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殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
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remains 4

土色の肌、角の生えた牛のような頭部と尻尾。

体は人間と酷似しているが、全身の筋肉量が人の域を超えていた。

足は途中までは人と同じように見えるが、硬そうな立派な蹄はやはり牛を彷彿とさせる。

手の方は爪が鋭い以外は人と変わらない5本指で、これまた破壊力のありそうな斧を持っていた。

身の丈はおよそ3メートル。


二足歩行の斧を持った牛の怪物が、土煙の向こうからドシンドシンと足音を鳴らして現れた。


その姿に皆が青ざめ震え上がる中、シャルルだけは逆に落ち着きを取り戻していた。


「ミノタウロス、ですか」


シャルルにとってこの牛頭人身の化け物は脅威でも何でもないのだ。


未知の生物や専門外の呪術系の何か、はたまた最新の殺戮マシーンでも出てくるのかと戦々恐々としていたところに来たのがコレ(・・)では、正直、拍子抜けだった。


「みの…?貴族の兄ちゃん、やっぱり何か知ってるんだな?!この化け物は何だ?!」


「実物を見るのは初めてですけどね。はぁ…どこのどなたか知りませんが、何もこんな大きくしなくても良いでしょうに…しかもご丁寧に斧まで持たせて。それに手足もこんなのじゃなかった気がするんですが…イメージだけで適当に作るのは冒涜ではないんでしょうか」


