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殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
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departure 1


親愛なる リリサ・トゥソール様


まず、このような形での挨拶となってしまった事、心よりお詫びします。

僕にはどうしてもしなくてはならない事があります。それが何かは貴女に言う事はできません。例え言っても納得はしないでしょう。

面と向かって話せばきっと貴女は泣いてしまうと思うから、卑怯だと思いましたが手紙にしました。本当にごめんなさい。


許してください とは言いません。

けれど、願わくば忘れてください。


今までありがとう。


愛をこめて。


シャルル・アシュレイ





ペンを置き小さく溜息を吐くと、唯一の光源であるロウソクが揺れた。頼りなく灯るそれは、この広い寝室にあって殆ど意味をなさない。けれど住み慣れた部屋は目を閉じていてもどこに何があるか把握しており、今更光を必要としない。最後の手紙を書き終え封をしたらお役御免だ。


「出来れば巻き込みたくはないんだけど…なんて言ったら怒られちゃいますかね?ふふふ、ああ見えてお転婆だからなぁ。こんな手紙、きっと意味無いんでしょうね。というか、逆効果かな?」


すっかり癖になってしまった大きな独り言を呟き、シャルルは封を施し灯りを消した。

そして宛名の部分を愛しげに一撫でし、誰もが寝静まり静寂に包まれた屋敷をそっと抜け出した。




マルコット王国・王都、平民街


「というわけで、こちらは行動開始です。そちらはいかがですか?」


深夜の飲み屋街を一人フラフラと歩きながらシャルルは姿なき相手に問いかけた。


王侯貴族の暮らす貴族特区と違い、昼夜問わず働く者、ささやかな娯楽を楽しむ者などの集う平民街は未だ賑やかで明るい。


そんな街をシャルルのような、いかにも「貴族です」と言わんばかりの格好で彷徨けば目立つ事この上ない。


が、この国の平民達にとって貴族というのは近寄り難く、恐れ多いとさえ感じる存在だ。チラチラと視線をよこす者はあれど声をかける者はいない。


シャルルはそれを気に留めることも無く話し続ける。


「早めにお願いしますね?」


『いやいやいや、早いよシャルルくん。僕まだ準備出来てないって』


青年とも少年ともつかない声が焦ったように返した。姿はやはり見えない。


「そう言われましても。帝国の動きが早いので仕方ないんですよ。文句はあちらにどうぞ」


『わー、マジか。それ大丈夫なの?対策は?』


「ないですね。行き当たりばったりでやってみようかと」


『でたよ、いつもの。まぁいいや、分かったよ何とかするよ。りょーかいしました〜』


「ふふ、よろしくお願いします」


拗ねたような声に思わず笑い声が零れた。


なんだかんだ言いつつも彼はいつもきっちり完璧にやってくれる。今回も問題ないだろう。その場の勢いで動く事もあるシャルルと違い、きちんと計算しているあたりは尊敬に値する。


