remains 2
シャルルは辺りを見回して考え込んだ。
止むを得ず伸してしまった可哀想な軍人達が起きる前に立ち去るつもりだったのだが、折角だからもう少し情報を集めたい。
普通なら一触即発のところを、穏便に話が出来るだけでなく欲しい情報もポロポロこぼしてくれる。
滅多にない機会だ。逃す手はない。
未だワイワイしている三人組を見てシャルルはニヤリといやらしく笑った。
「バトラ、お前そういうとこだぞ。そんなだからまだ大尉なんだよ」
「そういうとこ?そんな?」
「わぁ全然ピンと来てないですね。ここは怒るとこですよ〜」
「あの〜、ご歓談中すみません」
何となく自分の中で方針が決まったので声をかけると、3人揃って勢い良くシャルルの方を見た。忘れられていたのかもしれない。
「バトラさん、でしたか?失礼ですが何故『大尉』というご立派な階級でありながら一般人の護衛を?」
大尉といえば小隊を率いる立場だ。
そんな役職の人物が専属で護る程この「博士」が重要人物なのだろうか。
それともバトラに何か問題があるのか。
「はっはっは!ご立派ときたか!良かったなバトラ大尉!」
「今のはピンと来たぞ。嫌味だな?」
普通に疑問に思っただけなのに何故博士に笑われバトラには睨まれるのだろう。
シャルルは慌てて弁明した。
「いえ、僕はそんなつもりでは…」
「兄ちゃん、本気か?大尉っつったらどう考えても下っ端だろうよ」
「えぇ?!そ、そうでしたっけ?」
シャルルにとっての身近な「大尉」、リック・マトリーズを思い出しして考えてみるが、偉そうに部下に命令したりこき使っている姿しか浮かばない。
「あ、ああああの!確かマルコット王国とヴァンデス帝国では階級制度が違ってたような気がするんですけど!」
ターシャが挙手をして吃りながら割り込んだ。
昔は統一されていたはずだが、戦争や政治のあれこれによって各国で違いが生じていると薄ら聞いたことがある。
三人は「あ〜」と納得の声を揃え、頭の片隅にあった情報を引っ張り出した。
「そう言われればそうでしたね。では、そちらの国では『大尉』はどの辺で?」
「そうだな…簡単に言えば『雑兵』だ。我が国は雑兵の数があまりにも多いからな。三分割して実力順に上から大尉、中尉、少尉と名付けた。よって我々に指揮権はない」
バトラは何故か得意げに語った。
先程までの彼の言動を振り返って考えてみれば、なるほど、「お偉いさん」ではなさそうだ。
彼からはどことなくポンコツの匂いがする。
「雑兵ですか…では逆になぜ沢山いらっしゃる雑兵の中から今回のお役目に貴方が選ばれたのです?立候補でもしたんですか?」
「それは実力としか言いようがないな。俺はこう見えて強いんだ」
腕組みをして胸を張ってドヤるバトラから数歩離れて、メイアとターシャはコソコソと囁きあった。
「あんなにペラペラ喋って良いんですか?いくら国から口止めされてないって言っても、バトラさん流石に調子に乗りすぎでは?」
「良いんだよ、それで。俺が思うに、バトラを指名したやつはそこも込みで選んだんじゃねぇかな」
戦いにおける実力があっても、それだけでは敵国(仮)での隠密行動は任せられない。
それでも指名されたのは、そういう事だ。
シャルルもそれは気が付いた。
彼らは圧倒的に潜入に向いていない。
おそらく人選ミスではなく、わざとだ。
「強い…それは僕よりもですか?」
「なに?」
シャルルはメガネを僅かに押し上げて鋭い視線と声で問う。
一瞬で変わった空気を敏感に察知し、バトラも同じように鋭く返す。
と、その刹那。
一筋の光がシャルルからメイアへと走った。
それは一直線に彼の胸元へと向かい、ぶつかる直前で弾けた。
ほんの少し目の端に映った線に、バトラは持ち前の反射神経と本能で反応した。
脳を通すことなく目から直接足に指令が下ったかのように、爪先で地面を蹴り左手をメイア向けてめいっぱい伸ばす。
