言します!」
ズンズンと足音を立ててメイアは戻ってきた。ミノタウロスに対する恐怖より研究者としての意地が勝ったのだろう。
その気持ちは分かる。
分かるけれど、シャルルは学者ではない。
国を守る義務を負った貴族なのだ。
「そう言われましてもね……」
シャルルは手にマナを集め、真っ直ぐ上へと伸ばした。
バトラとの力試しの時と同じように指先に水を集めて塊を作る。
そして水の形を薄い円盤状にして回転する流れを加える。大きさはピザくらい、イメージは丸鋸の刃だ。
シャルルが上げていた腕を振り下ろすと、指先の水の刃はミノタウロスの首目掛けて急降下し、限界まで回転数を上げた刃はギロチンのように首をスパンと一刀両断した。
「ひっ……!」
「なっ……!」
シャルルを除く三人はその些か心臓に悪い光景に息を飲んだ。
目の前で行われた残忍な行為とシャルルの圧倒的な魔法力。
どちらも衝撃が大き過ぎる。
三人が言葉を失いシャルルを見詰めると、彼は「え?」と僅かに目を見開いた。
その視線の先はもちろん、ミノタウロス。
首を切られたそれが絶命している事は明らかだった。けれど
血が出ていない。
まるで人形の胴体から首が取れたように。
「これは予想外でしたね…生物ではなかったんでしょうか」
「はぁ?!生物じゃないって、だったら何なんだよ?!」
「さぁ、ロボットでもなさそうですし……おや」
「は?!おいおい、どうなってんだ?!」
「き、き、き、消え…?!」
ミノタウロスの体が徐々に光を帯び、全身が白い光に包まれたと思ったら小さな粒子となって霧散した。
「なんとまぁ…遺体が残らない仕様とは、まるでRPGですね」
我々の手を煩わせないようにという配慮なのか、調べられたらマズイから証拠隠滅のためなのか、はたまた創造主の趣味なのか。
メイア達の存在を無視するかのようにシャルルは自分だけの世界に入り熟考し始めた。
「あああぁぁぁ!完全に消えちまったじゃねぇか!大事な研究材料だったのによぉ!」
「あわわわ何て事を〜!」
メイアとターシャはガックリと肩を落とした。
化け物だろうが脅威でなくなった途端に研究対象とする切り替えの速さは流石と言うべきか。
バトラは先程まで自分が戦っていたモノの異様さを目の当たりにして眉根を寄せている。
さてどこまで説明しようか。
彼らが敵国(仮)の人間である以上、余計な情報を与えるべきではない。
かと言って全てを隠してしまっては話が進まない。
彼らは「ただの怪しい外国人」とするには惜しい存在だ。少し泳がせて得られるだけの情報を掴むのが得策だろう。上手くすれば帝国の動き、目的が分かるかもしれないのだから。
黙り込んで動かなくなってしまったシャルルに苛立ち、メイアは「あぁぁもう!」と頭をガシガシと搔いた。
お互い事情もある事だと我慢していたのだが、何か知っているはずなのに何も説明しようとしない態度に流石に限界がきたようだ。
「おい兄ちゃん!アンタ何者なんだ?さっきから訳の分からない事を言ってるし、何か知ってる雰囲気だけ出しやがってよ。さっきの魔法力だってそうだ。ただの貴族じゃねぇんだろ?」
「え?あぁ、すみません。つい自分の世界に入ってしまいました。気にしないでください」
「答えになってねぇよ!……いや、わざとか。答えられないよな。俺たちは『怪しい外国人』だもんな」
「流石、学者先生は理解が速いですね。すみません、敵だと思ってる訳ではないんですけどね。一応、公爵という立場上しがらみが色々とあるんです」
「こ、こここ公爵様?!」
「ほぉ、驚いたな。兄ちゃんがそんなお偉いさんだったとは。態度を改めるべきかな?因みに名前は教えて貰えねぇのか?」
「ふふ、今まで通りで結構ですよ。申し遅れました。僕はシャルル・アシュレイ。マルコット王国アシュレイ公爵家の当主です。以後お見知りおきを」
シャルルは改めて三人に向き直り、「公爵らしく」優雅に礼をした。
「はぁ〜、兄ちゃんがあのアシュレイ公爵とは……なるほど、それなら納得だ。研究材料を消されたのは本当〜に非常〜にすこぶる残念だが、そっちも国が絡んでるんだろ?なら仕方ねぇか」
メイアは諦め顔で肩を竦めた。
相手が相手だ、突っかかるべきではない。
「そうだ、今更だがこっちも自己紹介しとくか。俺はルード・メイア。ヴァンデス帝国で学者してる。こっちは助手のターシャ・カトル。平民の出だが素質は確かだよ」
「お、お初におめめめ目にかけ、かっ、かかりましてございます!」
緊張し真っ赤になったターシャは噛みまくったのを誤魔化すように深深と頭を下げた。
彼女の身分からすれば公爵など雲の上の存在だ、無理もない。
「そんなに畏まらないでください、普通で良いんですよ」
「そりゃ無理ってもんだぜ公爵様よ。こっちの国にもあんだろ?不敬罪ってのが。たった一言が文字通り命取りなんだ、仕方ねぇさ」
「あぁ……あのしょーもない法律ですか。安心してください。僕は他人の一言一言を一々気にする程、真面目ではありませんから」
「それ真面目って言うのか?まぁ寛大なのは有難ぇが。っと脱線したな。バトラお前の番だぞ」
