remains 1
世界各地に点在する古代遺跡。
目的も用途も、作られた年代や建築方法も分からないその遺産は、長年に渡り学者達を悩ませている大いなる謎だ。
現在分かっている事は二つ。
少なくとも500年以上前からある事。
そしてその遺跡が「危険」だという事。
今から約十年前、分からないことが多すぎてどこから手を付けたら良いのかも分からない状態であったのに、迂闊にも手を出して大事故を起こした。
事態を重く見た各国は遺跡に関する協定を結び、それ以来、遺跡の調査は厳禁となった。
それまで各地域の領主が管理していたそれらは、現在どの国でも軍の管轄下におかれ厳重に守られており、調査はおろか近付く事すら難しい状態だ。
けれど、一見厳しくなったように見えるだけで、逆に言えば、軍さえ何とかしてしまえば出入り自由と同義であった。
「自動ドアに赤外線センサー、熱感知に、ロックはパスワード式…しかもタッチパネル、と。いや〜これぞ『オーバーテクノロジー』って感じですね〜」
シャルル・アシュレイは遺跡を見上げて愉快そうに笑った。
彼の周りには地に伏して動かない十数人の軍人達が横たわっている。
とはいっても彼らに目立った外傷はなく、意識を失っているだけで命に別状はない。
「さて、目が覚める前に立ち去りたい所だけど…」
独り言にしては大き過ぎる声で呟いて、シャルルは背後の森を振り返った。
木の影に隠れた気配が二つ…あるいは三つ。
誰かと鉢合わせる可能性は考えていたが、そこから先を考えてはいなかった。
しらばっくれるか、適当に戦って逃げるか、はたまた口封じをしてしまおうか。
元来行き当たりばったりなシャルルは選択肢を三つまで決めて、あとは相手に任せることにした。
「これからどうしたら良いと思います?僕としては出来れば殺したくないのでスっと出てきてもらえると助かります」
シャルルは「誰か」が隠れているであろう方向に向かって声を掛けた。
脅し文句がきいたのか、シャルルの望み通り「誰か」は迷う素振りもなくスっと姿を現した。
「怪しいものじゃない、とは言わんが殺すのは勘弁して欲しいな」
最初に出てきたのはガタイの良い30代半ばほどの壮年の男だった。
肩に引っ掛けただけのグレーの上着は貴族のもののようだが、中の白シャツは薄汚れてシワシワのヨレヨレで色ももはや白ではないし所々穴も空いている。
革靴も泥にまみれ十年以上履いているような草臥れ具合だ。
更に日に焼けた肌と無精髭、そして後ろで雑に一括りにされたパサついたプラチナブロンド。
トリプルコンボでまるでゴロツキのように見えた。
次いで彼を追いかけるように慌てて若い男女が出てきた。
男の方は隣国ヴァンデス帝国の軍服に剣を携えており、先程の彼とは対照的で身なりや立ち居振る舞いは気品がありながらも戦う者のそれだ。
もう一人、女の方は小柄で腕一杯に分厚い書類を大事そうに抱えていた。服装からして平民のようだが、身嗜みは整えられており清潔感がある。
顎のラインで切りそろえられたオレンジの髪と、顔に対して大き過ぎる丸眼鏡が特徴的だ。
「メイア博士!下がってください、危険です!」
「こっこここ殺さないでくださいぃぃ」
軍人らしき男は壮年の男を庇うように前に出て、逆に女性の方はビクビクと彼の背後に隠れて悲鳴じみた声を上げた。
「どうも。高貴な方のようにお見受けするが、同業者かな?」
「博士」と呼ばれた壮年の男が世間話のように話しかけた。
危機感のない余裕そうな態度は何か企んでいるようにも見えるが逆に何も考えていないようにも見える。
「いいえ、おそらく貴方とは違うと思います。そちらの彼とは広い意味で同業かもしれませんけど」
「俺と?失礼ながら貴殿は軍人のようには見えないが?」
「えぇ。僕は確かに軍人ではありませんが、国を守るという意味では同じでしょう?」
「守る?そこの彼らは貴殿の仕業だろう?自国の軍隊に刃を向けておいて守るとは異な事を仰る」
周りの横たわる者達をチラリと見て軍人の彼は視線を鋭くした。
「やだな、刃を向けると言うと語弊がありますね。皆さんには少し眠って頂いただけですよ。彼らと敵対するつもりはありません。因みに、あなた方はどちらでしょうか?僕の敵ですか?」
シャルルは微笑みを浮かべたまま直球で尋ねた。
殺すと脅してはみたものの、彼らを殺す選択肢は消えていた。
このまま逃げようかとも考えたが確認したいこともあったため、とりあえず情報収集のための会話を続けることにした。
「さて。アンタが何者か分からない以上、どちらとも答えられないと思うがね」
「それもそうですね。僕もあなた方が何者か分からないので何とも言えないんですけど…」
シャルルは一旦言葉を切り改めて3人をしげしげと見つめた。
「『博士』はあまりそう見えませんけど学者先生ですよね?そして軍人さんは博士の護衛役でしょうか。そちらのお嬢さんは博士のお付の方…いえ、助手さんかな?」
「ほぅ、ご明察だな。因みに俺が『そう見えない』ってのはどういう意味だ?」
「あぁ失礼。僕の知り合いにも何人か学者先生はいるんですけど、皆どうも線が細いというか…あなたのような『ガテン系あんちゃん』タイプとは会ったことがなかったので」
