search & seek 6
「それで、ルゼールさん。さっきリックに聞きましたけど、シャルル様の居場所は分からないんですよね?」
「はい、残念ながら俺も公爵の行方は知らないんですよ。何せいなくなった事も今初めて聞いたくらいですし。ただ、昨日の事件には関わってるみたいです」
「昨日の事件?」
「さっき言ってた『逃げられた』っていうのはその犯人のことですか?」
「いえ、それは別件というか別の人です。犯人はシャルル様なのですが…」
「おいルゼール!」
「あれ?俺なりに推理してみたんですけど、違いました?」
「いや違わないけど、色々あるだろ!」
そんなズバリ言うやつがあるか。何らかの関係がある、程度にしておくだろう。
と目だけで訴えてみる。
次いでリックの視線が驚いて固まっている3人に向いたので、賢いルゼールは察して「あぁ」と呟いた。
「すみません、言い方が良くないですね。犯人って言っても罪に問われる事は無いと思いますよ。何か事情があったようですから。ね、大尉?」
話を振られたリックはルゼールを睨んでからリリサに向き直り頷く。
「えぇ。そもそも事件というほどのことでもありませんし、怪我人もいませんのでご心配には及びません」
「そうでしたの…。安心しましたわ。ありがとうございます、大尉」
3人は顔を見合ってホッと息をついた。
「じゃぁその事件って具体的には?」
「それはですね…あ、言っても良いですか?大尉」
「…あぁ」
リックは苦々しげに頷いた。
納得はしたがあまり良い気はしないのだろう。
「昨日の深夜に平民街で大きな噴水が上がったんです。屋根を吹っ飛ばすくらいの大きなもので、あ、幸い怪我人はいないんですけど、周りは水浸しだし壊れた物も沢山あって、軍が出動する騒ぎになったんですよ」
「それが、夫の仕業だと…能力的には可能ですわね。彼ならそれくらいの魔法は容易いでしょう」
「はい。あれほどの魔法は貴族にしか使えませんし、何より現場で青髪の貴族の目撃証言も出ています。まぁ、それだけなら公爵かどうかは微妙なところですけど、実は事件と同じ頃に大尉に手紙が届いたんです。俺の予想だと差出人は公爵だと思うんですけど、どうです?」
「…相変わらず鋭いな。その通りだ。その噴水、ちょうどとあるバーの地下で起こったのですが、シャルル…様の手紙はその店のナフキンに書かれていました」
「まぁ!それは自白みたいなものですわね」
「シャルル様、隠すつもりなかったんだね」
「大胆」
3人それぞれの感想にルゼールは頷く。
公爵家の力があるからか、はたまた大義名分があるのか、そもそものシャルルの性格なのか、彼の行動は犯罪者のそれではない。
「えぇ、ですから誰かから指示を受けてる可能性もあるかと。『国を守るため』に必要なことだったのかもしれませんしね」
「噴水が国を守ることに繋がるんですか?」
「その辺は…まぁ、鋭意捜査中ってやつです」
ルゼールはチラリとリックの顔を伺い言葉を濁した。
一応、彼なりに線引きはあるらしい。何もかも話すつもりではないようだ。
リックもどこまで話すかは決めかねていた。
正直分からない部分も多いし証拠もない。無闇に話して不安を煽るのは避けるべきだろう。
「その手紙は具体的には何と?『私が犯人です』と書いてあっただけ、ということはありませんわよね?」
「むしろそれは書いてません。あのタイミングであの住所から送られてきたというだけで伝わると思ったのでしょう。本文にはただ調べて欲しい人物がいる、と」
「あ、それが例の『赤髪の2人組』なんですね?なるほど、どこ情報なのかと思ったら公爵でしたか」
ルゼールがわざとらしくポンと手を打った。
「…言わなくてすまなかったな」
「いえいえ、『軍人あるある』ですよ。我々は命令に従うだけであります」
「嫌味か?」
「まぁ若干。…なんてね、分かってますよ。どこまで話して良いか迷ってたんでしょう?それに急ぎだったし仕方ないですよ」
普段なら納得のいかない命令には従わないルゼールだが、どうやら今回はリックを理解し信頼して素直に動いてくれたようだ。
その事実が嬉しいやら照れるやら、何となくむず痒い。
「いつもそうしてくれると助かるんだがな」
などと言ってしまったのもそんな感情からだと、おそらくルゼールはそれすらも察しているだろう。
リックはもう少し優しくしてやろうと心の隅の隅でちょこっとだけ思った。
「あ、それでその『赤髪の2人組』ですが、どうします?」
ルゼールは今更ながらここに来た理由を思い出したらしい。
緊急だと言っていたのに呑気なものだ。
かくいうリックも忘れていたので口には出さないが。
「あっ!そうだったね、ルゼールさん何か報告があるって言ってたっけ。邪魔しちゃってごめんなさい。私たち席外そうか?」
「なんだ今更」
