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殺し屋と魔法使いのワルツ 魔法使い編  作者: 青山八十三(やとみ)
14/40

genius

王国軍と王立大(正式名マルコット国立大学院)の仲が悪いというのは軍に属する者ならば常識ではあるが、その理由について知る者は少ない。


それなりの地位にいてもリックやルゼールなどの若い世代は殆ど知らされていない。


彼らとしては、まぁ特に知りたいとも思わない、と言うのが本音だ。


こうして実際に目の当たりにして初めて意識する、といったところだろう。

普段からそれほど関わりがないのだから余計にだ。


「俺、学校なんて初めてですよ〜。何か緊張しますね」


「俺もだ。普段こんな所に用なんてないからな」


豪華な正門前で馬車を降り、ルゼールはキョロキョロと、リックは控えめにチラチラと広大な土地と立派な校舎を見上げて嘆息した。


軍も大学もどちらも国の管理下にあるが、施設も予算も人員も、その他諸々あらゆる面で大学のほうが軍より優遇されている…否、「優遇」という言い方は軍に属する者から見た偏見も混じっているかもしれない。それともつまらない対抗心か。


単純にこの平和な世の中で必要とされているのが軍より学校だというだけの話。

国の予算の殆どが軍備に費やされていた時代を思えば喜ぶべきことだ。


両者の対立はそんな表層に見える些細な事ではなく、根本に大きな問題を抱えているのだが、大半はそれを知らずに何となくお互い「気に入らない」という感情のみ染み付いている。