そういえばあの時も……と懐かしい事を思い出している内に目的地に着いた。


飲み屋街のほぼ中心に位置する古びた建物…事前調査によると昼はカフェ、夜はバーらしいが、全くそうは見えない。ただのボロい小屋だ。

別に酒を飲みに来たのではないので何でも良いのだが。


ふと、今までとは違う類の視線に気付き辺りを見回すと、見慣れない赤髪が二つ視界に入った。

青年と少年のようだが、シャルルが顔を向けると途端に背を向け歩き出した。


「ふむ…。ここからが本番、ですね」


シャルルは顔に掛る青い髪を耳にかけ、ついでにズレてもいない眼鏡を押し上げた。




建付けの悪そうな扉をそっと押すと予想に違わずギィィと大きな音を立てた。ベルの類がないのはこの音が来客を告げているからかもしれない。


「いらっしゃ…」


マスターらしき中年の男性がカウンターの中から反射的に挨拶をしようとして言葉が途切れた。

そして拭いていたグラスを置き慌てたように扉へと近付く。そんなマスターの様子に店内の客もざわつき始めた。


「お、お客様でしょうか?生憎と貴族の旦那様にお出しするようなものはウチでは扱っておりませんで…」


「あぁ、すみません。驚かせてしまいましたね。そう畏まらず、他の皆さんと同じように扱って頂いて結構ですよ」


シャルルは軽く手を挙げて安心させるように微笑んだ。


ここでは貴族が平民街に来ること自体が珍しい。ましてや自身の店に来るなど考えもしなかっただろう。

混乱しているマスターに申し訳なく思いつつも奥へと歩を進めた。


「カウンター、良いですか?あと飲み物は、そうだな、葡萄酒を。それからお代と…」


「は、はい!」


慌てふためくマスターを後目にシャルルは優雅に、勝手に、真ん中のカウンター席に座り銀貨を取り出した。そして店内を見回し更にもう1枚銀貨を出した。


カウンターには誰もおらず、3つあるテーブル席の1番入口に近い所に2人、中央に4人、奥に2人。シャルルをチラチラと気にしながらヒソヒソ話をしている。賑やかだった雰囲気は飛んでしまったようだ。


「こちらはお騒がせしてしまったお詫びです」


「い、いいえ!滅相も…というか、あの、さっきも言いましたけどウチにはこんな値段の酒は置いてなくてですね…」


「構いませんよ。酒が飲みたくて来た訳ではありませんから」


「で、では何をお望みで?」


「貴方とお話を少々」


「へ?話、ですか?」


マスターはキョトンと目を丸くした。


正直、酒目当てでないのは分かっていたけれど目的が話とは。こんな別世界の人間と何を話せば良いのやら。


グルグルと考えながらもマスターは慣れた手つきで店で最も高いワインを出した。といってもシャルルが出した銀貨1枚の10分の一以下の値段だ。


「マスターも1杯どうです?奢りますよ」


シャルルがボトルを指して言うと、マスターは素直に受けて良いのか躊躇ったが、そもそも貴族からの申し出を断れるはずも無い。


「ではお言葉に甘えて…」と2杯分のワインを用意し軽く乾杯をした。


シャルルは一口だけ飲むと感想も言わずに話し始めた。


「お店、長いんですか?」


「は、はい。祖父の代からやっておりまして、自分は30年ほど前に継ぎました」


「そうですか。ご自宅は?」


「ここから少し西に行ったところです」


「ここに住んでいるのではないんですね。御家族は?」


「いえ、おりません」


ダラダラと他愛ない世間話を10分ほどした頃だろうか。シャルルは店の奥を指して尋ねた。


「ところで、あちらの扉の奥は何がありますか?」


「奥は便…じゃなくて御手洗です。」


「その、更に奥は?」


少し低い声色で尋ねるとマスターは目を見張る。驚くと同時に合点がいった。この場違いな貴族の目的に。


それが分かれば何も焦ることはない。マスターが思わず「なるほど」と呟くとシャルルは満足げにニコリと笑った。


「おや、察しが良いですね。それで?奥には何があるのですか?」


「それは分かりません。お偉い様から触れないよう言われておりますし、奥に続く扉は魔法で仕掛けがしてあって開けられないんです。父も祖父も知らなかったでしょう」


「仕掛けですか…」


「ええ。昔…私が子供の頃は軍の方々が時々いらっしゃっては問題ないか調べていたようですが、近頃は全く」


「仕掛けが解かれることはない、と。大した自信ですねぇ」


シャルルはどこか他人事のように頬杖をついた。


開けるつもりで来たのではないのか、とマスターは訝しんだが、問う度胸はない。貴族には極力関わらないのが吉だ。


「貴方は気にならないんですか?」


「まぁ、なりますけど、あれはどうやっても無理ですよ。魔法に自信のあるお客様も何人かチャレンジしてみたようですが、ビクともしないらしいですし。それに、そもそもお偉い様方が触れるなと言う物ですから、それ程の代物なんでしょう。そこまで命知らずじゃありませんよ」