直後、掌に殴られたような衝撃が来て、慌てて両足を踏みしめた。
「なっ、なんだ?」
「ひぇっ…」
突然飛んできた(二人にはそう見えた)バトラにメイアとターシャは驚き後退った。
メイアからは背を向けているバトラの表情は見えないが、腰を落として臨戦態勢に入っているのと不穏な空気だけは感じ取った。
一方シャルルの方は指を指す様に右手を真っ直ぐメイアに向けているが、それ以外は先程までと特に変わった様子はない。デフォルトらしき微笑のままだ。
「博士、ターシャ、下がってください」
「お、おう…?」
「はっ、はいぃ」
バトラはシャルルから視線を逸らさず彼らの前へ出た。
目で確認はしていないが、衝撃を受けた左手はグショグショに濡れた感触はあれど血の匂いはしない。
グー、パー、と動かして動きに問題がないのを確認する。
「ただの水鉄砲ですよ。結構速くしたつもりなんですけど、防がれてしまいましたね。いやぁ、お見事です!素晴らしい反射神経ですね!」
「お褒めに預かり光栄だが、他に言う事はないのか?」
「すみません、不意打ちは卑怯でしたかね。でもその方が実力をはかるには良いでしょう?」
「そんなに俺の力が見たかったのか?」
「えぇ、だって『強い』なんて自己申告されてしまったら気になるじゃないですか」
クスクスと笑うシャルルはまるで戦闘狂のようだが、先の言葉の通りバトラの力を冷静にはかっていた。
彼は脅威となるか否か。
見極めるべきはその一点だ。
万が一、両国が戦争になった場合のための情報は多いに越したことはない。
このまま「護衛」の任務に就いているだけならば良いが、最前線に出てくるとなると攻略法が欲しいところだ。
もしくは何らかの事情でこの「ガテン系博士」を始末しなければならない、なんて可能性もあるだろう。
それは嫌だな、などと考えてしまう自分の甘さにシャルルは苦笑した。
シャルルの笑みをどう受けとったのか、バトラは舌打ちをして剣を抜いた。
「なら御要望にお応えするしかないな」
「ありがとうございます、バトラ大尉」
「おい待てお前ら!」
今にも戦い始めそうな二人の雰囲気にメイアが臆することなく割って入った。
「さっきまでの和やかな空気はどこ行ったんだよ?戦う理由はねぇだろ。無駄に争うんじゃねぇ」
「「無駄?」」
「おぉ、声揃ったじゃねぇか。仲良くしろよ。な?」
「まぁまぁ」と兄弟喧嘩を宥めるように、メイアは向かい合う二人の真ん中に立った。
このまま説教モードへ入るかと思われたが、バトラが彼の首後の襟を掴み力任せに後ろへ放り投げた。
「邪魔です。下がってと言ったでしょう」
「うぉっ?!」
これにはメイアだけでなくターシャもシャルルも驚いた。
一回り以上大きな体躯のメイアを細身のバトラが軽々と投げたのだ。
投げられたメイアはというと、鍛えてはいるが運動神経は人並みだ。当然、華麗に着地などできる訳もなく、音を立てて尻もちを着いた。
「痛ってぇ!おい馬鹿力!俺は犬猫じゃねぇぞ!」
「分かってますよ。犬猫を放り投げたら虐待じゃないですか」
「そうじゃねえよ!」
「は、博士、落ち着いて!大人しくしてましょうよ〜」
メイアのお世話をターシャに任せ、バトラは剣を構えた。
「『丸腰相手に卑怯』なんて言わないでくれよ?」
「ふふ、魔法使い相手に丸腰も何もないでしょう?ご自由にどうぞ」
「おいおい、お前ら本気でやるつもりなのか?!」
メイアは座ったまま声を張り上げた。
「本気のつもりはありませんよ。ただの『力試し』ですからご安心を」
「あぁ。あくまで『力試し』だ」
本気を出すかどうかは相手次第。
二人は楽しげにニヤリと笑った。
「一応、俺は軍人だからな。民間人の貴殿に先手を譲ろう。どこからでもかかって来ると良い」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