「じゃぁ何なんですかねぇ?軍人さんが『こんな所』に用なんてないはずなんですけど」


佇む2人の背中にトゲのある声がかかった。


格好からして警備員だろう。門の横にある警備員室からリック達が乗ってきた軍専用の馬車を見かけて出てきたようだ。


「いや、そういうつもりじゃ…」


「何でも良いですけど、要件は?」


あからさまに敵意を向ける警備員に反射的に言い返しそうになるのを堪え、リックは慣れないハリボテの笑顔を貼り付けた。


「急に来てしまってすまないな。俺は王国軍…」


「だから要件は?」


聞く気のない態度にリックのコメカミにピシッと青筋が浮かぶ。


もう少しで「あ゛ぁ゛?」と言い返すところで、のんびりと馬車から降りてきたリリサが割って入った。


「こんにちは。お騒がせしてしまってごめんなさい」


「えっ…こ、こんにちは…?」


警備員は明らかに軍人ではない貴族の登場に驚きの声を上げた。

そしてリリサの背後にいるウィンディア姉妹に気付き


「あっ、そっちの姫さん達は確かウィンディア子爵の…」


「こんにちは。兄様に会いに来たの。入れてくれる?」


「あ、あぁ。用紙にサイン、お願いします…」


警備員はチラリとリックとルゼールに視線をよこし、僅かに頭を下げて警備員室に戻って行った。


「さ、行こっ。サインしてる内に案内の人が来てくれると思うよ」




エレナの言う通り、全員がサインし終わる頃にそれらしき人物が現れた。


背が高く鮮やかな金色の髪と同じ色の瞳をした青年だ。歳は20代前半、リックやリリサと同じくらいに見える。

そして服装や佇まいはどう見ても貴族、それも上流のものだった。


案内人というには派手すぎる彼はどうやらウィンディア姉妹と面識があるようで、親しげに挨拶をした。


「ども、アメリィちゃん、エレナちゃん」


「えっ、ラティオ様?!」


「ラティオ様がどうして…」


「お兄さんの所でいいんだよね?俺が案内するよ」


「は、はい。よろしくお願いします。あ、こちらは私の友人です。紹介させてもらっても良いですか?」


エレナはぎこちなくリック達を振り返った。

珍しく緊張しているような、どことなく気まずい顔をしている。

そんな妹に助け舟を出すようにアメリィが一歩前に進み出た。


「私が紹介いたしますわ。こちらアシュレイ公爵夫人のリリサ様です。それから王国軍のリック・マトリーズ大尉、ルゼール・ファブレス少尉です」


アメリィは完璧な余所行きの笑顔を貼り付けて、社交場のように礼をした。

ルゼールだけは彼女の一瞬の切り替えように驚いていたが、リックとリリサはこの「ラティオ」と呼ばれた男に警戒心を抱いた。


アメリィの笑顔は心を許していない証だ。



「ご丁寧にどうも〜。俺はラティオ・クローツ。ここの生徒だよ。よろしく、軍人さん達。それからレディ・リリサ、初めまして。お噂はかねがね。お会いできて光栄です」


「私もお噂は聞いておりますわ。クローツ公爵の御嫡男、でしたわね?以後お見知りおきを」


「え、俺って有名人?参ったなぁ」


ラティオはそう言いながらも困った様子は全くなく朗らかに笑った。


あまり良い噂でない事は本人も知っているはずなのだが、どうやら気にしていないらしい。



ラティオ・クローツといえば、下級貴族のウィンディア姉妹やリック、ルゼールまで知っているほど「色んな意味で」有名だった。


まず、由緒正しい公爵家の息子、それも跡取りでありながら大学に通っていること。


公爵家を継ぐのに学校で学ぶような勉強は必要ない。成人する前から現当主である父親の元で教育を受け、社交場で経験を積む。それだけだ。


特に彼の通う王立大は魔法学の研究に特化しており、生徒の殆どが家を継がない次男三男などの子息や令嬢達か金持ちの平民だ。


それゆえに「クローツ公爵家は跡継ぎがいない」などと噂される事もある。


そして女性関係。

女尊男卑、とまでは言わないが、平たく言えばラティオは「女好き」だった。


何人ものガールフレンドがおり、毎日違う女性と遊び回っているらしい。なんでも初めて会う女性は「とりあえず口説く」のだとか。

リリサがそうされなかったのは「人妻は対象外」だから。流石にその辺は弁えているようだ。


とはいえ独身時代の多少の女遊びや既婚後に愛人を作ることは貴族には良くある事で、取り立てて噂になるような事でもない。

(因みにリックは婚約者一筋だ)


では何が問題なのかというと、ラティオに婚約者がいないことだ。


公爵家の嫡男で、同性愛者という訳でもないのに、この歳で決まった相手がいないのは不自然極まりない。



リリサがシャルルと結婚したのは16歳だったし、リックとアメリィの婚約はほぼ生まれた頃から決まっていたことだ。

エレナは姉のアメリィとリックが家を継ぐ事になっているため今はいないが、年齢的にはそろそろ相手がいてもおかしくない。


その理由についてはラティオ本人も公爵家も語ろうとはしない。


故に何か裏があるとは知りつつも、世の独身女性達とその親族はこぞって「公爵家嫡男の婚約者」の地位を狙い、逆に丁度良い手駒のない者達はクローツ公爵家を陥れる格好のネタだと狙う。