シャルルの目的を知り安心したのとワインの効果もあり、マスターは些か饒舌になった。殆ど警戒を解いたと言っても良い。


シャルルはタイミングを誤たず核心に触れる。


「やはりお客さんも気になりますよね、謎の扉。誰も開けられなかったとの事ですが、高名な術者の方なども試されたのですか?」


「それは分かりません。ここでは皆自らの素性を話す事はありませんので」


「おや、そうですか?優れた観察眼をお持ちのマスターならご存知かと思ったのですが」


シャルルがメガネを押し上げて分かりやすく褒めるとマスターも社交辞令と知りつつも少し照れてワインを煽った。


「いや〜、職業柄、自信はありますけどね」


「そうでしょう?例えば…そうだな、地方からいらっしゃった方とか、異国の方とか、そういうの、分かるんじゃないですか?」


「それはもちろん…あぁ、そういえば近頃は異国の方が何度かお見えになってますね。観光地でもないし特に名物を置いてる店でもないんですがねぇ」


「そうですか…ところでマスター」


不思議がるマスターを他所にシャルルは微笑み急に話題を変えた。ここまで聞ければもう用はない。


「はい?」


「その扉の仕掛け、僕も挑戦してみようと思います」


「えぇ?!い、今からですか?まぁ、良いですけど…」


「というわけで、コレ、諸々のお金です」


「へ?は?!えぇぇぇ?!ちょ、な、これ」


シャルルがカウンターに置いたのは金貨10枚。初めて見る金貨にマスターは目をひん剥いて奇声を上げた。1枚あれば平民なら10年は働かなくても生活出来るだろう。家が建つどころかお釣りがくる。


「すみませんが、それ持って外に出ててもらえます?巻き込んでしまうと危ないので。あ、他のお客さんも連れてってくださいね」


「え、あ、はい…」


混乱はしているものの逆らう理由も度胸もないので、マスターは言われた通り客を外へ出した。次いで自分も出ようとした所でシャルルに呼び止められる。


「すみません、この店のチラシか名刺…紙のナフキンでも良いんですけど、ありますか?」


「あ、ナフキンならカウンターに…」


「あぁ、本当だ。1枚頂きますね。では、外でお待ちください」


にこやかに穏やかに、けれど有無を言わさず全員を追い出すと、シャルルは店の奥、例の扉へと向かった。



その扉は何の変哲もない木の板に取手が付けられただけの簡素な作りであった。

飾りや模様もなく塗装もニスすらも塗っていないのだろう、あちこち欠けていて触ると木片がパラパラと落ちてきた。


試しにノブを回してみるが、ガチャガチャと空回りするだけでまるで飾りのようだった。


「ぶち破れそうな雰囲気ではありますが…止めておきますか。たぶんもう誰か試したでしょうし」


シャルルは目に魔力を込めて改めて扉を見る。


あまり術者のような事は得意ではないが、それでも薄らと真ん中に赤い魔法陣があるのが見えた。素人にも分かる程に強力な仕掛けということなのだろう。


「う〜ん、これは専門家でないと無理ですね。中が気になるところですが、諦めましょう」


解除を試みる事もなくあっさりと諦めた。


本来の目的は開けることではないのだ。扉を見に来たのでさえ単なる好奇心でしかない。


シャルルは再び店の方に戻り、真ん中辺りで片膝を付いてしゃがんだ。


「全部終わったらまた飲みにきますね。今度は仲間を沢山引き連れて」


そう言い訳をして床に手を付き目を閉じる。


数秒の後、ゴゴゴゴと地響きと共に建物がギシギシと危うげな音を立てて揺れた。

揺れは段々と大きくなり、カウンターの酒やグラスが落ち壁や天井から木屑や木片が降ってくる。電灯も振り子のように揺れ動き床板には亀裂が入った。


そして隙間からジワジワと水が溢れ出してきた。


「おや、やり過ぎたかな?」


うっかり、とでも言いたげな軽い口調で独りごちてシャルルは立ち上がった。


揺れは尚も続き水も勢いを増していく。水嵩が膝程の高さになり、もう入り口も裏口も扉を開けることは出来なくなった時、一際大きな地鳴りがした。


そしてシャルルの足元から噴水の如く大量の水が吹き出した。


水はボロい天井を文字通り木っ端微塵に粉砕し更に高く吹き上がる。店内の水嵩は2mを超え、入り口の扉がその水圧に耐えられるはずもなく、水は津波のように外へと流れて行った。


バーから突然噴き出した水に、近隣住民も道行く人も頭が追いつかないらしい。


ある者は膝まで水に浸かったまま立ち尽くし、ある者は二階から呆然と下を覗き込み、またある者(主に酔っ払い)は酔い醒ましと称して水浴びをし始めた。


深夜で飲み屋街という事もあり小さな子供がいなかったことが幸いだ。


そんな様子をシャルルは隣家の屋根から見下ろしていた。


「はははー……やはりやり過ぎみたいですねー……えっと、ごめんなさい」


にこやかで控えめな謝罪の言葉は誰にも届くことはなく、海のような青い髪が揺れる夜空を誰も見る事はなかった。



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