呼ばれたバトラはザッと足を揃え真面目くさった顔で敬礼をした。
「ヴァンデス帝国メルティオール軍・親衛隊所属、エル・バトラ大尉であります」
「おぉ、格好良い!御丁寧にありがとうございます」
「何だよバトラ、相手が公爵だって分かった途端に媚び売るなんて。お前がそんな奴だったなんて俺はガッカリだぜ」
メイアは玩具を見つけたかのようにニヤニヤと茶化した。
けれどバトラは気にしていないようで、真面目に答える。
「彼が公爵だからではありません。礼を尽くされたら同じく返す、それが戦士の礼儀です」
「力試し」でシャルルを好敵手とでも認定したのかバトラはシャルルにキラキラとした眼差しを向けた。
「いや僕は戦士では…まぁ良いか。それよりお互い素性も明らかになったところで、もう一つ教えてもらいたい事があるんですが、良いですか?」
「おぉ、何でもこい」
帝国の目的を探ろうと思っていたが、どうやら彼らは全てを知らされてはいないようだ。
本当に単純に「遺跡の調査」だけ命令されたのだろう。
尋問しても拷問しても、有益な答えは得られない。
それならば彼らの知っていること、分かることを聞き出して推理するしかない。
「これからどうするつもりですか?」
笑みを湛えたまま、シャルルは硬い声音で尋ねた。
「そりゃどういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。この遺跡、というかもう残骸ですが、予定通り調査するのか、他の遺跡に行くのか、それとも一度帝国に帰って報告するのか…どれでしょう?」
「そうだなぁ……とりあえず、どれでもねぇな」
「ほぅ。というと?」
「期待してるとこ悪いが、飯だ、飯。色んな事があり過ぎたんでな。ちょっと落ち着いて腹拵えしながら今後の事を考えるさ。正直、俺もどうすべきなのか迷ってんだ。いいか?バトラ、ターシャ」
「俺は博士を守るだけですので」
「わ、私も博士に着いていくだけです」
「じゃぁ決まりってことで。兄ちゃ…じゃなくて公爵様はどうすんだ?あの逃げた軍人達とか色々と大丈夫なのか?」
メイアは心配そうな目でシャルルをみつめた。敵(仮)だというのにお人好しな事だ。
そんな彼に絆されたのか、大した情報を得られなかったというのに気が緩んでしまう。
「色々、ですか?」
「惚けた顔すんなよ。軍人たちをボコボコにしたじゃねぇか。あと、あの化け物の事は隠したいんだろ?追っかけて口止めしなくて良いのか?」
「えぇ?ボコボコにはしてませんよ。剣を折って気絶させてだけです。それに姿は見られてないので誤魔化せますよ」
「俺らと一緒にいたのは見られただろ?スパイだと疑われんじゃねぇのか?」
「それは……そうだ、『怪しい外国人が軍人さん達をボコボコにして遺跡に近付こうとしたから僕はそれを阻止しようとしてました』って事にします」
まるで名案であるかのようにシャルルは堂々と濡れ衣を着せた。
『公爵』の力をもってすれば冤罪も簡単に有罪になる。そうなれば「怪しい外国人」が何を言っても聞き入れては貰えないだろう。
清々しいやら空恐ろしいやらでメイア達は少し引いた。
「あぁ、それと口止めはしませんよ。ただあの化け物は原因不明の事故って事にしますのでそこは安心してください。実際、バトラさんの剣が原因ではあるのですが、まぁそこまで押し付けはしませんよ。不可抗力ですし」
「いや待て待て!何言ってんだ、アレは隠すんじゃねぇのか?!その為に死体を消したんだろ?!」
安心させるようにシャルルは微笑んだが、メイアは納得がいかず大声を出した。それじゃ何のために貴重な研究材料を失ったのか分からない。
「えぇ、もちろん『公表』はしません。あくまで公には伏せます。ただ人の口に戸は立てられないと言いますから、完全に隠す事は出来ません。きっと噂話くらいは残るでしょう。でもそれで良いんですよ。少しくらい痕跡を残しておかないと、また別の遺跡で同じ事が起こってしまいます。あんな危険なモノ、知ってて隠蔽するなんて出来ませんから」
「それは良心か?それとも『国を守る義務』か?」
それまで興味無さそうに黙っていたバトラが尋ねた。
「俺は命令された事をするだけの下っ端軍人だ。志願した理由も『国のため』なんて大層なモンじゃない。『国』ってのはそんなに大事か?」
仕事して金を貰ってご飯を買って食べて寝てまた仕事する。
そんな毎日に「国」なんて入り込む余地はない。国を守るのは軍人として当然なのだろうけれど、バトラにはいまいちピンと来なかった。
「国」を守って何になる?
「国」が国民に何をしてくれる?
そんな思いを言外に感じたのか、シャルルは苦笑いをした。
「そうですね……『国』が僕の大切な物を守っている限りは僕も守ります。それだけです」
シャルルとて愛国心が強い方ではない。
愛着はあるが、今の王家や政治が崩壊しても大切な人々さえ無事ならば関係ないと思う。
所詮その程度だ。
シャルルの答えにバトラは薄らと笑みを浮かべて「そうか」と呟いた。