「あぁ?!何の話だ?!」


「あぁ、失礼。こちらの話です。それより皆さん逃げなくて良いんですか?」


シャルルがつまらなそうに忠告すると、タイミング良くミノタウロス(仮)が吠え、軍人達は正気に返り悲鳴を上げてバタバタと走り出した。


「あっ!おい、お前ら!それでも軍人か!民間人を残して逃げるな!」


メイアの言う事も最もではあるが、戦いとは無縁な平和な国の軍隊だ。無理もない。

この未知の化け物が相手とあっては、例え歴戦の猛者とて勇猛果敢に奮戦とはいかないだろう。




「博士、今度こそ私たちも逃げましょう!」


「うっ…こんな歴史的瞬間を見逃すなんて学者の名折れ…いや命あっての物種か…いやいやもう少しだけヤツの観察を…」


「もぉぉ!はかせぇぇ!!」


「ターシャ、お前だけ逃げろ!俺は…そ、そうだな、そこの木の影に隠れる!遠くから見るだけだから大丈夫だ!」


メイアは数メートル先の森を指して無理やり引き攣った笑顔を作った。足も震えているし声も上擦ってビビっているのが丸わかりだ。


「隠れるって、めっちゃ見られてますよ?!バレバレですよ?!追いかけられたら終わりですよ?!博士バカになっちゃったんですか?!もう良いです!」


ターシャは怒鳴り散らしてメイアの腕を取って引っ張り始めた。

普段の大人しい助手姿はどこへやら、吹っ切れたら逞しいタイプらしい。


「こうなったら力づくです!バトラさん、手伝ってください!お仕事ですよ!博士をお守りするんです!」


「そうだな。二人とも、そこに隠れていると良い。あとは任せろ」


バトラはメイアが隠れようと言ったのと同じ場所を指し、迫ってくるミノタウロスの正面で仁王立ちをした。


「隠れてろじゃなくて逃げるんですって!話聞いてました?!って、バトラさん何してるんですか?!危ないですよ!」


「武器がないのは心もとないが、まぁ何とかなるだろう。俺は強いからな」


「馬鹿か!いくらお前が馬鹿力だってあんなの相手にしたらペシャンコだぞ?!戻ってこい!」


「調べたいと言ったのは博士ですよ」


「それは言ったが…いや前言撤回だ!調査はもう良い、逃げるぞ!」


流石にメイアもそこまでして調べようとは思っていない。

自分一人なら多少の危険は覚悟していたが、「誰か」が命を賭けるなんてあってはならない。



そんな話をしている間にもミノタウロスは肉薄しており、バトラ目掛けて斧を振りかぶった。

単純な攻撃だがその巨躯に見合わず素早く、バトラは後ろに飛びずさってギリギリで躱した。


「ひぃぃああああ危ないぃ!バトラさんが死んじゃうぅ!」


「おい今のギリギリじゃねぇか!やっぱ無理だって!考え直せバトラ!」


メイアの言う通り、ミノタウロスの攻撃はシャルルの水玉のように軽いステップで躱せるようなものではなく、攻撃範囲が広すぎて避けられても無傷ではいられない。


斧本体には当たらなくてもその風圧は凄まじく、更に地面を抉った衝撃で粉々になった土塊や石礫も一緒に襲いかかる。


バトラは両足で踏ん張れず背中から地面に着地してしまった。

辛うじて受身は取れたものの一瞬息が詰まり小さく呻き声を洩らす。


ミノタウロスは追い打ちをかけるようにすぐに近付き、また斧を振りかぶった。


腹筋と腕の筋肉を総動員してバトラは半身を起こし、しゃがんだ体勢のまま今度は前へと飛んだ。

両手足で地面を蹴り、斧が下ろされる前に素早くしなやかな虎のように跳躍、そのまま前転をしてミノタウロスの股の間を潜り抜けた。


一瞬、バトラを見失ったミノタウロスの隙をついて、背後から腰あたりを目掛けて飛び蹴りをくらわす。


「っ固い!」


思い切り力を込めたが土色の肌は本物の地面のように固く、ただの蹴り程度ではビクともしない。


シャルルはここまで静観していたが流石に力の差があり過ぎるので助け舟を出す事にした。


「バトラさん。武器、いりますか?」


バトラが奮闘している間にシャルルは先程遺跡にぶつかったバトラの剣を拾ってきていた。

どうせすぐに折れてしまうとは思うが、無いよりはマシだろう。


「おい兄ちゃん、何焚き付けてんだ?!逆だ!逃げるよう説得してくれ!つーかアンタもそんな近くにいると危ねぇぞ!」


「そぉですよ〜巻き込まれますよ〜」


メイア達の緊迫した空気をスルーし、一人だけ別世界にいるかのようにシャルルは尋ねた。


「バトラさん、まだやりますか?」


バトラが人並外れた運動神経の持ち主なのは分かったが、ミノタウロス相手には通用しないだろう。

シャルルのように高度な魔法が使えるのなら話は別だが、バトラからそんな気配はしない。


「やらねぇよ!やめさせろ!」


メイアは叫びながら、いつの間にかちゃっかりしっかりジリジリと後退していた。もう殆ど予定通りの木の影にたどり着いている。



「博士、すみません。いけると思ったんですが、難しいようです。やはり逃げてください。ターシャ、博士を頼む。俺が時間を稼ぐから今のうちに」


「そ、そんな…!」


「ばかバトラ!お前も来いってんだろ!」


「無理ですよ、ヤツの速さ見たでしょう?すぐに追いつかれます。…っ!」


当たり前だがミノタウロスにこちらの都合は関係ないわけで、話している間も攻撃は止まない。


バトラは喋りながらひたすら逃げ回った。

けれどその割に疲れたり息が切れている様子がない。