そういう意味でもラティオ・クローツという青年は噂の的だった。




「ラティオ様が直々に案内してくださるなんて、珍しいですわね。どうなさったのです?」


歩きながらアメリィが胡散臭い笑顔で尋ねると、ラティオは決まり悪そうに頬をかいた。


「あ〜…今日はいつもの研究室じゃなくて実験場にいるんだよ。2人とも行ったことないでしょ?ちょっと分かりにくい場所だし危ないから俺が来たんだ」


「危ない?兄様は何の実験をしているんですの?」


「古代魔法、かな。使い方が分かったから試してみるとか言って授業中なのに出て行っちゃったんだよね」


「まぁ…ご迷惑をおかけしてごめんなさい」


「アメリィちゃんが謝る事ないよ。けど結構危ない事もしてるみたいだし、後でお兄さんにお説教してくれると助かるかな。可愛い妹の言う事なら聞くと思うから」


「えぇ、お任せください」



先を歩くラティオとアメリィから少し離れて着いていく残りの面々は顔を見合せコソコソと話し始めた。


「お兄様は随分とお勉強熱心でいらっしゃるのね」


「向上心がある事は何よりですね」


「リリ姐、ルゼールさん、だいぶオブラート包んでくれたね、ありがとう」


「相変わらず傍迷惑な奴だ。何でクビにならないんだか」


二人とは対照的に、オブラートのオの字もなくリックは忌々しげに舌打ちした。


「兄様が優秀だからに決まってるでしょ」


「ふん、いくら優秀でも他がアレじゃ問題あるだろ」


「もう、リックはすぐそういう事言うんだから。今日は喧嘩しないでよね」


「それはアイツ次第だ」


自分は悪くないとでも言うようにリックはツンとそっぽを向いた。完全に子供だ。


「本当に仲が悪いのね」


「そうなの、困っちゃう」


リリサの苦笑いにエレナはやれやれと肩をすくめた。

いずれ家族になるのにこれでは先が思いやられる。


と、その時どこか遠くで爆発音がした。

それと同時に僅かに揺れも感じて皆足を止めた。



「今の音…!」


「えぇ、それと少し揺れましたね」


職業柄、軍人の二人が真っ先に反応した。

音のしたであろう方角を鋭い目で見つめたままラティオを呼ぶ。


「ラティオ様、心当たりは?」


「残念ながら、凄くあるね…ちょうど俺たちが今から行くところだ」


「ったく、何やってんだアイツは」


リックは舌打ちをして女性陣を振り返った。

危ないからここで待つように言おうと口を開いたが、時すでに遅し、三人は既に走り出していた。


「ラティオ様、はやく…!」


「リック置いてくよ」


「あ、おい!エレナ、アメリィ!」


「大尉もお早く」


「ちょ、レディまで…!」


「ほら行きますよ〜大尉」


「こら、ルゼール引っ張るな!」



バタバタと走ること1分、6人は実験場と称した広場に着いた。

「関係者以外立ち入り禁止」の札と「危険」と書かれた張り紙が数枚貼られており、周りをぐるりと仰々しい柵で囲われている。


柵の隙間から覗くと砂埃が舞っていて人がいるかは見えない。

ラティオはサッと視線を巡らせてホッと息をついた。


「緊急用の魔法陣も作動してないようだし大丈夫そうだね。念の為に俺が先に入るよ。ここで待ってて」


「お待ちください。先に我々が入ります」


「いや、不審者とかじゃないと思うから軍人さんの出番はないよ。ただの実験事故だろうし」


「しかし…」


「悪いけど、こちらの領分だよ。君たちはただの『お客様』だ」


「……分かりました」


ラティオが視線と声色を鋭くして言い切るとリックは引き下がらざるを得なかった。


ラティオは皆を下がらせて自分の顔の正面に手を翳した。


刹那、ラティオの手が光り、彼の周りに薄い光の膜が出来上がった。

光は段々と弱くなり目を凝らさないと見えない程に微かなものになった。


「魔法…防御用シールドですか?」


「えっ、そんなに危険なのですか?」


リックの尋ねた「防御用」の言葉に反応してエレナは不安げにラティオを見上げた。


「いやいや、そんな大袈裟なものじゃないよ。ほら、砂埃が凄そうだからさ。服汚れるの嫌だし目に入ったら痛いからね。それだけ。大丈夫だよ」


ラティオは安心させるように微笑み、軽くウィンクをして柵の中へ入っていった。



「今の、光魔法ですよね?こんな所で見られるなんて思いませんでした」


「あぁ。軍でも使い手がいないからな。俺も見たのは初めてだ」


先程のラティオの高圧的な発言は一旦置いといて、ルゼールとリックは珍しい魔法に素直に感動していた。


「そんなに珍しいの?」


ラティオの言葉に安心して落ち着いたエレナが不思議そうにリックとルゼールを見上げた。


「当たり前だろ。光魔法は我が国では二つの一族しか使えないんだ」


「オラクル一族とラティオ様のクローツ一族ですわね。どちらも公爵家ですわ」


「へぇ。そうなんだ」


「おいおい、常識だぞ?」


「もう少し勉強なさい」


リックとアメリィが呆れながら、ルゼールとリリサは苦笑いでエレナを見た。

注目されて居心地悪くなったエレナは顔を背け話題を変えた。


「こ、これから勉強するもん。それより兄様、大丈夫かな?」


あからさまな逸らし方だったが今気にすべきはそちらだ。説教はいつでもできる。



「お怪我などなさってなければ良いのですけれど」


「無用な心配ですよ、レディ」


「リック!そんな薄情なこと言わないでよ」


「誤解するなよ、そういう意味じゃない。いくら嫌いな奴でも何かあれば多少は心配するっての」


「じゃぁどういう意味?」


「だから…その、あいつがそんなヘマするかよ。ちゃんと考えて実験してるだろ。無駄に頭は良いんだから」


「へぇ。リックが兄様を褒めるなんて珍しいね」


「別に褒めてない。事実だ。確かにアイツの事は気に入らないが、それとこれとは別だろ」


「ふ〜ん、そっか」


ニヤニヤとからかうように、けれど嬉しそうにエレナはリックをつつき、アメリィは真顔で「そういうとこ好き」と告白した。


「そりゃどーも」


ぶっきらぼうに答えたリックの顔が少し赤みを帯びていたのに皆気付いたけれど、それ以上は誰も何も言わなかった。


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