「むぅ。確かに気になるけど、私たちだってちゃんと弁えてるんだから。関係ないことまで聞くつもりないよ。ね、姉様、リリ姐?」
エレナが立ち上がりながら頬を膨らませた。
「ちょっと気になるけどね」
「そうですわね。気にはなるけれど、ワガママはいけませんわ」
「気になるけど」
「気になりますけど」
呼ばれた2人も未練がましく呟きながら立ち上がる。
ウィンディア姉妹はともかくリリサまでそんな圧のかけ方をしてくるとは思わなかった。
絶対2人の悪影響だ。
リックは内心で「あーぁ」と溜息をついた。
「分かりましたよ。全くの無関係とも言えないし、お話しします」
「わぁ大尉、太っ腹〜」
「うるさいルゼール。…どうぞお座り下さい」
リックは渋々、シャルルから調べるよう言われたのが「赤髪の2人組」だと言う事、彼らがヴァンデス帝国からの不法入国者の可能性がある事、そして職質をするつもりがその前に彼らに逃げられた事を伝えた。
3人とも「気になる」と言うだけあっていつになく真面目に聞いていた。
「ヴァンデス帝国」の名が出た事で「国家の危機」が急に現実味を帯びたのだろう、僅かに顔を強ばらせる。
「リック…まさか戦争なんて事にはならないよね?」
「そうならないようにするために動いてるんだよ。シャルルも、俺たちも」
「…そうだよね。怖がってる場合じゃないよね」
「まぁ、皆さんは軍人ではありませんし、怖いのは当たり前ですよ。てか俺も怖いですし」
「お気遣いありがとうございます、ルゼールさん。私も怖いですが、やれる事をやるだけですわ。何か私にできる事がありましたらご遠慮なく仰ってくださいまし」
「私も!リリ姐みたいな力はないけど、何か出来る事があるならやらせて」
エレナが手を挙げて言うとアメリィも大きく頷いた。
それを見たルゼールがリックに意味ありげにチラリと視線をよこしてから、エレナの真似をするように手を挙げた。
「あ、じゃぁ一つお願いが。アメリィ様とエレナさん、良いですか?」
「「私たち?」」
姉妹は意外そうに首を傾げた。
こういう時に使えるのは「公爵家」の力だ。
自分たちは手伝い程度に考えていたのだろう。
「はい。例の赤髪の2人組、実は留学生の身分を偽装して入国してる可能性があるんです。だからその裏を取りたくて」
「留学生…あ、もしかしてその留学先って」
「「王立大学!」」
再び姉妹がハモるとルゼールは「正解」と楽しげに手を打った。
反対にリックはあからさまに嫌な顔をした。
思い出したくない事を思い出した…いや、というよりは意識して頭の隅へ隅へと追いやっていた物をほじくり返された気分だ。
「往生際が悪いですよ、大尉。良いじゃないですか、自分で手紙書くよりはマシでしょう?お2人にお願いしましょうよ」
「いい加減にしなよ、リック」
「仕事に私情を挟まない」
ルゼールは呆れ顔を、姉妹は冷たい視線をリックに向けた。
これでは自分が子供みたいではないか。
と憤りたいところだが否定できなかった。
「あら、大尉はどうなさったの?」
「うちの兄様に会いたくないんだって。昔から苦手みたい」
「まぁそうでしたの。エレナさん達のお兄様というと、確か大学に行ってらっしゃるのでしたね。…もしかして王立大学かしら?」
「そう。だから私達に取り次いで欲しいってこと。ですよね、ルゼールさん?」
「えぇ。ああいった所は閉鎖的ですからね。外部の人間にはなかなか情報を差し出してくれないんですよ。それに、どうやら我々王国軍はお偉い学者さん達には嫌われてるようでして…。ちゃんと手続きすればいけるんでしょうけど、とても面倒で時間がかかり過ぎてしまうんですよね。なので大尉から『お義兄様』に連絡してもらえば多少スムーズにいけたんですけどねぇ…」
ルゼールは嫌味たらしく語尾を濁してリックを見た。
結局あのあと手紙を書き直すこともなく、後回しにしてしまったのだ。
バタバタと面倒な書類と格闘し仮眠に入ったところへ3人が乗り込んできたため、そのまま有耶無耶になっていた。
別にやりたくないからって先延ばしにしていた訳では無い。断じて。
「ルゼールさん、要はその『赤髪の2人組』さんが王立大学の生徒かどうか確認できれば良いんですよね?」
「はい。違うと証明できれば彼らを指名手配できますから」
「それなら、行きたくないならリックはここでお留守番してれば良い。私達が行くから。話はルゼールさんがいれば大丈夫でしょ?」
アメリィが淡々と提案した。
今更リックに気を遣ったわけでも親切心からの言葉でもないだろう。単純にそう思っただけ。
彼女はそういう人だ。
「行かないとは言ってないだろ。仕事は仕事だ」
「流石大尉、そうこなくちゃ。じゃぁ早速行きましょうか」
「「「早速?」」」
リック、エレナ、リリサが異口同音に驚きを口にする。
アメリィだけは
「善は急げ」
と深く頷いた。