「が、がてん…何だって?」
「何かの隠語でしょうか?」
博士と軍人が顔を見合せ首を傾げると、背後の助手がコソコソと耳打ちした。
「平民の言葉ですよ。元は『職人さん』みたいな意味だったと思いますけど、たぶん、博士みたいに大きくて筋骨隆々で体力自慢な、こう、豪快に汗を流して肉体労働する男の人、みたいな意味で言ってるんだと思います…」
それを聞いて軍人の方は「なるほど」と妙に納得し、言われた本人は褒められたのか貶されたのか分からずリアクションに困っていた。
「あ〜、俺はフィールドワークが多いし、重いモン運んで山歩きなんかもするから自然とな。少数派なのは認めるぜ。うちの天才くんも引き篭ってっからアンタの言うようにヒョロっちくて顔色悪いしな」
「あぁ、やっぱりそうですか。ちょっと心配になりますよね、不健康すぎて」
「だな。すぐ飯抜くし徹夜するし」
「本当に。困った方々ですね」
「そうなんだよ、この間なんてな…」
国は違えど大体やってる事は同じらしい。シャルルと博士は状況を忘れて「学者あるある」で盛り上がり始めた。が、
「お二人共、状況分かってます?」
軍人が少し大きめの声で話をぶった切った。
彼らの空気に当てられたのか先程までの警戒心はなりを潜め、代わりに話が進まない苛立ちを全面に出していた。
「おっと、これは失礼。つい和んでしまいました。では本題に参りましょうか」
シャルルは言葉の通りの和やかな雰囲気を消して空気をヒリつかせた。
相変わらず微笑んではいるが目は笑っていない。
「ヴァンデス帝国の方々が何の用です?」
「何の?そりゃ愚問だぜ、兄ちゃん。俺は学者だ。遺跡を調べに来たに決まってる」
「調べる…だけですか?」
「どういう意味だ?」
「十数年前の大事故、ご存知ですよね?」
「あぁ、ご存知だ。あれから何の調査も解明もされてない以上、また同じ事が起こる可能性はある。俺達は分かってて手を出そうとしてるんだ。けどよ、そりゃ兄ちゃんも同じだろ?」
博士の言う通り、完全にブーメランである。
けれどシャルルが聞きたいのはそれではない。
遺跡調査の『裏』にある目的。
それ次第でシャルルの今後の出方が変わる。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ!」
博士の背後に隠れていた助手が思い切り叫んだ。まだシャルルにビビっているのか、声は震えていたが眼鏡の奥のオレンジの瞳は力強い。
「あっ、あのですね、遺跡の調査は条例違反、つまり犯罪なんですよ?!そんな堂々と話して良いんですか?!もうちょっとこう、『通りすがりです〜』みたいな、誤魔化すとかしないと!」
「誤魔化すって、そりゃ無理だろ。学者がこんな所にいる時点でお察しだっつの。それに俺達は『国』に言われてやってんだから『犯罪』もクソもねぇと思うがな」
「ちょっ、博士!しぃーっ!ですよ!」
「『しぃー』って、それは別に隠さなくて良いだろ」
「ターシャ、それは俺も良いと思うぞ。今更だしな」
国の命令で動いている事を知られたくなかったらしい彼女…ターシャが必死で止めたが、博士も軍人の方も気にしていないようだ。
というか、それはシャルルも察していた。
彼が堂々とヴァンデス帝国の紋章付きの軍服を着ている時点でバレている。今更だ。
「えぇぇえ?!言っちゃって良いんですか?!」
「俺達が言われたのは遺跡の調査だ。それ以外の事は知らん。犯罪行為も国が認めてるんだから、誰も俺達を裁けねぇよ」
「そ、そう言われると…あっ、でも私たちが遺跡の調査してたのがバレたら国に損害とか責任問題とか…」
「それも知らん。バレるなとは言われてねぇしな。というか、バトラなんて堂々と国の紋章入りの軍服着てんだから今更だろ」
「はっ!確かに!」
ターシャは今気付いたとばかりに驚き、軍人、バトラ本人は何故か自慢げに胸を反らせた。
「ついでに補足すると…」
と、バトラは言葉を切りシャルルの方へ向き直ってから口端を上げて宣言した。
「先程『国を守る』と言ったが、今の俺の仕事は『メイア博士を守る事』だ。俺も国の事は知らん」
カッコよく決めたバトラだが、メイアとターシャは「いやいやいや」と声を揃えて突っ込んだ。
「おいおい、バトラよ。それはどうかと思うぞ?」
「屁理屈ですよ〜ぅ。軍人さんなんだから国を守るのが大前提だと思います」
「は?国とかそんな大きな話をされても知らんものは知らんのです。俺は『博士を守れ』としか言われてませんので」
「融通きかねぇなぁ。真面目なんだか不真面目なんだか」
ぎゃいぎゃい言い合う三人を傍目に、シャルルは思考を巡らせた。
シャルルが気になっているのはそこだ。
彼らはあまりにも大っぴら過ぎる。
犯罪行為をしているのに堂々としているのは、まぁ、彼らの性格もあるとして、国が隠そうとしていないのはおかしい。
そこに『裏』があると感じずには居られないのだ。
条例違反は国際問題…最悪は戦争の引き金になりかねない。
もしもわざとだとしたら…彼国の政治家たちが余程のアホでなければ…
ヴァンデス帝国は戦争を望んでいる、という事になる。