シャルルはバトラの評価に運動神経の良さや馬鹿力に加えて「スタミナお化け」と脳内メモに追記した。


「あの〜、バトラさん剣はどうします?」


逃げるのに必死でなかなか渡せないそれをシャルルは他人事のように遠くから振って見せた。


どうせなら彼の剣技が見たい。

けれど素手でどこまでやれるかも見てみたい。


シャルルは既にスポーツ観戦の気分だった。

もちろん今後のための情報収集が目的だが、バトラがあまりに見事に紙一重で躱しているため楽しくなってしまったのだ。


「いや、少し試したいことがある。そのまま預かってくれ」


バトラはミノタウロスの背後に回って死角に入ったタイミングで遺跡の影に回り込んだ。

相変わらず汗もかいてないし息も乱れていない。


逃げるばかりだった彼だが、何か策を思いついたようだ。

こんな状況なのに楽しげに口角を上げて、獲物を狩る目でミノタウロスを睨みつけた。


「折角だ、良く見ているといい。力試しの続きと行こうか」


「おや、手の内を見せても良いんですか?」


「あぁ、構わない。ただし条件がある」


「何でしょう?」


「本当にマズいと思ったら助けてくれ。貴殿なら倒せるのだろう?この化け物を」


「なぜそう思うんです?」


「その態度と、さっきの『力試し』で貴殿の実力は十分把握した」


「試されているのはお互い様でしたね。分かりました」


「食えない御仁だ。ついでに博士たちを守ってもらえると助かるんだが」


「構いませんよ。では、見学させて頂きますね。ご武運を」


と、シャルルはニッコリ笑った。

どこまでも余裕でその場にそぐわない態度だった。



ミノタウロスは戦闘力は高いが、あまり賢くはないようだ。

力いっぱい振り下ろしたせいで斧が地面にめり込み抜けなくなっていた。


馬鹿の一つ覚えのようにバトラを見付けては斧を振り下ろすだけの単調な攻撃をしており、その度に抉られた地面は既にボコボコだ。

足場が不安定なのもあって斧はなかなか抜けない。


バトラは今が好機とミノタウロスの正面に躍り出た。


深く息を吐き、目を閉じる。


体内を巡る魔法の素、マナ。

普段は意識しないそれを活性化させ全身に行き渡るよう集中する。


バトラの濃い青髪が少しずつ光を帯び、だんだんと紫がかっていく。


次いで両足、両手もオーラを纏うように赤く発光し始めた。



それを見たメイアとターシャは木の影から顔だけ出して覗きながらコソコソ話しだす。


「博士、博士っ、バトラさん光ってます!」


「落ち着けターシャ。見りゃ分かる。おそらく魔法を使うつもりだ」


「魔法?バトラさんが?」


「あいつも一応貴族なんだ、別に使えない訳じゃないだろ。ただ魔法を使うより早く身体が動いちまうってだけで」


「うわ、脳筋…」


「のうきん?何だそりゃ」


「あ、すみません平民語です。気にしないでください。それよりあの色…バトラさんは水の魔法使いなのに赤ってどうしてですか?」


「んなの俺が知るか。魔法学は専門外だしバトラからそんな話は聞いてねぇ」


髪や目の色が濃い青である事からバトラが水の魔法使いなのは間違いない。

けれど彼の手足を覆うマナは赤、つまり炎だ。


2人は頭を捻り興味深げに見詰めた。



シャルルも離れた所で同じ事を考えていた。


考え得るあらゆる可能性を考慮に入れて、一瞬も見逃さぬようバトラの観察に集中した。



肺の中の空気を吐ききり、バトラはカッと目を見開いた。


ゆっくりと肉弾戦の構えを取る。


ミノタウロスの斧が抜ける寸前。


「行くぞ」


バトラは地面を蹴った。

そのまま飛ぶように……否、実際に飛んでミノタウロスへと迫る。


見間違いでなければ、一歩だ。


最初の一歩でミノタウロスの懐へ潜り込んだ。


シャルルの体感では野球の球速くらい……時速130kmといったところか。


その速さで真っ直ぐにミノタウロスへと突っ込み、右ストレートを打ち込んだ。


見事なシックスパックが凹むほどの威力だ。

ミノタウロスは呻き声を上げて腹を押さえて背を丸めた。


けれど倒れるまではいかない。


バトラは間髪入れずに俯いた顎を目掛けてアッパーをかます。


ミノタウロスは仰け反りやっと尻餅をついた。

そのまま追撃するかと思われたが、バトラは地面にめり込んだままの斧の柄を回し蹴りで折った。

斧は武器ではなくオブジェとなった。



「ふむ……多少ダメージを与えられはするが倒すには至らないな。急所を狙うか」


バトラは深呼吸をして構え直した。


ミノタウロスが立ち上がるのを待って、再び前へと飛んだ。

今度は言葉通り急所、鳩尾にピンポイントの右ストレート叩き込む。こうかはばつぐんだ。


立ち上がったばかりで不安定だったのもあり、ミノタウロスは数歩後退った後背中から倒れた。

けれど攻撃に慣れてしまったのかミノタウロスは素早く半身を起こした。


「させるかっ!」


バトラは勝ち誇った笑みで宣言し、高く真上へ飛び上がった。


ミノタウロスが完全に立ち上がる前にバトラは急降下し、脳天目掛けて強烈なかかと落としをお見舞いする。

金具の入った硬いブーツの踵が角と角の真ん中、ちょうど頭の天辺に直撃し、ミノタウロスは小さく呻き声を上げたあとグラグラと目を回してドシンと倒れた。

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