シャルルは魔力を集中させ、自身の胸の前に水の塊を生み出した。
毛糸玉を巻くように少しずつ水が集まり大きくなっていき、顔ほどの大きさになるとシャルルはボールのように両手で持ち、上へと放り投げた。
「では行きますよ」
それは放物線を描きシャルルとバトラの中間位置で最高到達点に達し、空中で花火のように弾けた。
四方に散ったように見えた小さな水の塊達は、まるで意志を持っているかのように全てバトラへ向かって降り注ぐ。
小さいと言っても拳ほどの大きさで、高さと勢いを考えれば避けざるを得ない。
力試しというシャルルの言葉を表すように、水玉はご丁寧に時間差で一つずつ落ちてきた。
バトラはそれを軽いステップで右へ左へと飛んで躱す。
「舐められた、もの、だなっ!」
「おや、失礼。話す余裕があるのでしたらもう一つどうぞ」
雑兵なら何発かくらっているはずと踏んで加減をしたのだが、自分で強いと言うだけのことはあるらしい。全てかすりもせず躱しきった。
シャルルは先程と同じ大きさの水の塊を、今度はより高く放った。
高い分、速さが増し、流石のバトラも足さばきだけでは躱しきれず、前へ飛んだり回転をしたり全身を捻ってアクロバットに動き回る。
「舐めるなと、言っただろ!」
あからさまな試すだけの攻撃ではまだバトラには余裕なようで、避けながらも着実にシャルルへと迫っていた。
「間合いに入った!行くぞ!」
ニヤリと宣言をし、バトラは最後の一歩を踏み出してそのまま力任せに剣を振り下ろした。
「斬る」というより「殴る」と言った方が近いような剣士らしからぬ雑な攻撃は、シャルルの顔面10センチ程の位置で阻まれた。
何の予備動作もなく、どこからか集まった水が盾のようにシャルルの前に展開されていた。
バトラは驚き怯んだが、振り下ろした剣はそのまま弾かれることなくその場に留まっている。
水は宙に浮いているにも関わらず、川のように「流れ」が存在するらしい。これでは少しでも力を抜くと剣が持っていかれるだろう。
バトラは一瞬でそれを感じ取り、剣を両手で持ち直し握る手に力を入れた。
「驚きました。剣を吹き飛ばすつもりだったんですけど、あの一瞬で判断して両手にするなんて反射神経がどうとかいうレベルじゃないですね」
水の向こう側の歪んで見えるシャルルのシルエットが、純粋に驚いた様子で拍手をした。
その余裕そうな態度にバトラは舌打ちをし、両手に更に力を入れる。
水の盾は下から上へと流れているようで、噴水を縦に斬っているような感覚だった。
「オラァ!」と掛け声と共に剣に体重を乗せると、激しい水しぶきをあげて半分ほどパックリと割れた。
「わぁ、本当に馬鹿力ですね!」
水越しではなく目が合ったシャルルは楽しそうに口元に手を当てて笑った。
「ご満足、頂けたか?」
「えぇ、十分に」
「じゃぁいい加減、この水を止めてくれないか?流石に腕が疲れた」
「貴方が剣を引けば良いだけでは?」
「それだと俺が負けたみたいだろ」
「バトラさん、意外と負けず嫌いですか?」
「あぁそうだよ、いいから早く止めてくれ。水飛沫が冷たいし顔面ずぶ濡れだ」
「ははは、ホントですね。でも水も滴るいい男、ですよ」
「ふん、当たり前だ」
バトラがドヤった瞬間、狙ったかのように水の盾がバシャッと音を立てて地面に落ちた。
油断した所に急に拮抗していた力が消え、バトラはたたらを踏んだ。
転びそうになるのを踏ん張って堪えようとしたが、生憎、足元には先程まで盾として活躍した水溜まり。
見事に滑ってバトラは顔面から盛大に転んだ。
その拍子に持っていた剣は華麗に宙を舞い、遺跡の方へ飛んで行った。
「ぶべっ」という顔を打った悲鳴とバシャッという水溜まりに全身が濡れた音が同時に発せられたせいで、その音に、誰も気付かなかった。